灰被りの蜘蛛 作:BNDに脳を焼かれたやつ
これまでのことを少し振り返ろう。
私はペトラ・パーカー。生まれながらに蜘蛛の力を持った13歳で、クイーンズ生まれクイーンズ育ち。育ての親はベンおじさんとメイおばさんで、今は天涯孤独の孤児だ。
この一年、私はスパイダーマンとして活動してきた。親愛なる隣人として燃える家から人を助け、強盗がいれば縛りあげ。
それから、ニューヨークを火の海にしかけたドクター・オクトパスと、ニューヨーク市民をトカゲにしようとしたリザードも退治した。すごいでしょ? 私はアベンジャーズみたいに街を救ったんだ。
けど犠牲がなかったわけじゃない。私の目は色を失ってしまった。でも大丈夫。色がないだけで、それ以外は特に問題ないし。
少なくとも、今のところは。
さて、過去を振り返ったところで、話を現代に戻そう。
私は今、刑務所の中にいる。当然だが捕まったわけじゃない。私が捕まえた人たち、オットー・オクタビアス博士、そしてカーティス・コナーズ博士と面会するために、私はここにいるのだ。
「やっほ、久しぶりです。調子はどうですか、博士」
「まさか君が面会に来るとはな。調子はまぁ、それなりだ。少なくとも、スターク社にいた頃よりは生き生きしているよ。刑務作業も悪くないしな」
それから私は、オクタビアス博士と何気ない日常の話をした。スパイダーマンとしての日常と、刑務所の中の囚人の日常を何気ないと言ってしまうのは違和感があるけどね。
「あぁ、そうだ。アームの特許は、スターク社に譲ったよ」
「ほんとに? でも良かったんですか。博士に残された、唯一の財産とも呼べるものなのに」
「そうだな。だが、そうするのが良いと思ったのだ」
博士の表情は、どこか憑き物が取れたように穏やかだった。
「君が教えてくれたのだ。私の生み出した発明は、街を救うこともできるのだと」
「それに、私の命もね」
「はは、そうだったな。それを聞いたときはとても信じられなかったが、もしかすると私のアームも、君に感化されたのかもしれん」
そう言うと、博士は面白がるように笑った。
「結局、力はすべて使いようだ。アームは私の手の内にあるべきではない。もっと相応しい者の手に渡るべきなのだよ」
「それでスターク社に?」
「ああ。かつてのスタークはとても信用ならない男だったが、しかしやつは変わった。私はその変化を見ようとしていなかった。二年前に街を救ったやつのことを信じてみようと思ったのだ」
「そっか」
より良い社会のために、オクタビアス博士は個人的な怨嗟を飲み込んで、自らが正しいと思う選択をしたらしい。
「それに、アームの技術で得た収益の一部をニューヨーク市へ寄付するという契約を飲んでくれる相手がスターク社しかいなかったのでな」
「ぷっ、もしかしなくてもそっちが本命の理由でしょ」
「まぁな。悪いが、個人的にスタークが嫌いなのは変わらん。どうにも好きになれん」
まぁ、そこは人それぞれだからね。嫌いな人を無理に好きになる必要はない。好きな人を無理に嫌いになる必要がないのと同じように。
「博士のアームはダメコンに回収されたあと、スターク社が引き取ったみたいです。そのうち修理されて、また博士の背中に戻るときが来るかもしれませんね。今度は世界を守るために」
「やめてくれ。世界を守るなど、私の柄ではない。それに気づくのに、ずいぶん時間がかかったがな」
そうして面会の時間は、敵同士だったとは思えないほど和やかに終わった。この調子なら、オクタビアス博士が脱獄を考えるなんてことはなさそうだ。
さてさて、次はコナーズ博士との面会だ。彼は私の正体にそれとなく感づいているみたいだけど、一体どんな会話になるのやら。
「私が爬虫類学を学んだのは、昔ペットのカメレオンを飼っていたからでね。ある日、彼が体調を崩してしまったんだ」
「ほうほう」
「私は彼を治すべく、手を尽くした。しかし、一向に回復しなくてな。仕方なく親に泣きついて動物病院に駆け込んだ。すると獣医が瞬く間に彼を治してくれたんだ。そして言った。彼の病気の名前は、単なる食べ過ぎだってね」
