灰被りの蜘蛛   作:BNDに脳を焼かれたやつ

21 / 25
21

 

「スパイダーマン。意識が戻ったか。体は大丈夫か」

 

目を覚ましたとき、私は担架に乗せられていた。体を起こし、周囲を見渡せばボロボロになったタイムズスクエアの姿が見える。こうなってしまっては、せっかくのニューイヤーが台無しだった。

 

「警部、マックスは……っ」

 

「おい、まだ動くんじゃない。今は体を休めるんだ」

 

無理やり体を担架に押しつけられた。今すぐにでも立ち上がってマックスを追いたいが、腹部が痛くて動けない。リパルサーで焼かれたせいだ。

 

「うへぇ、暴徒鎮圧用にリパルサーってやりすぎじゃない?」

 

「暴徒と言っても、正しくはスーパーヴィラン鎮圧用だからな。なぜか、傷ついてるのは君だが」

 

「人事部があるなら、あのロボットには協調性がなさすぎるって言っといて。はぁ、にしてもスタークさんったら。警察にテコ入れしてくれるのは良いけど、もう少し段階踏んでよね。いきなり無人機を預けるなんて、やりすぎだよ……」

 

警察と無人機では上手く連携が取れていなかったし、指揮系統も混乱していた。本当に、撃たれたのが私で良かった。いや、良くないけどさ。これが他の人だったと思うと、寒気がするよ。

 

「S.H.I.E.L.D.が崩壊して以来、多くの危険物、危険人物が野放しになっている。アベンジャーズが再集合するという噂もあるからな。トニー・スタークも人の子だ。焦っているのだろう」

 

「それで無人機を量産してるのね。はぁ、いつかとんでもないことにならなきゃ良いけど。ほら、映画だとロボットって暴走しがちでしょ? ターミネーターとかさ」

 

「縁起でもないことを言うな」

 

私の冗談に、険しかった警部の表情が少し和らいだ。また心配をかけてしまったな、面目ない。私がもっと頑丈で強ければ、こんな無様は晒さないのに。

 

「……ごめん、眠いや。しばらく、このまま横になっていても良いかな」

 

「無論だ。マックスウェル・ディロンのことは、今は警察に預けて君は休め。少なくとも、やつはまだ誰も殺してない。無人機を壊して暴れ回っただけで、人を襲わない分別はあった。次のコンタクトでは穏便に接触してみよう」

 

「今回みたいな不幸な事故にならないと良いけど……」

 

そうして私は、気絶するように担架の上で意識を失った。

 

そうだ、起きたらまたグウェンに謝らないと。クリスマスに年越しにと、私は彼女との約束の最中に姿を消してしまっているから。

 

 

 

 

 

それからしばらくが経った。世界が2015年を迎えて、数ヶ月が過ぎようとしている。その間、タイムズスクエアから行方をくらましたマックスは一向に捕まる気配がなかった。

 

『エレクトロの懲罰チャンネルへようこそ。ここでは、あらゆる悪が白日のもとに晒される。俺は不正を許さない。俺は善人が馬鹿を見る世界を否定する。正しき行いには、正しい評価が下るべきなのだ』

 

マックスはエレクトロを名乗り、アンダーグラウンドなネット上の掲示板でとある内容の動画を投稿するようになっていた。

 

警察に、司法に、社会に裁かれない悪。そういう事例をマックスは視聴者からかき集め、彼自らが私刑を下すことで人気を博している。

 

私刑のやり方は様々だ。電気ショックで直接ダメージを与えたり、電子機器から悪事の証拠を盗んできて晒したり、視聴者を扇動して集団で私生活を妨害したりなどなど。やられる側からしたらたまったものではないが、対象になるのは誰も彼も脛に傷を持つ者たちばかりなので、彼らは警察や公権力からの庇護を受けられないのである。

 

世間のエレクトロへの反応は賛否両論といった具合であった。専門家たちはこういった私刑行為は社会秩序の混乱を招くと主張する一方、熱心な信者たちはむしろ社会なんて初めから機能不全ではないかと主張する。

