仮想敵の腕が振り下ろされるより早く、その懐へ潜り込んだ。
走ってきた勢いを殺さないまま跳びあがりその首を蹴り折る。
金属のひしゃげる鈍い音が響き、首元の配線が引きちぎれた。
頭部を失った巨体が大きく揺れたかと思うと、駆動音が途切れる。
継蔵はその横を駆け抜け、背後で倒れる音を聞きながら次の標的へ向かった。
試験は始まったばかりだ。制限時間を考えれば、一体壊した程度で足を止めている暇はない。
続いて迫ってきた二ポイントの仮想敵の尾を紙一重でかわし、そのまま跳び上がる。
頭部を掴んでひねると、首はあっさりとねじ切れた。
そこからはもう流れ作業だった。
仮想敵の動きは鈍重でありわざわざ首を狙わなくても、打撃で装甲ごと破壊できる。
頭の中でポイントを数えながら、目についた仮想敵を次々と倒していった。
何体目かを破壊し、次の標的を探していたときだった。
「きゃっ!」
少し離れた路地から女の子の声が聞こえ、足を止めた。
「…………」
聞き覚えがあった。
試験前、「よーし、頑張るぞー!」と気合いを入れていた、あの声。
すぐに方向を変え、声のした路地へ向かった。
路地の奥には仮想敵が一体いた。
その足元をよく見ると地面についた手袋と、不自然な向きに投げ出された靴が見える。
あの時の透明な少女だった。
攻撃を避けた際に転んだのか、地面を押す手袋の動きからすると、立ち上がろうとしているらしい。
その頭上で、仮想敵が腕を持ち上げた。
「あ、ちょっ――」
少女が言い終わる前に、地面を蹴っていた。
仮想敵の振り下ろされる腕より早く少女の横を駆け抜け、跳び上がって仮想敵の首を蹴り折る。
着地と同時にその胴体へ拳を叩き込むと、装甲が深く陥没した。
仮想敵はそのまま吹き飛び、路地の壁に激突した。内部で金属の潰れる音が響き、今度こそ完全に動きを止める。
「大丈夫?」
振り返ると透明な少女は座り込んだまま、こちらを見上げているらしかった。
「…………」
「…………」
なんとなく覚えのある沈黙に、試験前の気まずいやり取りを思い出す。
向こうもこちらに気づいたらしく、浮かんだ手袋が継蔵を指さした。
「あっ!さっきの人!」
「どうも」
「私のことずっと見てた人!」
「言い方」
弁明したいところだが、これ以上ないほどの不審者ムーブは事実なので強く否定できないのが困る。
「いや、違うんだよ。透明な人初めて見たから、本当に何も見えないのかなって」
「だからあんなに色んなところから見てたの!?」
「うん」
「うんって!」
怒っているのか呆れているのか、顔が見えないので分からない。
ただ、声からすると本気で嫌がっているわけではなさそうだった。
少し安心してから、座り込んだままの少女へ手を伸ばした。
「立てる?」
「あ、うん!」
少女の手袋が、差し出した手を握った。引き起こしてみると、足を痛めている様子もない。
転んだだけらしい。
それを確認したところで、ようやく今が試験中だったことを思い出した。
「じゃ」
「ちょっ、ちょっと待って!!」
走り出した背後から、慌てた声と足音が追ってきた。
少し速度を落として横を見ると、手袋と靴だけがこちらと並んで走っていた。
大通りに出る手前で、二体の仮想敵が目に入った。まだこちらには気づいていないらしい。
継蔵は片方を指さして少女に示すと、もう一体へ向かって路地から飛び出した。
相手が振り向くより早く距離を詰め、胴体へ拳を叩き込む。
崩れ落ちた仮想敵から隣へ目を移すと、少女が向かった方も、すでに動きを止めていた。
どうやって倒したのかは分からないが、ひとまず心配はいらなさそうだ。
大通りには、まだ仮想敵が何体も残っている。
少女も同じことに気づいたらしく、浮かんだ手袋がぎゅっと握りしめられた。
継蔵は隣へ顔を向けた。顔も目も見えないのに、ふと視線が合ったような気がして、小さく頷く。
応えるように、少女の手袋が軽く持ち上がった。
――お互い、頑張ろう。
残された時間は少ない。それ以上の言葉を交わすことなく、二人はほとんど同時に駆け出した。
継蔵は右へ、少女は左へ。それぞれ次の仮想敵を求め、別々の通りへ向かう。
数歩進んだところで、継蔵はふと名前を聞いていなかったことに気づいた。
けれど、今から引き返して呼び止める時間はない。
一方、反対側の通りを走る少女も、助けてくれた少年の名前を聞きそびれたことを思い出していた。
――試験が終わったら聞こう。
互いの名前すら知らない二人は、まったく同じことを考えながら、それぞれ次の仮想敵へ向かっていった。
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