徒花の咲く頃   作:あいいろのふとん

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超常黎明期ってちょっと妄想するだけでとっても楽しくないですか?

今更ながらヒロアカのアニメを見て歴代継承者についての妄想が止まらなくなってしまいました。


第五話 保菌者

 地下水道の水は、飲める。

 

 飲めるが、飲むと腹を壊す。

 

 僕たちは、それを承知で飲んでいた。他に選択肢がないからだ。ほとんどの日はそれで済んだ。

 

 当然済まない日もある。

 

 

―――――――――

 

 

 小さい子が一人熱を出した。

 

 三日下がらなかった。

 

 名前はたしかマチといった。ハルより小さい女の子で、この集団では下から二番目の子。

 

 喋らない子だった。何も出来ない子でもあった。異能はなかった。そもそもまだ発現していないだけなのかもしれない。

 

 四日目の朝、マチは水を飲んで、それを全部吐いた。

 

「駄目だ」

 

 トキが言った。

 

「この水じゃ駄目だ。もっときれいなのがいる」

 

 

―――――――――

 

 

 きれいな水がある場所を僕たちは一つだけ知っていた。

 

 北東のまだ人が住んでいる区画。

 

 そこに井戸がある。

 

 崩れなかった家が十軒ほど固まっていて、その真ん中に地下から水を汲み上げる手押しのポンプがあった。近所の人間が代わる代わる使っていて誰が管理しているという話も聞いたことがある。

 

 僕とトキで行くことになった。

 

 アラタは残った。

 

「なんで来ないの」

 

「俺が行くと、話がでかくなる」

 

 アラタは自分の腕を叩いてみせた。

 

 すでにアラタの異能はもう周りに知られ始めていた。

 

 僕はその意味をあまり深く考えなかった。

 

 

―――――――――

 

 

 ポンプの前には、爺さんが一人座っていた。

 

 七十くらいに見えた。この時代でその歳まで生きているというのは、それだけで珍しい。

 

 膝に布を掛けて、木の椅子に腰かけて、ポンプの横で日向ぼっこをしていた。

 

 僕たちが近づくと顔を上げた。

 

「水を少しもらえませんか」

 

 できるだけ丁寧に。

 

 この手の交渉では最初の印象が一番大事だ。

 

 爺さんは僕とトキを順番に見た。

 

 そして言う。

 

「駄目だ」

 

 

―――――――――

 

 

「病気の子がいるんです」

 

「駄目だ」

 

「代わりに、これを」

 

 袋から工具を出した。錆びていないまだ使えるやつだ。工具はモノを直すにも使える上に武器にもなる。今ではみんなどこに行くにも携帯している必需品。

 

 だが爺さんはそれを見もしなかった。

 

「お前ら、どこの子だ」

 

「………」

 

「どこだ」

 

 黙ってしまった。

 

 爺さんは待たなかった。

 

「地下だろう」

 

 答えられなかった。

 

「地下に住んでる子供は、みんな一緒だ」

 

 爺さんは、そう言って、僕の顔を見た。

 

保菌者(キャリア)だろう」

 

 

―――――――――

 

 

 僕はその時、爺さんの音を聞いていた。

 

 落ち着いていた。

 

 脈は速くない。息も乱れていない。

 

 どこにもつまずきがなかった。

 

 この人は怒っていない。

 

 怖がってもいない。

 

 僕たちを追い払うために大袈裟に言っているわけでもない。

 

 ただ当たり前のことを言っているようだった。

 

「うちの水は皆で使ってる」

 

 爺さんは言った。

 

「そこに、お前らが口をつけたらどうなる」

 

「……何も」

 

「うつるだろう」

 

 

―――――――――

 

 

 うつる。感染(うつ)る。

 

 その言葉を頭の中で二度繰り返した。

 

 異能は病気じゃない。

 

 僕はそれを知っている。前の記憶があるからじゃない。この目で見てきたからだ。

 

 異能を持っている親から子供が生まれると、その子も持っていることが多い。

 