 

そして、大多数の一般市民たちからすればエレクトロのことなどどうでも良かった。むしろ好意的ですらあった。自分たちはターゲットにならず、そして街にとって有害な者たちだけが被害に遭うのだから。

 

多分、世間のこの反応は少し前のサンドマンのことが尾を引いているせいだろう。今はもう脱獄しなくなった彼だが、何度も脱走した過去がある以上、市民は彼がまた脱走して街を荒らさないか不安がっている。つまりは安心が欲しいのだ。

 

そしてスパイダーマンは市民を守ることはしてくれても、犯罪者を裁いて犯罪を未然に防ぐようなことはしてくれなかった。だから、エレクトロという存在を人々は支持する。

 

『エレクトロはヒーローだよ。僕のことをいじめてきた奴らをボコボコにしてくれた。彼は弱者の味方さ』

 

『最近近所にギャングたちが住み着いて不安だったのだけれど、彼に相談したら追い払ってくれたわ』

 

『クソったれな上司をあいつが懲らしめてくれたおかげで、ようやく仕事が評価されるようになったんだ。俺は今度から上司にこう言ってやるね。次また俺の成果を横取りしたら、エレクトロがお前を殺しに来るぞって』

 

私の目指すヒーローの形とは違う、マックスの在り方。私はそれを認めても良いのだろうか。

 

例えばだけど、スパイダーマンでは虐待を受ける子供を家から連れ出して、その親を痛めつけるなんてことはできない。でもエレクトロにはそれができる。

 

でも、それは果たして正しいことなんだろうか。私がかつてメイおばさんが働いていた慈善団体を懇意にするように、すでに社会にある仕組みを活用するべきなんじゃないだろうか。

 

「パパ、今日も帰りが遅かったね。またエレクトロの件?」

 

「あぁ。またしても電線を通って逃げられた。もしかすると、やつを捕まえるには街全体の電力を遮断するしかないかもしれん。だが、やつのためにそこまでできるのかと言われれば無理だな。所詮小悪党のために、街全体の生活を犠牲にするなど許可ができるはずもない。思えば、やつが初めて現れた日が最初で最後のチャンスだったな」

 

ステイシー家でのいつもの食事会にて。グウェンの声に、残業を終えて帰ってきた警部が疲れたように答えた。彼、いつも誰かを捕まえようとして残業させられてるな。

 

いつもお仕事お疲れさまですの気持ちを込めて、私はお酌してあげる。警部は明日も出勤なので、残念ながらお酒ではなくハーブティーだが。

 

「パーカー、少し良いか。話がある」

 

和やかに食事会を終えて私が施設に帰ろうとしたとき、警部からお呼び出しがかかった。

 

「まずは謝罪しておこう。すまない。我々はもう数ヶ月もエレクトロを野放しにしてしまっている」

 

「それは仕方ないのでは。たとえスパイダーマンでも、今のマックスは捕まえられませんよ」

 

電気人間となってしまったマックスはいつでも自由に電気となって街の中を移動できる。逃げに徹されれば、誰も捕まえることなんてできないよ。

 

「仮に、君ならエレクトロをどう捕まえる?」

 

「うーん、そうだな。まず、彼の視聴者のふりをして偽の事件についてコメントしておびき寄せる。なるべく電気の少ない山奥とかね。それから罠を張って彼を捕まえる」

 

「誘き出すのは良いが、プラズマになって透過する相手をどう捕まえるんだ?」

 

「原始的な罠でだよ、電気で動く機械だと気づかれる。落とし穴にするか、下から袋が持ち上がって包まれるやつ。絶縁シートで完全に包めば、流石の彼も逃げられないんじゃないかな」

 

あるいは偽の電線を用意して、彼が逃げた先でバッテリーに封じ込めるというのもありかもしれない。ランプの魔人みたいにね。

 

「捕まえたとして、どう収監する」

 

「絶縁物質でできた檻なら何でも良いんじゃない? ラバー、ガラス、フッ素樹脂……それか純水の水槽に沈めるとか」

 

