器用なシーフになったので、何事も卒無くこなして生きたいTS転生者 作:しーふぇー
昔から、何事も器用に卒無くこなす人に憧れていた。
人間関係に不和を作らず、自分を蔑ろにされることもない。
そういう人間に、なりたかった。
それでいて、強い干渉を周囲から受けず、気楽に一人で自立して生きていければ最高だ。
無論、現代社会でそんな生き方をするには、相応の覚悟というものが必要である。
かくいうボクも、そういう人生を送れずに迎合してしまった。
だけど、異世界ならばどうだろう。
ファンタジーで文明レベルが低く、魔力という存在のおかげで個人が単独で強大な戦力になれる世界。
生きていくための環境を、自分の実力だけで切り開ける世界。
冒険者という立場なら、比較的自由を実現しやすいそんな世界なら、ボクの理想も叶えられるのではないか。
何よりその世界に転生したボクは、シーフの才能に恵まれていた。
器用で万能、様々な状況に一人で対応できるシーフの能力は、実にボクの理想を体現している。
だから、目指そうと思ったんだ。
そういう器用で何事も卒無くこなせる人間に。
今度こそ、自分を変えられると思ったから。
そうして冒険者となって一人前となり、周囲にそこそこ評価されるまで、まぁ色々と紆余曲折はあった。
失敗や後悔も、決して一つじゃ済まされない。
それでも理想を目指して生きてきた先に、今は少しくらい近付けたのではないかと思っている。
+
”探知”。
声に出すこと無く、自身のスキルを起動させる。
今は周囲に誰もいないダンジョンの中だから聞かれることはない。
とはいえ、普段から声に出さないことで習慣づけておくことは大事だ。
普通の人はスキルを発声しないと発動できないが、鍛錬すれば無音でのスキル起動も可能である。
そして探知は、発声を伴わずに発動した場合、とんでもない利便性が生まれる。
ダンジョン内で罠や宝箱、人や魔物の位置を教える……だけではない。
鍛錬すれば、生命体の”感情”までも探知することが可能。
要するに、探知した相手が友好的か、非友好的か、こちらに悪意をもっているかいないかを判別できる。
相手に発動を悟られることもないから、とにかく撃ち得って感じのスキルだね。
「――生命反応があります」
ぽつりとこぼして、ダンジョンを進む。
こちらも声に出す必要はないのだけど、誰にも気づかれていないのであればそれを気にする必要はない。
スキルは発動を悟られないために無声が鉄板だけど、目的確認は自分の意思を明確にするためにも発声が無難だとボクは思う。
何にしても、先程の探知で映った罠を避けながら、すばやくダンジョンを駆けていく。
時折見かける魔物は避けながら、一直線に目的地へと。
今回は、とにかく時間との勝負なのだから。
――ボクがここへやってきた理由は、冒険者の救出依頼。
昨日ダンジョンに潜った冒険者が帰ってこない。
そんな、よくあると言えばよくある、珍しいと言えば珍しい話。
今どき、ダンジョン内での生存対策は色々あるからね。
それでも不運にも帰ってこれない冒険者がいたら、
ただ今回は救出依頼。
理由は、ギルドカードの生命反応が途絶えていないから。
探知を使うと、生きている人間やそうでないものを区別して探知できるわけだけど、それを応用してこういう機能があるらしい。
まぁ、詳しいことは今話すことではないかな。
とにかく、そういう救出依頼ならボクの出番だ。
ボクはシーフであり、様々な状況に一人で対応できる。
加えて身軽でとにかく行動が素早い。
時間との勝負になりがちな救出依頼をこなすのに最適な人材。
――そう、ギルドにアピールしてきた。
能力を周囲にひけらかすと嫉妬につながるが、自分にしか無い能力をアピールすることは仕事につながる。
卒無く生きるためには、この当たりのバランスが大事なんだな。
「――む」
さて、と。
そうこう言ってるうちに、問題発生だ。
魔物が、いる。
一本道の通路に、巨大なワニの魔物が陣取っているのだ。
シャドウクロコダイルって言ったかな。
今いる中層には普通、出てこないタイプの魔物。
ああなるほど、要救助者はこいつにやられて帰れなくなったのか。
ボクなら倒せる……けど、かなり厄介な戦闘になる。
時間をかけたくない。
であれば、ここは回避するのが鉄板だ。
けど、どうやって?
