灰被りの蜘蛛 作:BNDに脳を焼かれたやつ
「ニュースでもう知ってると思うが、先日ナイジェリアでキャプテンのチームが……いや、僕らアベンジャーズがまたやらかした。ヒドラの残党を追ってる最中に、ドカン。民間人が大勢犠牲になってね。以前のソコヴィアでの件も含めて、世界では僕らの責任の在り方について議論された。それでソコヴィア協定……アベンジャーズにルールを定めるって話が出てる。すでに世界117ヶ国が賛成済みだ」
私たちと一緒に食事を取り直したスタークさんが机の上に分厚い資料を置く。表紙にはデカデカと『ソコヴィア協定』の文字が刻まれていた。
どうやらここに来たのは、私たちと直接顔を合わせるためだけではなかったらしい。
「まだ、はっきりとした内容は定まってない。追って詳細を詰めていくことになるだろうが、できれば君にも賛成してほしいと思っている」
そう言うと、スタークさんは疲れたように顔を伏せた。
資料を開き、内容をさらっと確認する。内容としては、おおむねスタークさんが語った通りであった。アベンジャーズは世界を救ったが、その活動によって望まぬ被害が出てるのも現実だ。国連はそれを抑止したいらしい。
「まぁ、今すぐにってわけじゃない。アベンジャーズの中でもキャプテンを始め半分が反対派だからな。君にだけ無理を言って頷かせるわけには……」
「良いですよ。署名します」
目を丸くするスタークさんに、私は資料を返却した。
「おいおい、ちゃんと中身を読んだのか? 署名すれば、君の活動は国連の管理下に置かれる可能性があるんだぞ。今までのように、親愛なる隣人はできなくなるかもしれない」
「詳細は追って詰めるんですよね? 私としては国の兵士みたいな扱いは嫌ですけど、条件次第では受け入れても良いです。そもそも警察とはいつも協力してますし……署名はスパイダーマンでも良いですか? それとも本名?」
「本名はまずいだろう。ひとまずスパイダーマンの名前で構わない。ロス長官から文句を言われたら、僕が保証人ってことで押し通すよ」
スタークさんからペンと紙を奪い取ってささっと署名する。親愛なる隣人、スパイダーマンと。
「即決だな。正直助かるが、もう少しゴネるかと思ってたよ」
「そんなことしたら、スタークさんは困るでしょ?」
「その通り、とても困ってた。……しかし君はなんというか、あれだな」
「素直で良い子? ええ、そうなの。彼女はとっても良い子。あなたはこの子を引き取って数ヶ月経つのに知らなかったみたいだけど」
スタークさんの手から資料を奪ってそれを読んでいたポッツさんが、まるで合の手を入れるようにそう言った。
「残念ペッパー君、僕は騙されやすそうだから心配だと言いたかったんだ。僕の周りには精神の図太い人しかいないから新鮮でね」
スタークさんはチラチラとポッツさんを見ながら、私に同意を求めるように視線を向けた。まぁ、似た者同士は集まりやすいっていうし……。
「それじゃ、用事は済んだし僕はもう行くことにするよ」
「また基地に戻るの? てっきり今夜は一緒に泊まっていくのかと」
「悪いが、まだやるべきことがあるんだ。さっさとキャプテンの太い首を縦に振らせないと僕のか細い首が飛ぶ……待った、一緒にだと? てことは、君はここに泊まるのか?」
「ええ、そうよ。なるべく週に一度はここに泊まるようにしてるの。何日も夜を一人で過ごし続けてたら、子供の成長には悪影響でしょ? ペトラさんにはあなたみたいな捻くれた大人になってほしくないし」
二人の会話に耳を傾けていた私は、思わず口を挟みそうになった。私はこんな天然記念物みたいな皮肉屋には育たないよってね。
「僕とはもう何ヶ月も一緒に寝てくれないのに、ペトラとは週に一回も同じ夜を過ごしてたのか? まったく、酷く裏切られた気分だよ。悲しいね」
別に同じベッドで寝てるわけではないんだけど、スタークさんは拗ねてしまった。
「そこでいじけてる人は置いておいて、私たちは寝る準備をしてしまいましょうか」
「……はいはい、分かったよ僕の負けだ。僕もここに泊まれば良いんだろ? まったく、我儘な女の子たちだな君らは。F.R.I.D.A.Y.、キャプテンに電話をかけろ」
