館林家には獣の血が流れている!
これは信じ難いことだが疑う余地のない事実なんだよ。父も母も祖父も祖母も、或いは内戚の子供に到るまでその尻尾を露ほども掴ませないが、しかし私の身体には歴々と受け継ぐ獣の血統が、そのキタナラシイ野性的な心理遺伝に到るまで再現されているに違いない。
豈図らんや肉食動物の血でも受け継いでみろ。私は今すぐ此の身を主様の膝下へ差し出して、閃き出た地獄の火焔を以て償う謂れがあるじゃないか。摂食がためも死姦がためも殺生は殺生故、すべからく閻浮提より下に堕ちるべき畜生に他ならないじゃないか。
巷間において如何にスバラシイ豪農と膾炙されようとも、一滴の獣の血が混じれば名跡に傷がつく。目の前に広がる館林家の身代たる広大無辺な田畑の畝が、万古不易と謳われた大豆の芽吹きが、私には忽然と死臭が漂ってくるような錯覚がして止まないのだ。
……え? 何故そんなことが分かるのかだって?
……わかるぐらいじゃない。現に家の女中がそう言っていたのだ。
……アア、あのメスの老犬……。
果然と、貴様は信じないであろうとは思っていたよ。どうもそういう風に何処までも先入主になって来られては仕様がない。いいかい、聞き給え……こうなんだよ。私はこの話を終えたらすぐにでも前栽へ逍遥に発つ。だから一回で理解し給えよ。こうなんだよ……。
「主よ、何処へ行かれるのですか」という、細く頼りない声が聞こえた時、館林愚風は一体この声が何処から発せられたものなのか、到底判り兼ねていた。あるいは自分から発せられた声だったのかもしれないし、あるいは幻聴であったのかもしれないと思った。
館林愚風が最後に肉を口にしたのは今より一ヶ月前の時分にして、密売人が営む闇市から買い取った牛肉が愚風にとっての初めての肉の味であった。
国際社会で公に肉食が禁止されて足掛け百年、『わんにゃん星』から飛来したわんにゃん星人──所謂、獣人──に人権が認められて足掛け百五十年、愚風にとっての肉食とは天意に背く罪咎に相違ない悖戻であったが、齢二十一にして食肉衝動が油然と湧き上がってきて措くところを知らず、やがて肉の誘惑に触発された格好で欲望の階段を真っ逆さまに落ちていったのである。
「僕には口にするのも耐え難い嘆きがある。肉体と霊魂を罰せねば犯した罪の報償を出来ない謂れがある。こういった一行の気高さもない穢れた精神を拘らせて、不得要領の内に封じ込めるべく君の肉体に溺れているが、所詮浅薄なモラトリアムの消費の仕方に他ならぬ。願うならば、どうかこの場を神聖にして欲しい」
愚風は一体、神経質なたちの男である。生来清浄を好み極度の潔癖症を拗らせて顰蹙を買って止まない。前記の言葉はその一例であるが、これは犬沼の聞き飽いた莫迦の一つ文句であった。この言葉によれば、犬沼はまるで愚風の情人の形に見えるのだが、事実は犬沼の独り善がりが生み出した爛れた関係だった。
犬沼は出鱈目な好色者で、愚風の他に数多の男と公然に関係を結んでいた。獣人の中でもとりわけイエイヌの類型に目される犬沼のような獣人は、他者に阿ることを得意とする極めて社会的な人種である。誰に対しても全然通底しきったような態度で尻尾を振るので、愚風は犬沼をまるで信用しなかった。せめて一時の食い扶持を供してやろうという慈善事業の段であったが、これは愚風が抱える贖罪の気持ちを紛らわせるのに最適であった。
愚風は贖罪に耐え難くなると、部屋を抜け出してアパートに併設されている教会へ出し抜けに躍り込み、人目も憚らずに、
「アアッ、主よ! 私の狂妄をお赦ししください!」
と大仰に悲壮を湛えて、膝をつきながら『わんにゃん教』の主に祈った。
「一時の過ちとは言い条、剰えその眩惑的な玩味に魅了され、私は再び過ちを犯すかもしらん……」
「死んで償いなさい」
と、頭の上から声がした。愚風はやにわにわなわなと震えだして、恵まれた体躯から贅肉をまるっきり削ぎ落としたような、不自然な痩せぎすな背中を丸めて、
「ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……」
と呟き続けて、あとは暫く慟哭になる。やがて犬沼が迎えに来るか、通りがけの教会の管理人や礼拝者に介抱されるまでその嗚咽を一々続ける外に仕方がないのであった。