 持っていない大人が、あとから持つようになったという話は聞いたことがない。

 

 水を飲んで移った、なんて話はなおさら。

 

「うつりません……これは…病気じゃない」

 

「証拠は」

 

「……」

 

 証拠。

 

 口を閉じた。

 

 証拠なんてあるはずがなかった。

 

 医者もいない。役所なんてもう機能していない。調べる場所も、調べる人もいないのだ。

 

 僕が知っているのは、僕が見てきたことだけで。

 

 この爺さんが知っているのも、当然この人が見てきたことだけで。

 

 僕たちは互いに互いを説得できる確たる証拠を持っていない。

 

 

―――――――――

 

 

「あんたには、うつらないってことにしよう」

 

 爺さんは言った。

 

「じゃあ、あんたが飲んだ水を次に飲むのは誰だ」

 

「……」

 

「向かいのばあさんだ。その隣は赤ん坊がいる」

 

 何も言えなかった。

 

「わしが間違ってたとして、誰も損はせん。お前らは他で水を探せばいい」

 

 爺さんは、静かに言った。

 

「わしが正しかった時に、間違えていたら赤ん坊が死ぬ」

 

 

―――――――――

 

 

 僕はその言い分に一度もつまずきを見つけられなかった。

 

 嘘がない。

 

 誤魔化しもない。

 

 この人は、自分が言っていることを心の底から信じている。

 

 ——そして、たぶん、この人は。

 

 自分が言っていることを信じなければならない理由がある。

 

 その時はまだ、そこまでしか分からなかった。

 

 

―――――――――

 

 

 結局、その日は何ももらえずに帰った。

 

 マチの熱は下がっていなかった。

 

 

―――――――――

 

 

 次の日、僕は一人でもう一度行った。

 

 水をもらうためじゃない。

 

 情報を集めるためだ。

 

 ポンプから少し離れた、崩れた塀の陰に腰を下ろして、ただ、そこにいた。

 

 僕は何も乞わないし何も喋らない。ただ座って、時々あくびをして、退屈そうにしている。

 

 誰も気に留めなかった。

 

 水を汲みに来る人たちが、爺さんと二言三言交わして、また帰っていく。

 

 それをただ静かに聞いていた。

 

 

―――――――――

 

 

 二日で僕は爺さんのことを大体知った。

 

 名前は分からなかった。皆「爺さん」としか呼ばない。

 

 この井戸は元はこの人の家の敷地にあったものらしい。

 

 崩れた家から掘り出して、直して、皆に開放したのもこの人だ。

 

 誰からも金を取らない。

 

 順番を守らない者は叱るがそれだけだ。

 

 水を汲みに来た子供に小さな果物をやっているのも見た。

 

 いい人だ。

 

 そう思ってしまった。

 

 思ってから、どこかそのことに無性に苛立った。

 

 

―――――――――

 

 

 三日目にそれを聞いた。

 

 水を汲みに来た女の人が、爺さんと話していた。

 

「まだ、あの部屋そのまんまにしてるの」

 

「片付ける気になれんのだ」

 

「……そう」

 

 女の人はそれ以上聞かなかった。

 

 爺さんもそれ以上言わなかった。

 

 二人が黙ったその数秒。

 

 爺さんの脈が変わった。

 

 速くなったんじゃない。

 

 乱れたんでもない。

 

 深くなった。

 

 沈むみたいに。

 

 

―――――――――

 

 

 その日の帰りに水を汲みに来ていた別の年寄りに話しかけた。

 

 子供が話しかけると年寄りはよく喋る。

 

「あの爺さん、優しいですね」

 

「そうさなあ」

 

「一人で住んでるんですか」

 

「今はな」

 

 僕はそこで黙った。

 

 黙っていると続きが来る。

 

 年寄り含め人は沈黙を嫌うことが多い。僕はそうじゃないけれど人は皆こういうのを「気まずい」と表現するらしい。

 

「昔は娘がおったのさ」

 

 

