転生ショタ、リゼロ世界でお姉さんハーレムを築く 作:Guiltylowe
ショウタがロズワール邸で迎えた最初の朝は、思っていたよりずっと快適だった。
寝床は柔らかく、朝になれば勝手に食事が出てきて、金も取られない。昨日までは宿も食事も道案内も適当なオスに頼っていたことを考えれば大出世であり、何より屋敷を少し歩けばそこら中に可愛い女がいる。その中でも今一番気になっているのが、昨日の夕食でショウタを「バルス二号」と呼んだ桃色髪のメイドだった。短い桃色の髪に赤い瞳、小柄な身体を包むメイド服。フレデリカがおっとりした美人のお姉さんなら、こちらはいかにも口の悪そうな美人のお姉さんである。
「おはよう、ラムお姉さん。昨日も思ったけど、近くで見るとやっぱり可愛いね。僕、ラムお姉さんみたいな口の悪いお姉さんも好きだよ」
「そういう貴方は朝から耳障りね。昨日転がり込んできたばかりの居候が、よくもまあそこまで馴れ馴れしくできるものだわ。あと、ラムは口が悪いのではなくて事実を率直に口にしているだけよ。あなたの頭が傷つきやすいなら、今のうちに綿でも詰めておきなさい」
「もっと馬鹿になっちゃうよ」
「まだ下があるのね。驚きだわ」
話し始めて数秒でこの有様だったが、本気で追い払おうとしている様子はない。ショウタが席へ着けば当然のように朝食を置き、水が減れば言われる前に注ぎ足す。本人に言わせれば仕事の一言で終わるのだろうが、こういうところまで含めてショウタには好みだった。エミリアなら一度困って、少し考えて、それから柔らかく返すところを、ラムは一切躊躇せず刺してくる。それなのに必要な世話だけはきっちり焼くのだから、もっと近しい関係になればどんな扱いになるのか気になってくる。
「ラムお姉さんって優しいね。僕、もっとラムお姉さんにお世話してほしいな。ご飯作って、着替え出して、眠くなったら寝かせてさ」
「仕事を優しさと勘違いするなんて安上がりな頭ね。それにバルスだけでも手間なのに、二匹目まで飼う余裕はこの屋敷にはないわ。自分でできることは自分でなさい。それすらできないなら、せめて観賞用として価値のある顔を維持することね」
「――俺を面倒な生き物の単位みたいに数えんな! というかなんだその『バルス一匹分』みたいな物言いは!」
ちょうど食堂へ入ってきたスバルが即座に食いつき、そのまま朝食の間ずっとラムとくだらない応酬を続けていた。ラムは遠慮なくバルスと罵り、スバルも慣れ切った様子で即座に言い返す。それでいて険悪さはなく、長く一緒に暮らしてきた人間同士にしか出せない妙な気安さがあった。昨日エミリアとはかなり仲良くなれたものの、こういう「最初からそうだった」としか思えない距離は、一日や二日で作れるものではない。
ショウタは少し羨ましくなった。
なら、最初からそうだったことにできないだろうか。
「ねえ、ラムお姉さんって家族いるの? 妹とか弟とか。面倒見いいから、弟とかいたらすごい甘やかしてそう」
「余計なお世話ね。仮に弟がいたとしても、あなたみたいなのは御免よ。もう少し品のある弟を望むわ」
即答したラムの横で、スバルだけがわずかに動きを止めた。いつもの大げさな反応ではなく、ほんの一瞬だけ何かを飲み込むような顔をしたのが気になり、朝食を終えてラムが仕事へ戻ると、ショウタは廊下へ出ていったスバルの後を追った。最初は誤魔化そうとしたスバルも、ショウタがしつこく「さっきの何だったの」と聞けば、最後には諦めたように息を吐き、「見せた方が早い」と屋敷の一室へ連れていった。
そこには、一人の女が眠っていた。柔らかな水色の髪、閉じられた瞳、整った顔立ち。色こそ違うがラムとよく似ており、並べれば姉妹だと言われてもすぐに納得できる。呼吸はしているのに、ショウタが近づいても、スバルが名前を呼んでも、目覚める気配はまるでなかった。
「可愛い。このお姉さんは?」
「第一声それかよ……。レムだ。本当は、ラムの双子の妹なんだ。でも今は『名前』と『記憶』を奪われて、俺以外の誰もレムを覚えてねぇ。ラムも、自分に妹がいたことを忘れてる」
