灰被りの蜘蛛   作:BNDに脳を焼かれたやつ

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「スタテン島行きのフェリーに張り込み、ですか?」

 

リズ先輩の家でのホームパーティーからまたしばらく時間が経った。あれからあったことと言えば、ワシントンD.C.で全米学力コンテストに参加し普通に我が校が優勝をかっさらっていったことだろうか。

 

うん、それだけだ。それ以上の説明はない。だってコンテストは何事もなくすんなり終わったからね。ちなみに私は希望により参加せずベンチからみんなの活躍を見ていたよ。別に舐めプじゃない。みんなを信じてただけだ。あと私はスターク社での就職がほぼ確定してるから学コン優勝の実績なんて必要ないし。

 

『FBIの情報によれば、例の武器商人のハゲワシ男がお得意様と武器の取引を行うそうだ。そのフェリーが航行している間にな』

 

通話越しにロス長官の声を聞く。船の上で武器の売買か。いかにも悪党らしいね。

 

「取引相手は誰か分かってるんですか?」

 

『マック・ガーガン。要注意人物だ。数々の犯罪行為により指名手配されている。首に蠍のタトゥーがあるのが特徴だな』

 

マスクの内側に送信された画像が投影された。

 

『確実に現場を押さえるため、フェリーにはFBIとSWATを待機させる。乗客は全員サクラだ。君には彼らと協力し、確実にヴァルチャーの一味を捕らえてもらいたい』

 

「アイアイサー、キャプテンロス」

 

『茶化すなスパイダーマン。期待している。これでも私はお前を評価しているんだからな。お前はスタークよりずっと協調性があり、ローズ大佐よりも』

 

「グッズの売り上げがある? どういたしまして。お礼は良いよ」

 

『……弾薬費いらずで、戦闘による周辺被害も少ないからな。その軽口を叩く癖がなければ隠密にも向いている。どうだ、陸軍に入る気はないか。それかFBIか、CIAでも良いぞ』

 

「あー、スカウトの話? まぁ将来設計のうちに考えとくよ。それじゃあね長官、作戦の成功を祈っててよ」

 

 

 

 

 

そして、ロス長官から任務を命じられた数日後、私はフェリーの中でひたすら息を潜めていた。

 

「スパイダーマンはどこに行った!」

 

「良いか、見つけ次第確実に殺せ!」

 

銃を構えた険しい表情の男たちが船内を巡回している。FBI、SWAT、ヴァルチャー、それからスコーピオン……背中に蠍のような大きな毒針の装備を身に着けた男が、私の敵だった。

 

「対岸に着くまでに始末するぞ。プラウラー、お前は俺と一緒に船外にスパイダーマンが張り付いてないか探れ。スコーピオン、お前は船内でフィスクの駒を手助けしてやれ」

 

「はいはい、分かったよリーダー様」

 

「待て、スコーピオンだと? 俺のタトゥーが蠍だからか? 安直すぎる、もう少しマシな呼び名はないのか」

 

「ごちゃごちゃ言うなガーガン。そもそも、お前が蠍が好きだって言うからその毒針を作ってやったんだろうが」

 

「好きだからって、名前にまでしたいわけじゃないぞ。ん? 分かるかチキン野郎」

 

「あー、喧嘩するなら対岸に着いてからやってくれねーか。俺はスパイダーマンを捕まえてさっさと陸に帰りたいんだが。船は苦手で」

 

船外に張り付いて敵の様子を見ていた私は、急いで船内の誰もいない場所へと移動した。

 

しかしそれにしても、まさかフェリーに乗る全員が敵のサクラだったとはね。いやはやロス長官、あなたの仕事の手際には恐れ入ったよ。

 

「カレン、外部から応援を呼べる?」

 

『申し訳ありませんペトラ。ジャミングにより通信が断たれているようです。おかげで私のシステム機能の多くも著しく弱体化しています。あなたの助けになれそうにありません』

 

「話し相手になってくれるだけで十分心強いよ」

 

トイレの個室の中で、私は手元に船内の図面を広げた。

 

「ジャミング装置の発信源は分かる?」

 

『少々お待ちください……図面から、妨害電波の発信源はこの船の操舵室のように思われます』

 

「よし、なら敵を静かに無力化しながら操舵室に向かって、ジャミング装置を無効化。外部からの応援を呼ぼう」

 

『この数を相手にあなた一人で戦うのですか? 無謀では?』

 

「危なくなったら海に飛び込んで泳いで逃げるよ。彼らはボクを包囲したつもりらしいけど、流石に海の中まで追ってきたりはしないでしょ」

 

