BLUE RESONANCE ーSWORD ART ONLINEー 作:銀コップマン
デスゲームが開始されてから約1ヶ月が過ぎていた。けれど、未だに第1層は攻略出来ていない。加えて、死者の数は2千人にも及んでいる。
このゲームをクリアすることは可能なのか。
嘆き、そして恐怖が《はじまりの街》を鉄格子のように囲い込み、誰もがその内側から空を見上げていた。
暗雲が立ち込めるアインクラッド。今日、2022年12月2日。第1層の迷宮区に最も近い町《トールバーナ》で、攻略会議が開かれることになった。
◆◇◆◇◆
「でもいいのか、俺たちが攻略に参加するなんて」
会議場所の広場に向かう途中。ソラトは目線だけをソウジへ向けた。ボス攻略に参加するのは賛成だった。一秒でも早く、現実世界に帰りたい。そんな渇望は心の奥底で燃え続けている。けど、HPが0になれば本当に死ぬ。絶対のルールだけは忘れてはいけなかった。カナタたちは、覚悟を決めたうえで納得しているのだろうか。ソラトの胸には、その問いだけが残っていた。
「私は平気だよ。ソラト君と一緒で、私も帰りたいから」
隣を歩くユイナは、躊躇いなく答えた。柔らかな声音なのに、少しも芯はぶれていない。彼女は強い。ソラトは素直に思った。さらにソウジも続く。
「みんな納得の上でここに来たんだ。心配しなくてもいい。ソラト」
「でも2人は……」
「見てみろよ」
彼の指に釣られるような動きで、ソラトは目を向けた。
「ボス攻略か……俺様のかっちょいい所見せて、士気も爆上がりってもんでしょ!」
「何言ってるのよ……最初はあれだけ怖がってたくせに!」
「あの時から俺も少しは成長してるの! 思い出させるのやめてくれよ恥ずかしい!!」
言い合いをしているカナタとミナ。彼らの様子からして、恐怖を押し殺すような空元気ではないようだ。この1ヶ月、安全マージンを取りながらレベル上げをして、この世界でも生きていける自信が少しずつ芽生えたようだった。
「まあ、少し危なっかしいのは玉に瑕だが……」
「私たちでカバーしないとだね!」
「……そっか。ならいい」
みんなが同じ心持ならそれでいい。ソラトはこれ以上口出しをする気はなかった。
「お~、随分と集まってますな」
「もっと少ないと思ってたけどな」
「私も」
「でもそれだけ、このゲームをクリアしたいって人達が多いってことだよね」
カナタたちは広場に集まったプレイヤーの数を見てそんなことを呟く。死ぬのは怖い。けど「ゲームをクリアして帰りたい」という気持ちの方が強いのだろう。もしくは自分がゲームをクリアして人々を開放するという、勇者的思考に陥っているのか。
「ここが空いてる。座ろう」
石造りの劇場のような場所へ案内され、座って待っていると、中央に青い髪の青年が出てくる。会議を開いた主催者だろうか。
「それじゃあそろそろ始めさせてもらいます! みんな、今日はオレの呼びかけに応じてくれてありがとう。オレはディアベル。気持ち的にナイトやってます!」
青い髪の青年、ディアベルの自己紹介に周りが野次を飛ばす。軽いやり取りのおかげか、先程からあった重苦しい空気は消え去っていた。どうやらムードメーカー的な働きで、周りの雰囲気を和やかにしている。トップに立てる素質があるのかもしれない。
「ありゃ仲間と一緒にはしゃぐタイプのリーダーだな」
「なんだそれ……」
「ねえねえ、ソラトくんはどっちのリーダーがタイプ?」
「そんなの聞くなよ……」
横から聞こえたソウジの小さな呟きを無視しながらミナは尋ねる。悪戯っぽい笑みを浮かべている彼女に、困り顔のソラト。
「俺は……ソウジの方がいい」
「なんだこれ。褒めてんのか? 貶してんのか?」
「褒めてる。ああいうタイプ、少し苦手だから」
ソラトの答えに対し、ソウジは微妙な顔をしている。こそこそと話をしていると、本題に入りたいのか、ディアベルがいっそう声を張り上げた。ソラトは思わず肩を跳ねさせたが、こちらに向けて怒鳴ったわけではないらしい。少しだけ安心する。
「今日、オレたちのパーティーがボス部屋を発見した」
途端「おお」と声が響いた。ようやく見つかったのかと、会場はクリアへの第一歩を喜ぶ空気に包まれた。
「まあ、ようやくって感じだけどな」
ソウジが隣で呟く。確かにそうだ。ボス部屋の奥にいるフロアボスを倒さなければ、第2層に行く道は開かれない。フィールドモンスターとは比べものにならないほど強力で、行動パターンも複雑なはずだ。
