かつての愚風は狸田にとって良き隣人の体裁を呈していたが、あの事件を目撃してからというもの、以来狸田の心を乱す暗い
やがて狸田はその四囲に張り巡らされた嗅覚の媒体物が
段々とその病理的な衝動が
「わっわたし……見ちゃったんですよォ……!」
と叫びだしてしまったのであるが、こうしてみると次第に鬱積したものが
「あにゃっ……あにゃたが、お肉食べてるところォッ……! ……はひゅっ……かひゅー……っ……ふー……ふー……。……許せません……絶対に許せませェん……! 逮捕ですっ……逮捕ですぅ……ケーサツにお願いして死刑にしてもらいますからっ……。……い、いや、やっぱり……やっぱりィ……! わわっわたしが殺します……! 今ァ……ここでェ……ッ!」
其の叫びを終えた後、夜半のアパートの廊下が思いがけない
年増しに涼しくなっていく夏の最盛期に当たる、ひんやりとした
けれども、そうこうしている内にやにわに204号室の扉が開いたので、狸田は腰を抜かして飛び上がって尻餅をついた。徐々に開いて全貌が明らかになってくる扉を凝視した。そして部屋の中の虚からぬぅっと犬沼が現れると、狸田はぽかんと口を開けて見上げた。犬沼は事もなげに見下しながら嘆息して、
「あんた……何時だと思ってるの……? 愚風は一度寝たら朝まで起きないから……後にして頂戴」
あれを聞いて尚、愚風が忽ち内幕を見透かしたような
一週間ばかり引き籠って絶え間ない不安と戦っていたが、ある暮れ方気分転換にぶらりと出ると、隣人である202号室の猫宮の元を訪れた。例の小さな体躯を運ぶように部屋の中へ転がり込んで、猫宮が居るのを見るや否や
「にゃぁ……その話はこの前聞こえてきたけどにゃぁ……」
猫宮は管を巻くような様子で
「愚風はオマエのことを気の毒なシュガーちゃんだって言っていたっけにゃぁ……」
と言ってから、再び木天蓼を燻らせ、ぷかぷか煙を吐き出しながら恍惚とするのに夢中になる。狸田は自分の決意を全然黙殺しきったような猫宮の態度にふつふつとした
「あなたもォ……ッ! 肉食動物だからそうやって他人事でいられるんじゃないですかッ……!?」
「オマエも雑食だにゃ」
「うるさいッ!」
狸田が猫宮に掴み掛かろうとした途端、狸田の小さな体躯は一瞬間に後ろへ吹き飛んだ。猫宮の出し抜けのキックが
「にゃはは。どうだ、猫宮さんの腕前を見たか」
と笑った。それから相も変わらずどさっと畳に腰掛けて、木天蓼を吹かしながらおおよそ退屈しきってしまったように茫然と天井を凝視して固着してしまった。それから暫く、放心していた。
「さて……」
急に猫宮は所在ないように立ち上がって、近くで伸びている狸田に甚だ関心がない態度で伸びをした。
「ぼつぼつバイトにでも行くかにゃ」
そう呟いて押し入れから作業服を引っ張り出して着替えるのだった。木天蓼の葉巻を
戸外に出ると教会への礼拝者の参列が目についた。思い思いに教会の入口のあたりからアパートの敷地の中、大豆畑の方まで斑に人が
自分というものは一体、何らの主体的意思を持って行動したことがあるのかと自分の心に問うてみると、四囲に
求めるところに人の存在を存在たらしめる要素があるとすれば、彼らは
「今日はァ──」
大豆ミート工場に辿り着くと、猫宮はさっさと待機室の方へ入っていって挨拶を済まそうとしたが、煩いテレビや人の声によって掻き消されたために、息を
「なァにが日本共和国の安全保障だ。■■人と■■人で溢れて見る陰もねぇや」
「莫迦いえ、畜生よりはよござんすよ。奴等から見りゃ違いなんてわかりゃしねぇんだから」
とそこまで言うと、猫宮が居るのに気がついた気配らしく、彼らは白々しく、
「お、猫ちゃん。テレビ見なよ。
「……にゃぁん……」
「サハリンの駐屯基地も占領! とんでもねぇ時代だ全く……モンゴルは荒れたからなァ」
「畜産のモノカルチャー経済はてんでダメになったな」
と述べつ幕無しに語り続けた。猫宮が機械を
「猫ちゃんの星は平和かい?」
「にゃぁ……猫宮さんは生まれも育ちも地球だから、あんまり詳しくないにゃ」
「へえ……そう。そういやわんにゃん星のわんにゃんってどんな意味なの?」
「……確か、わんにゃん教の経典からの引用だった気がするにゃあ。本当はちゃんとした発音があるけど、難しいから、みたいな……」
「ほら、やっぱり詳しいんじゃない」
男たちはどっと笑った。猫宮もその波のような音の振動に合わせるように、唇を震わしながら笑った。その癖、霧のように取り留めもなく、妙に突発的な衝動がそこにあって、それが苛立たしいほど猫宮の