図面をポケットにしまって、私はトイレから出た。

 

それから上着を裏返す。私の上着は元のモデルが防火服だ。そしてその流れでスパイダーマークが蛍光素材なので、そのままだと非常に目立つ。したがって裏地を灰色迷彩になるようにして、隠密作戦にも対応しているのだ。

 

……本当は周囲の景色に溶け込めたら良いんだけど、残念ながらそれを詰め込める余地が上着にはなかった。ナノテクがあれば話は違ったんだけどね。

 

そして天井を這い、操舵室に向かう。道中で見つかりそうになったら基本は隠れて、どうしても無理だったら上から蜘蛛糸で捕まえて叫ばれる前に気絶させる。

 

誰にも目立たずこっそりと、これが本来の蜘蛛の戦い方だ。

 

『鳥類の中には、海に飛び込んで獲物を狩る存在もいるそうですよ』

 

「あれ、知らなかった? ハゲワシは腐肉を食らうスカベンジャーだから狩りはしないんだよ?」

 

『……ものの例えです』

 

「ごめんごめん、拗ねないで。でも、ほら。ちゃんと操舵室に着いたでしょ?」

 

そうしてあっという間に操舵室に着いた私は、見るからにジャミング装置っぽいものに近づいた。

 

「仕組みは分かる? 物理的に破壊したら止まるかな」

 

『ハッキングの方が安全です。私に任せてください、ペトラ』

 

「なら任せるよ、相棒」

 

上着の内側から端子を伸ばしてジャミング装置に挿す。それからカレンのハッキングが終了するまで、私は操舵室から見える窓の外の景色を眺めていた。

 

視界に映るのはニューヨークと世界を繋ぐ大西洋だ。この向こう側で今もコソコソ世界の平和を守ってるキャプテンや、内通者狩りに勤しむスタークさんが頑張ってるのかもしれない。

 

話によれば、ソコヴィア協定の内側にも犯罪組織(シンジケート)の人間が混ざり込んでいたのだとか。あー、やだやだ。結局キャプテンの言ったとおりになっちゃったね。ロス長官も冷や汗ダラダラだろうな。

 

『ペトラ』

 

「ん、どうしたの? もう終わった?」

 

『ハッキングに失敗。敵にあなたの居場所がバレてしまいました』

 

「何やってんの!?」

 

操舵室の窓を蹴破って侵入してくるヴァルチャーとプラウラーの二人。

 

「よぉ、会いたかったぞ。スパイダー。そのまま海の藻屑と死んでくれ」

 

「あんたに恨みはないが仕事なんでな」

 

「カーレーンー!!!」

 

『すみません。メインサーバーと繋がっていればこんなことには』

 

翼を広げたヴァルチャーと鉤爪を掲げるプラウラーが襲いかかってくる。私はバク転で攻撃をかわし、ひとまず操舵室を抜け出して駆け出した。

 

「もう良いもん! プランB発動!」

 

『プランBとは?』

 

追ってくるプラウラーが足元に仕掛けた蜘蛛糸に引っかかり、盛大にずっこけるのを確認。そのままプラウラーの転倒に巻き込まれ姿勢を崩したヴァルチャーの顔面をアッパーでぶん殴る。

 

「ボクがただ船内を徘徊してただけだと思ったら大間違いだぞヴィランども!」

 

もはやこの船内は蜘蛛糸の罠だらけ。それじゃあ、蜘蛛の戦い方ってもんを彼らに教えてやろう。

 

 

 

 

 

戦いの顛末はさっくりと述べることにしよう。

 

スタテン島行きのフェリーでヴァルチャーの一味を捕まえるつもりが、実際には罠にハメられた私。しかし逆境にもあきらめず孤軍奮闘した結果、私はプラウラーを倒し、ヴァルチャーとスコーピオンを撃退した。

 

スコーピオンを抱えて空に飛んでいくヴァルチャーはまるで置き土産とでもいうようにフェリーを爆破したが、私は船内に取り残された者たちを全員救出。プラウラーもろとも、裏切り者たちはスタテン島にて逮捕されたのだった。

 

これまで散々ニューヨークを騒がせてきた武器商人の一味、その一人がようやく逮捕されたのだ。警察の皆は喜んだ。これでついに、事件解決への足掛かりを掴めるってね。

 

「ごめんなさい、警部補」

 

「いや、謝らないでくれスパイダーマン。あんたは正しいことをしたんだ。悪いのは、あいつだ」

 

……だけど、それはジェフ警部補にとって不幸な出来事だったみたい。

 