電気を通さない素材の檻なら、電気人間のマックスは逃げられない。

 

「ねぇ、ところでなんでこんなことを私に聞くの?」

 

「近いうちに、エレクトロ捕獲作戦を実行する。できることならば、君の協力を仰ぎたい。スタークのアーマーはエレクトロ相手に使い物にならないからな」

 

そりゃそうだ。電気を操る敵にロボットが有効なはずがない。アイアンマン本人ならともかく、量産型無人機では耐電撃性能が低すぎるよ。

 

にしてもマックスを捕まえる、か。あんまり気乗りしないな。だって、彼があんなふうになってしまったのには私にも一因があるから。

 

「スパイダーマンとしての私に彼を捕まえる資格なんてあるのかな。だって、やってることを比べたら五十歩百歩だよ」

 

「そうかもしれん。だが、私はそうは思わない。君は私たち警察と対話してくれるし、自らの活動をネット上で公開したりしないし、犯罪者を後遺症が残るまで痛めつけるようなことはしない。……パーカー、頼む。その50歩の差で、やつはいつか一線を越えるかもしれないんだ」

 

「……分かった、良いよ。ただし、まずマックスと私に話をさせて。彼を拘束するのはその次」

 

私は彼を変えてしまった責任を果たすべく、作戦への参加を表明した。

 

けど、マックスは私の言葉に耳を傾けてくれるだろうか。調子に乗ってる時って一度手痛い失敗を食らって正気に戻らないと、他人の言葉に耳を貸すようにはならないからな。

 

……もし作戦が失敗したら、きっと手痛い仕返しがくる。もしかしたらそのときが、マックスが一線を越えるときなのかもしれない。

 

にしても、私ってばもしかして関わった相手を闇落ちさせるの得意だったりする? だとしたら嫌な特技だね、ほんと。

 

 

 

 

 

「久しぶりだね、マックス。調子はどう?」

 

「スパイダーマン?」

 

ニューヨーク州のだいぶ北の方、森のなかで私はマックスと対峙していた。彼の体からは仄かに光が漏れ、暗い森の中を照らしている。

 

「どうして君がここにいる。ここには、誘拐された子供たちが捕らえられてるはずなんじゃ」

 

「正確には捕らえられてた、ね。二日前まで、ここのコテージは犯罪組織の拠点だった。地下室にはまだ痕跡が残ってるよ。気分が悪くなるから、見るのはおすすめしないけど」

 

「……俺をハメたのか」

 

「どうだろ。ボクに君が捕まえられるとはあんまり思えないから、その表現は正しくないかな。今日は話がしたくて呼んだんだ、君と」

 

椅子に腰掛けた私は、彼にも座るように促した。マックスは警戒しながらも私の隣に座る。

 

「話ってなんだ」

 

さて、どう切り出したものか。下手な物言いをすれば彼を怒らせてしまう。それは本意じゃない。

 

「今のやり方のままだと、君はきっと後悔するよ」

 

「何だと? 俺のやり方にケチをつけるつもりか。俺はヒーローだぞ、何も間違ったことはしていない!」

 

「犯罪者の顔を晒し上げて、その後の人生までも破壊するのがヒーロー? 体に後遺症が残るほどの電撃を、何のスーパーパワーも持たない人に浴びせるのが本当にヒーローなのかな?」

 

「俺はあんたにできないことをやってる、スパイダーマン。やつらはクズだ。誰も裁かないから、俺が裁いてやるしかない!」

 

「マックス、聞いて。誰かを助けようとする気持ちも、犯罪を止めようとする気持ちも正しいと思う。ただ、その基準を他人に委ねちゃだめだ。今みたいに顔も知らない人たちの意見ばっかり聞いてたら、君はいつか道を踏み外すよ」

 

「顔も見せない、あんたのアドバイスを聞いて俺はここにいるのにか? それに俺の視聴者は賢い。世の中の大多数の愚か者どもや、仕事の遅い警察や議員どもよりもだ!」

 

