BLUE RESONANCE ーSWORD ART ONLINEー 作:銀コップマン
攻略会議を終えたその夜、《トールバーナ》の中央広場では、攻略メンバーによる決起会(仮)が行われていた。少し危うい雰囲気だったディアベルとキバオウも、信頼の証として腕を交差させ、酒……のようなドリンクを酌み交わしている。
「なんつーか、賑やか……だよな」
「明日がボス戦なのに呑気、って言いたいわけ?」
「ちげーよ! もっとこう……重い雰囲気かなって思ってたんだよ」
ミナへ反論しているカナタの言葉にも理解できる。この状況下では、自然と空気が重苦しくなると思っていたのだろう。事実、昼間の攻略会議では重たい雰囲気であったのだから。しかし今は打って変わって、肩の力を抜いた楽しい雰囲気が場を包んでいる。昼間とのギャップに困惑しても仕方のないことであった。
「逆にこっちの方が良いだろ。明日まで昼間みたいな空気が続く方が、俺は耐えられない」
「私も同じかな……」
ソウジとユイナは、苦笑いを隠しきれていない。カナタは2人の言葉に同意するように頷く。確かに、昼間よりも今のほうがずっと心地よい。ならば、とすぐに気持ちを切り替えたカナタは、ほかの者たちと同じように少しずつテンションを上げていく。
「よ~し、それじゃ折角だしたくさん飲もうぜ!」
「もう、そうやってすぐ調子乗る」
「ミナちゃんもちゃっかり飲み物取ってきてるけど……」
「ユイナー! 言わなくていいの!!」
「ご、ごめんなひゃい……」
賑わいの中、端でソラトは1人で座っていた。元々、こうした賑やかな場が苦手なのだ。それを見かねたソウジは、彼の隣に腰を下ろした。
「ソラトはどうだ?」
「どうって言われても……」
ソウジの言わんとしていることは既に察している。でも、ソラトは言葉が出てこない。今の気持ちを言語化できるよう思考を巡らせる。ソウジもそれがわかっていたのだろう。あまり深く悩ませまいと、言葉を続ける。
「だったな。別に無理に─────」
「けど、悪くない……こういうのも」
上手く言葉にはできない。それ以外で伝えられる手段がある訳でもない。でも、彼は彼なりの言葉で今の気持ちを伝えた。ソラトの言葉を隣で聞いたソウジは「そうか」と満足そうに答えた。
「そうだ。明日の立ち回りを少しだけおさらいしておきたいんだが、クレナさんはどこにいるんだ」
ソウジは辺りを見回したが、ドリンクを酌み交わしているプレイヤーたちの中には、鎧を着た槍使いの姿はなかった。パーティーを組んでいるとはいえ、フレンド登録をしている訳ではない。故に追跡も出来ない。
「インスタントメッセージを送るしかないな」
インスタントメッセージとはフレンド登録していなくても、名前さえ知っていれば飛ばすことの出来るメッセージのことだ。しかし制限もあり、同じ層にいないと送ることができず、読まれたかどうかもわからない。ただ、”同じ層にいないと届かない”という点に関しては、まだ1層攻略中なので助かったと言える。要はメッセージを送って場所を聞き、訪問するしかないということだ。
するとカナタはソラトの肩をポンと叩く。さらにキラッと効果音が付きそうな歯まで見せて。
「ってなわけで、ソラト頼んだ」
「……なんで?」
「パーティー誘ったのは俺。そんで次からはお前の番。バトンタッチってやつ!」
理由をつけているが、ソラトにはお見通しだった。カナタは怖くて行きたくないだけだろう。それがもう透けているので、ソラトは露骨に嫌な顔をカナタに向けていた。
「いや、ほんと頼むって! お前動じなさそうじゃん!?」
「ただ会って話すだけだろ?」
「だけどよ……」
「がんばれ」
「お前意外にドライか? 昼間は俺頑張っただろ!!」
カナタとの攻防を繰り広げる。けどあまり長引かせても時間を無駄に消費するだけだ。ソウジに目配せしても、頼むと目でお願いされていた。
「わかった。行ってくる」
「流っ石! ナイスだぜソラト!!」
「「調子のるな(らないの)」」
ミナはカナタへ手刀を撃ち込んでいる。何気ないやり取りを横目に、ソラトは腰を上げた。
「といってもどこに……」
とりあえず周辺にいるのか、もう一度だけ探すことにした。広場から少し奥へ進んだ所に小さな噴水が。さらにそこには先客2人が座っていた。1人は軽装なチェストプレートに片手剣装備。もう1人の装備はよく見えず、赤いローブを被っているので誰だかわからない。
