灰被りの蜘蛛 作:BNDに脳を焼かれたやつ
「俺様の名はライノだ! 覚えとけニューヨーカー共! ふーっはっはっは──ッ!」
場所はニューヨークのパークアベニュー。そこで鋼鉄のバトルスーツを身に纏ったロシア人の男が暴れ回っていた。
パパパッと機関銃の音が鳴り響けば、つい先程まで人々が食事を楽しんでいた通り沿いのカフェが蜂の巣になる。紫光がぱっと散れば、路上に止まっていた車が跡形もなく消滅した。
「警部、ハンドガン程度じゃあのロシア人は止められませんよ! まるでサイみたいだ!」
「とにかく住民の避難が完了するまで持ち堪えるんだ。本部、こちらジョージ・ステイシー。脱獄したアレクセイ・シチェビッチが武装して暴れ回っている。至急機動隊の応援を頼む。場所はパークアベニューだ」
パトカーを盾に、警官たちが道路を封鎖する。
「どうしたサツめ、怖くて顔も出せないのか!」
「止まれ、アレクセイ・シチェビッチ! 貴様は包囲されている!」
警部がパトカーの拡声器で呼びかける。
「包囲されてるだって? 刑務所から抜け出した俺を、そんなチンケなバリケードで閉じ込めたつもりか? なら試してやる、その包囲とやらでいつまで持ちこたえられるかな!」
そしてライノを名乗る男が、警部が身を隠すパトカーに向けて銃口を向けた。
「あの、スパイダーマンは助けに来てくれないんでしょうか! 警部は仲良いんですよね、連絡先とか持ってないんですか!?」
「良い質問だ若造。だがスパイダーマンに頼るなんて考えは捨てろ。あの子は本来、我々警察が守るべき存在なのだ」
「そうは言っても、このままじゃ俺ら死んでしまいますよ!?」
「……」
苦虫を噛み潰したような表情で、ステイシー警部は胸ポケットのなかにあるポケットライトに触れた。
スパイダーシグナル。ボタンを押せばライトが点灯し、スパイダーマンをデフォルメしたようなマークが照らし出される。それからGPS機能で居場所を送信したり、スパイダーマンとの通信も可能とするアイテムだ。
多くを失った少女はもう誰も失わないため、親しい人たちを守るためこれを生み出した。だが、ジョージ・ステイシーは知っている。これを押せば、自分の代わりに少女が傷つくことになるのだと。
しかし、そんなことを迷っている暇は警部にはもう残されていなかった。
「野良犬のようにのたれ死ね! 警察のクソどもが!」
ライノの両腕から機関銃が火を吹いた。一般的な警察車両ではその弾丸の雨を防げるはずもなく。警部たちは蜂の巣になる、そのはずであった。
「警部、困ったときは私を呼んでって言ったでしょ?」
ここに私が、いなければの話だけど。
「スパイダーマン」
「ボクの心配をしてくれるのは嬉しいけど、まずは自分の命の心配をしてよね。あなたまで死んだら、ボクはグウェンにどんな顔して弁明すれば良いのさ」
マンホールの蓋を盾に銃撃を防ぎ、タイミングを見計らってそれをライノに向けて投げつける。
「ほら、一緒にあいつを倒すよ。あなたと、ボクと、それからそこの新人警官君もね。このパルスボムを渡すから、ボクがライノの気を引いている間に背中から投げつけてやって」
私は上着のポケットからデバイスを取り出して、二人に預けた。
「おいおい、誰かと思ったら蜘蛛のお嬢ちゃんじゃないか。まさか俺様と戦うつもりか? その小さい体で何ができる? 帰ってママのミルクでも吸ってやがれ。そしたら大きくなれるかもな!」
「今まで誰も教えてくれなかったのかもしれないけど、君のジョークつまんないよ。もしかして酔っぱらってる? 飲酒運転はどうかと思うなぁ」
蜘蛛糸を飛ばし、自称サイのロシア人から注目を引く。
「今だ! 二人ともやっちゃって!」
