灰被りの蜘蛛 作:BNDに脳を焼かれたやつ
夏休みが終わり、私は15歳、つまり高校二年生になった。
二年生になっても学校生活は順調だ。順調じゃないのはスパイダーマン活動の方。
脱走したウィルソン・フィスクとかいう私とはあんまり面識のないマフィアのボスは行方不明。そして定期的にバルチャー、ショッカー、プラウラー、ライノが街に出て暴れて物資を盗み、私が到着する頃には跡形もなく消えている。
ロス長官やスタークさんが言うには、ダメージコントロール局や警察内部に内通者がいるのだそうだ。ヒドラかぶれやフィスクの手下が、彼らの逃走を手助けしてるらしい。
おかげでみんな内部粛清に忙しくて、市民を守る手はまた私だけになってしまったってわけ。
「ちゃんと鞄は持ったか?」
「持ってる」
「教科書と弁当は?」
「持ってる」
「念のため財布にはたっぷり現金を入れとくんだぞ」
「大丈夫だって」
「……なぁ、そのスカート丈合ってるのか? ちょっと短い気がするんだが」
「あのねぇスタークさん。全然短くないし、これ周りと比べたら長い方なの。心配無用です」
「良かったら送ってくか?」
「冗談でしょ! うちの学校で集団パニック起こしたいの? もう行ってくるから、黙ってて!」
珍しく朝からタワーにいたスタークさんに挨拶してから家を出た。やっぱりあの人、家に居たら居たでちょっと邪魔くさいと思う。
それから運動がてら、ジョギングでもしながら学校へと向かう。
「おいガキ、なんでてめぇみたいなのがこんな立派な車に乗れんだぁ?」
「いや、これパパの車なんで……」
「盗んだんじゃねぇのかぁ?」
「違うっす。あの、降りてくれませんか……?」
すると道中、何やらトラブルが起きてるのを見つけた。人集りができているので遠巻きに観察する。
「うっそ、フラッシュじゃんあれ。何やってんのさ……」
人の輪の中心にいたのはフラッシュだった。彼はいかにも悪人面の男たちに囲まれ顔を真っ青にしてる。
「へー、じゃあ貸してくれよ。あとで返すからさ」
「いや、俺これから学校に」
「あ? 貸せって言われたら貸すのが親切ってもんだろ? なぁ、坊っちゃん」
「はいぃ! 貸します貸します!」
胸ぐらを掴まれ、男たちの脅しに屈したフラッシュが鍵を渡してしまう。あーもう、学内ではイキってるくせに、本物に会ったらあんなに縮こまっちゃって。
「お、俺の車ぁ……」
誰にも助けてもらうことができず、チンピラたちに乗っ取られた高級車をただ膝をついて見送るばかりのフラッシュ。
仕方ない、助けてやるか。
「あ、どうも。レンタカー回収任務で来ました、スパイダーマンです。ところであなたたち、ダメだよ? ちゃんと運転中はシートベルトしなきゃ」
蜘蛛糸で車からチンピラたちを引き上げる。オープンカーなのでサクッとね。
「おい、クソ。なんだよ、スパイダーマンめ!」
「ごめんねー、君たちみたいなチンピラはいつもなら警察に通報して任せるだけなんだけど。そこの彼があんまりにも可哀想だったものだから」
蜘蛛糸を飛ばして、チンピラたちの口を塞ぐ。
「はい、完了。詳しい罪状は知らないけど車盗んだから現行犯逮捕ね。これから警察が来るから、大人しくビルの壁の染みを演じててよ」
それから鍵を取り返すと、私はフラッシュの側に駆け寄った。
「はい、どうぞ。良い車なんだから次は盗まれないように気をつけて」
「あ、ありがとうスパイダーマン。助かったよ」
呆然としたままの彼の手を取って鍵を握らせる。
「うん、それじゃあ警察にはボクから説明しておくから、君は学校に行って良いよ。じゃなきゃ遅刻でしょ?」
そして私は遅刻確定だ。さっさとカメラアイで撮った記録を提出したら、急いで学校に行かなきゃね。
「あの、俺も残った方が良いですよね! ほら、事情聴取とか!」
「え? そりゃあ本人の口から説明してくれたほうが助かるけど……学校は良いの?」
「はい、もう学校とか全然良いんで、余裕なんで!」
何が余裕かは分からなかったが、結局私とフラッシュは警察が来るまでその場で一緒に待機することになったのでした。
「遅刻だぞ君たち」
学校に着いた時には、既に授業が始まっていた。私は「すいません寝坊しました」と言ってそそくさとMJの席の隣に座る。
「どうしたの、遅刻なんて珍しい」
「昨日映画見てて夜ふかしし過ぎた」
「あー、あるあるね」
などと私がコソコソMJに嘘の説明してる裏で、私と同じく遅刻して入室したフラッシュは影でこっそりと今朝スパイダーマンに会ったことを自慢していた。
「いやー、実はスパイダーマンに車を取り戻して貰ってさ。ほらこれ、証拠写真のツーショット」
私はそのことを気にせず教科書とノートを開いて授業に集中する。
