TS転生吸血鬼(同族狩り) 作:カッティングエッグ
1話
フォークに刺したソーセージを、まるごと口の中に入れる。
相も変わらずの、癖の強い味。強烈な塩味とハーブの匂いに顔をしかめながら、血と内臓の混ざりあった濃厚な臭みを、時間をかけて味わう。
ドロドロになったら飲み込み、口に残ったギトギトの脂は、ぬるくて不味いビールで中和し、最後に水で口直し。
「嬢ちゃん、そのソーセージをよくそのままで食えるな」
剥げた頭の酒場の店主が、眉間にシワを作って話しかけてくる。ドン引きって感じの表情だ。
普通、ソーセージはスープに入れて、塩気と油を溶かし込んで食べるものだ。でなければ、とてもじゃないが不味くて食べられるものではない。
「悪食なので」
そう答えると、店主は鼻で笑いながら口を開いた。
「違いない」
勿論、私も以前はこんなソーセージをそのまま食べるなんてことは出来なかった。
これが好ましいと感じるようになったのは、吸血鬼になってから。
食費が安く済むことを喜ぶべきか、舌が馬鹿になったと悲しむべきか。
哀しいかな、この世界は前世の日本ほど美食がありふれていないので、私は前向きに捉えている。
皿洗いを始めた店主の禿頭を眺める。別に面白くもなんともないが、何となく。料理に髪が混入する心配が無いのは、禿頭の数少ない利点だろう。
しょうもないことを考えながら、周囲から聞こえてくる喧騒に、耳を傾ける。
ここは
周囲のテーブルから、断片的に会話が聞こえてくる。
「俺の女房よぉ、無駄に着飾りやがって生意気なんだよ。そのくせ俺がやっすい酒を飲むだけで不機嫌になりやがる」
「俺らのきつい仕事に対する敬意を誰も持っちゃいねえ!」
「あー、誰か俺に金を恵んでくれねえかなー」
...大半がただの愚痴であり、聞くに堪えない。
しかし、有用そうな情報も聞こえてくることがある。
「最近聞いた話なんだがよ。ちょ~別嬪な伯爵令嬢が魔物に襲われて死んじまった。可哀想な話だと思うよな?」
言葉とは裏腹に、声色は明るい。貴族の悲劇など、酒のつまみにしかならないのだろう。
「ああ!天にまします我らが神よ!哀れな魂を救い給え!なんてな!今のうまかったか?」
周囲からは笑いが漏れる。芝居がかった台詞は、棒読みで下手くそだった。
「いいから続きを話せ」
「おう。実際、そいつの亡霊が街道を彷徨って貴族を片っ端から殺しているんだとよ。へへっ、そりゃ死にきれねぇよなぁ。別嬪な貴族のお嬢様だぜ?これからいい目を見れたはずなのになぁ!」
そう言って、無精髭を生やした金髪の男はビールジョッキに口をつけた。
知性の欠落と、人間から人外への変化。両方を同時に引き起こす存在を私は一つしか知らない。
犠牲者が出ているのであれば、騎士団が動き出すだろう。
もしかすると、私の殺したい「英雄」も。彼奴らは共犯者だから。
噂について調べてみてもいいかもしれない。
それはそうと、悪い気分になってきたので、店を出ることにする。
「店主、これお代」
皿洗いをしている店主にそう言い、硬貨を数枚カウンターに置く。すると、店主はチラ見で金額を確認し、皿洗いを再開した。
無愛想な店主に背を向けて出口に向かって歩いていると、品のない噂話をしていた無精髭の男が、ビールジョッキを掲げてこちらに近づいてきた。
「噂をすりゃあ、ちょうどキレーなお姉さんがいるじゃん!一緒に飲まないか?」
酔いによるものか、下心か。男の顔は真っ赤で、表情はにやけている。男の飲み仲間達は、見物と洒落込んでいるようだ。
「遠慮させてもらう」
「いいじゃん、ちょっとぐらい」
そう言って、男は私の腕を掴んだ。鍛え上げられた太い手は、私の手の2倍は大きいように思える。身長は190cmはありそう。普通に羨ましい。私は今世では160cmちょっとまでしか伸びなかった。
「離せ」
「いいからいいから」
男に、体重差で引きずられていく。
しつこいな。腕を掴み返し、魔力による身体強化で以て徐々に力を込めていくと、男は、引きつった愛想笑いをしながら、あっさり手から力を抜いた。
男の手を振り払い、少々睨みつける。流石につけあがり過ぎだ。
「あー、悪かった。これで許してくれ」
男が投げて寄越した硬貨をキャッチしそのまま踵を返して、店の外に出る。
「お前さぁ、ありゃ明らかに無理だって分かるだろ」
「へへっ美しいものには目がないもんで」
男が飲み仲間に笑われる声が、後ろから聞こえてきた。
夜空は雲に遮られることなく、星空をさらけ出している。冷えた空気が、酒で火照った身体を冷やしていく心地よさ。不味い酒を飲む理由の半分がこれで、もう半分は、ソーセージの付け合せのため。
石畳にブーツの硬いかかとがぶつかって、静寂の中に足音を響かせている。
街灯のぼんやりとした光は、数メートルで勢いを失い、町には暗さが残されている。
私にとっては過ごしやすい。また、霊の類にとっても。
道の上に浮かんでいる黒い靄は、光に逆らって、街灯にどれだけ近づけるか遊んでいるみたいだった。光に押し戻されては、また突き進む。
黒い靄は私に気づくと、逃げ散っていった。
私は強引に浄化するつもりなど微塵もないというのに。
街を歩いていると、時々、幽霊に出会うことがある。その大半は無邪気に、肉体という名の枷から解き放たれたことを喜ぶみたいに、真の自由を謳歌している。
幽霊を見ていると、とっくに消え去ったあの村のことが想起される。暗く濁り、私を導いた魂たち。その残滓が、血に溶け込んだみたいに熱く、私の身体を火照らせている。
あるいはこの火照りは、酒を飲みすぎたせいかもしれない。
いや、きっとそうだろう。