パルスボムで痺れ、ライノが膝をついた。私は鋼鉄のスーツからアレクセイを引きずり出し、暴れる彼を蜘蛛糸で縛り付けた。
「クソっ! このガキが、ぶっ殺してやる!」
「はいはい、話は署で警察に聞いてもらってね。それじゃあ警部、あとは任せたよ」
「すまない。また君に助けられたな、スパイダーマン」
「良いんだ。それと、次からは早めに私を呼んでよね。今回みたいに間に合うとは限らないんだから」
強盗を捕まえ、火事から人を救い、迷子の子供を保護し、それからニューヨーク中に現れるハイテク武器を装備したスーパーヴィランと戦う。
これが私の、スパイダーマンとしての日常だ。
時は跳んで、2016年。私が高校生になり、施設を出てトニー・スタークに後見人になってもらい、そしてスパイダーマンとして復帰してから数ヶ月が過ぎた。
私の人生、色々なことが起こりすぎて自分でもちょっと混乱してるから、一度振り返ってみよう。
私の名前はペトラ・パーカー。現在14歳の高校生。クイーンズ生まれで、生まれながらにスパイダーパワーを持ってる。
それから10歳のときにベンおじさんが死に、11歳のときにメイおばさんが死に、それから数ヶ月後の12歳のときにスパイダーマンを始め、ドクター・オクトパス、リザード、サンドマン、ヴェノム、エレクトロ、ウルトロンと戦い、色覚と触覚を失い……そして、第三の母とも呼べる恩人、私が暮らしていた児童養護施設の施設長、通称マザーを失った。
死因は、銀行強盗に巻き込まれたこと。強盗たちは私のおばさんが殺されたときと同じ武器を持っていた。4年前にニューヨークを襲った宇宙人、チタウリが残したハイテク武器の改造品だ。
そういった宇宙人の残留物は通常ダメージコントロール局が回収し、管理し、処分する。だけど、全部が全部ダメコンのところにあるわけじゃない。いくつかは流出したり、ダメコンより先に何者かに回収されたりして、ブラックマーケットに流れているのだ。
今の私の目標は、その流通ルートを探し出して元締めを取っ捕まえること。
もう二度と、誰も死なせたくない。私が失った、二人の母親のように。
「今日も収穫なし、か」
「悪いなスパイダーマン。あんたが求めてるような情報がなくて」
私とジェフ巡査部長は、捕まえたアレクセイから得た情報を精査していた。しかし真犯人逮捕につながりそうな情報はない。脱獄した彼はマフィアたちからバトルスーツを渡され、ただ警官たちの注目を集めろとだけ伝えられたらしい。
大した情報を得られなかったことに対し、彼が申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「ううん、良いんだよ巡査部長。進展はしてる。少しずつ武器の回収はできてるんだから」
私たちがチタウリの武器を持った強盗たちを片っ端から逮捕したおかげで、この数ヶ月で流出していた武器や素材をたくさん回収できた。ただその副作用として、改造武器の元締めが武器の流通を渋り始めたのだ。足がつかないようにしているのだろう。随分と狡猾だ。おかげで私たちは、あと一歩のところで敵の正体や根城をまだ掴めずにいる。
「それで、襲撃された輸送トラックのことについて教えてくれる?」
ライノが暴れた裏で、ダメコンのトラックが密かに襲われたらしい。輸送していたのは、旧ソコヴィアで回収されたウルトロンの部品だ。
「ああ。襲ってきたのはまたあのハゲワシ男だよ」
「バルチャーか……」
ハゲワシ男、通称バルチャー。チタウリの武器を改造し、売り捌いている武器商人の首魁と思われる男だ。ハゲワシみたいな大きな翼を装備してるのが名前の由来である。まったく、ファルコンのパクリみたいな装備をしてやることが武器商人だなんてみっともない。アベンジャーズに訴えられて欲しい。肖像権? それか、著作権? まぁ、何でも良いけど。
