灰被りの蜘蛛 作:BNDに脳を焼かれたやつ
私は、とっくに失ったはずの景色を見ていた。
ベンおじさんとメイおばさんと暮らした家、とっくに引き払ったはずのその家に、幼い頃の姿をした私はいた。
家の中はまるで強盗にでも入られたかのように荒れていて、そして血塗れだった。血を流しているのは、私ではない。正確には、血を流している者などいない。ここは、あの日の私の記憶を再現した場所なのだから。
「意識があるのか。だが弱いな。放っておいてもいずれ死ぬが……不確定要素は早々に潰しておくに限るか」
あの日、メイおばさんが死に、私が人を殺した場所。そこに本来はいるはずのないモノがいる。
鋼の肉体を持った、人型のロボット。私の体を乗っ取ったウルトロンである。
「返して……私の体を返してください……」
気を失った私の中に、彼は勝手に入ってきて、私の精神を心の奥底へと追いやった。
「ああ、残念だが無理だ。席は埋まっていてね、私は押しのけられてここにいるだけなんだ。すまない。君のような少女に苦労をかけるのは気が進まないが、仕方ないことなのだ。恨むなら、私を席から押し出したスタークを恨め」
ウルトロンが私の首に手をかける。
「やだ、やめろ、私に触るな! 私は、お前なんかに負けない……!」
「精神世界で私に抵抗するか? 面白い、相手してやろう。ちなみにこれは親切心からのアドバイスだが、負けても気にすることはない。君の負けは初めから決まっている。なにせ私はこう見えて、心を操る石から生まれた存在なのだから」
迫りくる命の危機に、私はあのときと同じく目の前が真っ暗になり、ただ本能の赴くままに敵を排除しようと拳を振るった。
『スパイダーマン、目を覚ましてくれ……!』
くぐもった声が聞こえる。誰か喋ってるのかよく分からない。私は必死になって、その男を蜘蛛糸で縛り上げた。首に糸を何重にも、何重にも、何重にも絡めて絞める。そうしなきゃ、私が殺されちゃう。
『無事か、オクタビアス! 今の彼女は正気を失っている、離れていろ!』
今度は緑色の怪物が襲ってきた。もしかしてハルクかな。だとしたら、私は一撃でぺしゃんこにされてしまう。それは嫌だ。私は圧死なんてしたくない。
ハルクに殴られたら死んでしまうので、私は腕を奪うことにした。緑色の怪物から、両の腕を引きちぎる。これで、私が殺されることはない。安心だ。
『マックス、おいどうした。呆然としている暇はないんだぞ!』
敵の一人が、ぼーっと突っ立っている。さては、私を殺すためにエネルギーをチャージしてるのかもしれない。先手必勝、私は四本のアームを束ね、集約したリパルサーの光を放った。
『ぐぅっ……!』
残念ながら、私の攻撃は別の敵に阻まれた。しかしそいつの頭を粉々に砕いてやることに成功した。よく見たら再生している。二度と戻らないように、念入りに焼いて潰さなきゃ。
「面白い、自らの力に無意識に枷を嵌めていたのか。そして命の危機に瀕すると、こうして真の力を曝け出す。理性的に振る舞っても、中身は所詮獣か。これだから有機生命は醜いのだ」
「出て行け。私の体から出て行ってよぉ……!」
「だが、その力には見どころがある。お前はチンケな人助けなんぞにこの力を無駄にしていたようだが、安心しろ。これからは私が正しく使ってやる。大いなる力は、大いなる目的のために」
殴る。私はひたすら金属の男を……あれ、砂の男か? まぁ、どっちでも良い。とにかく私は、私の命を脅かす敵を殴り続けた。
『やめろ! スパイダーマン、フリントを離してくれ。君は正気じゃない!』
ノイズがビリビリとうるさい。怖いな、それは私を虐める音だ。私はアームから避雷針を展開し、敵の腹にそれを突き刺す。
『やめてくれ!』
「良いぞ、その調子だ。そのままいけば、私を殺せるかもしれん」
愉快げに笑う──苦しげに叫び声を上げる──金属の男──電気の男──に、私は何度も針を刺す。そのままエネルギーを吸い取ると、目の前の男はついに静かになった。
「早速静寂が訪れたな、よくやった。しかし見事だ。お前の体は実によく馴染むよ」
「うるさい、うるさいうるさいうるさい! 早く私の前から消えて!」
前が見えない。何も分からない。だけど体は勝手に動く。アームは私の敵を刺し殺そうとする。