「ふーん。でもレムお姉さん自体はいなくなってないんだ。じゃあ、ラムお姉さんの中で、妹がいたところが空っぽになってるってこと?」
「言い方は最悪だけど、大雑把にはそうだ。……おい、待て。お前今、絶対ろくでもない方向に頭回してるだろ」
「僕、ラムお姉さんの弟になろうかな」
「何をどう考えたらそうなるんだよ! そもそも『なろうかな』でなれるもんじゃねぇだろ!」
スバルは騒いでいるが、ショウタの中ではもうかなり魅力的な案になっていた。ラムは可愛い。口が悪くて、世話焼きで、身内にはもっと遠慮がなくなるらしい。昨日会ったばかりの客として面倒を見てもらうより、昔からずっと世話を焼かれてきた弟になった方が絶対に楽しい。ラムにとって、昔から特別に面倒を見て、放っておけず、家族同然に大切にしてきた年下の男がショウタだったことになればいい。
――欲しい。
昨日会ったばかりでは足りない。最初から、ずっと昔から、自分があの女にとって特別だったことにしたい。そんな身勝手な欲望に応えるように、胸の奥で新しい何かが一つの権能として形を成した。
――『暴食』。
『傲慢』のときと同じだ。女神から与えられた『チート』の一つ。ショウタが生まれたばかりのそれへ意識を向け、何ができるのかと頭の中で思い浮かべれば、その名前と詳細が自然と意識へ浮かび上がってくる。
――――――
『暴食の権能:
能力:対象の血を経口摂取することで発動。対象の記憶へ干渉し、対象にとって重要な人物や関係性を喰らい、その位置へショウタを置き換える。改変後は辻褄の合う過去の記憶が補完され、対象本人は変化へ違和感を抱かない。
――――――
「――へえ。できるじゃん」
「何が!? さっきから俺の嫌な予感だけが順調に育ってんだけど!」
「何って、弟になるんだよ。僕、もっとラムお姉さんにお世話してもらいたい」
「まだその話続いてたの!? てか、冗談でもそういうことは言うな!」
実にわかりやすい権能だった。欲しい関係を喰らい、その場所へ自分を置く。今回なら、ラムの中で空席となっている「最愛の妹」という関係を奪い、そこへショウタを入れればいい。レムそのものを消したいわけではないし、二人が実の双子として生まれた過去まで奪う必要はない。せっかく好都合にも、今のラムからは妹にまつわる記憶が失われているのだ。それを利用しない手はなかった。ショウタが欲しいのは、ラムの人生の中にずっと昔から自分がいたという、誰にも代えられない特別な席なのだから。
問題は発動条件だったが、それも難しくはない。
ラムを探せば、廊下の窓際で花瓶を整えているところをすぐに見つけた。ショウタは当然のように近づき、「ラムお姉さん、ちょっと血ちょうだい」と頼んで、当然のように額を叩かれた。
「朝から頭がおかしいとは思っていたけれど、昼を待たずに悪化したのね。フレデリカを呼んであげるから、そのまま動かずに待っていなさい」
「病気じゃないってば。ちょっとだけでいいの。ラムお姉さんのこと、もっと好きになれそうだから」
「意味がわからないわ。そもそも、好きになるために相手の血を欲しがる時点でおかしいでしょう。あなた、女の扱いをどこで学んだの?」
「生まれつき?」
「最悪ね」
呆れ果てた顔をしながらも、ラムは逃げなかった。そこでショウタが『暴食』を意識すると、これまで人間と変わらなかった犬歯が、まるで吸血鬼のように細く鋭く伸びていく。舌先でその感触を確かめながら見せつけると、さすがのラムもわずかに眉を寄せた。
「……何よ、その歯」
「たぶんこれで噛むんだと思う。ねえラムお姉さん、首ちょっと貸して?」
「嫌よ。どうして当然のように首を噛む方へ話が進んでいるの。血なら指先でも……」
「だって、こっちの方がやりやすそうだし」
「知らないわよ」
即答されても、ショウタは引かなかった。少しだけ、すぐ終わる、痛かったらやめるとしつこく頼み続ければ、ラムは何度目かの溜息を吐き、とうとう手にしていた花瓶を置いた。
