東方交縁稿 ~星を抱いた大鴉と、絆を織る人間~   作:自由突破

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第8章:謝罪会見と、避難の地底行

 

 

紫の境界によって霧の湖から

我が家の跡地へと戻ってきた俺を待っていたのは、

数時間前までの過疎っぷりが嘘のような、

地鳴りのような喧騒と人だかりだった。

 

人間の里の住人から、どこから嗅ぎつけたのか

噂好きの妖怪たちまでが、

クレーターを取り囲むようにしてひしめき合っている。

 

そして、その異常な賑わいの中心で、

周囲の視線を一身に浴びていたのは──

信じられないことに、一列に並んで深々と頭を下げている

地霊殿の面々だった。

 

さとりは空の飼い主としての管理責任を果たすため。

空は今回の騒ぎを引き起こした張本人としての罪悪感から。

お燐はお空の監督不行届という、

親友としての連帯責任として。

……ちなみに、こいしは面白がって完全土下座をしている。

 

「シャッターチャンス、いただきました!

地底の主の謝罪、

これは歴史的な大スクープです!!」

 

人だかりの最前線では、

先ほど泣き腫らした顔をどこへやら、

文が「ビジネスモード」を全開にして

カメラのシャッターを狂ったように切りまくっていた。

 

「本っっっ当に、申し訳ありませんでしたっ!」

 

あの物静かで理知的なさとりが、

これまでの人生で誰も見たことがないであろうほどの、

大声で謝罪の言葉を口にする瞬間であった。

 

それを合図に、お空とお燐も

「ごめんなさいー!」「すいません!」と一斉に唱和する。

その異様な光景に、周囲の観衆から

「おいおい、マジかよ……」と大きなどよめきが沸き起こった。

 

ふと見ると、野次馬の中には、

先日、旧地獄街道の上層部で見かけた

下級妖魔たちの姿もあった。

彼らは俺の姿を指差しながら、

顔を青ざめさせてヒソヒソと

仲間内で囁き合っている。

 

「おい、見ろよ……あいつ、

地霊殿の古明地さとりを謝罪させてるぞ……」

「ホントに何者なんだよあの人間?

実はめちゃくちゃヤバイ奴なんじゃ……」

「ひぇぇ、こないだ絡まなくて

本当に良かった……命拾いしたぜ……」

 

勝手に膨れ上がっていく俺への恐怖と安堵、

そして根も葉もない考察の数々に、

俺は内心で盛大に頭を抱えた。

 

「さ、さとり……」

俺は小さく驚きと困惑の声を漏らし、

慌てて彼女たちの前に歩み寄った。

「ほら、みんなも頭を上げてくれ」

 

(困ったな……思ったよりも

大ごとになりすぎているぞ……)

 

ボロ家との突然の別れは確かにショックだが、

自分は前世から幻想郷に来てまだ間もない身だ。

失って困るような財産はほとんどない。

というか、一番大事な

現代知識の結晶や農具がしまってある

「離れの倉庫」が無事だったのだ。

 

実のところ、今日から住む場所が

無くなったということ以外は、

俺にとっては大した損害ではないと

言っても過言ではなかった。

 

畑だって、トウモロコシが数本折れて

実がいくつか落ちただけだ。

この程度、農業の被害のうちに入らない。

新しく住む家なんて、またにとりたちに

手伝ってもらって建て直すか、探せばいいだけの話なのだ。

 

時間とともに、人だかりは雪だるま式に大きくなっていく。

まるで幻想郷を揺るがす大異変でも起きているかのように。

いや、ある意味で目の前で

起きている状況は異変級なのだが。

 

「その、紫さん……どうすればいいですかね、これ……」

困り果てた俺は、すぐ側で優雅に

空間の「境界」に足を組んで

腰掛けている賢者に助けを求めた。

 

「そうねぇ。今回は本当にイレギュラーの連続だから、

あなたが困るのも無理もないわね」

紫は俺に同情するように細い目を緩めて微笑むと、

パッと扇を閉じてさとりたちを見下ろした。

 

「あとは私が適当に野次馬を散らして何とかしておくわ。

だからさとり、あなたは彼を『家』へ案内してあげなさい」

紫の指示の意図は明確だった。

 