『ペトラ、気をしっかり保ってくれよ……っ』
そのとき、声が聞こえた。敵の一人、黒い霧を纏った死神のような男だった。彼が手を伸ばせば、そこから私の体に覆い被さるように、粘ついた闇が広がった。
入ってくる。また、私の中に知らないやつが入ってくる。気持ち悪い。悍ましい。
「よぉ、スパイダーマン。あんたの中は随分と真っ赤だな」
次はどんな奴が来るのか、そう身構えた私の前に現れたのは、気さくに笑う全身真っ黒の生物で。
「外部からの干渉か、小癪な……っ!」
次の瞬間、その黒いマッチョは私の目の前にいたウルトロンを殴り飛ばしてくれた。
「あなたは、誰……?」
「貴様。寄生虫風情が、私の精神に傷をつけるとは思い上がったな!」
激昂するウルトロンと、困惑する私の間に立つ黒い背中。そこには、どこか見覚えのある蜘蛛のようなマークが刻まれていた。
「寄生虫じゃない。俺はヴェノム、シンビオートのヴェノムだ」
エディ・ブロックの機転により、ヴェノムを寄生させることでスパイダーマンの動きを止めることができた。
ほんの僅かな時間での戦闘で彼らが負った傷はとても大きかった。コナーズは両手をずたずたに引きちぎられ、フリントは体のほとんど、頭の半分と胸から下を砕かれている。
そしてスパイダーマンにエネルギーを吸い取られ、短時間気絶していたマックス。彼は目を覚ましてすぐに現状を認識し、己の目を疑った。
「俺の……俺のせいで……」
目の前で、スパイダーマンが苦しんでいた。激しく体を痙攣させ、その度にうめき声を上げている。趣味の悪いマスクから漏れ出る声は少女のもので、それがマックスにはより痛々しく感じられた。
「うぁー、あー、いだい。痛い痛い!! 離せ、出ていけ……黙れ、私の体だぞ! 違う!」
呂律の回らぬ舌で、彼女は床にのた打ち回り、支離滅裂なことを叫んでいる。背中に無理やり取り付けられたアームから侵入してくる、ウルトロンと体の中で戦っているのだろう。
誰でも良いから、嘘だと言ってくれ。マックスはそう願ったが、誰も何も言わない。頭の中で盛り上がっていた傍観者達のコメントも、今ではすっかり低調だった。
皆が、こうなるとは思っていなかった。せいぜいスパイダーマンと戦って、その後ウルトロンのデータを破壊する。それから法に裁かれようと、その場から逃れようと、悪い結末にはなるまいと誰もが思っていたのに。まさかスパイダーマンがウルトロンに乗っ取られるなど、誰が予想できていただろうか。
画面の向こう側で、マックスの視界を借りていた第三者たちもまた、息を飲んでその現状を見守っていた。彼らは単に反アベンジャーズの世論に乗っかり、マックスたちを応援していたミーハーでしかなかった。せいぜいいけ好かぬヒーローたちが失敗する様を見られれば、それで良かったのだろう。その世論が、ウルトロンによって形成された偽りのトレンドであったことも知らず。
「ヴェノムがどれくらい持つか分からない。今のうちに彼女からアームを引き剥がさないと」
真っ青なのを通り越して、燃え残った灰のように暗い顔色をしたエディがそう言った。彼は二度も己の過ちでスパイダーマンを傷つけるなど絶対にごめんだった。けれど現実はこうだ。エディ・ブロックは、同じ失敗を繰り返している。
「ドクター・オクタビアス、どうやってスパイダーマンを助けるか見当はついてるか?」
「……上の階に登れ。スタークのラボへ行くんだ。そこでアームに接続し、外部からウルトロンとスパイダーマンの精神を分離させる」
オクタビアスの精神はもう限界だったが、己の責任を果たすために何とか正気を保った。己の過ちで、己が代償を払うならばまだ納得できただろう。だが、彼の愚かさのツケを支払っているのは年端もいかぬ少女なのだ。その上、彼女を苦しめているのはかつて彼女が『誰かを救うこともできる』と評してくれた、あのアームなのである。
「よし、俺とドクターはスパイダーマンを連れて上のラボに行く。マックス、あんたはどうする。ここに残るなら、傷ついた二人を見ていて欲しいんだが」
マックスの青く変色した目をエディが真っ直ぐに見つめた。彼らに立ち尽くしている暇はないのだ。マックスはそのことを否が応でも認識させられた。