横をすり抜けるにはスペースが足りず、どうやったって気づかれてしまう。
回避はどう考えても困難だ。
普通にやったら、ね。
――”隠密”、”闊歩”。
スキルを同時に二つ起動。
音を消して姿をくらませ、そして高い脚力を手にする。
これを使ってボクは――
「――っと」
――”吸着”。
使うのは、手と足を地面に粘着させるスキル。
こいつは非常にレアなスキルだ。
なにせただ吸着させるだけなので、あまり使い道がない。
だけど今回みたいな状況では、大きな効果を発揮する。
スキルは手札だ。
一見使えそうにないものも、習得しておけば何かに使えるかも知れない。
シーフはただでさえ器用なんだから、それを活かす方向で自身を鍛えるのが肝心だ。
ともかく、シャドウクロコダイルの視界は広い。
それでも音もなく天井に張り付いたシーフを見つけることはできないだろう。
ボクはそのまま、ゆっくりと某親愛なる隣人よろしく、壁を伝ってシャドウクロコダイルを抜けるのだった。
――目的地にたどり着く。
そこは隠し部屋だった。
一見何もない通路に見えるけれど、うまくギミックを作動させれば中に入ることが可能。
まぁ、ボクにはそのギミックを解除している時間はないので――
――”闊歩”
全力でマナを注ぎ込んだ脚力強化スキルで、壁をぶち破らせてもらったけれど。
シーフだからって、決め手がないと思ってはいけないよ。
そうして入った隠し部屋で見たのは、なんとも凄惨な光景だった。
体中は血だらけで、これで生きているというのが不思議なくらい。
でも確かに、生きている。
一人の少女が、息も絶え絶えにこちらを見ていた。
「おまたせしました。大丈夫ですか? ステラさん、でしたよね」
「――――ぁ、ぅ」
「……あまり無理をしないでください。ボクは君を救出に来ました。シルフィアといいます」
「……!」
ステラという少女の目が、少しだけ見開かれる。
ボクのことを知っているのだろうか。
そこそこ評判だとは思うけれど、それでも他の有名冒険者と比べたら霞むくらいの知名度しかないのだが。
ともあれ、ボクは懐からあるものを取り出して呼びかける。
「貴方にこれを使います。”回生のロザリオ”、生きてさえいれば
「……ぁ」
「ギルドから貸与してもらいました。これを使えば貴方は助かりますが、相応の借金を負うことになります」
「…………」
「――どうしますか?」
試すように、ボクは言う。
現状、この状態の彼女を生存させるにはこのロザリオが必須だ。
ここまでは何とか体内のマナを生存のためにフル稼働させていただろうが、治療するとなるとさらに膨大な量のマナが必要になる。
それを確保できる人間は、現在この街のギルドから出払っていた。
ただ、聞くまでもなく――彼女の答えは決まっているだろう。
「…………ぃぎ、たぃ」
「そうですか。では、失礼しますね」
「……しに、たぐ、なぃ」
生きる、という眼をしていた。
うん、いい目だ。
「貴方はこれから大変だと思いますが、決して悲観する必要はありません」
「……なん、で」
「ボクが保証します。あのシャドウクロコダイルから逃げ切り、隠し部屋へとたどり着く。あなたには、冒険者としての素質が備わっている」
何より、彼女も一人だ。
一人で生きていくだけの力がある。
「何事も、卒無くこなして行きましょう。そうすれば、借金なんてすぐですよ」
ボクがそう言うと、回生のロザリオでの再生を終えたステラさんは、緊張の糸が途切れたのか意識を失った。
+
シルフィア、という冒険者がいる。
この世界の人間が一つは生まれつき持っている
器用な立ち回りができるシーフの中でも、ひときわ器用な少女であった。
動きやすいホットパンツと、ジャケット。
それから長い銀の髪をポニーテールにしている小柄な少女。
如何にもシーフといった雰囲気の、身軽そうな出で立ちをしている。
その知名度は、実力に反して高くない。
本人があまり目立ちたがらないからだ。
Aランクへの昇格が容易でありながら、Bランクにとどまり続けているのも要因の一つ。
しかし彼女と直接相対した人間は、その多くが彼女を評価する。
彼女がとにかく器用だからだ。
どうしてそんなに、何事も卒無くこなしてしまうのか。
シルフィアに問うと、彼女は決まってこう答える。
「それがボクの理想だからです。だって、冒険者は
――と。
これはそんなシルフィアが、日常を卒無くこなして立ち回る。
そんな物語の記録だ。