将来どうっすかな。
十五歳となった少年、神賽継蔵《かさいけいぞう》の最近の悩みの種である。
「······」
春休みの昼過ぎ。リビングのソファに寝転がりながら、進路希望調査票を腹の上に置いたまま、テレビを眺めていた。
画面の向こうでは、派手な衣装を着たヒーローがヴィランを倒しただので、きゃーきゃー黄色い歓声に包まれながらインタビューを受けている。
寝転がりながら、ポテチを口に放り込む。
「ヒーローねぇ···」
興味がないわけではない。
物心ついた頃からこうもメディアに取り上げられていれば嫌でも興味を持つ。
なにしろ自分は戦える。
しかも、かなり。
自身の右手を持ち上げた。
十年間クソジジイと鍛錬を行ったが、クソジジイの要求水準までは届かなかったこの手。
その手を軽く握り、円錐形に拳を細め暗刃を·····
「···」
やめた。
家の中で忍手暗刃なんぞ使ったら、またガラスがぶっ壊れて面倒なことになる。
以前、やった際にはクソジジイに死ぬほど怒られた。
何か口答えするたびに、拳骨が落ちてきた気がする···
「····あのクソ爺」
師匠が死んでもう二年以上になる。
五歳のころから一緒だった。そのころにはもう、ほとんど毎日修行させられていた。
走れ。
跳べ。
気配を殺せ。
避けろ。
縫え。
治せ。
生きろ。
古臭い忍びの技を、嫌というほど身体へ叩き込まれた。
だが、中学一年のときその師匠が死んだ。
死ぬ少し前から本人も分かっていたようで、遺言は実に簡潔だった。
『医者を呼ぶな。俺の身体を調べさせるな。蔵の薬を使って処理しろ。後は埋めろ。』
最後まで面倒臭い爺だった。
師匠の身体には、忍びに伝わる薬やら何やらが大量に使われているらしい。
そのせいか、人に身体を調べさせるのを極端に嫌う爺さんだった。
仕方がないから言われた通りに処理した。遺言通りに一人で処置をして、一人で穴を掘って、一人で埋めた。
家の裏には師匠の墓がある。
見つけてきたデカい石に名前を刻んだだけだ簡素なものだ。
埋葬を終えた日は、さすがに少し寂しかった。
翌朝、修行しろとも言われなかった。
学校から帰ってきても誰もおらず、最初の何週間かは、妙に家が広く感じられた。
しかし、人間というものは、悲しいかな環境に適応する。
ましてや、十三の少年が夜更かししても怒られない。好きなものを食っても怒られない。ゲームを何時間やっても怒られない。
そして、修行をサボっても殴られない。
「…………最高では?」
そう気づくまで、大して時間はかからなかった。
極めつけは、師匠が残した通帳だった。
残高を見て、一度閉じた。もう一度開き改めて数字を確認した。
「一、十、百、千、万……」
十万
百万
千万
「…………」
億。
「…………師匠」
継蔵は泣いた。
「ありがとう……!」
師匠の死後、もっとも泣いたかもしれない。
どうやって稼いだのかは知らない。昔の仕事なのか、資産運用が異常に上手かったのか。
普通に暮らしていれば、当分どころか、下手をすれば一生困らない。それほどの額が、口座には入っていた。
そんなわけで、師匠の死後それなりに楽しく過ごしてきたわけであるが、十五歳となり、冒頭の悩みが発生したのである。
金はある。
家もある。
健康である。
一人で生活する能力もある。
十五歳にして、人生に必要そうなものを大体手に入れてしまったのである。
「…………」
だからこそ、これから何をすればいいのか分からない。その日の夕方、縁側に座ってぼけっと山を眺めていた継蔵は、ふと口を開いた。
「俺、このままでいいのか?」
鳥が鳴き、風が吹き、木々が揺れている。
しかし、人はいない。
「…………」
静かだった。師匠が死んでから、ずっとこんなものだった。
学校へ行けば同級生はいる。しかし、帰ってくれば一人。家の周りにあるのは、山、林、森。
「…………」
高校へ行き、卒業し、金はあるから働かなくてもまあ困らない。
二十歳。
三十歳。
四十歳。
五十歳。
「…………」
ずっと一人でこの場所で暮らす。
「····嫌だな」
即答だった。
では何が足りないのか。金ではない。力でもない。家でもない。
真剣に考えた末気づいた。
「…………女だ」
気づいてしまった。
「女だわ」
十五歳。健全な男子中学生である。
「彼女欲しい」
可愛い子と付き合いたい。放課後、一緒に帰りたい。休みの日に出掛けたい。手とか繋ぎたい。キスとかしてみたい。
そもそも。
「俺、青春してえわ」
なんで十五歳にして、こんな辺鄙な山奥の一軒家で一人、鳥と虫の声を聞いてにゃならんのだ。
「おかしいだろ!」
誰も答えない。
「五歳からクソみてえな修行して!」
山彦すら返ってこない。
「師匠死んで!」
振り返り、家を指差す。
「家と金だけ残されて!」
通帳には数億円。
「それで俺はこの先何十年、ここで一人で暮らすのか!?」
嫌だった。猛烈に嫌だった。
この場で決意した。
「都会に出るべ」
決まった。
実に十五歳らしい人生設計である。
問題は高校選択だった。
「どうせなら金も女も手に入れられそうなところがいいな」
金はもうあるが、多くて困るものでもない。
できれば共学。当然である。
可愛い女子が多ければなおよし。非常に重要である。
そして、せっかく十年間も叩き込まれた技術を腐らせるのも少々もったいない。
「年収……高校……」
縁側に座り直し、スマートフォンで調べていると、卒業生の平均年収を比較した記事が目に入った。その一番上にあったのが、雄英高校だった。
雄英高校。日本有数のヒーロー育成校。
「…………」
戦闘、災害救助、颯爽と現れ、人を助け、黄色い歓声を浴び、美人な嫁、結婚、子ども。
人生のプランが頭のなかにはっきりと浮かび上がった。
ふと、疑問が頭をよぎる。
「俺、無個性だけど」
まあいい。大丈夫だろう。
今まで培ってきた隠行、走力、そして、忍手暗刃。その辺の相手に負けるとも思わない。
「ヒーロー科……」
雄英高校でも花形中の花形。同年代の入学者のなかでも頭一つ抜けて注目される。
当然、女の子からの黄色い歓声も途絶えない。
「…………」
悪くない。
かなり悪くない。
「よし」
スマートフォンの画面を消した。
「雄英行くか」
日本最高峰のヒーロー育成校への進学を決めた瞬間としては、おそらく相当に志が低かった。
世界平和だとか、人を助けたいでもない。憧れのヒーローがいるわけでもない。
ただ、山奥で一人寂しく生きていくよりーー
「高校くらい、青春してえもんな」
それだけだった。
上機嫌で立ち上がり、家へ戻ろうとしたところで、ふと足を止めた。少し離れた場所に、石の墓がある。
「師匠」
返事はない。
「俺、ヒーローになるわ」
当然、返事はない。
「…………」
師匠が生きていれば、『修行はどうする』くらい言われただろうか。それともあるいは、
『好きにしろ』の一言で済まされたかもしれない。
「まあ、楽しんでくるわ」
墓に背を向け、家の中へ戻ろうとしてから、小さく付け足した。
「…………彼女できたら報告してやるよ、師匠」
返事はなかった。それでも、家へ戻るその足取りは、さっきまでよりずっと軽かった。
ヒロアカはアニメで2期くらいまでしか見てないので、見直そうと思います。