今更ながらヒロアカのアニメを見て歴代継承者についての妄想が止まらなくなってしまいました。駆藤さんに焦点を当てるつもりです。
暗い。
最初に戻ってきたのは、その感覚だった。
目蓋の裏側と外側の区別がつかないほどの暗がりの中で、僕は自分が横たわっていることをようやく理解する。背中に当たるコンクリートは湿っていて、体温を根こそぎ吸い出していく冷たさがあった。
水の音がする。
遠くの方で、絶え間なく。誰かが蛇口を閉め忘れたような、細く長い音が壁に反響して、どこから鳴っているのか分からなくなっている。
―――――――――
——教室の蛍光灯。
——駅の改札を通る人波。
——コンビニの自動ドア。
——テレビの中で、金髪の男が笑いながら誰かを助けている。
『心配することはない、何故なら私が来た!』
知らない。そんなもの、僕は知らない。
なのに知っている。全部知っている。学校というものがあって、電車というものがあって、蛇口を捻れば飲める水が出て、腹が減ったら金を払えば食べ物が買えて、道端で人が死んでいたら誰かが大騒ぎするような、そんな世界を、僕は確かに知っている。
僕はそこにいた。
僕はそこで生きて、そこで死んだ。
情報の奔流に、脳が焼き切れそうになる。他人の人生を無理やり喉に流し込まれているような、吐き気にも似た感覚。
そして。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
音が、増えた。
―――――――――
「————っ、は」
跳ね起きた。
息を吸ったつもりが、うまく肺に入らない。喉が笛のような音を立てただけだった。
うるさい。
うるさい、うるさい、うるさい。
水の音じゃない。もっと近くで、もっとたくさん、何かが鳴っている。
鼓動だ。
心臓の音。呼吸の音。喉の音。瞼が動く音。指先が服の布を擦る音。それが十も二十も重なって、暗闇の中でぐわんぐわんと膨れ上がっている。
周りで眠っている、子供たちの音だった。
寒さをしのぐために身を寄せ合って、団子みたいに固まって眠っている。いつも通りの光景のはずだった。それが今は、耳の奥に直接手を突っ込まれているみたいに響いてくる。
——違う。
耳じゃない。
両手で耳を塞いだ。何も変わらなかった。音は変わらず、僕の中で鳴り続けている。
聞こえているんじゃない。
感じているんだ。
誰かの寝返り。誰かの浅い呼吸。誰かの、たぶん悪い夢を見ている速い鼓動。それが全部、皮膚の内側を撫でていく。
「————」
声が出なかった。
助けを呼ぼうとして、やめた。
この暗がりの中で騒いだところで、誰も助けてくれない。それだけは、前の人生の記憶なんてものが戻ってくる前から、僕はよく知っていた。
―――――――――
どれくらいそうしていたのか分からない。
膝を抱えて、うずくまって、頭の中で鳴り続ける音の洪水が引くのを待った。
そのうちに気づいた。
音には、種類がある。
深く、遅い鼓動。あれは深く眠っている。
浅く、速い鼓動。あれは眠りが浅いか、夢見が悪い。
時々、ひときわ大きく跳ねるやつがいる。あれは、たぶんよくない夢を見た。
——分かる。
姿も見えない、名前も分からない相手の状態が、音の形だけで分かってしまう。
「律」
声がした。
同時に、僕の中でひとつの鼓動がはっきりと輪郭を持った。落ち着いていて、深い。眠っている連中とは違う、起きている人間の音。
顔を上げると、暗がりの中に影が立っていた。
僕より頭ひとつ半は大きい。肩幅も、腕の太さも、僕とは比べ物にならない。
「アラタ」
「うなされてた」
短くそう言って、アラタは僕の隣に腰を下ろした。コンクリートを擦る音。
どう答えたものか迷った。
夢を見ていた、というのは違う。
自分が誰か思い出した、というのは、もっと違う。
言ったところで信じてもらえるはずがないし、信じてもらえたところで、腹の足しにはならない。
「……変な夢を見た」
結局、そう言った。
嘘だった。
アラタは何も言わなかった。ただ、少しだけ僕の方に体を寄せてきた。それだけで背中を這っていた寒さがいくらか薄まる。
ドクン、と。