「ええっ、なんですかそれ。心配し損じゃないですか」
「ああ、とても拍子抜けだったよ。見える世界が違ったんだな。そして気づいた、私と獣医の間にあったのは知識の差だけだったということに」
博士のペットの話で、面会はめちゃくちゃ盛り上がった。
「コナーズ博士ってとっても話上手ですね」
「そうだろうか? 過去に大学で講義をしていたことがあるからな。その経験のおかげかもしれん」
大学か。そういえば、来年には私も高校生だ。進学先はまだ決まってない。私の暮らす施設の学区的に、自動的にミッドタウン高校に進学するんじゃないかな。
「面会中失礼する、スパイダーマン! ステイシー警部から君に急ぎの連絡が入っているぞ!」
突然、慌てた様子の警官が面会室に飛び込んできた。どうやら私に用事らしい。
「ごめん博士。もっと聞いていたいけど、続きはまた今度ね」
「あぁ、行ってこいスパイダーマン。心配しなくても、私は刑期が終わるまではここにいるさ」
その言葉を聞けて安心だ。私はガラスの向こう側にいるコナーズ博士に手を振って別れを告げると、警官に案内されるままに通路を進む。
「はい、スパイダーマンです。ボクに何か用事ですか、ステイシー警部?」
『スパイダーマン、突然すまないがどうか力を貸してほしい。銀行輸送車を襲った男が、砂嵐を引き起こし街に混乱をもたらしているんだ。我々だけでは、市民を守りきれそうにない』
おっと、そうきたか。まぁ、そうだよなぁ。タコ男の次は砂男だもんなぁ。
「ていうか、またボク? 他に頼れる人いないの?」
『アベンジャーズのことか? スタークは商談で国外だ。希少金属を調達するために世界中を駆け回ってるらしい。ソーは外星人で、ハルクは論外。キャプテン・アメリカはウィンター・ソルジャーのケツを追いかけ回していて、ブラック・ウィドウとホークアイは音信不通。そもそも彼らは治安維持活動には関与しないしな』
「一応ニューヨークって彼らの本拠地なんでしょ? 手伝ってくれないわけ? ほら、アベンジャーズタワーだってあるし」
『残念ながら、な。……無理なら、断ってくれて構わない。我々だけで対処する』
「無理とは言ってないよ。ただ、街に出たスーパー犯罪者を倒せるのが私だけなのは制度として不安定だなって、ちょっと思っただけ」
『そうだな。警察にもスーパーパワーがあれば、こんなことを頼まなくて良いんだが。では、引き受けてくれて感謝する。手当は弾ませてもらうからな』
「ちょっと、いつも言ってるけどお金はいらないって!」
なんて口では言うけど、実はちょっぴり欲しいんだけどね、お金。私だっておしゃれしたり、おいしいもの食べたり、趣味に没頭したいし。
でも受け取れない。私は弱い人間だ。一度お金を受け取ってしまえば、次からはきっとお金目的になってしまう。
『だが、君も何かと入り用だろう。それに正当な報酬が支払われなければ、我々警察の面子は丸つぶれだ』
「あー、もう。分かったよ。いつものあれにツケといて。ほら、スパイダー基金ってやつ」
お金を受け取ることはできない。だから私は代わりに第三者の団体を用意した。メイおばさんが働いていた施設の人に声をかけて、基金を作ってもらったのだ。警察からの私への報酬は、すべてそこに入る。そこのお金は慈善団体の施設の運営費だったり、奨学金だったり、難病に苦しむ人の治療費だったりに使われる。そして間接的に、私も恩恵を受けられる。眼科の通院費、そこから出てるからね。
ちなみに、基金の残高は減らずに増え続ける一方だ。有志からの寄付も受け付けてるのだが、スパイダーマンを応援する市民がお金を寄付してくれるのと、あとトニー・スタークが大量にお金を送りつけてくるから。個人的にはお金より、警察の人にアーマーでも配ってくれた方が嬉しいんだけど……いや、無理か。そんなことしたら絶対盗まれて悪用されるだろうしなぁ。
いつになったら、警察と悪党の戦力バランスは釣り合うのだろうか。あれ、もう私が警察官になるしか対処法ないんじゃ……?