相変わらずスタークさんの扱いが雑なポッツさんに根負けしたように、スタークさんはスマホを取り出した。別に泊まってくれなんて誰も頼んでないのに。
「やぁ、キャプテン。少し良いか。協定の件について夜に詳しく話し合おうと昼に言ったが、あれは忘れてくれ」
『トニー、どうしたんだ急に』
「ちょっと考え直したんだよ。僕が無理に君を説得するより、君の自己判断に任せた方が良いと思ったんだ。それにほら、君の元カノ、いや失礼。大切な人が亡くなったんだろう? 喪に服すとまでは言わないが、今夜は一人でいたいかと思ってさ。僕って気が利くだろ?」
スタークさんがウィンクすると、ポッツさんが頭を押さえてため息をついた。
『その申し出は正直ありがたい。今は君と協定について話し合う気分にはなれなくてね』
「なら良かった。今日はゆっくり休んでくれ。おやすみキャプテン。……ところで、僕たちの寝床はダブルベッドだよな?」
仕事の話が終わってスッキリした顔のスタークさんは、意気揚々とポッツさんがいつも使ってる部屋の中へ入っていった。
「あの、さっきの電話の相手ってもしかしてキャプテン・アメリカですか? ずいぶんと落ち込んだ声でしたけど」
「70年前に彼と良い仲だった女性が今日亡くなられたそうだから、そのせいじゃないかしら。気の毒にね」
70年前、つまり彼が氷漬けになる前の恋人か、それに近しい人が死んだってこと? 国のために命を懸けて戦って長い眠りにつき、目を覚ましたときには世界は変わっていて、それでも生きていた愛しい人は若いままの自分とは違って老いて死んでしまったなんて。
うわぁ、それはキツイね。そしてそんな状況のキャプテンと普通に仕事の話をしようとしてたスタークさんも大分キツイね。意図してなかったけど、キャプテンに安らぎを与えられて良かったよホント。
「なぁ、部屋でこんなものを見つけたんだが。これは……君の作ったペンライトか何かか。スパイダーマンがピンチのとき、これを振って応援するとか?」
「ちょっとトニー、私の私物を勝手に触らないで」
ポッツさんの部屋からスタークさんが出てきたと思えば、彼は手に何かを持っていた。それは私がポッツさんに与えたスパイダーシグナル用のポケットライトだ。スタークさんがそのボタンを押すたび、天井にスパイダーマークが浮き上がる。
ああ、でもそれそんなポチポチ押されると。
『報告、スパイダーシグナルに反応あり。場所はアベンジャーズタワー最上階ラウンジ。現在地から徒歩2秒の場所です。ニューヨーク市警を招集しますか?』
「ありがとカレン。だけど見ての通りスタークさんがイタズラしてるだけだから、警察は呼ばなくて良いかな」
色んなところに緊急通信が入っちゃうんだよね。
「君を呼び出すためのアイテムか。悪用されそうだな」
「使用には定期的なライセンス更新が必要で、加えて紛失届を出してもらえたら自動的にライセンスが停止されるのでそれで悪用は防いでます。そのボタンを押したらシグナルが投影されて、GPSでも現在位置を知らせてくれるし、長押しすれば通信もできます……って、いやあのスタークさん、人が説明してるときはボタン押さないでください。それ押すたびに私や警察に通知が届くんですからね」
「おっと、これは失礼」
さっきからカレンがピコンピコン煩いからやめて。警察からも大丈夫か確認されてるからやめて。スターク社警備担当のハッピーさんからも連絡来てるから本当にやめて。
「返してトニー、それはペトラさんが私に譲ってくれた大切なものなの。あなたのおもちゃじゃないわ」
シグナルは私にとって大切な人、警察、消防隊、ニューヨークに点在する慈善団体の施設などに配られ、総数にしてざっと100基ほどある。それは私がもう二度と大切な人の命を零さないために生み出した、ニューヨーク中を覆う蜘蛛の糸なのだ。
「……僕の分はないのか?」
「え、アイアンマンにこんなもの必要あります?」
「アイアンマンにだってスパイダーマンの助けが欲しいときくらいあるさ」
「そんな場面想像もつきませんけど。例えば?」
「例えば、そうだな。アフガニスタンでテロリストに拘束されたときとか、テネシー州に不時着して家に帰れなくなったときとか」