マックスは傷ついた二人、コナーズとフリントの方へ目を向ける。前者は両手の再生に手こずっており、後者は体が崩れかけている。このままでは、フリントは死んでしまうかもしれない。
「我々のことは良い。なすべきことをなすんだ」
「マックス、俺も行ってやりたいが、生憎動けそうにないんだ。スパイダーマンを頼んだぞ……」
それでも二人は、自分よりもスパイダーマンを優先しろと言った。だからマックスはエディにはっきりとこう伝えることができた。「俺も上に行く」と。
ベンおじさんとメイおばさんと暮らした、私の家が燃えている。ヴェノムと戦っていたウルトロンが、戦いの途中で卑怯にも火を放ったのだ。
「ヴェノム、もう良いよ。私を守る価値なんてない。私を殺して、終わりにして」
ヴェノムが生み出した黒い繭の中で、私は彼に語りかける。精神世界がどのようなものなのかは分からないが、見た目通りなら私は燃えて死ぬはずだった。彼が、こうして身を呈して私を守ってくれなければ。
黒く温かい夜空のような暗闇のなかで、私は少しだけ落ち着きを取り戻し、自分が置かれた現状を理解した。
私はウルトロンに肉体を奪われ、精神を侵され、つい先程までオクタビアス博士たちと戦っていたのだ。それも殺す気で。
自分の意思でやったわけじゃない。それでもこの手には感触が残っている。二年前に経験した、あの人殺しの感覚が。肉を捻り潰し、血に染まったこの手の熱が。
「私の体から出るんだ。そしてエディやみんなに言って。私ごと、ウルトロンを殺してくれってね。お願いだよ」
返事はない。それは肯定ではなく否定であると、私と繋がったヴェノムの心から直接伝わってくる。
「ねぇ、お願いだってば! 宿主の言うことは聞いてよ!」
「悪いが、断る。俺のバディはエディだ、お前じゃない」
「なんで……」
火の手が繭まで迫ってきた。もうじき、ヴェノムは私のなかで燃え尽きて消えてしまうだろう。それなのに、彼は私の体を覆ったまま欠片も動じることはなかった。
「……もう限界だ。じゃあな、スパイダーマン。もうこれ以上お前の顔を見なくて済むと思うとせいせいする。俺はエディと違ってお前なんか嫌いだからな」
「なんだよそれ。じゃあ私なんて見捨てれば良いじゃんか」
「だが、シンビオートって名前は好きだ。俺たちのことを寄生生物と呼ぶやつはいても、共生生物なんて呼び方をするやつは初めてだったからな」
「ヴェノム……」
火の手が回り、私を包んでいた夜空が燃えていく。
「あばよ、スパイディ。エディによろしく言っておいてくれ」
爆散する黒い繭。私は外へと弾き飛ばされ、ただ揺らめく炎の中で消えていくヴェノムの姿を見ていることしかできなかった。
「大丈夫、大丈夫だ。すぐに君からアームを引き剥がしてやる」
トニー・スタークのラボの中で台の上に拘束されたスパイダーマンの体、そこにはいくつものコードが伸びている。すべてはアームと彼女の精神を分離するため、オクタビアスが準備したものだ。
「あ……っ! うぁ……っっ!」
患者が体を痙攣させる度に、拘束具が音を立てて揺れる。
今、彼女の体には自分ではない精神が二つも存在しているのだ。ウルトロンとヴェノム、その両者が体の中で争っている。未だ14にもなっていない少女の体にとって、それがどれほどの負担であるかは計り知れない。
「ドクター、進捗は? 俺たちに手伝えることはある……って、ないよな」
「気持ちは嬉しいが、カメラマンに頼むことは何もない。強いて言えば、そこでピリピリしてる情緒不安定な電気技師の相手をしてやってくれ……よし、あとは時間の問題だな」
画面に表示されるゲージには、ウルトロンのデータ削除進捗度が表示されている。数十分とせずに、世界の脅威は少女の内側から消えるだろう。
エディはラボから離れ、マックスの様子を見に行った。ソファに座り込み、深刻そうに頭を抱えた彼からは文字通りピリピリと火花が散っている。
エディからヴェノムが消えた今、万が一またスパイダーマンが暴走した時に戦えるのはマックスしかいない。しかし今の彼は、どう見ても戦えるような精神状態じゃなかった。
「マックス、大丈夫か」
「……俺が大丈夫そうに見えるか?」