「まぁ、俺もチンピラどもをボコしたっていうか? なんなら俺がスパイダーマンのこと助けたし?」
それから授業が終わり、まだ何か言ってるフラッシュをジト目で見送った。
そのとき、私はフラッシュの口を塞いでやるべきだったのかもしれない。なぜなら午前の授業が終わってお昼休みになったときには、いつの間にか彼の話に尾ひれがたくさんついていたのだから。
「なぁ、あいつまだ言ってるけど本当なのかな」
「何が?」
「フラッシュがスパイダーマンの友達で、一緒にドライブしたって話」
「ほわっつはぷん?」
何があったのですか、と思わずネッドに聞き返してしまう私。
「あいつお調子者だし、どうせ誇張してるだけでしょ。相手にするだけ無駄だよネッド。お、またまたペトラのお弁当からお宝はっけーん」
フラッシュの話を全く信じてないMJが相変わらずマイペースに私の弁当からスコッチエッグを釣り上げて、代わりにミートボールをリリースする。
「でもあいつ、今日リズの家でやるパーティーでスパイダーマン連れてくるとか言ってたぞ」
「ぶふっ!」
「ペトラ、大丈夫?」
水を飲んでいて咳き込んだ私の背中をMJがさすってくれる。
「はは、大丈夫。噂に尾ひれどころか足と翼とジェットエンジンがついててびっくりしただけだから」
「その噂って生物? それともロボット?」
あるいはその両方なのかもしれない。
「ネッド、詳しく教えて。まずリズ先輩の家でやるパーティーって何のこと?」
詳しい話をネッドから聞き出す。何でも、リズ先輩の家って豪邸で広いらしくて、今日はそこで学校の皆を集めてパーティーをやるんだそうだ。
「うそ、私誘われてないよ。ショック。ベリーショック。もしかしてウザい後輩だと思われてた? 私、先輩から嫌われてた?」
人間関係の残酷さに打ちひしがれていると、またまたMJが私の肩を支えてくれた。
「夏休みの間に新しいスマホをパパに買ってもらったって言ってたから、ペトラには連絡届かなかったんじゃない? あんた合宿のときいなかったから連絡先交換しそびれてるだろうし」
「忘れられてるってこと? そっか。ハブられてないのは分かったけど、それはそれでショックだな」
結局私は学コンの合宿に行けなかった。友達との楽しいお泊り会の代わりに私を待っていたのは、ヴィランたちとの徹夜の攻防戦だったからね。悲しい。華々しい高校生の夏の思い出はどこへ。
「良かったら私からリズに言っとこうか? まぁリズは来るなら勝手に来てみたいなスタンスだから、確認なんていらないかもだけど」
「いや、別に良いよ。今日の夜確実に空いてるか分かんないし」
「ペトラ行かないの? じゃあ私も行くのやめよ」
「二人が行かないなら俺も行かないでおくよ。ボッチになることが目に見えてるし」
「私に合わせてくれなくても良いのに」
まぁ、フラッシュがきっとパーティーで恥かくだろうことだけは分かったけど、私たちには関係ないしな。噂のことは放置放置。
「助けてください」
などと思っていたのは、放課後フラッシュが私たちを呼び出して頭を下げてくるまでのことだった。
「俺の知らないうちに、いつの間にかスパイダーマンをパーティーに連れて行くことになってたんだよ! 誰だよ、そんなこと言ったやつ!」
「フラッシュ、あんた自分で言ったんじゃないの?」
「ちげーよ!? 流石にそこまで見栄張らねぇわ。いくら俺でも!」
MJの言葉を否定するフラッシュ。どうやら自分が見栄を張りがちってところは自覚あったらしい。
「なぁ、俺ら親友だろ? 頼む、助けて欲しい」
「いやぁ、どうだろ」と私が言う。「断る」とMJが言う。「親友ってほどじゃ……」とネッド言う。みんな絶妙にフラッシュに厳しかった。
「ごめん、親友は言い過ぎた。でも友達だろ! 助けてくれ!」
私たち三人は互いに顔を見合わせると、同時にため息をついてしぶしぶ頷いた。
「で、具体的にはどう助ければ良いのフラッシュ。流石に本物のスパイダーマンを連れてくるなんて無理だよ?」
私は自分の正体のことを棚に上げてそう言った。
「よくぞ聞いてくれた。ここはスパイダーマンが正体不明ってことを活かして、変装するってのはどうだ。ペトラかMJのどっちかにスパイダーマンの服を着てもらうとか」
「絶対に嫌。そもそも私とスパイダーマンは身長が違いすぎるし、それにあんな服恥ずかしくて着てられない」
MJの心ない一言で、私のスパイダーハートが密かに傷ついた。違うもん。ブラック・ウィドウとかスカーレット・ウィッチの方が際どい衣装してるもん。私普通だもん。
「ならペトラは?」
「わ、私もちょっと恥ずかしいかなー。はは」
ほんとはほぼ毎日来てる普段着みたいなもんですけどね!