―――――――――

 

 

 娘さんがどうなったのかは、その年寄りも詳しくは知らなかった。

 

 病気で死んだ、という話になっているらしい。

 

 ただ、その年寄りの脈はそこで一度、はっきりとつまずいた。

 

「……病気って、本当ですか」

 

「わしは知らん」

 

 つまずいた。

 

「知らんが」

 

 もう一度。

 

「あの頃は……色々あったからな」

 

 

―――――――――

 

 

 それ以上聞かなかった。

 

 聞かなくても分かってしまった。

 

 異能が出始めた頃。

 

 自分の娘がある日、何かをした。

 

 光ったのか、燃えたのか、伸びたのか、それは知らない。

 

 その時この人がどうしたのか。

 

 追い出したのか、突き放したのか、隠して、隠しきれなくなったのか。

 

 どれにせよ娘さんは死んだ。

 

 そして、この人は今もその部屋を片付けられずにいる。

 

 

―――――――――

 

 

 僕は崩れた塀の陰に座ったまま、ずいぶん長いこと動けなかった。

 

 あの爺さんは嘘をついていない。

 

 異能は病気だ。感染(うつ)る。だから飲ませられない。

 

 その言葉に一度も引っかかりを見つけられなかった。

 

 当たり前だ。

 

 あの人は本気でそう信じている。

 

 信じるしかない。

 

 もし、異能が病気でないなら。

 

 もし、感染(うつ)らないものなら。

 

 あの人がしたことは、ただの——

 

 

―――――――――

 

 

 僕はそこで考えるのをやめた。

 

 

―――――――――

 

 

 その夜、井戸から水を盗んだ。

 

 簡単だった。

 

 爺さんは家の中で寝ていたし、ポンプに鍵はかかっていない。

 

 僕は音を殺して近づいて、持ってきた容器を三つ、順番に満たして、それを抱えて帰った。

 

 誰にも見つからなかった。

 

 

―――――――――

 

 

 マチの熱は二日後に下がった。

 

 水のおかげかどうかは分からない。

 

 そういうものだと思う。

 

 

―――――――――

 

 

 僕はその後も何度かあの井戸から水を汲んだ。

 

 何度か盗んでいると、爺さんが家の外に椅子を出して夜通し座るようになった。

 

 誰かが盗んでいることに気づいたんだと思う。

 

 結局別の水場を探すことにした。

 

 

―――――――――

 

 

 僕はあの爺さんが嫌いになれなかった。

 

 嫌いになれれば楽だったと思う。

 

 水をくれない意地の悪い年寄りだ、と思えればそれで終わりだった。

 

 でも、分かってしまった。

 

 あの人は僕たちを憎んでいない。

 

 怖がってもいない。

 

 ただ信じている。

 

 自分が信じないと立っていられないものを、必死で信じている。

 

 

―――――――――

 

 

 僕には嘘が分かる。

 

 でも、あの人は嘘をついていない。

 

 自分に嘘をついている人間の言葉は、僕には嘘に聞こえない。

 

 ——そういうものもある。

 

 そう思った。

 

 思っただけだった。

 

 それがどれだけ怖いことなのか、この時の僕はまるで分かっていなかった。




オリ主
・名前は律(リツ)
・転生者、ヒロアカは大筋しか知らない。しかもうろ覚え
・前世の記憶はほぼなし
・いろんなものを感じ取ってしまう個性
・チビ、ガリ

アラタ
・孤児集団のまとめ役
・孤児の中ではかなり大きい
・孤児とは思えないほど理知的。めっちゃ面倒見がいい
・個性は肉体の硬化。腕が石とも金属ともつかない何かに変わる

トキ
・律より少し年上の少年
・個性は嗅覚の異常な強化
・孤児集団では一番冷静。言い争いをしない
・常に悪臭が蔓延してるから結構苦労している

ハル
・律より二つ三つ下の少女。
・指先が橙色に光る個性

ゴウ
・律より年上の少年
・拳が固くなる個性


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