「クソ、アーロン。なんでお前が……!」

 

プラウラー、その正体はアーロン・デイビス。彼はジェファーソン・デイビス警部補の弟だったのだ。

 

身内からこんな犯罪者を出してしまった警部補の心境は、察するに余りある。それもただの犯罪じゃない。ハイテク武器で何度も暴れ回ったのだ。アーロン・デイビスの名はすぐにでもニューヨーク中に広まることだろう。

 

「……彼は、まだ供述を?」

 

「ああ、ずっと黙り込んだままだ。ウィルソン・フィスクに良いように使われている警察が信用できないんだと。フィスクに使われてるのはお前だろうに!」

 

「ジェフ、落ち着いて。リラックスだよ」

 

「……悪い、スパイダーマン」

 

深くため息をつくと、彼は乱暴に腰を下ろしまた椅子に座り込んだ。

 

「辞職ものだな、こりゃ。それに、ニューヨークからも引っ越さなきゃならんかもしれん。……もう少し頑張れば、警部への昇進もあり得たかもしれないのに」

 

「……」

 

「マイルスにもなんて言えば良いか。あいつは、アーロンに懐いてたから」

 

「きっと、大丈夫だよ。何とかなる」

 

私は元気づけるように、下を向くジェフの肩を叩いた。

 

スタテン島行きフェリーでの戦い。プラウラーが逮捕され、事件解決へと一歩近づいた一方、どうにも後味の悪さが残る形で終わってしまったのだった。

 

 

 

 

 

「ぐぇー」

 

「変な声ださないの。行儀悪いわよペトラさん」

 

人をダメにするクッションの上で背中を伸ばしてると、ポッツさんからダメ出しされた。

 

「私は猫、何も考えない猫になるのです。にゃーん」

 

「……そう、疲れてるのね」

 

そんな哀れみの目を向けないで。ちょっとふざけただけなんだから。

 

スタテン島行きフェリーでの戦いから一週間程が過ぎた。あれからヴァルチャーズは鳴りを潜めているし、三人だけのアベンジャーズも内部のごたごたで動きがない。ローディさんはロス長官と一緒に組織の膿を出し切ると息巻いていて、スタークさんはフィスクとヒドラの海外拠点を片っ端から潰して回っているらしい。

 

「クッキーを焼いてみたの。良ければお茶にしましょう?」

 

その声に顔を傾ければ、両手にミトンを着け、小麦の焼ける良い匂いを纏ったポッツさんの姿があった。

 

「やった、クッキー大好き。でもお茶は」

 

「カフェインがダメ、なんでしょう? ちゃんとハーブティーよ」

 

「わぉ、気が利きますねポッツさん。シゴデキだぁ」

 

「伊達にトニーの秘書だったわけじゃないわ。あの人の隣にいれば自然と鍛えられるものよ」

 

「それは言えてる」

 

私はキッチン台の上に並べられた焼きたてのクッキーに手を伸ばす。しかしその手はポッツさんによってあえなく撃墜された。

 

「こら、つまみ食いはよして。それにまだ熱いから冷めるまで待たないと」

 

「むっ、私には熱くても関係ないですよ」

 

「関係あります。熱くなくても火傷はするんですから。それより、ティーセットを出してもらえるかしら?」

 

「はーい」

 

今日はなんだかいつもよりポッツさんが優しい気がする。雰囲気が柔らかいっていうか、ご機嫌っていうか。

 

妙な違和感を覚えつつも、テーブルの上に茶器を並べていく。

 

「見て見てポッツさん。ティーポットが二つあるよ」

 

「ええ、そうね。それがどうかしたの?」

 

「じゃあこれ持って?」

 

私はポッツさんの左右の手にそれぞれティーポットを持たせた。

 

「はい、ペッパー・ポッツ(Pepper Potts)改めティー・ポッツ(teapots)。なんちて」

 

「……だいぶ疲れてるのね」

 

そんな二日酔いでゲロゲロしてるスタークさんを見るような目で私を見ないで。ちょっとふざけただけなんだってば。

 

「最近の調子はどう? うまくいってる? 親愛なる隣人としても、高校生としても」

 

私とポッツさんの二人だけのお茶会が始まると、ポッツさんがカップ片手に優雅にそう言った。

 

「高校は順調ですよ。でもスパイダーマン活動の方は……あんまりかも。この前のフェリーの一件以来事件に進展はないし、それに」

 

「それに?」

 

伺うようにこちらに目を向けるポッツさん。

 

「……スパイダーマンとしての友人が仕事を辞めて、それから他の州に引っ越すんだそうです。彼らは何も悪くないのに、身内が罪を犯したってだけで」

 