「早く捕まって欲しいもんだ。この前武器が見つかった場所なんかうちの近くなんだぞ。もし妻や息子が被害に遭ってたかと思うと……」
「……そう、だね」
「あ、いや。そういえばあんたは、この事件の犯人と因縁があるって話だったな。悪かったよ。軽々しく話題にして」
また、彼は申し訳なさそうな顔をして頭をかいた。因縁なんて、そう大層なものじゃない。バルチャーが売った武器で、私は家族を二度殺されている。ただ、それだけだ。
「良いんだ、気にしないで。それよりも巡査部長って息子さんがいたの? そもそも結婚してたことすら知らなかったよ」
「まぁ、あんたとプライベートな話はあんまりしたことないしな。しかし、思えばもうあんたと絡み始めて四年も経つのか」
「懐かしい、最初の一年はずっと追いかけっこばかりしてたのをよく覚えてるよ。テーザー銃を向けられてさ」
「悪かったよ。あの頃はまだ、あんたと信頼関係なんてこれっぽっちもなかったし、上からも捕まえるように命令されてたからな。今はもう絶対、あんたに武器を向けることはないって誓えるよ。命をかけてもな」
「命なんてかけなくても良いよ。ボクを撃たなきゃならないときは、遠慮なく撃ってくれて構わないから」
「……あんまりそういうこと言うんじゃない」
そう言うと、巡査部長は私の肩を叩いた。
「待った、もしかして今のセクハラだったか? だとしたらすまん」
「えー、違うよ。ただの仲間同士のスキンシップでしょ? グータッチみたいなものじゃん。ボクが女の子だからって、ちょっと神経質過ぎない?」
「近頃はコンプラに厳しいからな。スパイダーマンにセクハラして解雇されたなんてことになったら、妻に殺されるよ」
そう言って、私と巡査部長は屈託のない笑みを交わした。三年前と違って、私たちはもうほとんど戦友みたいなものだった。
「っと、ごめん。もっと話してたいけど、そろそろボクは家に帰るよ。何か問題があったらシグナルで呼んでね。またねジェフ巡査部長!」
「ああ、今日はありがとなスパイダーマン!」
私はジェフ巡査部長に別れを告げて蜘蛛糸を飛ばす。
「カレン、今から帰るから、タワーの明かりをつけといて」
カレン、スタークさんが私のために生み出してくれたサポートAIの名前だ。生みの親はスタークさんだけど、名付け親は私。スパイダーマンとしての活動から日々の生活までをサポートしてくれる、私にとってのメイドさんみたいな人工知能だ。
『はい、ペトラ。ですがすでに明かりがついています。タワーでミス・ポッツがあなたを待っているようです』
「あれ、今日はポッツさんが来る日だっけ? なら夕食は多めに作らないとね」
それから私は、今暮らしている家──アベンジャーズタワーへと帰還するのだった。
「おかえりなさい、ペトラさん。ごめんなさいね、勝手に上がってしまって」
タワーに戻ればポッツさんが私を迎えてくれる。
「いえいえ、全然良いんですよ。私なんてただの居候ですから、気にしないで」
「いいえ、気にするわ。このタワーの主人はもうあなたなんだから」
このアベンジャーズタワーにはもうアベンジャーズはいない。彼らは州の北部に新基地を設け、旧S.H.I.E.L.D.職員らと一緒に引っ越してしまった。そりゃあ、ウルトロンの事件であんなことがあったからね。リスク管理として、ヒーローチームの本拠地をこんな街中ではなく人里離れた場所に置いておくのは当然の判断だと思う。
だから、もぬけの殻になって久しいこの場所で暮らしているのは、今や私と時々こうやって私の様子を見に来てくれるポッツさんくらいであった。
「これから夕飯の準備をするんですけど、食べていかれますか?」
「同伴してもよろしいかしら」