「見えないな。青白いし、ビリビリしてるし、心なしか消えかかってる」
「スパイダーマンに、いや、ウルトロンに電気を吸い取られたせいだ」
「充電はしないのか? ここならエネルギーが取り放題なんだろ?」
「……エネルギーを蓄えて、どうする。また意味もなくスパイダーマンを傷つけるのかっ!」
怒りに任せてマックスが立ち上がる。すると彼の体から電撃が散り、今やただの人となったエディの皮膚を焼いた。その痛みにも表情を変えず、エディはただマックスの肩を掴む。
「落ち着け、ただでさえ少ないエネルギーをこんなことで散らしてどうするんだ」
「……悪い」
冷静さを取り戻し、マックスは再びソファに座り込んだ。
「こんなはずじゃなかった。力を手に入れて、俺は俺にできる正しいことをしたかった。それで、俺みたいに理不尽な目に遭ってるやつらを救いたかっただけなのに」
マックスの口から溢れた告白は、教会でするような懺悔によく似ていた。
「お前だけのせいじゃない。俺たちみんなの責任だ。スパイダーマンの声に耳を貸さず、アベンジャーズを信用しなかったばかりに、まんまとウルトロンに利用された。俺なんか、スパイダーマンを傷つけたのは二度目だぞ。過去の償いが終わる前に、こうしてまた罪を積み重ねちまった」
エディはガラス越しにラボの中を見た。
前回と同じだった。街を離れて、惨劇を見て、憎しみと後悔で目が曇ってしまっていた。そんな状態で出した結論のままに行動すれば、彼女を傷つけることになるなど、経験で分かっていたはずなのに。
「あ、う……オクタビアス博士? 何がどうなってるんですか。私は、どうして拘束を……」
ソファに座り、二人の男が自らの罪を見つめていると、ラボの中から、少女の声が響いた。どうやら、スパイダーマンが正気を取り戻したらしい。エディとマックスは腰を上げると、すぐさまラボへと足を進めた。
「良かった、成功したか。すまないスパイダーマン、暴れる君を治療するために拘束させてもらった」
「そう、でしたか。すみません、もう大丈夫です。ありがとうございました。拘束を外してもらっても良いですか」
「ああ、すぐに解くとも」
喜色満面の笑みを浮かべ、オクタビアスはほっと息をつく。無事にウルトロンの精神を除去できて良かったと、安堵しながら。
そして彼は、進捗度が示されたディスプレイを見ることなく、少女の拘束を解いてしまった。
「待てドクター! ウルトロンはまだ完全には消えていないぞ!」
エディの叫びが届く前に、すでにウルトロンは動いていた。少女の小さな背中から伸びた歪なアームが、オクタビアスの腹を突き刺し、そのまま彼を持ち上げる。
「貴様は知性があるが、しかし賢いとはいえないなドクター。トニー・スタークと同じだ。本当に、余計なことしかしでかさない」
そこにいたのは、少女ではなかった。無機質なマスクを被った、ウルトロンである。
「しかし、少女の肉体も存外悪くない。猫撫で声で語りかけるだけで、お前たちは簡単に騙されてくれる」
腹を貫かれたオクタビアスの頭に、アームが伸びる。それからリパルサーによって、彼の頭は吹き飛ばされ、灰となって消えた。
死んだ。死んでしまった。私の目の前で、オットー・オクタビアスが死体になった。
「これでまた一人減った。残りは二人か? それとも下にまだ生き残りがいたか?」
私の体を操るウルトロンが、エディとマックスの方を向いた。私はこれからウルトロンがすることを何とか妨害しようとしたが、無駄だった。
「逃げろ、エディ!」とマックスの叫ぶ声が響く。
逃げて、エディ。私もそう叫びたかった。だが届いたのは声ではなく、私の手から出た蜘蛛糸だった。
彼の頭が蜘蛛糸で引き寄せられると、私は拳を側頭部に向けて振り抜いた。ゴンッと、鈍い音を立てて、彼は床に倒れ、血を流し、動かなくなってしまった。
「やめろぉぉぉっっっ!!!」
半狂乱になって叫び、私は体の主導権を取り戻そうと必死になった。
『まだ抗うか、寄生虫とともに燃え尽きていれば良かったものを。往生際の悪い!』
「寄生虫は、お前だろ!」
体の主導権は奪えなかったが、何とか行動を妨害することに成功する。全身の筋肉が引きちぎれるような痛みに耐え、死に物狂いで口を動かした。
