雄英高校を受ける。
そう決めてから、最初にやったことは過去問を買うことだった。
「…………」
ぱらぱら
「むず」
さすが国内屈指の名門校。
中学校の定期試験とは訳が違う。ぱらぱらと全体を読み終え問題集を閉じた。
「まあ、半年あるし」
どうにかなるだろ。その程度の軽いノリだった。
◇
大前提として神賽継蔵は記憶力が良い。
正確には、良くなるように幼い頃から仕込まれている。
見たもの、聞いたものを覚える。それだけではない。
地形、人相、声、身体的特徴、匂い、そして、巻物の内容。
忍び働きをする人間が、それらをいちいち、『忘れました』これでは話にならない。
この点に関しては、幼いころから師匠に散々叩き込まれた。
それ故なのか、別に勉強が苦手ではなかったし中学では、ろくに勉強などしなかったが一度も学年一位から落ちなかった。
そんな人間が半年間、普通に受験勉強をした結果。
「…………」
模試の結果を見る。
雄英高校ヒーロー科。
判定 A
「お」
もう一度見る。
判定 A
「やったぜ」
その紙を机に置いた。
「じゃ、ゲームしよ」
それ以上の感慨はなかった
◇
そして入試当日。
筆記試験開始から、およそ三十分。
「…………」
終わった。一応、見直したのだが、
ふんふんふん
目を滑らせるように一問ずつ確認していく。
問題なし。
「…………」
暇になってしまった。試験終了まで、まだかなりある。
頬杖をつくこともできないので、仕方なく姿勢を保ったまま前を見る。しかし、暇だ。猛烈に暇だ。
ふと入学後の高校生活を考える。
男女共学。同年代が大量にいる。
「…………」
ぼんやりと考えた。そういえば俺って、結構条件いいんじゃないか?
身体能力は高い。頭もそこそこいい。顔、これは自分で言うのも何だが、いい。
師匠にも昔、『お前は顔だけなら苦労せんだろう』と言われたことがある。
金もある。というか師匠が残した金が腐るほどある。
家持ちしかも広い庭付きの一軒家。
あと、髪も長いしな。
「…………」
長いのともては関係あるのだろうか?
分からん。
でも女の子からは、綺麗だとは言われたことがある。
つまり、継蔵は一つの結論に至った。
――俺、モテるのでは?
「…………」
頭の中で、理想の高校生活が次々と流れていく。
彼女。放課後デート。手を繋ぐ。キス。一緒に祭り。お家で一緒に試験勉強。放課後の薄暗い教室でふたり。甘酸っぱい青春のかほり。
「…………」
いける。
何の根拠もないのだが自信が湧いてきた。
少しだけ自分のこれからの計画に夢を馳せながらニヨニヨと時計を眺める。
その様子を試験監督は、少し離れた場所から見ていた。
「…………」
開始三十分ほどで鉛筆を置いた受験生。
見直しも一回見ただけでやめたようなのだが、しかし、かといって寝るでもない。
緊張しているようにも見えない。
ただ、鉛筆を置いてからは、妙に嬉しそうな顔をしている。
――何だあいつ。
当然、そうなる。
◇
筆記試験後、教員側でも少しだけ話題になった。
「やたら早く終わらせてた奴がいたな」
「諦めたんじゃないか?」
「記念受験か?」
「……別に珍しくもないだろ」
近くで話を聞いていた相澤が、興味なさそうに口を挟む。
雄英には毎年、大量の受験生が来る。
筆記で躓く者もいる。 実技だけに賭ける者もいる。 単純に手も足も出ず、早々に諦める者だっている。
試験開始から三十分で鉛筆を置いた受験生が一人いた。それだけの話だ。
「それより、次の準備は?」
「ああ、もう始めてる」
「ならいい」
相澤はそれきり興味を失った。
この後には、ヒーロー科入試の本番とも言える実技試験が控えている。
この時点では、神賽継蔵という受験生の名前すら覚えていなかった。