「もちろん! っと、その前に着替えてくるので、少し待っててくださいね」
自室に戻り、スーツを脱いで私服姿となった。
今着ていたのは、私が数ヶ月前まで使っていた手製のクラシックスーツではない。スターク社の技術を使って新しくデザインした、新型のハイグレードスーツだ。ハイテク技術のおかげで今までになかった機能をたくさん搭載してあるので、たぶんスーツの材料費だけでいっても100倍以上違うことだろう。ちなみにボイスチェンジャーは外した。もう女の子だってバレてるしね。
防火素材でできた上着も改良して、防弾防火防塵防水防電防刃耐衝撃耐ビーム耐熱対パパラッチ用リフレクティブ素材……それからまぁ、その他もろもろ。とにかくすごーく高性能な上着に改良してある。防御力の秘密は生地の内側にヴィヴラニウムの層があること。素材はウルトロンの死体からもらった。死ねばあんなやつでも役に立つらしい。ふんだ。ざまぁみろ。
新しいスーツのおかげで、ここ最近の私は改造武器を持ったヴィランたちと戦っても無傷でいられた。新しいスーツは本当に最高。唯一不満があるとすれば、ちょっとだけ締め付けがキツイくらい。まぁ、それはスーツじゃなくて私の体の方の問題なんだけどさ。成長期なんだよね。
……どうせなら上背が伸びて欲しかったなぁ。
「カレン、スーツのメンテナンスをお願い」
『かしこまりました』
スーツをロボットアームに預け、私は部屋を出る。
それからポッツさんと一緒にキッチンに立ち、二人で夕飯の支度をした。
「ポッツさん、包丁を取ってもらえますか? 野菜用のやつ」
「これであってるかしら。にしても、どうしてこんなにたくさんの種類の包丁があるの?」
「それであってますよ、ありがとうございます。種類が多いのはまぁ、スタークさんが凝り性だから?」
「あの人料理なんて滅多に作らないし、腕前だって下の下なのに、なんで形ばっかり整えたがるのかしら」
「彼はエンジニアだから、道具は常に最高のものを用意するのが癖になってるのかもしれませんね」
それから私はポッツさんによるトニー・スタークへの愚痴ラジオをBGMにしながら、トントンと食材をまな板の上で刻んでいく。
こうして誰かと一緒に料理をしていると、なんだか昔を思い出す。メイおばさんから料理を教わった日々。マザーと一緒にお弁当を作った日々。
「ストップよ、ペトラさん!」
突然、ポッツさんが私の手を掴んだ。
「大変、手が真っ赤よ。血が出てるみたい。すぐに手当てしないと」
「あ……」
下を見れば、食材もろとも私の手は鈍い灰色に染まっていた。気づかぬうちに、指を切ってしまったらしい。
「大丈夫? 顔色が悪いわ」
「だ、大丈夫。ちょっと目眩がするだけ」
くらりと、頭が傾くような感覚。触覚を失ったはずの私の手には、ドロリとした熱とぬめりが感じられた。
「はっ……はぁっ……!」
「いけない、どうか深呼吸してペトラさん。すぐに救急箱を持ってくるわね」
それから救急箱を持ってきたポッツさんの華麗な手さばきにより、またたく間に止血と消毒が終わる。
「食事の支度は私がするから、あなたはテレビでも見て休んでいてちょうだい」
「はい、そうします。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「そう畏まらないで。隣人さんを助けるのは、当然だもの」
私は横になり、耳につけたインカムに指先で触れた。
「カレン、バイタルをチェックして」
『動悸、目眩、指の先に切り傷が見られます。目が泳いでいますね。トラウマを刺激されたことによる、不安症の発作のようです』
「やっぱりか。はは、あんまり頻発はしないけど、やっぱりキツイねこれ」