「……!」
「どうしたんだ?」
2人に警戒されてしまったようだ。何を勘違いしているのか知らないが、無害であることを両腕を上げてアピール。さらに同時に彼らへ尋ねてみた。
「槍使いを探してるんだ。鎧装備でアーメットをしている奴なんだが」
「いや、ここには誰も来てないぞ」
「そうか、悪かった。ありがとう」
それだけを言い残し、ソラトは踵を返した。道中インスタントメッセージを送ってみたところ、すぐに返ってきた。場所を教えてもらい、彼はその宿屋へと向かうこととなった。
◆◇◆◇◆
ドアをノックする。数秒後、開いたドアの向こうには鎧姿のクレナが立っていた。どうやら人前に出るときは鎧姿らしい。ソラトは淡々と事実だけを伝えに来た。彼に気の利いたことは何も言えない。
「メッセージの事だ。ちょっとソウジたちと打ち合わせをさせてくれ。いいか?」
クレナはメッセージウインドウを立ち上げ、素早くキーボードに手を滑らせる。数秒後、通知音とほぼ同時にソラトもウインドウを開く。
───本当に明日の立ち回りだけ?
「ああ。それだけだ」
メッセージでの返答。そして昼間の身振りだけでの意思表示。目の前の人物は多分、話したくないのだろう。これまで会話で何か不都合があったのかもしれない。チャットを基本使わないこの世界……そしてパーティーメンバーとしては致命的な欠点だ。しかし、今更面倒だからパーティーを解消する……なんて非常識だろう。それに、明日のボス攻略が何事もなくクリアできればいい。ソラトが目の前のプレイヤーに期待しているのはそれだけだった。
───すみません。まともに話もしないで。
クレナ自身もわかっている。この行動がどれだけ手間で、パーティーに迷惑をかけていることくらい。でもそうせざるを得ない理由があるのだろう。じゃなきゃ謝ってきたりはしない。
「……」
───ただ……明日は足手纏いにならないようにする。
「……別に話したくないなら、話さなくていい。あんたにはあんたの……事情があるんだし」
アーメットが微かに動く。視線がこちらに向けられている……ような気がする。
「ただ、明日だけとはいえ今は同じパーティーなんだ。あんたにも死んでほしくない」
ソラトは自分でも言ってて驚いている。言ったことは本心からなのか、取り繕っているだけなのか……それすら自分ではわからなかった。でも、1か月前の自分ならこんなことは言わなかっただろう。それだけは断言できる。
「だから少しだけでいい。明日の立ち回りだけでも、確認させてくれないか」
考える素振りを見せている。身振り、そしてメッセージで返答することについて何か言われることを危惧しているのだろう。
「俺から説明する。多分、ソウジたちもわかってくれる。必要なら俺があんたの代わりに話すよ」
首が縦に振られる。どうやら、話を聞いてくれるようだ。
「……行こうか」
《トールバーナ》の広場へ戻るまで、ソラトは無言のまま。無論、クレナも声を発したりはしなかった。でもクレナの歩みからも、ソラトは後ろめたさのようなものを感じ取ってしまう。
「……別に訳なんか聞かない。話せないなら、話せないなりに合わせてくれればいい」
クレナを見ることなく、ソラトは前だけを見て口を開いた。
「俺たちがやるのは基本、取り巻きの処理だ。危ないと思ったら下がって、攻める時は前に出る。わからなかったら……ソウジとか、カナタとか……俺を見て合わせてくれ」
クレナの足が止まった。
「それだけで来てれば、俺たちは文句は言わないよ」
足音が止まったのを気にして、ソラトは後ろを振り返る。アーメットの奥で、クレナがこちらを見ている気がした。
「……ま、まあ、声がなくたって戦闘は出来るし。なんか、あんたも強そうだし」
鎧姿の槍使いはゆっくりと頷いてくれた。
───わかりました。ありがとう。
「それでいい」
わざわざメッセージまで送ってくるなんて。律儀なんだか捻くれてるんだか。流石のソラトもそれだけは口に出さなかったが。でも、何か力になれたようであれば、それはそれで嬉しかった。
その後、ソウジたちを含めて、明日のボス戦について立ち回りを再度復習することとなった。
