灰被りの蜘蛛   作:BNDに脳を焼かれたやつ

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「フィスクからの指示はないのか?」

 

キリキリと蠍の毒針で壁をなぞりながら、スコーピオンがそう言った。

 

「いや、まだない。今はじっとしとけだとよ。ったく、サツが騒がしいのは自分がクインジェットに手を出しやがったせいだろうが!」

 

四人組の中でリーダー役なのだろうか、マスクを被ったヴァルチャーが怒りながら答える。今の彼の背中に翼はない。攻撃するならチャンスかもしれない。

 

「ま、クインジェットがあれば世界中どこにでも逃げられるからな。まさに犯罪向けの最高の商品だ。流石は天下のトニー・スターク。いっそのこと俺らも盗りに行ったほうが良いんじゃないんすか、ボス」

 

腕をピリピリさせながら、ショッカーがそう言った。

 

「あぁ、アーロンを始末したあとにな。やつはまだ何も喋っちゃないみたいだが、それも時間の問題だろう。今日中にムショを襲って、ヤツを殺──」

 

そのとき、ガタンと物音が響いた。

 

「おい、誰かいるぞ。見てこいアレクセイ」

 

「………………」

 

「聞いてんのかアレクセイ! 誰かいないか見てこいって言ったんだよ!」

 

ヴァルチャーがガンガンとライノのバトルスーツを叩くと、中からこの前に会ったロシア人がウォッカを片手に目を擦りながら現れた。

 

「テメェ寝てやがったのか? 今までの話は全部聞いてなかったってことかよ!」

 

「んだよ、どんな作戦だろうと俺のすることは変わんねぇだろ。突っ込んで、銃を撃つ! それで仕事は終わりさ」

 

「もう良い、この酔っ払いが。ガーガン、見てきてくれ」

 

「お前はいつから俺のボスになったんだ? ま、丁度退屈な会議からは抜け出したいと思ってたところだからな。行ってやるよ」

 

スコーピオンが物音がしたロッカーへと近づく。警察の部隊が集まるまでじっとしていたかったけど、どうやらその時間はなさそうだ。

 

「……なんだ、このガキ。トゥームス、知り合いか?」

 

「はは、どうも。素敵な尻尾ですね……?」

 

ロッカーの扉が開け放たれると、そこには縮こまって掃除用具たちとルームシェアしてるマイルスくんの姿があった。

 

「知らん。殺せ」

 

「あいよ。それじゃあ坊主、俺はまだコレの使い方に慣れてなくてな。ちょうど的が欲しかったところだったんだよ」

 

スコーピオンの尾が伸びて、その毒針でマイルスくんが貫かれそうになった、その瞬間。

 

「うわ!」

 

私は蜘蛛糸を飛ばし、スコーピオンからマイルスくんを奪い取った。

 

「って、スパイダーマン!?」

 

「ハイ、このバカボケ無鉄砲マイルスくん。もう怖い思いをしたくなかったらさっさと逃げてね。四対一じゃ、流石のボクも君を守れるとは限らないから!」

 

そのまま彼の体を窓の外へ投げ飛ばし、前もって設置しておいた蜘蛛糸ネットでキャッチする。

 

「やぁどうも! 君たちの家に来るのは初めてだけど、一つ言わせて。こんな廃工場よりもっと良い場所あるんじゃない?」

 

「スパイダーマンだと? クソが、アーロンのやつが吐きやがったか」

 

「正確にはさっきの勇気ある少年によって君らが見つかっただけなんだけど。それで、どうする? 良かったらボクの知ってる君たちにピッタリの家を案内してあげようか? まぁ刑務所なんだけど」

 

「悪いが、断る。それより、俺たちもお前にピッタリの居場所を知ってるぞスパイダーマン。案内してやろうか?」

 

ヴァルチャーの翼が天井を突き破って現れ、スコーピオンは毒針をしならせ、ショッカーがグローブに電気を纏い、ライノが銃口をこちらに向ける。

 

「なになに、教えてヴァルチャー」

 