しかも、HPが0になれば本当に死んでしまう。そんな状況で挑むのだ。それがどれほど大変なことなのか、誰にも予想できない。
「オレたちがボスを倒し、このゲームもいつかきっとクリアできるってことをはじまりの街で待っているみんなに伝えなきゃならない。それが今ここに居るオレたちの義務なんだ! そうだろ、みんな?」
ディアベルの演説は確実にプレイヤーたちの心を掴んだ。その証拠に、割れんばかりの拍手が場を支配したのだから。
「ありがとう。それじゃあ今から攻略会議を始めたいと思う。まずは6人パーティーを作ってくれ。パーティーを束ねたレイドでボスに挑むんだ」
周りではディアベルに従い、続々と6人組のパーティーが組まれていく。
「6人か……俺たちはあと1人誘えばいいわけだな」
「でも1人だなんて……そんな都合の良い人……」
「……いた」
「え、どこどこ!」
ソウジとミナは見つけられなかったようだったが、ソラトは違った。指をさした方向には鎧を着た槍使いが1人。顔はアーメットヘルムで素顔は見えなかった。その姿を確認したカナタが一目散に駆け寄った。
「ちょ、ちょっといいか?」
「……?」
顔だけをカナタに向けた槍使い。無言だったことに怯みながらも、カナタは交渉を続ける。
「俺ら5人パーティーなんだけど、1人足りないんだ。よかったら一緒に組まねえか?」
ソラト達を一瞬だけ見た後、槍使いは頷いた。
「あ、ありがとな。ソウジー、組んでくれるってさ!!」
一時的にパーティーを組むことになり、視界の端に並ぶHPバーが1本追加された。
(名前は……Kurena……)
「クレナか。俺はソウジだ。よろしく」
「私ミナ!」
「ユイナです」
「俺がカナタ! んで……こいつがソラト」
ソラトはカナタに肩を組まれ、ぐいっと引き寄せられた。自己紹介を終えると、槍使い……もとい、クレナは、こくりと小さくうなずいた。喋らないのはロールプレイなのかと聞きたかったが、気を悪くさせそうなので、口に出すことは控えた。
「もしかして、謎の槍使いってロー───」
「ごめん。なんでもないから気にしないで! このバカナタ!」
カナタは気にしないようだった。ミナの説教をくらっていたが。
「そろそろ組み終わったかな。じゃあ……」
頃合いを確認し、ディアベルが話を進めようとしたところである男の声が響く。ざわつくプレイヤーたちの中から、トゲ頭のプレイヤーがディアベルの横へ飛び降りてきた。
「ワイはキバオウってもんや。ボス攻略に行く前に、言わせてもらいたいことがある。こん中に今まで死んだ2千人に、詫び入れなアカン奴がおるハズや!」
彼の放った言葉に、周囲のざわめきは一瞬にして静かになった。静寂の中で、NPCの奏でるBGMだけが響く。重々しい雰囲気の中、意味を汲み取れたのは横にいるディアベルだけだった。
「キバオウさん。君の言う奴とはつまり、元βテスターのことかな?」
ディアベルは、今までで最も厳しい表情を浮かべて問いかけた。その表情に反発するかのように、鋭い目つきでディアベルを睨みつけ、言葉を続ける。
「決まってるやないか! β上がりどもはこんのクソゲーが始まったばかりに、ビギナーを見捨てて消えおった。奴らは狩場やうまいクエストを独り占めして、自分らだけポンポン強なって、そん後もずっと知らん振りや。こん中にもおるハズや。ため込んだアイテムや金を吐き出して貰わんと、パーティーメンバーとして命を預けられんし、預かれん!」
キバオウの糾弾によって、場内はなお静まり返ったままだ。それに声を上げはしないものの、元βテスターに対して少なからず不信感を抱いているプレイヤーはいるのだろう。
でもソラトには、βテスターたちが何を知り、これまでどのように行動してきたのかは分からない。正直、βテスターかどうかについてはどうでもよかった。けれど、全員が初心者を見捨てたと決めつけるようなキバオウの言葉には、どこか引っかかるものがあった。
「……」
会場の空気が、再び張り詰めていく。
すると1人、キバオウの元へ向かっていく人物が。クレナとは違うタイプの槍を背負った黒髪の少年で、ソラトよりも年上のように見えた。
「キバオウとか言ったな。正直、お前の言い分はただの言い訳にしか聞こえない。それになんだ、今まで溜めたアイテムや金を吐き出せ? その金やアイテムを貰う気か。人の褌で相撲を取る……それこそ見苦しいぞ」
「な、なんやと!!」
キバオウは少年へ掴みかかろうとするが、咄嗟に彼の友人らしきプレイヤーが止めに入った。