怒鳴り声とともにマックスが立ち上がると、彼を中心に稲光が迸った。

 

「あんたのことだって助けてやったろう! タイムズスクエアで襲われたときに!」

 

「襲われてない、あれは事故だった。それにねマックス。怪我人を放置して暴れまわることは、ボクの基準では助けたなんて言わない」

 

私のポリシーは、人命救助第一だから。

 

「……そうか、よく分かった。あんたは俺が怖いんだろ。自分よりも活躍する俺を見て、排除したくなったのか?」

 

「うーん、それは違うかな。人気を奪われるのはブラック・スパイダーマンの件で経験してるし。そもそもボクは人気なんて興味ないし」

 

インカムをトントンと叩き、警部へ合図を送る。さてと、交渉決裂だ。ま? 私の交渉が上手くいくことなんて滅多にないし? こうなることは分かってたけどね?

 

「視聴者のみんな、今日は企画変更だ。ではさっそくアンケートを取ろう。公権力の犬になったスパイダーマンを、懲罰するか否か」

 

だから別に、凹んでなんてないもん。

 

「総票数214,425票、賛成約15万票、反対約6万票。過半数を超えたな、それじゃあスパイダーマン。今から俺が、お前を裁く」

 

たとえ彼と、戦うことになったとしても。

 

「警部、やっちゃって!」

 

電撃がコテージを破壊し、周囲の木々に亀裂を走らせる。夜空の下で燃え盛る戦場の中、私の一言で消防車から放水が開始された。水を浴びたマックスは、体の電子が水に流れたことでその動きを留めた。私はすかさず、手に持っていた分厚いゴム製の袋の中に彼を閉じ込める。

 

「捕まえた! ところで聞いても良いかな、カメラもないのにどうやって配信してるの? 頭の中から直接電波を飛ばしてる?」

 

「離せ、クソ! この偽善者が!」

 

もぞもぞと動くゴム製の巾着袋。ずいぶんと分厚く作ってもらったから、流石の彼でも内側から袋を焼き切って出てきたりはできないらしい。

 

ほっと一息をついた私は、警察にマックスを引き渡してその場を去った。さて、私の仕事は終わりだ。あとは警察と司法に任せよう。そこに首を突っ込むのは、親愛なる隣人の役目ではないのだから。

 

 

 

 

 

そう、思っていたのも束の間だった。

 

私がマックスを捕まえて数日後に、何者かによって刑務所が襲撃を受け。

 

オットー・オクタビアス、カーティス・コナーズ、フリント・マルコ、そしてマックスウェル・ディロンを含む大勢の囚人が脱獄したと警部から知らされた。

 

「どういうことですか!? 一体誰がそんなことを! というか、なんでみんな逃げちゃったの!? マックスはともかく、他の三人まで!」

 

私は自分の感情をむき出しにし、警部へと詰め寄った。はっと我を取り戻したときには、目の前に困った顔の警部の姿。

 

「……ごめんなさい。警部が悪いわけじゃないのに」

 

「良いんだ、君の怒りを受け止めるのも私の仕事のうちだからな」

 

「ほんと? ちゃんと給料出てる?」

 

「本当だ、スパイダーマンと交渉すると手当が出る。君はうちの家計の支えだよ」

 

「あはは、なにそれ」

 

警部の小粋なジョークに、私は冷静さを取り戻す。それから大きく深呼吸して、怒りを鎮めた。六秒数えて、アンガーマネジメントだ。

 

「それで、詳細は教えてくれるんですよね」

 

「……情報がまだ錯綜していて、詳しいことは分からない。だが、今分かっている情報だけでも教えておこう」

 

「お願いします」

 

小さく頷き、警部の目を見た。彼は真剣な表情で、私にとって驚愕の事実を齎すのだった。

 

「刑務所を襲撃したのは、ウルトロンを名乗るロボット」

 

ああ、ほんと。

 

「トニー・スタークが作った、人工知能だ」

 

嘘だと言ってよね、スタークさん。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。