冷や汗が額を伝う感覚。ドキドキと感じる胸の鼓動。私は天井を見ながら、必死に心を落ち着かせた。
『大丈夫です。トニー様もかつては宇宙の脅威への恐怖からスーツ依存症を患っていましたが、現在では解消しております。あなたの症状もすぐに良くなりますよペトラ。まずは精神を落ち着けるためにリラックスを。よろしければ、
「げ、ゲロ? なにその汚そうなの。だめだめ、適当に落ち着く環境音でも流しておいてよ」
それからしばらく、私は川のせせらぎへと耳を澄ませた。あー、いつか十分な時間ができたら田舎に引っ込んで毎日キャンプしたい。大自然の中で深呼吸して、胸いっぱいにマイナスイオンを蓄えたい。
「料理が完成したわ。体調は回復したかしら」
「おかげさまですっかり良くなりました。ありがとうございます」
「良いのよ、それじゃあ食事にしましょうか」
それから私は配膳を手伝ってから、ポッツさんと食卓を囲んだ。そして料理を口にしようとしたちょうどそのとき。
『やぁ、ペトラ。ちゃんと晩ごはんは食べてるか? 毎日三食、決まった時間に、適切な栄養バランスのものを食べないと僕みたいに捻くれた大人になるからな。まぁ、君は発育が良いから余計な心配かもしれないが』
投影されたホログラムの姿でスタークさんが現れた。
「ちょっとトニー、自分が保護監督している子にそんな言い方はないんじゃないかしら」
そんな彼を呆れた顔で叱るポッツさん。
『ペッパー? おい、どうして彼女がそこにいるんだ。言ってくれたら僕もそこで晩ご飯を食べたのに。この薄情娘め!』
そう言うと、ホログラムのスタークさんは嘘泣きしながら一人寂しそうにチーズバーガーを頬張った。
「いや、私も来ることは聞かされてなかったので」
『だけど、君には分かるものなんじゃないのか。その、スパイダームズムズとやらで』
なんだ、その背中が痒くなりそうな名前の能力は。私の第六感のことを言ってるのか? そもそも、ムズムズするのは危険なときだけだぞ。人の来訪なんて分かるわけあるか。
『それよりペッパー。君、どうして今日の講演をキャンセルしたんだ。おかげで将来有望なMITの生徒たちの前に立って、おじさん一人だけでスピーチする羽目になったんだぞ』
「あなたの会社のことで手一杯で、奨学金がどうのこうのと学生に発表している暇は私にはないの。それにあなたが作った原稿見たとき、私は行かないってはっきり伝えたでしょう? まったく。部下の発明に
ポッツさんはプンプンしながらバターロールを口に頬張ると、勢いよくグラスを煽って水を飲んだ。
「あなたがそんな風だから、ペトラさんが苦しむことになるのよ。少しは反省して」
『なんだって? ペトラは別に苦しんでないだろう……少なくとも今は。なぁ、そうだろ? 僕は君に何不自由ない暮らしを提供しているはずだよな』
「まぁ、はい。少なくとも生活に不自由はしてないです」
『ほら見ろ。彼女は僕の味方だ』
「でも、不満はあります。ホログラムじゃなくて、直接会いに来てほしいです」
『それは……』
「一応、スタークさんは私の後見人なわけだし。忙しいかもしれないけど、たまには遠隔じゃなくて、直接近況を報告させてください」
私はお皿の上のソーセージをフォークでツンツンしながら、控えめにそう言った。
『そうだな。アイアンマンとしての仕事が一段落ついたら、そうしよう』
「アイアンマンはやめるって言ったのに」
『僕に何か言ったか、ペッパー』
「いいえ、何も。社長職を私に押しつけたのに、相変わらず忙しそうで羨ましいと思っただけ」
『あのなぁ、僕は』
「ペッパーさんもスタークさんに会いたいって言ってます! 以上! また明日お話しましょうねスタークさん! じゃあカレン、通話を切って!」
『おい、話はまだ──』
ホログラムの投影が終了し、スタークさんの姿が消えた。