「……一口だけよ。本当に少しで済ませなさい。それ以上欲しがったら、今度はあなたの血を見ることになると思いなさい」
「ラムお姉さん優しい」
「それで黙るなら安いものだわ。ほら、さっさと済ませなさい」
そう言ってようやく、ラムは面倒そうに片側の髪を払い、首筋を晒した。
許可が出た途端、ショウタは嬉しそうにそこへ顔を寄せ、晒された首筋へそっと犬歯を立てる。鋭く伸びた牙が肌へ浅く食い込み、ほんのわずかに滲んだ血をそのまま口に含んだ。
血が舌へ触れ、喉を通った、その瞬間だった。
音も光もない。
けれど、それでも確かに――ラムの中の何かが変わった。
ラムの人生そのものが丸ごと別物になるわけではない。鬼族の里で生まれ、レムという双子の妹がいたという事実が消えるわけでもない。ただ、暴食によって失われていた「妹へと向ける姉としての愛情」と、その周囲にあった無数の日々へショウタが入り込む。
『――昔から何かとラムの後ろをついて回り、勝手に甘え、面倒を起こし、叱られても懲りず、それでもラムが結局は放っておけなかった血の繋がらない弟分』
そんな過去が最初から存在していたかのように補われ、昨日初めて会ったはずの二人の間へ、何年分もの関係が当然のものとして積み上がった。
「――ショウタ」
ラムの表情も、声調も、何一つ変わっていない。ただ、呼ばれた名前から昨日までの他人行儀さが綺麗に消えていた。ラムは首筋にかかっていた髪を元へ戻し、そのまま当然のようにショウタの額を小突く。
「うっ痛い」
「自業自得でしょう。昔から一度言い出したら聞かないところだけは本当に変わらないわね。少し目を離すとすぐろくでもないことを始めるんだから、いい加減ラムの仕事を増やすのをやめなさい」
「ラムお姉さん」
「気持ち悪い呼び方をしないで。いつからそんなに他人行儀になったの。いつも通り呼びなさい」
「じゃあ……ラム姉?」
「ふん」
「ねぇ、ラム姉、抱っこして?」
「ハッ、甘えれば何でもしてもらえると思っているなら、そろそろその腐った性根を叩き直す必要があるわね」
「じゃあ頭撫でて」
「注文が多いわ」
そう言いながら、ラムは一度だけショウタの髪を撫でた。どうやら成功しているようだ。
口は悪いまま、態度も偉そうなまま、それでもショウタがついていけば追い払わず、仕事の邪魔になれば額を小突き、少し離れれば無意識に振り返る。昼食になればショウタの好き嫌いを知っているように皿の中身を寄せ、本人がそれを指摘すれば「昔から面倒な舌をしているだけでしょう」と鬱陶しそうに返す。その一つ一つがあまりにも自然で、ショウタ自身ですら本当に昔からラムの弟だったような気がしてくるほどだった。
「ラム姉、僕のこと好き?」
「くだらないことを聞かないで。嫌いならとっくに庭へ捨てているわ。自分がどれだけ甘やかされているのか、少しは自覚なさい」
「じゃあ大好き?」
「調子に乗らない」
答えの代わりに頬を抓られた。
それがショウタには面白かった。
『聖餐』が書き変えたのは、ショウタが昔からラムの最愛の弟分だったという関係と、それに紐づく愛情、そして辻褄を合わせる記憶だ。けれど、それとは別に、今のラムは顔を覗き込まれれば一瞬だけ視線を止め、手を握られれば振り払うより先にその温度を意識し、距離を詰められれば近いと咎めながらも自分から離れようとはしない。昔から可愛がってきた弟へ向ける親愛の中に、昨日までは存在しなかった異性としての好意が、確かに混ざり始めていた。
夕食を終えたあと、ショウタは当然のようにラムの部屋を訪ねた。一度目は扉を閉められ、二度目は「こんな夜更けに何?」と呆れられ、それでも「眠くないから一緒にいて」と頼めば、最後には中へ入れてもらえた。部屋の中でもラムは仕事の続きをしており、ショウタが寝台へ勝手に腰掛ければ睨み、枕へ倒れ込めば靴を脱げと叱る。けれど、追い出しはしなかった。
「昔もこうやってラム姉の部屋来てた?」