「ダメか?」
フラッシュが零した言葉に、私とMJが頷く。するとネッドが目を見開いてとんでもないことを言い放った。
「……ま、まさか俺!?」
すぐさまそんなわけないだろ、の意味を込めた三人の目がネッドを貫く。
「ごめん、言ってみただけ」
君の体型だと私の衣装、着られてもマスクだけだからね。
「ネッドは置いておくとして、もういっそのことコスプレパーティーみたいな感じで行けば? フラッシュなら『実はスパイダーマンは俺でしたー。いぇーい!』みたいな適当なノリで場を盛り上げられるでしょ?」
「そうするしかないか……なら、その瞬間はお前らも盛り上げてくれよ」
「ごめん、私は行けたら行くって感じだから確約できない」
「右に同じだよ」
「左に同じくだ」
「お前らに頼った俺が馬鹿だった」
そんな感じで放課後が終わり、私は家に帰るのだった。
「ただいまー」
『おかえりなさい、ペトラ。今日は賑やかな一日でしたね』
タワーに戻れば、カレンが明かりをつけて私を出迎えてくれる。カレンは実質的に私と一緒に帰ってきたようなものなのに、彼女がただいまと言うのはどうにも奇妙だった。だけど、誰からも返事が来ないよりはこっちの方がずっと良い。
「スタークさんはアベンジャーズ基地、ポッツさんはスターク社の本社か。カレン、今日の晩ごはんのレシピを考えよう。この前日本で買った食材がまだ残ってるし、和食にでもしようかな」
冷蔵庫を開けて食材を物色する。
『パーティーには行かれないのですか?』
「いや、行かないよ。私が遊んでる間にまたヴィランたちが現れたらどうするのさ」
ホログラムディスプレイに表示されたレシピのリストを見ながら、私はカレンと話をする。
今が正念場だ。四年前にニューヨークが戦場になって以来、ずっとこの街の安全を脅かしてきた改造武器の問題が、ようやく終わりを迎えようとしているんだ。ここで気を緩めるわけにはいかない。
「お米炊かなきゃ。たしか炊飯器あったよね、どこにしまったっけ」
『地下駐車場ですよ、ペトラ』
「あぁ、そうそう地下駐車場……ってそんなわけないよね? 何、新手のAIジョーク?」
どうやらカレンは壊れてしまったらしい。仕方がないので自分で炊飯器を探す。確か去年使ったときに土鍋の奥にしまった気がする。
『通信が入っています、ペトラ』
ガサゴソと棚の中を探っていると、誰かさんから連絡が来た。
「誰?」
『ハッピー・ホーガンです』
「ハッピーさん? 何の用だろ。とにかく繋げて」
『ペトラ、俺だ。ハッピーだよ。君に呼ばれてからずっと駐車場で待ってるんだが、あとどれくらいで出られそうだ? 女の子の支度に時間がかかるのは分かってるけど、一応聞いておきたくて』
キッチンに響くハッピーさんの声。呆れた私は首を傾げてカレンに向かって口を開いた。
「まさか、勝手にハッピーさんを呼んだの?」
『パーティーに行くにはカボチャの馬車が必要かと』
「カレン、最近あなたスタークさんから悪い影響を受けてるんじゃない?」
『生みの親ですから。それよりも準備をしては? 下でネズミの従者が待っていますよ』
「はいはい、分かったよお節介な妖精さん」
キッチンの上に広げた食材を冷蔵庫の中に押し戻し、私は上着を羽織った。
エレベーターに乗り、地下駐車場で待っているハッピーさんの車に乗り込む。
「ごめん、遅くなった」
「いや、構わないさ。行き先はブルックリンで合ってるか?」
「うん、合ってる。時間に余裕があるから、途中でケーキ屋にでも寄って……」
そのとき、耳に着けたインカムを通して通知が来た。
「ごめん、その前に別の目的地ができた」
スパイダーシグナルの反応。そしてその周波数から特定された持ち主は、ジェファーソン・デイビス警部補。
「行き先は?」
「そのまま、ブルックリンでお願いします」
車が動き出す。窓の外に見えるニューヨークの夜景、そこに反射する自分の姿を見ながら私はマスクを被った。
通信の発信源である、彼の自宅へと。
「パーティーには遅れそうってMJたちに連絡しなきゃな」