「地獄だクソアマが、ぶっ殺してやる!」

 

「あー、ボクと戦うのはおすすめしないかも。悪党のチームと戦うのには慣れてるんだ。一年半ぶり二度目って感じだし」

 

ヴァルチャーの突撃をいなして、彼の翼に蜘蛛糸をつける。ライノによる銃撃の間を縫って、私はそのまま空へと飛び出した。

 

「ボス! それじゃあ俺のショックパンチが届かねぇよ!」

 

「分かってる、今から降りるからぶちかませ!」

 

「作戦会議は敵に聞こえないようにした方が良いんじゃないかな!」

 

ヴァルチャーの翼に乗り、彼を地面に叩きつける。それからショッカーのパンチで壁が崩壊するのを見届けてから、私は彼の腹に蹴りを入れた。

 

「ほらほら、どうしたの。攻撃が全然当たんないね? もっと狙いを定めてスコーピオンくん。頑張れ、頑張れ」

 

腰を振って、ジャンプして、側転してスコーピオンの毒針を避け続ける。まるで新体操の授業みたいだ。

 

「当てるのは一撃で良いのさ。毒が入ればお前は即死だ」

 

「致死性の毒なの? それって誤射したときに不味くない?」

 

突き出た尾を掴んで捻り上げると、スコーピオンが転倒した。

 

「死ね、スパイダーマン!」

 

「サイだったら上からじゃなくて横から登場しなよライノ!」

 

高く跳躍した後落下するライノ。彼は廃工場の地面を突き破って着地すると、私とスコーピオンをもろとも地下へと引きずり込んだ。

 

「うっわぁ。すっごい数の武器。これ全部君たちが作ったの?」

 

壁一面にはヴァルチャーたちが作ったのだろう改造武器が並べられている。ニューヨーク決戦、シールド崩壊、ソコヴィアでの戦いで流出した素材がふんだんに使われているのが見て取れた。

 

「余所見かスパイダーマン? ならショックパンチを食らいやがれ!」

 

「残念、スパイダーカウンターです。格ゲーやったことある? 殴るだけじゃなくてジャンプ攻撃とか足技使った方が良いかも。単調すぎてつまらないよ」

 

一歩横にずれて、飛び出したショッカーの腕を掴み投げ飛ばし、壁に打ち付けられた彼を蜘蛛糸で貼り付ける。

 

多対一の戦いには慣れている。半壊したアベンジャーズの一員としてもう一年近くヒドラの工作員たちと戦ってるんだ。今さら負けるなんてことはない。

 

「止まれスパイダーマン。こいつがどうなっても良いのか?」

 

人質を取られる、なんてことがなければね。

 

崩壊した天井から地下室まで一直線に舞い降りてくるヴァルチャー。彼の腕には見覚えのありすぎる少年が抱えられていた。

 

「マイルス!」

 

「ぐ……っ、ごめんスパイダーマン。逃げ切れなかった……!」

 

首を絞められ、苦しげに呻くマイルス。彼を助けようと手を伸ばすが、しかしその手が届く前に。

 

「注意をそらしてくれてどうも。狙いが定めやすくて助かるよスパイダー」

 

私の脇腹に、スコーピオンの毒針が突き刺さった。

 

「あうっ……」

 

私は脇腹を押さえ、地面に倒れ込んだ。視界がグラグラと歪み、動悸で胸が苦しくなる。

 

「スパイダーマン! ああ、そんな!」

 

「マイ……ルス……」

 

視界が眩み、意識が薄れていく。

 

でもだめだ、倒れるわけには行かない。私が倒れたら、誰がマイルスを助けるんだ。誰が彼らを倒すんだ。

 

「──! ──!」

 

誰かが叫んでいる。たぶんマイルスだろう。私というヒーローを慕ってくれる彼の前で、情けない姿を見せる、わけには……。

 

震える膝で立ち上がり、平衡感覚を失って揺らぐ視界にヴァルチャーを捉える。

 

そして、そのとき私が見たのは。

 

