灰被りの蜘蛛 作:BNDに脳を焼かれたやつ
2016年、夏。高校一年生が終わり、いよいよ夏休みの時期がやってきた。
「はい、みんな期末テストお疲れ様。それじゃあ学コンの合宿についてのチラシ配るから、読んでね」
学力コンテストクラブの一同が部室に集まり、リズ先輩が配ったチラシに目を通す。
そこには今から約一ヶ月後に一週間ほど、ニューヨーク州北部の森のコテージにて泊まり込みで課外学習を行う旨が記されていた。
「はい質問」
「何かしらMJ」
勢いよく手を挙げるMJを先輩が指名する。
「この合宿をする意義について教えてもらいたいんだけど」
「えっと……色々プログラムも組んでるから、就職とか大学に入るときの自己PRに使えるかも」
「つまり、私たちを敷かれた社会のレール上で走らせるための合宿だと?」
「い、いやそういうわけじゃないよ。それにほら、みんなでお泊り会とか楽しそうじゃない? キャンプしたり、ボードゲームしたり。ダメかな?」
スッ……と、MJは挙げた手を静かに下ろした。
「相変わらず彼女の思考が俺にはさっぱり分からないよ」
そんなMJを見て、ネッドが困惑したように私に耳打ちした。分かるよ。彼女の脳内は常人より三倍複雑な回路で組まれてるからね。ちなみに今のは意味ありげな質問だったが、単にリズ先輩の困り顔を見たかっただけだと思う。最近困惑してる人の顔をスケッチするのにハマってるらしいから。
「参加を希望する人は事前に親御さんの許可を貰っておくように。当日は先生がみんなの監督をするよ。休日を返上してね……」
ハリントン先生が悲しげな表情でそう呟いた。可哀想に、どうか手当てが出ることを祈ろう。
「先生、親以外の許可じゃだめっすか。お手伝いさんとか」
「うーん、ちょっと難しいね」
次に手を挙げたのは最近になってなぜか学コンに入部したフラッシュだった。彼の親御さん、基本的に仕事で忙しいから、この手の許可を取れないのかもしれない。可哀想な人がもう一人増えちゃったな。
「クソ、俺も行けたらな。ペトラは行くんだろ?」
「いや、私は行かないよ。用事があるし、それに私がいるとみんなの練習の邪魔だろうから」
「はぁ? なんでペトラが邪魔になるんだよ」
フラッシュの疑問に対し、一生懸命ノートにリズ先輩の顔をスケッチしていたMJが顔を上げて代わりに答えてくれた。
「あんたは最近入ったばっかだから知らないかもだけど、ペトラってばすっごく頭良いの。で、ペトラがいれば優勝は余裕だってみんなが調子こいてたら去年のコンテスト本番に総合の点数で負けちゃったってわけ」
「ほんとごめんよ、俺があと一問間違えてなかったら……」
「ネッドだけのせいじゃない、私たちみんなの責任だよ」
リズ先輩が過去を思い出して凹むネッドをフォローする。その言葉に当時コンテストに参加していたみんながうんうんと頷いた。「私はノーミスだったけどね」と自慢げに言うMJ以外は。
「MJあんまりそういうこと言わないの」
「ちょ、つむじツンツンするのやめてよ」
「ツンツンされたくなきゃ嫌味な態度は改めてね。まぁ、そんなことだから私はあまり練習に参加しないようにしてるんだよフラッシュ。みんなの気を引き締めるためにも、みんなのやる気を削がないためにも」
私ばっかり筆記で満点取ってたら、みんなやる気なくしちゃうからね。
それに、私はもうコンテスト本番に出るつもりはない。だって私の能力だとズルしてるようなものだ。早押しには誰にも負けないし、聴力だって良いし、なんなら時間が止まったように高速思考すらできる。本番はできれば私以外のメンバーで頑張ってもらいたい。
「なら、やっぱ俺も行かなくても良いや。せっかくの夏休みなのに部活の合宿なんてやってらんねーし」
「あ、でも途中からなら参加したいな。練習には参加しないけど、みんなとお泊り会くらいは楽しみたいし」
「先生、ちょっと親に電話しても良いっすか。すぐ終わるんで」
そう言うとフラッシュはスマホ片手に部室を出ていった。貰えると良いね、許可。
「ペトラ、夏休み空いてるならどっか遊びにでも行かない?」