これ以上人里で騒ぎを大きくしないため、

そして家を失った俺の身の振り方を、当事者である地霊殿で

じっくりと相談し合いなさい、ということだろう。

これ以上、幻想郷の賢者の手を煩わせるわけにもいかない。

 

「で、では……私たちの

家(地霊殿)に来てください。

お家の今後のこと、これからのこと……

お話の続きは、そちらでいくらでも、

責任を持って聞きますので……」

 

さとりはこの世の終わりを体現したかのような、

今にも消え入りそうな弱々しい表情で、

すがるように提案してきた。

 

周囲の気まずい視線、精神的な疲れ、

そして何より「誰も大怪我をしなかった」という

最大の安堵が混ざり合い、

俺は深くため息をついた。

 

「お、おう……。じゃあ、行こうか」

力なく返事を残し、俺は地霊殿の面々と共に歩き出した。

家を爆破した大鴉、胃が痛くなりそうなその飼い主、

付き添いの猫と無邪気な妹、

そして住処を失った一人の人間。

 

奇妙な5人の一行は、

静かな話し合いの場を求め、

再びあの熱気渦巻く地底世界へと

向かって足を勧めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

地底へと続く長い縦穴を通り抜け、

俺たちは今、地霊殿の広大な客室にいた。

灼熱の地獄の熱気を遮断する見事な大理石の部屋。

だが、室内の空気は別の意味で凍りついていた。

 

「もう本当に、何て……

何てお詫びをしたら良いのか……」

 

見ていて気の毒になりそうなほどに顔を青くしたさとりが、

消え入りそうな声で切り出した。

俺の目の前には、さとりとお空が

小さくなって並んで座っている。

 

一方で、俺のすぐ隣では、こいしが退屈そうに俺の左手を

両手でブンブンと掴んで揺らしていた。

もちろん、俺を傷つけないようにちゃんと加減はされている。

 

地底の旧地獄街道を通ってきた時のどよめきは、

思い出すだけでも胃が痛かった。

なにせ、地底の主とその家族という、

いわば地底の4大重鎮たちが、

1人の人間を物々しく

護衛するように付き添って歩いていたのだ。

 

街道の脇で遠目に様子を見ていた

星熊勇儀でさえも、驚きのあまり

愛用の盃を落として酒をこぼしていたし、

あの嫉妬の塊である水橋パルスィでさえも、

嫉妬心が完全に消え去った

普通の少女のような表情で目を丸くして

一行を凝視していたほどだ。

 

「さとり、住む所を探すのを

手伝ってくれさえすれば俺は十分だからさ。

そんなに気負わないでくれよ」

俺がどれだけ優しく説得しても、

何故かさとりの絶望に満ちた顔は晴れない。

 

「さとり様、代わりの家なら

いくらでも私たちでお兄さんに紹介できるから、

そこまで青ざめることはないんじゃないですか?」

主のあまりの衰弱ぶりを見かねて、

お燐が横から心配そうに声をかけた。

 

「……そういうわけには行かないわ、お燐」

さとりは重々しく首を振ると、

お空とお燐に向かって、

我が家の「全貌」を説明し始めた。

 

「あなたたちは知らないのでしょうけれど、

あの自由突破さんの家は……

元々“大円坊(だいえんぼう)”という、

かつて地上でとっても大きな権力を持っていた

一族が住んでいた、それはそれは

立派な武家屋敷だったのよ」

 

「え……?」

俺は初めて聞く我が家の新情報に、

思わず声を漏らした。

予想はしていたが、そんな凄い一族だったのか。

 

「私よりもさらに上位の、

古のさとり妖怪が人間に溶け込んでね。

人里離れた場所にひっそりと隠居するために、

当時の最高の職人を集めて建てさせた、

歴史的価値のある荘厳な大豪邸だったのよ。

それを……あんな跡形もなく

消し飛ばしてしまうなんて……」

さとりが言葉を少しずつ紡ぎ出すのを、

俺は感心しながら聞いていた。

 

いつの間にか、俺の左手を引っ張っていた

こいしの気配が綺麗に消えている。

ふと見ると、さっきまで閉まっていた

客室の扉が静かに開いていた。

まさに無意識。視線を向けるまで、

彼女が部屋を出たことに全く気づけなかった。

 