ヴァルチャーをぶん殴ってマイルスを救う、黒い影の姿だった。

 

 

 

 

 

「プラウ、ラー……?」

 

「アーロンおじさん、なんでここに!?」

 

ヴァルチャーをぶっ飛ばし、私とマイルスを廃工場から連れ出してくれたのはまさかのプラウラーだった。

 

「司法取引ってやつだ。俺は奴らを捕まえることに協力する。代わりに俺は減刑される。フェアな取引だろ。家族には手を出さないって約束を反故にしやがったフィスクやあいつらよりもずっとな」

 

いや、それに関しては悪いのはフィスクでもヴァルチャーでもなくマイルスくんだと思う。

 

「大丈夫かスパイダーマン」

 

「ジェフ……さん……?」

 

「まだ警部補だよ。辞める前に返却しなきゃならない装備を息子に盗まれたんでな」

 

そこにはまだ警官姿の警部補がいた。

 

「それにマイルスもだ。滅茶苦茶叱ってやりたいが、それは後にしとく。とにかく無事で良かった」

 

「父さん、僕の、僕のせいでスパイダーマンが!」

 

「ああ、分かってる。あとは俺たち大人に任せろ。それで、スパイダーマンの傷について教えてくれ。彼女はどうして死にかけてる」

 

「スコーピオンに刺されたんだ!」

 

「ガーガンの毒か。なら、すぐに解毒剤を打たないと泡吹いて死ぬことになるぜ」

 

「アーロン、その解毒剤はどこにあるんだ」

 

「落ち着けよ兄貴。解毒剤はちゃんとあの地下室にある。ただ」

 

プラウラーが何かを言い淀む。彼の視線の先を見ればその理由は一目瞭然だった。

 

「解毒剤を取りに行くなら、あいつらを倒してからじゃないと」

 

土煙の中で、私たちを探しているヴィランたちがそこにはいた。

 

「分かった、警察とお前であいつらを倒すぞ」

 

「俺とサツが組んだところで足止めにしかならんが」

 

「ならどうするんだ。このままじゃスパイダーマンが死ぬんだぞ!」

 

「だから落ち着けって。足止めで良いんだよ。解毒剤を取りに行くのは俺らじゃなくて良い」

 

そう言うと、プラウラーは自分の甥っ子の方を向いた。

 

「東側に、外から地下室に繋がってる通路がある。マイルスにそこから解毒剤を取ってきてもらうしかない」

 

「おい、マイルスを巻き込むってのか!」

 

「もう巻き込まれてる。それに、俺の甥っ子はじっとしてたら死んじまうみたいだからな。だろ?」

 

その言葉に、マイルスくんは涙を拭いて大きく頷いた。

 

「父さん、アーロンおじさん。僕やるよ」

 

「……分かったよ。なら、父さんたち警察とアーロンであいつらを引きつけておく。スパイダーマンを頼んだぞ」

 

そう言うと、ジェフ警部補とプラウラーは物陰から飛び出していった。そしてまもなく、銃声と戦闘音が辺りに響き渡る。

 

「スパイダーマン、あなたはここでじっとしてて」

 

「待って、マイルス」

 

私は解毒剤を取りに行こうとする彼の背中に声をかけ、呼び止めた。

 

「ボクの上着を……ごほっ、持って行って。すごく頑丈で、君の身を守ってくれるだろうから」

 

「分かった、それじゃあ」

 

「話は最後まで聞く! それと、マスクもだ。カレンが、ボクの相棒が君に道を示してくれるから」

 

私は自分のマスクを取って、マイルスくんに被せてあげた。

 

『はじめましてマイルス。私はカレン。スパイダーマンの椅子の人です』

 

「うわ、声が聞こえる。すごいなこのマスク。でもスパイダーマン、僕の前でマスクを脱いで良かっ……スパイダーマン? もしもし、ねぇ大丈夫──」

 

灰色のマスクが、私を見つめている。その光景を最後に、私は限界を迎えて気を失ったのだった。

 

 

 

 

 

それから起きた話をしよう。

 