すぐ隣で大きな鼓動が鳴った。
落ち着いた深い音だ。
この暗がりの中でこいつだけがまともに眠れていないんだ、とその音で理解してしまった。
―――――――――
「なあ」
「なんだ」
「腹減った」
「……知ってる」
アラタが小さく笑ったのが、音で分かった。
声には出ていなかった。喉のあたりで空気が一度だけ跳ねただけだ。表情なんて、この暗さでは見えるはずもない。
それでも、分かった。
「明日、上に行く」
アラタの声は、笑いの余韻を残したまま平坦に戻った。
「崩れたビルがまだ手つかずらしい」
「誰から聞いたの」
「闇市のジジィ」
口を噤んだ。
闇市のジジィ。
三日前、物資と交換で情報を寄越してきた男の顔。あの時、僕はあの男の隣に座っていた。何も喋らず、ただ座って、枯木みたいな腕で枯木みたいななにかを齧りながら話を聞いていた。
男は喋りながら二度、言葉の途中でつまずいた。
声は淀みなく続いていた。つまずいたのは声じゃない。
あの時は何とも思わなかった。
今なら分かる。
あれは嘘をつくときのつまずき方だ。
「————アラタ」
「なんだ」
言おうとして口が止まった。
なんて言えばいい。
あの男は嘘をついている。誰が信じる。たった今そう気づいたばかりで、確信なんてどこにもない。
外れたら。
外れた責任をどう取る。
このガリガリの、殴り合いのひとつもできない体で。
だから僕は。
「……いや。なんでもない」
逃げた。
いつも通りに。
アラタは「そうか」とだけ言って、それきり何も聞かなかった。
―――――――――
結論から言えば。
そのビルに手つかずの物資などなかった。
代わりに待っていたのは網と武器を持った大人が六人。
その日、三人を失った。
―――――――――
地下水道に戻ってきた夜。
誰も口をきかなかった。
水の音だけが変わらず鳴り続けている。
僕は膝を抱えて、暗がりの中で自分の鼓動を感じていた。速くて、浅くて、ひときわ大きく跳ねる。
怖い夢を見た時の音だ。
呼吸につまずく。
あの男と同じように、意味もなく一度だけ。
自分が今、何に対して嘘をついているのかは考えないことにした。
「律」
顔を上げる。
アラタが立っていた。
この暗さでは表情なんて見えない。それでも僕には分かってしまう。奥歯を強く噛んでいる。呼吸が浅い。心臓が痛いくらいに速い。
こいつは今怒っている。
「お前、気づいてたのか」
嘘はつけなかった。
アラタの鼓動が、あまりにも力強かったから。。
「……うん」
「そうか」
アラタはそれだけ言った。
責めなかった。
殴りもしなかった。
ただ僕の隣に座って、いつもみたいに少しだけ体を寄せてきた。
「次は言え」
「……外れたらどうするの」
「外れたら、俺が悪い」
意味が分からなかった。
どうして。なんでそうなる。あんたは何も悪くない。悪いのは気づいていて黙っていた僕の方で——
「お前が言って、俺が決めた。それで外れたなら俺が悪い」
ドクン、と鳴った。
アラタのじゃない。
僕の心臓だった。
―――――――――
この日から僕はよく喋るようになった。
あの大人は嘘をついている。あの取引はやめた方がいい。あの子は、たぶん誰かの使いだ。
最初は誰も信じなかった。
何度か当ててからは、誰も疑わなくなった。
僕は戦えない。この体で誰かを殴ってもびくともしない。
だから座っていることにした。
大人は僕を警戒しない。誰もこんな痩せっぽちの子供が自分の話を真剣に聞いているとは思わない。
都合がいい。
僕はそう思っていたし、今でもそう思っている。
——そのやり方が、いつか自分の首を絞めることになるなんて。
この時の僕は、まだ何も知らなかった。
オリ主
・名前は律(リツ)
・転生者、ヒロアカは大筋しか知らない。しかもうろ覚え
・前世の記憶はほぼなし
・いろんなものを感じ取ってしまう個性
・チビ、ガリ
アラタ
・孤児集団のまとめ役
・孤児の中ではかなり大きい
・孤児とは思えないほど理知的。めっちゃ面倒見がいい
・個性は肉体の硬化。腕が石とも金属ともつかない何かに変わる
どんな評価でも感想でもモチベになりますのでどうか…