前者は分かるけど、後者は何のことを言ってるのか分からないよ。あとアフガニスタンとかテネシー州とか言うけど、ニューヨーク州の外でトラブルになってもスパイダーマンは助けに行けないからね? 私はニューヨークの親愛なる隣人なんだからさ。
「まぁ、欲しいなら今度あげますよ。私なんかがスタークさんを助けられるか分からないですけど」
「よし、じゃあ新品はペッパーにあげてくれ。僕はこのお下がりで満足することにする」
「ちょっとトニー!」
「冗談だよ。けど僕に取られないように、ちゃんと肌身放さず持ってるんだぞ?」
仲睦まじく喧嘩する二人は、そのまま私を置いて部屋の中に消えていった。
「……私も寝よ」
蜘蛛の糸に絡め取られ、私は身動きが取れなかった。必死にそこから手を伸ばそうとするが、体は少しも動かない。
それから紫光が瞬き、改造武器の銃口から火花が散る。放たれた弾丸は真っすぐに、私にとって大切な人たちの胸を穿った。
最初は、ベンおじさん。
次は、メイおばさん。
オクタビアス博士やエディ……私が戦ったヴィランたち。
そして、マザーまで。
「やめて、やめてよ……!」
死んだはずの人たちが消え、今度は生きているはずの人たちが標的になる。
ステイシー警部、グウェン、ジェフ巡査部長、MJを始めとする学校の友達、そして、ポッツさんとスタークさん。
蜘蛛の糸に絡め取られた彼らは逃れることもできず、皆その光に焼かれて。
「やめろぉぉぉ!!!」
跡形もなく灰となって、消えた。
「うわぁぁぁ!!!」
悲鳴を上げて、私はベッドから転げ落ちた。
「おいどうした、何があった!」
パニックになった私は体を丸めて縮め、床を何度も転げ回った。棚やベッド、誰かの足にぶつかっては呻くのを繰り返す。
「落ち着いてペトラさん、大丈夫よ。ここには私たちしかいないわ」
そんなとき、心の闇を払うかのようにパッと部屋の明かりがついた。そこには心配そうな表情のポッツさんと、腕だけスーツを装着して武装しているスタークさんの姿がある。
「はぁ……はぁ……っ。ポッツさん? スタークさん? 生きてる、生きてるよね」
「ええ、生きてるわよ」
「僕らがゾンビか何かに見えるか?」
「良かったぁ……っ!!!」
その姿を見て安堵が溢れ、私は思わず二人に向かって飛びついた。
「おいおい、まったく情緒不安定だな君は。急に抱きつくな、そして泣くな。とにかく落ち着いて、それから一体何があったのか説明してくれ」
「怖かったわね。少しずつで良いから、話してくれる?」
背中を支えられたまま、私は少しずつ夢で見たことを話し始めた。私にとって大切な人たちが、みんなチタウリの武器にやられて灰になってしまう夢の話を。
「私、私……耐えられないんです。みんなが死んじゃったら……また、守れなかったら……!」
顔を覆う手の平から涙が零れ落ちる。まるで私が取りこぼしてきた人たちの命のように。これから死んでしまう人たちのように。
『トニー様。私の主、ペトラはストレス障害を患っており、過去の辛い記憶と類似した光景を目にした場合、それに呼応したトラウマのフラッシュバックが起こることがあります。先日はトニー様のご来訪前に一度発作が起きていました。悪夢を見たのは、その影響かと』
「やぁ、カレン。元気してたか? 説明してくれてありがとう。ところで、僕はペトラの健康と生活を守るために君を生み出したはずだよな? にしては、彼女の症状について何も聞かされていないんだが。それからペッパーもだ。発作なんて聞いてないぞ」
「それは……」
ポッツさんが口ごもり、私は彼女の代わりに説明するために口を開いた。
「スタークさん、ごめんなさい。でも二人を責めないであげて。私が口止めしてたんだよ」
「ペッパーならともかく、人工知能に口止めが効いたらそれはバグだぞ。修正が必要だ」
「バグじゃない。私が勝手にカレンのソースコードをハッキングして、スタークさんの命令権レベルを私より下に下げたんだ。だからカレンは私に口止めされた」
『申し訳ありません、トニー様』
元々カレンは、私をサポートすると同時にモニタリングするために生み出された人工知能だった。私を守るためというのは分かるけど、ぶっちゃけあまり気持ちの良いものではない。だから、私はカレンの主人を自分だと設定し直したのだ。
