東方交縁稿 ~星を抱いた大鴉と、絆を織る人間~ 作:自由突破
よろしくお願いします。
俺は自由突破。創作関連の仕事をしている、
どこにでもいる普通の一般人だ
……だった、と言った方が正しいか。
そう自嘲気味に物思いにふけりながら、
俺は抜けるような青空を見上げた。
あの日、降り積もるタスクと
終わらない納期に追われ、
意識がブラックアウトした先は、
病院のベッドではなく──冥府の廊下。
その後、地獄の審判を経て転送されたのが、
活気にあふれる「人間の里」のど真ん中だった。
運良く里の入り口に立っていた俺を、
里の住人たちは驚きつつも受け入れてくれた。
過労でボロボロだった俺を救ったのは、
幼い頃から実家で手伝っていた
「農業」の経験だった。
現代の科学的根拠に基づいた
土壌管理や、効率的な連作障害の対策。
俺が育てる野菜は、この世界では
驚くほど「美味い」と評判になった。
さらに、前職のクリエイティブな技術も
意外なところで役に立った。
農閑期に頼まれて屋台の
装飾を塗り直したところ、
その緻密な塗装技術が
職人たちの目に留まったのだ。
「自由さん、あんたの塗った屋台は雨風に強くて、
何より色が綺麗だって評判だよ!」
俺が修理した屋台の大将に屋台酒を奢られ、
お得意様のミスティアには
「これ、新メニューの試作なんです!」と
八目鰻の蒲焼きを振る舞われる。
博麗神社の巫女に相応の寄進をして
「加護」という名の安心を買うこともできた。
だが、順風満帆に見える
俺の生活にも、一つだけ難点がある。
「冬が心配だな…」
現在、俺が住んでいるのは、
里の端にあるボロボロの屋敷だ。
人外の存在が跋扈する幻想郷において、
人間が安眠を約束される
「物件」は驚くほど高価だ。
野菜と塗装で貯めた金も、
日々の生活と機材に消えていく。
いつか、ちゃんとした家を構えるのが
今の俺の目標だった。
そんなある日のことだ。
地霊殿──地底に佇む壮麗な屋敷から、
旬の野菜の注文が入った。
地底への道は険しいが、
お得意様を無下にはできない。
俺は前日から入念に準備をして、
次の日に地霊殿を目指した。
──旧地獄の街道にて
地上から地底へと続く、
気の遠くなるような縦穴を下りきると、
そこに広がるのは陽の光を拒絶した
「もう一つの世界」だ。
「……相変わらず、空気が重いな」
俺は背負った荷籠の紐を締め直しながら、
旧地獄の赤茶けた大地を踏みしめた。
見上げる空──
いや、凍りついた巨大な岩盤の天井は、
どこからともなく湧き出す不気味な燐光と、
遠くの灼熱地獄跡から吹き上がる
地獄の業火によって、
禍々しい紫や紅に染まっている。
視界の端を過るのは、
地上ではあまりお目にかかれない
歪な形をした妖魔たちの影だ。
彼らは時折、ぎょろりとした剥き出しの眼球で
こちらを値踏みするように睨みつけてくる。
普通の人間が迷い込もうものなら
恐怖で足がすくむか、
あるいは一瞬で妖怪たちの餌食になるような、
文字通りの危険地帯。
嫉妬に狂う橋姫が潜むという深い谷や、
力こそが正義と謳う鬼たちが支配する、
本来なら命がいくつあっても足りない
反逆者の街。
しかし、俺はそんな視線を意に介さず、
一歩一歩、確実に
地霊殿へと続く街道を進んでいた。
「おい、あれって地上の……」
「ああ、自由突破の旦那だ。
手出しするんじゃねえぞ」
すれ違う下級の妖怪たちが、
ヒソヒソと声を潜めるのが聞こえる。
本来なら生きて帰れないはずのこの場所で、
俺は例外的に「安全な通行権」を得ていた。
理由は単純。
俺が地上の八百屋や飲食店を通じて、
地霊殿の住民だけでなく、
この旧地獄に住まう
一部の妖怪たちとも顔見知りであり、
彼らにとって「美味いものを供給してくれる
大事なお得意様」だからだ。
胃袋と利害関係を握るというのは、
ある意味でどんな武器よりも強い。
そして何より、この危険極まりない地底において、
俺には最大級の「後ろ盾」がいた。
頭に浮かぶのは、見上げるような
巨躯に、一本の鋭い角。
豪快に笑いながら酒を煽る、
旧地獄の四天王の一角
──星熊勇儀の姿だ。
彼女と初めて出会ったのは、
ミスティアの屋台だった。
流石にあの時は、放たれる
圧倒的なプレッシャーと
「鬼」という存在の威圧感に
心臓が止まるかと思った。
だが、そこで俺の生前の経験が
火を噴いたのだ。
幻想入りする前、
俺はしがないマイナーゲーム実況者だった。
画面の向こうの、顔も知らない
視聴者たちを言葉一つで引き込み、
楽しませるために、ゲーム画面を睨みながら、
あるいは下手なお絵描き配信をしながら、
必死にトークスキルを磨き続けた日々。
あの過酷な現代社会で培った
「どんな状況でも話を途切れさせず、
相手の懐に飛び込む喋りの技術」は、
伊達ではなかった。
『へえ! あんた、見た目の割に
面白い口を叩くじゃないか!』
俺が繰り出す絶妙な切り返しと、
現代的なユーモアを交えた小気味よいトークは、
退屈を嫌う鬼のツボに見事にはまった。
気づけば夜が明けるまで一緒に飲み明かし、
(俺はほとんどソフトドリンクだったが)
完全に意気投合していた。
別れ際、彼女は俺の肩を
壊れない程度の力で叩き、豪快に笑っていた。
『気に入ったよ、自由突破!
もしこの地底で生意気な
有象無象に絡まれて迷ったら、
遠慮なく私の名前を出しな!
私を探しに来てもいいからね!』
地底の絶対強者からの、
これ以上ない強力な推薦状。
おかげで、旧地獄の荒くれ者たちも、
俺に手を出すのは自殺行為だと理解している。
(昔取った杵柄とは、よく言ったもんだな……)
液晶画面に向かって
喋り続けていたあの孤独な時間が、
巡り巡って地獄で自分の命を救う盾になるとは、
人生分からないものだ。
俺は小さく自嘲の笑みを浮かべ、心の中で呟いた。
妖魔たちの蠢く不気味な視線を
背中で受け流しながら、
俺は一歩ずつ地霊殿へと続く街道を進む。
籠の中の新鮮な野菜たちが、
地底の熱気で萎れてしまわないうちに
届けてやらなければならない。
やがて前方に、地底の闇にそびえ立つ、
美しくも禍々しい地霊殿の館が見えてきた。
ありがとうございました。