犬沼は無職の身の上で色々な男のネグラを転々としている内に貧書生である愚風の部屋へ辿り着き、ここ半期余り半ば無理矢理住み着いているのであった。したがって犬沼は愚風に全く贅沢を当てにしなかった。上等なキノコのソテーや豆乳チーズのピザなど佳肴は他の男を頼りにして、愚風の部屋の中では大豆ミートで喜ぶ矮小な女を気取った。
然るに犬沼は狡猾とも言い切れず、内省とか思慮とか、所謂道徳的観念とでも呼ばれるものに甚だ頓着なく、尋常一様でない観があって、その素直な表出は怜悧と白痴とを同時に思わせるような奇妙な撞着があった。
ある時愚風が発狂して、アパートの教会を始点にして三十三箇所の教会を巡礼すべく犬沼を連れて遁走したことがある。愚風は暗澹とした生臭い陰りが差した心地を引き摺るように、夕方にカプセルホテルや漫画喫茶で目醒めて深更の内に街の中や森の中を徘徊したが、後ろについて回る犬沼は微塵も同化せずに至極太平楽であった。
愚風は蚤の匂いで充満した住宅街の中を、青白い顔をしながらむっつりと黙り込んで彷徨った。ともすれば道行く獣人に法事を思わせて両手を合わせられることすらあったが、愚風は往来の人間に目もくれず、縹渺とした世界の果を探るべく一心不乱に歩を進めた。そうして曙になると追い立てられるように太陽から逃れて、永遠を思わせるステキもない睡眠に就くのである。道すがら森閑とした森の中を彷徨っていると、突如として戦慄的な実感が湧いてきて、遍く世界に呪いを感じながらさめざめと泣いたりした。
おおよそ折り返し地点に到達した折を見て、犬沼はそろそろ景色を見るのも飽きてきた。試しに景気付けと称して上等な旅館に泊まることを提案したが、蒟蒻問答の果に上等とは大分懸け離れた荒屋に間借りすることになった。しかし犬沼は手足を伸ばして気兼ねなく起居動作が出来る寝床を獲得しただけで十分に満足してしまって、明け方に愚風の布団に潜り込んで、
「あたし、従順よ」
と歌うような声色でいたずらに囁いたりした。愚風は全く取り合わずに適当に頷いたり相槌を打っていたが、犬沼は依然しなをつくった様子で重たげに首を擡げて、
「あんたになら食べられてもいいわ」
というような意味のことを零したので、愚風はみるみる鬼みたような形相に変わって、犬沼の顔を穴の空くほど凝視した。それから愚風が寝静まった後に、犬沼はこっそり寝床を抜け出して荒屋の主人と共寝をした。この出来事が実に一ヶ月前のことであった。
犬沼にとってこうした男との楽しい散歩が中断されたのは、二十三箇所目の教会を巡った折柄に、アパートの大家である牛嶋から家賃滞納の連絡が入った時分である。
愚風は自らが大家に傾倒しきっていることをまざまざと実感していたので、先んじて二月分の家賃と置き手紙とを座卓の上に残して、一切の通交を断ち切る段であった。が、スマホの画面に牛嶋の文字が見えた途端、愚風は彼女の鷹揚な声を摂取したい一心で我知らず通話開始ボタンを押していて、次の瞬間には今すぐにアパートに帰ってくることを約束させられていた。
「お祈りがしたいのなら、わたくしの教会ですればいいのだわ」
一体牛の獣人というものは甲斐性や母性といった典型的な母親のステレオタイプの凝集のような傾向を持った人種で、牛嶋は教会の司祭も兼任していた。
幼少期に母親を喪った愚風にとって牛嶋を母と重ねない訳にいかなかったが、現に愚風の母が生前敬虔なわんにゃん教徒であったこともこの錯覚を加速させた。愚風は帰るや否や足繁く牛嶋の部屋に通って彼女の膝下で説教を受けていたが、この時期だけは愚風にとって泰平たる心地を取り戻させて、長歎これを久しゅうした。
しかし犬沼にとってはその格好が非常に気に入らなかった。牛嶋の説教の帰りがけに、アパートの廊下で犬沼は青白い顔を俯きながら言った。
「あんた……あんな草食動物が好きなの?」
続けて、今度は一層青白いのに之繞を掛けて、
「違うわよね……キット、あいつが牛だからよね。あんたは私みたような女のほうが好きなんだわ」
愚風が呆れたように肩をすくめた。犬沼は照れ隠しに耳をぴこぴこと震わして、
「あんたになら食べられてもいいわ」
そうして凄艶な表情で笑った。