結局、ジェフ警部補……いや、もうジェフさんだな。彼は辞職して、家族と一緒に引っ越すことに決めたらしい。今頃は警察署にて辞表を提出している頃だろうか。そう決心したのは、マイルスくんが学校で周りに犯罪者の甥っ子と呼ばれて揶揄われたことが決め手だそう。

 

それを聞いて私は、引き止めることも彼らの門出を応援してあげることもできなかった。

 

「私は無力です。自分の友人の生活も守れない。はぁ、親愛なる隣人って称号は返上しないと」

 

「……私にはあなたの心を全て理解してあげられるわけじゃないけど、それでもすごく辛いだろうことは分かるわ。でも言わせて、あなたはよく頑張ってる。どうか自分を責めないで」

 

そう言うと、ポッツさんは私を抱きしめ、慰めてくれた。

 

「ありがとうございます。おかげで元気が出ました」

 

「なら良かった。あなたが笑顔でいてくれると、私も嬉しいもの」

 

私にできるのは、可能な限り早くヴァルチャーたちを捕まえることだけだ。ジェフさんの家族やポッツさんみたいなニューヨークに住む善良な人たちが、もうこれ以上傷つかないように。

 

『失礼します、ペトラ。スパイダーシグナルの反応を検知、デバイスから緊急通信が入っています』

 

「なんだって!? ごめん、ポッツさん。誰かが私を必要としてるみたい。クッキー美味しかった!」

 

「分かったわ。どうか気をつけて」

 

インカムからカレンの声が響く。私はハーブティーを飲み干すと、そのまま自室に戻ってスーツを着て、勢いよくタワーから飛び出した。

 

「カレン、シグナルの発信源は誰なの?」

 

『ジェファーソン・デイビス警部補かと』

 

「はぁ? 辞職するって言ったのになんで……あぁもう、とにかく通信を繋げて!」

 

ビルの間をスイングし、シグナルの発信源へと向かう。

 

『もしもし、もしもしスパイダーマン? これってもう聞こえてるのかな』

 

「その声、マイルスくん? またお父さんのシグナルを勝手に持ち出したわけ?」

 

どういうわけか、声の主はジェフさんではなくマイルスくんであった。

 

『良かった、僕の声聞こえてるよね』

 

「聞こえてる。またいたずらなの? それとも本当に緊急事態?」

 

『いたずらじゃないよ、真剣だ。僕はこれからヴァルチャーのアジトに忍び込む。スパイダーマンには僕と一緒に来てほしいんだ』

 

「何言ってるの!?」

 

驚きのあまり蜘蛛糸の軌道が乱れ、私は勢いよく地面に叩きつけられた。

 

「おい、空からスパイダーマンが降ってきたぞ!」

 

「大丈夫かスパイディ?」

 

「はは、やぁ皆さん。びっくりさせてごめんなさい。ちょっとミスっちゃって。どうか気にしないで!」

 

道行く通行人に挨拶して、すぐさま私はその場を跳び去る。

 

「マイルスくん、どういうことか説明して」

 

『……おじさんは確かに犯罪者かもしれない。でも本気で悪いことをするようには思えないんだ。だから秘密を探るために、僕は僕とおじさんしか知らない秘密の場所に行った』

 

「秘密の場所? そんな場所があるなら警察に言ってよ!」

 

『それは……その、僕そこの壁にいっぱい落書きしちゃっててさ。それって条例違反でしょ?』

 

私は思わず頭を抱えそうになったが、スイングしてる間にそうするわけにもいかず、ため息をつくだけにとどまった。

 

『それで色々見つけたんだよ。あいつらの拠点の場所とかね』

 

「……分かった。そこにはボクが行くからあとは任せて、君は安全な場所にいて」

 

『嫌だ。ボクは証拠を見つけて証明したいんだ! おじさんは決して悪人なんかじゃないって! それに僕がスパイダーマンと協力してヴァルチャーを倒したってみんなが知れば、父さんだって警官のままでいられるでしょ!』

 

「それは……それでもダメだよマイルス、危険すぎる。君の命に関わるんだ」

 

『とにかく、僕はもう犯罪者だって指を差されて暮らすのはごめんだ。先に行って待ってるよスパイダーマン!』

 

『通信が切断されました』

 

「あーもう、若者特有の無謀さって最高だね! まるで鏡見てるみたいだ! カレン、マイルスくんの位置情報はマップに表示し続けてよ?」

 

悪態をつきながらも悪党の巣窟へと急いだ。どうか間に合いますように。

 

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