実技試験。
筆記試験を終え、説明会場へ移動した。
そこで待っていたのは、雄英高校教師にしてプロヒーロー、プレゼント・マイク。
スクリーンには、実技試験で使用される仮想敵の姿が映し出されている。
倒した仮想敵に応じてポイントが加算される。
制限時間内に、より多くのポイントを獲得しよう。
説明を聞いた限りでは、至って単純な試験だった。
◇
周囲では、先ほど聞いた試験内容について話す者や、身体をほぐしている者がいる。いよいよ実技試験ということで、受験生たちの間には緊張と興奮が入り混じったようなざわめきが広がっていた。
「…………」
何とはなしに周囲を眺める。
派手な髪。変わった身体。明らかに人工物のようにしか見えない器官を持つ者までいる。
多種多様、千差万別。
そんな言葉を、これほど実感を伴って眺める機会もそうないだろう。
さすがヒーロー科を受けに来るだけあって、見ているだけでも結構面白い。
そんな中、一人妙なのがいた。
「…………?」
人がいる。
いや、正確には姿が見えない。
人混みの中に、手袋と靴だけがぽつんと浮いている。
(透明人間か)
おそらく、そういう個性なのだろう。
しかも試験に備えているのか、身につけていたものをいくつか外している。
「…………」
(気合い入ってんな)
透明であることを活かすなら、余計なものを身につけていない方がいい。それ自体は理にかなっている。
そう思って見ていると、透明人間の方から明るい声が聞こえてきた。
「よーし、頑張るぞー!」
「…………」
女の子だった。
しかも、声が滅茶苦茶可愛い。
となると。
もう一度、透明な少女を凝視する。
(顔も可愛い可能性、高いのでは?)
もちろん何の根拠もない。
声が可愛いから顔も可愛い。
そんな理屈が成り立つのかは知らない。
だが、気になるものは気になる。
そもそも、透明とはいっても本当に何も見えないのだろうか。
光の当たり方次第では、顔の輪郭くらい見えたりしないものか。
「…………」
試しに少し横へずれてみる。
見えない。
なら反対側。
やっぱり見えない。
少し屈んで下から見てみても、浮かんだ手袋の間には向こう側の景色が見えるだけだった。
「…………」
今度は少し離れる。
駄目。
太陽の位置を確認して、光の当たる方向からも眺めてみる。
やっぱり駄目だった。
(すげえ。本当に透明だ)
どこから見ても何もない。
輪郭すら分からない。
個性として考えれば相当便利そうだった。
(忍者適性僕よりも高いのでは?)
そんなことを考えながら、もう少し角度を変えてみようと横へ動いた、そのときだった。
「…………?」
透明な少女がこちらを向いた。
顔は見えない。
それでも分かった。
手袋と靴の向きが、完全にこちらを向いている。
「…………」
「…………」
動きが止まる。
向こうも動かない。
ざわざわと周囲の受験生たちが話している中、そこだけ妙な沈黙が生まれた。
「…………」
どうやら、見られていたらしい。
しかも考えてみれば、さっきから何度も位置を変えながら透明な少女の周囲をうろちょろしている。
客観的に見ると、かなり怪しい。
少女の方もそれを思ったのか、浮かんでいる手袋が胸元へ寄り、靴がすっと半歩後ろへ下がった。
「…………」
気まずい。
非常に気まずい。
何か言った方がいいだろうか。
しかし、何と言う。
『顔が見えないかなと思って、いろんな角度から見てました』
「…………」
駄目だ。
完全に不審者である。
かといって、何も言わずにこのまま前を向くのも、それはそれでおかしい気がする。
どうしたものか。
珍しく本気で言葉に困っていると、不意に試験開始を告げる声が響いた。
「!」
周囲の空気が一変する。
考えるより先に身体が動いた。
地面を蹴り、そのままゲートを抜けて試験会場へ飛び出す。
「あっ!」
背後から透明な少女の声が聞こえたが、振り返らない。
アスファルトを蹴り、並んだ受験生たちの間を抜けていく。
「…………」
走りながら思う。
(助かった)
まさか実技試験の開始に救われるとは思わなかった。
何から救われたのかは考えないことにする。
ともあれ、今は試験だ。
前方にはビルに挟まれた道路が伸び、その左右にはいくつもの路地が口を開けている。
自分より前を走る受験生はいない。
「…………」
(試験中に顔見れねえかな)
そんなことを考えている時点で、さっきの気まずさなど大して堪えていない。
まあ、見られたらラッキーくらいに思っておこう。
そんなことを考えながら、速度を落とすことなく角を曲がる。
「お」
いた。
道路の先に、一体の仮想敵が立っている。
こちらを認識したのか、機械音を響かせながら巨体が動き出した。
距離が縮まる。
それでも足は緩めない。
むしろ、そのまま真っ直ぐ仮想敵へ向かっていく。
向こうも迎え撃つように腕を持ち上げた。
軽く拳を握る。
「頑張るか」
そのまま、一切速度を落とさず間合いへ飛び込んだ。