まず、マイルスくんによって解毒剤を打たれた私は無事に復活。ジェフ警部補やプラウラーと協力しヴァルチャー、スコーピオン、ライノの三人を捕らえることに成功した。残念ながら、ショッカーには逃げられてしまったが、しかし彼もじきに捕まることだろう。フィスクやヒドラの影響はもうほとんど排除され、これからキングピンもショッカーも追われる立場になるのだから。

 

それからマイルスくんの家族について。

 

プラウラーは司法取引により減刑され、執行猶予付きで釈放されることになった。彼はウィルソン・フィスクと関わりのあるマフィアに借金をしており、実の兄の家族への安全を引き合いに出されて従わざるを得なかったというのが評価されたのだろうか。実際、彼はプラウラーとしては誰も殺していなかったそうだから、もともとやる気はあまりなかったのかもしれない。

 

それからジェフ警部補についてだけど、彼は辞職せず、そのままニューヨークに残ることにしたらしい。

 

「俺は他人の目を気にしすぎてたみたいだ。それで、マイルスが本当はどうしたいか聞いてなかった。だから聞いてみたんだよ。そしたら、ここに残りたいっていうもんだし、俺にも警官を続けてほしいっていうから、まぁ、俺もそうすることにした」

 

自宅にて辞表をシュレッダーにかける警部補は、晴れやかな表情でそう言った。

 

「あとはまぁ、現実的に世間体が良くなったおかげでもあるな」

 

「今じゃプラウラーはダークヒーロー扱いだもんね」

 

印象操作って怖いな。まぁ彼の活躍がニュースで報じられて以来、マイルスくんが周りからイジメられることもなくなったらしいから、それは良いんだけど。

 

「彼、今後どうするの? いっそのことプラウラーとしてやっていくとか?」

 

「アーロンは二度と戦わんって言ってたな。警察に入らないか勧誘したんだが、趣味じゃないんだと」

 

「そっか」

 

少しでも味方がいてくれたら楽だったんだけど、仕方ない。私は警部補に別れを告げると、彼の自宅を出て隣のガレージに向かった。

 

「やぁ、マイルス。調子はどう?」

 

「どうも、スパイダーマン」

 

そこにはバイクの整備をしているマイルスくんがいた。

 

「父さんとの話は終わった?」

 

「うん。今から帰るところ。だけどその前に、君に話があって」

 

「あー、あなたの素顔を見たことは誰にも言わないよ」

 

「違う違う、そうじゃないって」

 

そう言うと、私は上着のポケットからデバイスを取り出した。

 

「はいこれ。お父さんにあげたのとは別に、君専用のスパイダーシグナルを用意したんだ」

 

「うっそ、マジで!? それって、超最高だ」

 

目を輝かせてデバイスを受け取るマイルスくん。

 

「君には助けられた。周りの人が君のことを何と言おうと、君はちゃんとヒーローだ。立派だったよ。ボクよりも年下なのに」

 

「年下って。僕と歳そんな変わらないんじゃ」

 

「うるさいよ、年下は年下なの。中学生と高校生には大きな差があるんだから。とにかく、困ったことがあればいつでもそれで連絡してね。特に、そのガレージの隅っこに隠してある反重力クライマーの件で困ったことがあれば……ね?」

 

私に指摘され、ピキリと固まるマイルスくん。まぁ、彼があの鉤爪がついた反重力クライマーで何をするつもりなのかは知らないが、少なくとも悪事ではないのは間違いない。

 

「お父さんには言わないでおくよ。それじゃあまたね」

 

「あはは……はい。お、お元気で」

 

にこやかに挨拶を交わし、私は彼らの家を去った。

 

それからハッピーが運転する車に乗り込み、スーツを脱いで私服に着替えた。

 

向かう先は、裁判所。

 

ヴァルチャー。本名はエイドリアン・トゥームス。

 

私の二人の母を殺した武器を作った男。あるいはリズ先輩の父親である男の裁判で、私は証言するのだ。

 

娘の友人であり、かつ被害者でもある重要参考人として。

 

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