「はぁ、せめてもう一人くらいスパイダーマンがいればなぁ」
なんて、言ってる場合ではない。私は急いで刑務所を出て、警部から伝えられた現場へと向かった。
「邪魔をするな、スパイダーマン!」
巨大な砂の怪物が、私の体を軽々と殴り飛ばした。名乗った覚えはないのに私の名前を知ってくれているとは、私も有名になったもんだね。
「ぐえっ!」
解体途中のビルの鉄骨に打ち付けられ、女子にあるまじき潰れたカエルのような声が出た。チョーカーで男子の声に変えられてなかったらもっと酷い声だったろう。
「ペッペッ、最悪、口に砂が入っちゃったよ。これってあなたの体の一部ってことだよね。うわーっ、気持ち悪い」
サンドマンと名付けられた砂の怪人がゆっくりと緩慢な動きで腕を振りかぶる。動きは遅いけど見た目通りの質量だ。当たったらヤバいので、ちゃんと避ける。
「ねぇ、参考までにどうして強盗するのか教えてくれない!?」
「貴様には関係ない!」
「関係あるよ! 教えてくれたらもっと良い就職先見つかるかも。たとえば、ボクと一緒に街の治安を守るとか。建設現場で働くとか。どうかな!」
サンドマンは私の声に耳を貸さなかった。まぁ、頭に耳がついてないからね。仕方がないので、穴を空けてあげることにする。
私は蜘蛛糸を掴んで大きく旋回し、横からサンドマンの頭に蹴りを入れた。脚は貫通し、見事なドーナツが出来上がる。
「俺に攻撃しても無駄だぞ、砂がある限り、俺は何度でも再生する」
「だよね、知ってた!」
でも効果なしっと。サンドマンの能力は自分を砂に変えること、そして砂っていうのはそもそも小さい粒子の集合体だ。砂山から一粒の砂をすくってもそれは砂山であるように、サンドマンに傷をつけてもそれは変わらずサンドマンなのである。
「ならこれはどう! 蜘蛛糸でぐるぐる巻きにして、君の砂ごと巻き取るっていうのは!」
「ぬ、うぅ……!」
私の蜘蛛糸は粘性だ。捕まえたら、砂粒一つ逃さない。そうやって動きを止めたところで、私は地上に降り立った。
「やっほ、巡査。復帰して早々こんな事件に巡り合うとは運がないね」
見知った顔だ。トカゲにされて病院で療養していたジェフ巡査の姿がそこにはあった。民間人が中に入らないように、現場を封鎖してくれているらしい。
封鎖線の向こう側に集った人たちが、私の姿を見て歓声を上げた。それから記者たちが構えたカメラのフラッシュライトに、目が眩む。
「……っ!」
強い光はダメなんだ。何も見えなくなる。私は急いで、自分の顔をフードで隠した。
「お、おう。大丈夫かスパイダーマン」
「うん、ちょっと眩しかっただけ」
「そうか、それより久しぶりだなスパイダーマン。差し入れありがとう。ベーグル美味かったよ。ところで、何か用か? まさかあれで終わりってわけじゃないだろう?」
巡査が困惑した表情で、唸り声を上げてる砂の巨人を指差した。
「これから終わらせるの。それで巡査、あいつを倒すには水で流すか熱でガラス化させるのが良いんだけど、火炎放射器とか持ってないよね?」
「俺がゾンビ映画で人々を消毒する局員か何かに見えるか? 持ってないよ」
「だよね、オッケー。そしたら水を貰いたいんだけど、あの隣のビルの屋上にある貯水タンク、壊しても良いかな?」