「覚えてないの? ラムが寝ようとしているところへ勝手に潜り込んで、眠れないだの寒いだの寂しいだの、思いつく限りの言い訳を並べていたわ。今思えば、あの頃から性根が何一つ成長していないのね」
「じゃあ今日も一緒に寝よ」
「嫌よ。あなたの寝相が昔と同じなら、ラムの安眠に対する明確な敵対行為だもの」
「じゃあ寝ないで遊ぼ」
「その顔で素直に遊ぶだけなら、ラムもこんなに警戒しなくて済むのだけれど」
「ラム姉、僕のことよくわかってるね」
「不本意ながらね。何年あなたの面倒を見てきたと思っているの」
そんなことを言いながらも、ラムは仕事の手を止め、少し離れた椅子へ腰掛けたショウタの隣へ座った。昔から世話を焼いてきた弟としてなら、その距離は何も不自然ではない。けれど、今のショウタはその距離で満足するつもりがなく、手を伸ばしてラムの指を握り、嫌なら離していいと伝えた。
ラムは離さなかった。
「ラム姉。キスしていい?」
ラムは握られた手へ一度だけ視線を落とし、それからショウタを見る。呆れているような、困っているような、けれど本気で怒っているわけでもない顔だった。
「……昔よりは多少ましになったわね。少なくとも、勝手にする前に聞くだけの知恵は身についたようだし」
「じゃあいい?」
「一度だけよ。それで満足できないなら、あとは自分でラムをその気にさせなさい。弟だからという理由でそこまで甘やかす気はないわ」
「わかった」
「返事だけは昔から素直ね」
その一度で終わるかどうかは、あとは二人の問題だった。
一度だけのはずだった口づけは、それだけでは終わらなかった。ショウタが離れても、ラムの方がすぐには距離を離さず、もう一度近づけば今度は拒まない。そんなやりとりを何度か繰り返すうちに、昔から何度も世話を焼いてきた弟へ向ける気安さと、今までそこにはなかった別の感情が少しずつ混ざり始め、気づけば二人はいつもの姉弟分では済まない距離まで近づいていた。
それでもラムは流されるままにはならず、「本当に昔から手のかかる弟ね。今さら一つ増えたところで驚きもしないけれど、ラムが嫌だといったらその時点で終わりよ」といつもの調子で釘を刺し、その上で自分から離れなかった。
そうして夜が深くなる頃には、一緒にいるだけだったはずの二人はとうとう最後の一線まで超え、昔からラムが見てきた弟という関係へ、それまで存在しなかったもう一つの距離まで加わることになった。
最初は「一度だけ」と言っていたラム姉が、最後には呆れた顔のままショウタを追い出すこともせず、そのまま朝まで隣に置いてしまった――そんな夜だった。
翌朝、ショウタが目を覚ましたとき、ラムはすでに起きていた。寝台の端へ座り、いつもの無表情で髪を整えている姿だけ見れば、昨夜のことなど最初から何もなかったようにも見える。ショウタがもぞもぞと近づいて背中へ額を預けると、ラムは振り返りもせず、その頭を片手で押し返した。
「おはよう、ラム姉」
「ん、おはよう。ショウタ、朝からまとわりつかないでちょうだい。昨夜だけで十分ラムの睡眠時間を奪ったでしょう。これ以上迷惑をかけるなら、弟としての待遇を家畜まで引き下げるわよ」
「でも追い出さないんだ」
「一晩で捨てられる程度なら、昔の時点でとっくに捨てているわ。あなたがしぶとく残った結果、ラムが諦めただけよ」
「ラム姉やっぱり僕のこと大好きじゃん」
「朝から幸せな頭ね」
そう言いながら、ラムはショウタの跳ねた髪を指先で直してから立ち上がった。それ以上は何も言わない。昨日までとは違うとも、これからどうするとも、わざわざ説明しない。ただ朝食へ遅れるなと命じ、ショウタが布団へ戻ろうとすれば耳を引っ張って立たせ、そのまま自分の後ろを歩かせる。
昔から面倒を見てくれるお姉さんが欲しかった。
だから弟になった。
そのお姉さんが思っていたよりずっと可愛かったので、さらに好きになった。
ショウタにとっては、その程度の話である。
第二の人生は、また一つ充実した。