そんな俺の脳内には素朴な疑問が浮かんでいた。

(いや、でも、いくら元が名家だとしても、

あんなボロ屋敷の1つや2つ程度で、

地底の主がここまで絶望するほど

気負うことはないのになぁ……)

 

「っ……!」

 

その瞬間、俺の心を読み取ったさとりの肩が、

ビクッと大きく跳ね上がった。

彼女の顔色がさらに一段と土気色になり、

罪の意識でガタガタと震え始める。

 

「お、おいさとり、顔色が

とんでもないことになってるぞ!」

「大丈夫ですか、さとり様!?」

自由突破とお空が慌てて身を乗り出す。

 

「大丈夫なものですか……!

あ、あれほどの名家を、

“ボロ家の1つや2つ程度”なんて、

事も無げに言えるほどの方だったなんて……。

そんな規格外の御方に、

私たちは一体どうやって償いをすれば

良いのか分からないわ……っ!」

 

「あ……」

 

さとりのその言葉を聞いた瞬間、

俺はこれまでの会話に感じていた、

妙に壮大で大げさな「違和感の正体」に、

ようやく気が付いた。

 

時差ボケだ。

 

長寿な存在ならではの、

圧倒的な「歴史の時差ボケ」である。

さとりは当時の大豪邸だった頃の姿を記憶しており、

あの家が「今も名家だった頃の

荘厳な姿のまま残っている」と思い込んでいたのだ。

 

彼女はその後の歴史の中で、

あの立派な屋敷の住人が避難し、

やがて戦火に巻き込まれて荒れ果て、

現代では俺が引き継いで移り住んでいる、

ただのボロ家になっていたことまでは知らなかったのだ。

 

さとりの知っている「超豪邸」を、

俺が本心から心の中で「ボロ家」と呼んだため、

彼女のサードアイは『あの歴史的豪邸を

ボロ家呼ばわりできるほどの、

とんでもない財力か権力を持った

超大物人間』だと、

壮大な勘違いをしてしまったのだ!

 

「違うんださとり、

ちょっと落ち着いて聞いてほしいんだけど……」

俺は苦笑交じりに、

あの家の「現在のリアルな姿」を丁寧に説明した。

壁には穴が空き、隙間風が吹き荒れ、

屋根は崩れかけていた、

ただの貧乏なボロ家だったんだ、と。

 

実際にあそこを訪問し、

パカパカ(屋根の隙間)から入ろうとして

爆破した空も、「そうそう! ボロくて狭くて、

私の羽が引っかかっちゃうようなお家だったよ!」と

元気よく相槌を打つ。

 

「え……? 本当に……ただの、ボロ家だったの……?」

一通りの説明を聞き終え、

自分のサードアイが読み取った

情報の「文脈」をようやく

理解したさとりは、ポカンと口を開けた。

 

その後、一気に張り詰めていた緊張が解け、

見る見るうちに本来の

健康的な顔色が戻ってきた。

 

「な、なんだ……。てっきり私は、

途方もない歴史的建造物を

破壊してしまったのかと……。

良かった……いえ、良くはありませんけれど、

少し安心しました……」

さとりは胸に手を当てて、

ふぅーっと深い溜め息を吐き出した。

 

だが、勘違いによる心理的負担が減ったとはいえ、

俺が「住む場所を完全に失ってしまった」という

厳然たる事実だけは、何一つ変わっていない。

今日からの宿をどうするか、という現実的な問題が

目の前に横たわっている。

 

(……家が、なくなったか…)

 

ボロくて隙間風だらけで、冬が怖かったけれど、

あれは幻想郷に来てから知り合った、

親切な夫婦に譲ってもらったことにより、

初めて手に入れた「自分の家」だった。

これからどこを拠点に野菜を作って、

生きていけばいいのか……。

胸の奥に、予想以上に大きな穴が空いた気がした。

 

すると、その沈黙を破るように、

お空がポンと手を叩いて元気よく

椅子から立ち上がった!

 

「あ、そうだ! さとり様、

こういうのはどうですか!?」

 

自分の素晴らしいひらめきを発表しようと、

お空は、らんらんと目を輝かせて声を張り上げた。

 

 

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