「おい嘘だろ、君はとんだプレイガールだな。ペッパーどころか僕の作ったAIまで寝取ってしまうとは……はぁ、まぁ良い。君の実力を認めてカレンの命令権はそのままにしておこう。直接君を見に来なかった僕の責任でもある。それで、病院には行ってるのか?」
「ううん、行ってない。もともとそんなに酷くなかったんだよ。だから、自然に治ると思ってたんだけど……」
今日ほど酷い悪夢を見たことはない。きっかけになったのは多分、スタークさんとポッツさんが一緒にいるからだろう。彼らを見ていると、どうしてもベンおじさんとメイおばさんのことを思い出してしまうから。
「なら明日は学校を休んで、すぐにでも病院に行け。分かったな?」
「はい……」
有無を言わさぬ態度のスタークさんに、私は素直に頷いた。私だって、今まで軽症だったから病院にまでは行ってなかっただけで、こんなに酷いなら早く治したいから。
「良いぞ、素直は成長のコツだ。それじゃあもう寝ろ。次は悪夢をみないようにな」
「はい、おやすみなさいスタークさん。ポッツさんも」
「ええ、何かあったらすぐに呼んでちょうだいね」
二人が出ていくと、私の部屋には暗闇と静寂だけが残った。そして扉の向こう側から、二人の話し声がかすかに聞こえてくる。普通の人では聞き逃すような声でも、私の耳には届くのだ。
「ごめんなさいトニー。ペトラさんのこと、今までは症状が軽かったから、あなたに話すまでもないと思ってたの。心配をかけたくなかったから」
「心配するさ、だって当然だろう? 僕のせいで彼女が何度傷ついたと思ってる! そしてもう二度と傷つけまいと誓ったのに、またこうして傷つけた。トラウマの症状だって、どう考えても僕が会いに来たせいだ。これまで一度も、こんなに酷い目に遭ってなかったならな。……やっぱり、距離を置いておくべきだった」
「トニー、そんなこと言わないで。彼女はあなたに会えて喜んでたわ」
「とにかく、僕はもうここには来ない。ペトラの面倒は君が見てやってくれ」
「それはだめよ。子供には母親だけじゃなく父親だって必要でしょう?」
「僕に父親役をやれって? 彼女から色や、温もりや、親すら奪った僕がか?」
私は息を飲み、その言葉の続きを待った。
「あれは事故だったでしょう?」
「違う。僕がドクター・パーカーを焚き付けたから起きた事件だった。ドクターは医療目的の研究だと何度も訴えていたが、僕は耳を貸さなかった。そしてラボが燃えた。偶然だと思うか? 僕は思わない」
その話は、私がかつてコナーズ博士から聞いた話とそっくりそのまま同じだった。
「ねぇ、カレン。お願いがあるんだ。スターク社のデータベースにアクセスして、当時の記録を何とか閲覧できないかな」
『可能か不可能かで言えば可能です。ですがその場合、トニー様に勘付かれる恐れがあります』
「どれくらいで気づかれる?」
『私を信頼してくれるなら、10分は時間を稼いでみせましょう』
「……分かった。あなたを信じる。やって」
そうして私は、過去を調べるためにカレンとともに電子の海へと飛び出した。
2001年、9月11日。私が生まれてまだ一ヶ月程度しか経っていない頃に、アメリカ同時多発テロ事件が発生した。四機もの旅客機がハイジャックされ、市民が暮らす街へ自爆特攻を仕掛け、何千人もの人命が失われた。
それは戦争ではなかった。だから政府がスターク社に求めたのは、全てを破壊する兵器ではなく、脅威を未然に防ぐ兵士だったのだ。
『というわけで、喜べパーカー博士。君の研究はアメリカを守る兵士の材料として選ばれたんだ。光栄だろ?』
残っていた監視カメラの映像に、当時のスタークさんと私の父の会話が残されていた。
『君の研究する放射性の蜘蛛の遺伝子を兵士に投与すれば、新兵でも瞬く間に特殊作戦部隊の一員へと早変わりだ。蜘蛛の力を持った隠密部隊というのは、スーパーソルジャーとはまた異なる趣があるな。名付けてスパイダーソルジャー、うん、響きは悪くない』
『社長、私の研究はあくまでも蜘蛛の持つ治癒能力を活用した医療目的のものです。兵器を作るためのものではありません。それに人体実験の成功例は、まだ一つもないのですよ』