◆◇◆◇◆
翌日、いよいよボス攻略当日。
今日は朝10時に広場集合だが、現時刻は朝の6時を少し回ったところ。ソラトは不意に目が覚めたため、宿屋の外へと足を延ばしていた。日の出の時刻も季節によって異なるのか。まだ周囲が明るくなり始めている状態であった。
「……」
目に入る範囲で外にいるのは、殆どがNPCだった。しかしその中に目立つプレイヤーカーソルが。目を凝らしてみると、その人物はソラトのパーティーメンバーの1人だった。
「ソラト……おはよう」
「……おはよう」
ソラトに気付いた少女、ミナの声はどこかか細いものであった。その様子を察したソラトは、静かに彼女の隣へ腰を下ろした。しかしソラトから声を発することはない。彼はただ景色を見ているだけだった。
「ソラト、私ね……やっぱり怖い……」
「そっか」
ミナは震える手を抑えるように、手を握りながら心の内をさらけ出した。それを聞いたソラトは、ただその声に耳を傾けるだけだ。
「ソウジやユイナ、カナタ、ソラトがいるってわかってる。それに私が選んだことだってのもわかってる。それでもね……」
HPが0になれば本当に死ぬこの世界。そして今日はボス戦だ。フィールドにいるモンスターとは比較にならない攻撃力と行動パターンを有している。そんなボスに負ければどうなるか。それを考えるだけで震えてしまうのは、人として当然だろう。
「……誰だって怖いよ。ボスと戦ったことはないし、死ぬことは許されないんだから」
「ソラトは強いね……」
力のないミナの声が空気に溶けていく。隣に座るソラトは少し間を置いてから口を開く。
「強くなんかない……えっと……みんながいるから……やれてるんだと思う」
彼の返答に、ミナは驚いた。確かに自分たちと仲良くやれているように思えるが、ソラトがそこまで思ってくれているとは。仮に嘘だとしても、ミナは嬉しかった。だからなのか、先ほどまで心に渦巻いていた恐怖心が晴れていくような気がした。
「ソラトがそんなこと言うの……なんか意外」
「なんだよ。……結構頑張ったのに」
「あははは、違うよ。ありがとうって意味!」
「……やばくなったら、ソウジとかカナタ、ユイナが守る」
その言葉にミナはからかうように顔を近づける。
「ソラトは~?」
「俺は……うん。俺も守るよ」
ソラトの答えに、ミナは満足するように笑顔を見せた。
「そう言ってくれると、なんだか安心するな」
彼女の笑顔を見て、自分の言葉も誰かの力になるのだと知ったのだった。
10時集合を境に始まったボス攻略戦。今は迷宮区に続く道を、ディアベルを先頭にして歩みを進めている。緊張しているのだろう。話し声はあまり聞こえてこなかった。
「にしても不思議だよな」
「不思議……?」
ふとカナタが呟き、ユイナは首を傾げながらその言葉を拾う。
「こうやってみんなで移動するのって、今までのゲームじゃ考えられなかっただろ? それを意識したらさ、なんだか不思議じゃねって話」
「……確かに。言われてみるとわかる気がするな」
プレイヤーが己の足で、親玉へ戦いを挑む。これまでとは似て非なるゲーム体験だった。皆が踏みしめる土の音や感触。擦れる鎧や武器。再現される自然の匂い。知らないはずなのに、知っているような違和感。仮想なのに、現実だと錯覚させるそれらはリアルとヴァーチャルの境界線を曖昧にさせている。
「これがいつかは……日常的になっていくのかな?」
「……日常?」
ソラトが問い返すと、ミナは顔を上げた。
「うん。フィールドの出てレベルを上げて、ボスを倒して次の層に。まだこの上に99層もあるんだから自ずとそうなっていくのかなって」
今は不思議で刺激的なものに見えているのかもしれない。でも、同じ刺激は長く続かない。このサイクルが当たり前になっていけば、それはもう単なる日常へと変わっていく。この日常に慣れ切った時、誰もがSAOの……本当の意味での”住人”になってしまうのだろうか。そんな想像が心の奥を冷たく撫でたような気がする。そう思うと、なんだか怖い。
「……どうだろうな。その答えは、まず”今日”を突破しないと出ないんじゃないか?」
風を切るように、ソウジの言葉がみんなの間を通り抜けた。重くなりかけていた空気が、がらりと変わる。今はただ……前に進むしかない。そう思わせる言葉だった。