「あー、ちょっと待て、上に確認する」
巡査が無線で何かを問いかけ、また私の方を向いた。
「消防車を待つんじゃだめか?」
「待っても良いけど、たぶんあの人シャワーするタイプじゃないと思うよ? そのときには逃げられてるかも」
「だよな。うん、よし、やっちまえスパイダーマン! 始末書は俺が書く!」
「よっしゃあ! 任せろジェフ! あと、今のうちに手錠の代わりになるもの用意しといた方が良いよ。強化ガラス製の密閉された拘束具みたいなやつが最適かも。ちょっとした隙間があれば、捕まえても逃げられるから」
「了解、それも上に伝えておくよ」
私は大地を蹴って、勢いよく天へと駆け出した。パシャパシャとカメラのシャッター音が響く中、ウォールランで貯水タンクのもとへ向かう。
「ほら、何週間ぶりかのお風呂の時間だよサンドマン! そのパサついたお肌をしっかり潤していってね!」
それから私は、たっぷりと水の入ったタンクをサンドマンに向けて投げつけた。砂の怪物が、瞬く間に水に飲まれて黒い泥へと様変わりする。
「なんだ、おい、俺は死ぬのか……!?」
「死なないよ! ただちょっとスライムになるだけ! ああ、今の状況に相応しいセリフを思い出したからちょっと言ってみてよ。ほら、サイボーグが溶鉱炉に沈むやつ。アイルビー?」
「くそっ、覚えておけ、スパイダーマン……!」
「残念、正解はバックでした!」
そして、サンドマンは完全に泥になって消えた。とはいえ死んだわけじゃない。泥のせいで形を保てなくなっただけだ。
「巡査、終わったよ。あそこの泥の中にサンドマンがまだいるから、ブルドーザーでも何でも良いからまとめて回収して、さっき言った密閉容器に閉じ込めておいてね」
「ああ、ありがとうスパイダーマン」
「どういたしまして」
私は巡査と勝利の握手を交わす。その瞬間にもカメラが向けられ、暴力的な光の嵐が私を襲った。
「……っ!」
「おい、本当に大丈夫か」
「ちょっと立ちくらみがしただけ。大丈夫だよ。それじゃあ巡査、また一緒に仕事しようね」
「もうお前が出るようなヤバい事件には関わりたくないけどなー!」
蜘蛛糸を飛ばし、ビルの屋上へと私は姿を消した。
するとそこには。
「待ってたよスパイダーマン。ほら、笑って笑って!」
予期せぬ人物がいた。
「あうっ」
視界が真っ白になり、思わず顔を隠す。今日はよく目の前が真っ白になる日だ。頭が痛い。例えるなら、耳鳴りがするような感覚だろうか。
「おい、顔を隠さないでくれ……って、大丈夫か? わ、悪い。フラッシュ強すぎたよな」
悪質なパパラッチかと思えば、彼は親切にも手を貸してくれた。
「どうも、次からはちゃんと許可取ってよね。ところで、あなたは誰? なんでこんなところにいるの?」
「そうだった、初めましてには自己紹介からだよな」
私の目の前の好青年は佇まいを整えると、カメラを構えてニッコリと笑った。
「俺はエディ、エドワード・ブロック。デイリー・ビューグルの新人カメラマンで、ここにいるのは、ここにスパイダーマンが来ると思ったからだ。ま、これからよろしく」
波乱の予感を感じつつも、私は彼の手を取り握手を交わした。