『千里の道も一歩からだ。今は成功例がないかもしれないが、心配するな。これから成功例を出せば良い』
『ですが……!』
『そう慌てるな、ドクター・パーカー。ところで話は変わるんだが、僕はこんな噂を耳にしてね。君が隠しているだけで、実は人体実験の成功例はある、という話だ』
『………………』
『あぁ、別に真相を確かめるつもりはないぞ。だってどうでも良いからな。過去に成功例があろうとなかろうと、これからすることは変わらない。僕らはすぐにでも、テロを未然に防ぐ力を創り出さなきゃならないんだ。でなきゃ、散っていった三千超の命が報われないだろう』
『……生み出した兵士が、その何倍もの命を奪ったとしてもですか?』
『自動車は世界中で何千、何万もの命を現在進行形で奪っている。だが現代に生きる人間で自動車が生まれなければ良かったなどと言う人間がいるか? 少なくとも、僕は聞いたことないね』
『そうですか。私が何と言おうと、結論は変わらないのですね』
『明日役員会でこの案を皆に紹介する。新世紀のアメリカを支えるためだ、理解してくれ』
スタークさんが父の肩を叩いて部屋を出た。残された父はただ拳を強く握り、肩を震わせるばかりだった。
『その後、役員会でスターク様の案が可決。実行される前に、ドクター・パーカーのラボで原因不明の火災が発生し、自動的に計画はキャンセルされたようです』
「………………」
カレンの言葉は、私の耳に入らなかった。けれど扉の外からは、相変わらず二人の会話が聞こえてくる。
「スパイダーマンの名前を知ったとき、僕は何も思い出せなかったよ。10年以上も前のことだったからな。計画のことも、彼女の父親のことも、何もかも忘れていた。けれど、ペトラ・パーカーがスパイダーマンだと知ってからは違う。彼女に関わることすべて、僕のせいなんだと気づいたんだ。彼女が親を亡くしたのは? 無謀な計画を発案した僕のせいだ。叔父を亡くしたのは? ニューヨークを戦場にした僕のせいだ。叔母が死んだのは? ダメージコントロールの怠慢を防げなかった僕のせいだ。スパイダーマンとして彼女が戦わなければならないのは? 僕が火種を撒いているせいだ。あるいはそもそも、彼女がスパイダーマンなのも僕のせいなのかもな」
「トニー、自分を追い詰めすぎよ。あなたがそうなるようにしたわけじゃない」
「だが現実はそうなってるんだよペッパー。僕は彼女を傷つけてるんだ。彼女を引き取る条件として、マダムに『彼女を守る』と約束したのにだぞ。そして、そのマダムも死んだ。またダメージコントロール局が見逃した、改造武器で。なぁ、教えてくれよ。僕はどうしたら良い? どうしたらあの子の心の傷を癒やし、安らぎを与えてやることができるんだ?」
「トニー」
「僕はあの子の父親になりたいんじゃない。ただ僕が壊したあの子の人生を修復してやりたいだけだ。けれど、何をやってもダメ。スパイダーマンの助けになればと思って無人機を警察に貸し出したが、どういうわけか無人機が撃ったのはスパイダーマンだった。ふざけた話だ」
「お願い落ち着いて」
「僕は天才だ。天才のはずだった。だけどたった一人の少女を救ってやることもできない。こんなのがヒーローの姿か? アイアンマンの姿か?」
「さっきからあなた」
「誰も彼もが、僕を完璧な人間であるはずだと思い込んでる! おかしいだろう、僕は初めからこんなに失敗続きで欠陥だらけなのに!」
「声が」
「ああ、言われなくても自分でわかってるさ。僕にはキャプテン・アメリカみたいな気高き理想もない、正義の心もない、高潔な精神だってない! 何もないんだよ、ヒーローを名乗る資格なんてものは! 一つも!」
そんなことないって、言ってあげたかった。あなたはそれでもヒーローだって、言いたかった。父のことであなたを恨むなんてお門違いだし、すべてあなたのせいだなんて思ってないって、そう言いたかったけど、14歳の私の心は上手く感情を消化しきれなくて。
私はついに我慢できなくなって、スーツを着て窓から部屋を飛び出した。『少し気持ちの整理が必要なので、しばらく家出します』と、書き置きだけを残して。
「大きすぎる……って、言おうと思ったのだけれど」
「……また失敗したな。はぁ、本当に、僕ってやつはどうしょうもない」