「うーん、どうだろ。色々忙しいだろうからなぁ」
フラッシュが戻ってくる前に部室を出た私とMJは合宿のチラシを片手に帰路につく。
「忙しいって、スターク社のインターンのこと? 大変だね。実際どんなことしてるの? アイアンマンスーツを着たりする?」
「しないよ。普通に会社の中の色んなラボを見て回って勉強したり、ちょっと実験に参加させてもらうだけ」
嘘だ。実際はアベンジャーズ基地でスタークさんやローディさんと一緒にスーツの新機能を試したり、模擬戦したり、世界各地に残ったヒドラ基地をぶっ潰しに行ったりしてる。
そして実は一回だけ、アイアンマンスーツを着させてもらったこともある。頭から地面に突っ込んだので、もう二度と着ないと誓ったけど。
「すっご。もっと自慢すれば良いのに。私だったらべらべら喋っちゃってるかも。私が次期スターク・インダストリーズの社長だぞーって」
「それは言い過ぎだよ」
などとMJと話してると、スタークさんから連絡が来た。夏休みのことで私に話があるらしい。
「ごめん、もう行かないと」
「オーケー、行ってきな。また今度ねペトラ」
「うん、バイバイMJ。また今度!」
さてと、夏休みは大忙しだ。スパイダーマンとしての仕事と、週一でステイシー家で食事会して、週一で施設の様子を見に行って、週一でポッツさんやスタークさんと過ごして、あと墓参りもして。
あれ、友達と遊びに行く時間あるのか、これ。
『やぁ、ペトラ。これから夏休みで羽を伸ばしたいだろうが、それはもうちょっと先にしてくれるとありがたい。ロス長官から君に任せたい仕事のリストをたーっぷり貰っていてね。データを送ったから確認してくれ』
家に帰ると、ホログラムで投影されたスタークさんが私を出迎えてくれた。
「ただいま、スタークさん」
『おっと、失礼。これは録画データだからただいまって言われても返事はできないぞ。だが万が一ただいまって言われた場合に備えてこう言っておこう。おかえり。それと仕事について聞かれても僕はノーコメントだからな。良いな? では、この辺で』
そうしてスタークさんがウィンクをすると、ホログラムが終了した。
「……変なの。まぁいいや。カレン、スタークさんから送られてきたデータを見せて」
『データを確認しました。情報を空間ディスプレイに投影します』
帰宅途中に買ったベーグルを口にくわえながら、冷蔵庫から牛乳を取り出しコップに注ぐ。それから宙に浮いた資料を確認した私は、思わず牛乳を吹き出しそうになった。
「ちょっと、何この仕事。ホントにスパイダーマン向けのやつ?」
夏休み前半に詰め込まれた仕事の内容は第二次大戦期にヒドラが東アジアに作った基地と思われる場所を攻略すること。そしてそれが終わったら。
「日本で行われるソコヴィア協定の協賛イベントに参加しろって? そんなのスタークさんとかローディさんにやらせれば良いじゃん!」
『トニー様はインドで、ローズ大佐は香港でそれぞれ同様のイベントが企画されております』
「だからって芸能人みたいにレッドカーペットを歩いたりしないよ。私マスコットじゃないんだから。そんなのヒーローのやることじゃない」
『元祖ヒーローであるキャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャースはアメリカ各地で国債の宣伝を行なっていました。ヒーローの活動としてはむしろ伝統的とも言えるでしょう』
「それこの前の課外学習で行った博物館で見たから知ってる。でも私はキャプテンと違って軍人じゃないんだからさぁ」
『ですが、あなた以外の適任はいません。日本ではアイアンマンよりもスパイダーマンの方が人気がありますので』
「うごごごご」
嫌だ、認めたくない。でも私がやるしかないのも事実だ。ソコヴィア協定にサインしたいわゆるヒーローの中で、まともに活動してるのはアイアンマンとウォーマシンとスパイダーマンの三人だけ。ヴィジョンは、なんか気がついたらどっか行っちゃったし。