「すみません。コイツ言い過ぎちまうところがあって……ツバサ、もういいだろ?」
「カズマ、俺はただ────」
「もういい。戻るぞ、ホントすみません!」
ツバサと呼ばれるプレイヤーとカズマそう言って戻っていく。
「オレもいいかな」
2度目の乱入者は、腹に響くような低い声の持ち主だった。見上げるほど大きな体とスキンヘッドが特徴的な男性は、キバオウを見下ろすようにしてそこに立っている。
「オレはエギル。キバオウさん、あんたは元βが見捨てたせいでビギナーが死んだ。そう言いたいんだな?」
「そ、そうや」
エギルのいで立ちに気圧されたキバオウだったが、すぐさま姿勢を戻し、その瞳で彼を睨みつけて叫んだ。
「あいつらが見捨てへんかったら、2千人が死なずに済んだんや! しかもただの2千人ちゃうで! ほとんど全部が、他のMMOじゃトップ張ってたベテランやったんやぞ! アホテスターがちゃんとアイテムや金や情報をわけ合うとったら、今ここにはこの数十倍の人数が……ちゃう、今頃は2層や3層も突破できとったんに違いないや!!」
キバオウの言ったことはたらればに過ぎない。それに、βが全員生き残っていると考えるのも安直なのではないかと。他のMMOじゃトップ張ってたベテラン、というのは元βテスターも同じだろう。ならその死んだ2千人の中に含まれていても不思議じゃないはずだ。
しかしソラトは、反論する気はなかった。今反論したところで、まともに聞き入れてはもらえない。それどころか、元βを庇うような真似をすれば、自分にも疑いの目を向けられてしまう。それはソウジたちにも迷惑がかかるし、何より面倒だった。
「このガイドブック、あんたも持ってるだろ? 道具屋で無料配布してるからな。これを書いたのは元βテスターたちだ」
キバオウの叫びを微風の如く受け流し、エギルは懐から本を取り出した。ガイドブックを書いたのは元βテスター。伝達した言葉に、周囲がざわつく。責める言葉ではなく、知らなかったという困惑の声だ。
見捨てた身勝手な連中。そう一括りにするのはまだ早かった。
「俺らが持ってるこれって……そうだったんだな」
「そうだったんだ。どおりで細かな情報まで網羅されてるわけね。安宿とか」
「ああ。全員が全員、悪いやつじゃないってことさ」
カナタやミナ、ソウジの声が順に。そしてソラトも同意見だった。右も左もわからなかった時、ガイドブックには大いに助けられた。安全な行路。モンスターの習性や癖。まさに命綱ともいえる情報。それらは時に巨大な盾として彼らを守っていた。
「いいか、情報は誰にでも手に入れられた。それでも多くが死んだんだ。その反省を踏まえてどうボスに挑むのか。それがここで論議されるものだと、オレは考えていたんだがな」
エギルの言葉に、会場を満たしていたざわめきは少しずつ静まっていった。残ったのは沈黙。キバオウは無言のまま立ち尽くしていたが。すぐもといた場所へ戻っていった。
「それじゃあ、再開していいかな?」
ディアベルの声は、重苦しい空気の広場を清涼剤のように駆け抜けていった。先ほどまでの、一触即発の爆弾じみた光景が嘘のように遠のいていく。誰もが、広場の中心に立つ男に耳を傾けていた。
「先ほど、例のガイドブックの最新版が発行された。それによると、ボスの名は《イルファング・ザ・コボルド・ロード》そして取り巻きの《ルインコボルド・センチネル》は、最大で3体まで同時に湧くようだ」
既に、ガイドブックにはボスの情報が記されていた。
情報の有無は、攻略難易度を左右する。ボスモンスターの性質がわかっていれば、戦う前にに対策を立てられる。役割を決め、装備を揃え、避けるべき攻撃も共有できる。死に戻りができないこの世界では、ただの予習なんかじゃない。
生き残るための条件だ。
「ボスの武器は斧とバックラー。4段あるHPバーの最後の1段が赤くなると、曲刀カテゴリのタルワールに持ち替え、攻撃パターンも変わる」
基本に忠実なボスかと思ったが、どうやら違うらしい。いや、攻撃パターンが変わるということこそ、この世界が最初に課した試練なのかもしれない。
決められた手順をなぞるだけではいけない。そこまで通じていた距離、回避の癖、仲間との連携。それらは最後に否定される。しかしそこで立ち止ってしまうのなら、100層到達は夢のまた夢だ。いかなる状況であれ、その場で答えを掴み取ること。それができなければ、この先を登っていくことなんて不可能と言いたいのだろう。この世界……否、茅場晶彦は。