「ごめんなさい、喧嘩ばっかりで。夕食が美味しくなくなっちゃうわよね」
「そんなことないです。二人の話は端から見てて楽しいですよ」
主に、二人ともすれ違ってる様がね。
「そう? なら良いのだけれど、いえやっぱり良くはないかしら……」
「提案なんですけど、スタークさんに休んで欲しいって、素直に言えば良いんじゃないんですか?」
「言ったところで無駄。彼、止まったら死んじゃう病気みたいだから。働いてること自体が、休みみたいなものなのよ。困ったことにね」
頭が痛い、そう言わんばかりにポッツさんは目頭を押さえて首を振った。
「それに、休んでほしいといえばあなたのこともよペトラさん。またスパイダーマンとして活動したんですって? 聞いたわよ、バトルスーツを纏った男と警察の銃撃戦に乱入したって」
ポッツさんがカバンから新聞を取り出した。見出しにはパークアベニューで起きた昼の出来事のことが書かれていた。
「はい、すみませんでした。勝手なことして」
「責めてるわけではないわ。私にもトニーにも、あなたを止める権利はないもの。だけど、一人で抱え込むような真似はしないでね」
一人で抱え込むな、か。もちろん、私は今でも周りの力を頼っている。こうしてポッツさんと話したり、警察と協力したり、スタークさんの技術を借りたりね。けど、それだけじゃ足りないってことなのかな。
「分かりました。あんまり自信はないけど、心がけるようにします。ポッツさんから見て私が限界そうに見えたら、遠慮なくビンタでもして止めてください」
「ビンタなんてしないわ。にしても、あなたって本当に素直で良い子ね。トニーにあなたの半分ほどでも素直さがあれば……」
「僕に素直さがあれば、あまりに可愛くてなでなでしたくなる? ならよろしい。ほら、素直なトニーちゃんが言われた通りに会いに来てやったぞ」
エレベーターから聞き慣れた声が聞こえた。驚きで私たちが振り返ると、そこにはアーマーを着たスタークさんの姿がある。まさか、北部からわざわざ飛んできたのか?
「えっと、スタークさん。お久しぶりです」
「あぁ、久しぶり。生身で会うのはいつ以来か?」
「あなたに引き取られて以来ですかね」
つまるところ、実に半年ぶりくらいである。
「……は? もうそんなに経つのか? いやこれは、流石にもっと頻繁に会いに来るべきだな。失敗失敗。すまない、許してくれ」
「スタークさんは失敗を改められる人ですから、許しますよ」
許しの証に、私はスタークさんとハグを交わした。そしてすぐに、私は顔をしかめる。
「お疲れのところ悪いですが、シャワーを浴びた方が良いと思います!」
「おい、嘘だろ。仕事帰りにそんな対応されるなんて悲しいぞ僕は……いや、よく考えれば僕も父に同じことをしてたな。すまん父さん。今更ながらにあなたの気持ちが分かりました」
スタークさんは天を仰ぎ、亡き父ハワード・スタークへの謝罪の言葉を呟いた。時を超えて親子の絆が深まった瞬間かもしれない。いや、別に泣けないけど。
「それで、素直じゃないペッパー・ポッツちゃんはハグしてくれないのか?」
「トニー。先にシャワーでしょ?」
ニヤけた顔でシャワールームを指差すポッツさん。それからスタークさんはアーマーを脱いでトボトボと体の汚れを落としに行くのでした。
「ねぇ、F.R.I.D.A.Y.。アーマーを開いてもらっても良いかな?」
『申し訳ありませんが、ペトラ様といえどボスの許可なくアーマーを開くことはできません』
「消臭スプレーかけたいだけなんだけど。スーツが臭いままでも良いの?」
『アーマーを展開します』
するとすぐにガシャンガシャンと、スーツが前開きになった。カレン、君のお姉さんは相変わらず愉快な性格してるよ。