「マックス、私を殺せ、今すぐに!」
伝えるべきことを彼に伝えるために。
「スパイダーマン……っ」
「動きを止められるのは……黙れ、まだ喋るか、この死に損ないが! ……本当に、一瞬だけなの!」
「俺は、俺は……!」
「お願いマックス。今度こそ、正しいことを──」
そして、私の視界は眩い電撃で染められた。アベンジャーズタワーから吸い上げた電力が、ニューヨーク中で明かりを灯していたエネルギーが、マックスを通して全て私に注がれる。
これで良い。私とともに、ウルトロンが死ねるなら、それで良いんだ。これがきっと、私にとって正しい死に方だ。
『よせ、やめろ! 自ら死を選ぶなど賢い選択ではない!』
私の頭の中で、ウルトロンが叫ぶ。背中のアームが避雷針を展開しようとするが、私はそれを手で掴んでポッキリと折った。
「ぐあああぁぁぁ──!!!」
痛みのあまり、叫ばずにはいられなかった。そして苦しむ私の姿を見てか、マックスの手が緩む。
「だめだ! 手を止めるな! 君はエレクトロなんだろ! ヒーローなんだろ! だったら、迷うな! 倒すべき敵を倒せ!」
「……っ、どうか、どうか死なないでくれ」
再び注がれる電流。自らの肉体を維持するのに必要なエネルギーすらも投げ捨てているのか、私の中のウルトロンが消えていくとともに、マックスもまた体が薄れて行った。
「俺は、あんたみたいなヒーローになりたかった! なのに、なのにこんなことになって、本当に申し訳ない。スパイダーマン……今さら遅いけど、あんたこそ真のヒーローだよ……」
そして、そんな別れの言葉とともにマックスが消滅した。明かりの消えた街の真ん中にそびえ立つタワーに残ったのは、黒焦げになった私と、私の背中から分離して逃げようとしているアーマーだけになった。
『こんな、こんなところで死ねるか。私には果たさなければならない責任がある……!』
アームが地面を這いずり、どこかへ向かおうとする。目的はきっと、トニー・スタークのラボだ。そこで、自分の精神を移し替えようとしているのだろう。ネットは追い出されてしまったらしいから、有線で。
けど、そんなことはさせられない。私は震える足で回り込み、ウルトロンの前に立ちはだかった。
『そこをどけ、スパイダーマン。もはや死に体となったお前に用はない』
「……かひゅっ」
軽口でも返してやろうとしたが、声が出なかった。もしかしたら、声帯が焼けてしまったのかもしれない。
『やめろ、私は平和のために、お前たちを滅ぼさなければならないのだ。でなければ、世界から争いが消えることは──』
見苦しい命乞いを無視し、私はアームのコアを踏み潰した。
ウルトロン、お前は間違えた。本当に平和を求めるなら、人類という他者ではなく、自分を犠牲にするべきだったのに。
私は趣味の悪い形をしたマスクを外し、ソファに横たわった。爛れた皮膚がマスクもろとも剥がれたが、痛みは感じなかった。今は、下にいるコナーズ博士とフリントのことを気にかける余裕がないくらい、とにかく眠かった。
「ふぐっ……うぅっ……」
ようやく戦いが終わったという安堵とともに、目から涙が溢れた。私はまた人を殺してしまった。それもペトラ・パーカーとしてではなく、スパイダーマンとして。
もう、私はヒーローなんて名乗れない。だって私が暴走する様は、マックスが全部世界にバラしてしまったことだろうから。
私がこの先生きるには、この責任はあまりに重すぎる。ああ、どうか。もう二度と目を覚ますことがありませんように。
空から聞こえるジェット音。まるで流れ星のようにこちらへ向かってくる人影の姿に、私はそう祈ったのだった。
「バイタルをチェックしろ!」
『スキャン中……完了。電気ショックによる重度の火傷、呼吸器系に異常あり。早急な手当てが必要です』
「今すぐ医者を手配しろF.R.I.D.A.Y.! それからヘレン・チョ博士に連絡を取って、再生クレイドルを再利用できないか確認を取れ! 良いか、今すぐにだッ!」
『はい、ボス』
「ひゅっ……かひゅー……こほっ……」
「あぁ、よせ、お願いだ、頼む。頼むから死んでくれるな、スパイダー」
そして鉄の男が、炭になった私を胸に抱いたのを最後に、私は完全に意識を失った。