キャプテン・アメリカが不祥事起こして消えちゃったから、私がその代わりにマスコットにされちゃってるんだよなぁ。スタークさんは過去のことで脛に傷を持ってるし、ローディさんはアメリカ軍人だしで、フリーの私ばっかり使われるのはまぁ納得できるんだけどさ。
「この前も中高生向けの体育のビデオ撮らされたし。別に教育ビデオくらいキャプテンのやつそのまま使えば良いじゃん! 自分が受ける体育の授業のビデオで自分が出てきたときの私の気持ちが分かる!? 死にたいよマジで!」
テレビの向こう側で『やぁ、みんな。ボク、スパイダーマン』とか言っちゃってるの、恥ずかしいことこの上ない。なんだよ、ミッキーマウスかよ。これからクラブハウスにでも案内するのかよ。ていうか、よくキャプテンはあんな小っ恥ずかしいビデオ撮れたよね。
『心中お察しします。ですが死ぬのはおやめください』
「いや死なないよ? 死なないけどさぁ。ねぇカレン、あのビデオ秘密裏に消去してくれない? もう見たくないよ私。男子たちはエロいだのなんだの言って、ブラック・ウィドウとどっち派とか語り合ってるし! マジぶっ飛ばしてやろうか!」
『男子高校生として正常な反応ですね。あなたが魅力溢れる女性だという証拠です。叔母に似ましたね』
「嬉しくないよ! あとメイおばさんとは血が繋がってないから関係ないからね!?」
確かにあの人、私の記憶の中のメイおばさんより随分若くてセクシーだったけどさ。私の体の中にはあの人の血は一滴も入ってないんだな、これが。
「もうこれ全部スタークさんのせいだよ。あの人が私に美味しいものばっかり食べさせるせいで肥えちゃったんだよ!」
『肥えてはいません。あなたは健康体です』
はぁ、カレンに当たっても仕方ない。にしても怒り過ぎて疲れた。もう一ボトル牛乳飲んで落ち着こう。
「にしても、ニューヨークの親愛なる隣人だったはずが、いつの間にか世界の親愛なる隣人になっちゃったな」
『皆があなたに親しみを持っています。良いことでは?』
「嫌われてるよりかは良いよ? でもそのせいでニューヨークのことが疎かになるのは嫌だ。やっぱり私が一番に守りたいのはニューヨークだ。世界は余裕ができたついでかな」
『しかしニューヨークの犯罪率はここ数ヶ月で著しく低下しています。あなたの努力が実を結んだのでしょう。少々心配のしすぎかもしれません』
違う、私だけのおかげじゃない。ニューヨークの皆の力でできたことだ。善良な市民と、警察と、それから街を守ってくれる他のヒーローたちのおかげ。あんまり詳しくないけど、この街には私以外にもヒーローがいるらしいし。
「……でもたしかに、ちょっと神経質だったかも。もっと余裕を持たなきゃだよね。じゃなきゃまた不安症がぶり返すかもしれないし」
私のストレス障害は寛解した。完治ではなく寛解だ。精神的に安定してるおかげでしばらく発作は起きていないが、また発症する可能性がある。それまで、ニューヨークで事件が起こらなきゃ良いな。この平和が嵐の前の静けさとは思いたくない。
あー、やだやだ。気が滅入るね。牛乳はなくなっちゃったし、デイリー・ビューグルに書かれた私の記事でも見て落ち着こう。
『スパイダーマンがヒドラ基地を壊滅させた! だが諸君、忘れることなかれ。やつは素顔を隠している。それはつまり、後ろめたいことを抱えているという意味に他ならない! 誰も彼もがあの女に騙されているが、私は騙されないぞ!』
そして最後にはJ.J.J.の文字。うーん、これこれ。このジェイムソン節がたまらないね。実家のような安心感だ。
「カレン、買い物リストに牛乳を追加しといて。それとJ.J.J.が自伝を出すらしいから、それの予約も頼んだ」
『畏まりました。ですがペトラ、その前に一つ質問を』
「ん、何?」
『あなたがジェイムソン氏を気に入る理由が私にはよく分かりません』
「ふふ、そうなんだ。答えを知りたい?」
『はい。あなたを理解するためにも、ぜひその理屈を教えてください』
「それはねぇ」
『それは?』
私はもったいぶるように言葉を止めて、こう言い放った。
「安心するから、かな」
ジェイムソンはいつだって変わらず私のアンチでいてくれる。
たとえ私が成功しようとも。
そして私が失敗しようとも。