東方交縁稿 ~星を抱いた大鴉と、絆を織る人間~ 作:自由突破
執筆中の小説のうち、三作品を試験的にpixivから転載完了。
反応次第で追加投稿を検討。
※一度の大量投稿は控えておきたいので、今回はここまでです。
それは、静謐を尊ぶ大人の社交場に
突如として投下された、
一発の熱核爆弾のような衝撃だった。
「えーーーーっ!? この限定スイーツ、
もう売り切れちゃったのーーー!?」
鼓膜を直接揺さぶるような、屈託のない、
しかし、あまりにも場違いな大声。
その瞬間、店内の「雅」は粉々に砕け散った。
俺の前後で静かに順番を待っていた、
あの底知れない威厳を放つ高位の妖怪たちでさえ、
一斉に肩を震わせ、
驚愕と当惑の入り混じった
面持ちで声の主を振り返る。
もちろん、俺も例外ではない。
反射的に首を巡らせ、
その賑やかな騒動の正体へと視線を走らせた。
そこにいたのは、地獄の奥底には
およそ似つかわしくない、
鮮烈な極彩色の少女だった。
清潔感のある白いブラウスに、
健康的な脚を覗かせる
鮮やかな緑のミニスカート。
頭上には彼女の象徴とも言える、
巨大な緑のリボンが鎮座している。
膝の裏にまで届きそうな
見事な漆黒のロングヘアーが、
背後でふわりと揺れていた。
その顔立ちは、驚くほど端正でありながら、
どこかあどけない童顔の面影を残している。
しかし、その双眸だけは──
燃え盛るような、射貫くような、
意志の強い真っ赤な紅に染まっていた。
肩から羽織った白いマントの裏地には、
まるで深淵の宇宙そのものを
切り取ってきたかのような、
星々が煌めく夜空の模様が広がっている。
最も目を引くのは、
子供のような叫び声とは正反対の、
あまりにも「完成された」その肢体だった。
俺とさほど変わらない高身長。
芸術的なまでに引き締まったウエスト、
豊満で存在感のある胸元。
そして短いスカートから伸びる
健康的な脚線美。
子供のような無邪気さと、
完成された女性の肢体が同居する、
強烈なギャップがあった。
だが、彼女をただの
「絶世の美女」として定義することを、
その異形たちが許さなかった。
ブラウスの中央、胸元の位置には、
まるで周囲を睨みつけるかのような
巨大な赤い宝石──
「サードアイ」とも称される
不気味な眼玉が埋め込まれている。
背中には黒く重厚な翼が広がり、
右腕に至っては、肘から先が
巨大な円筒状の制御棒によって
完全に覆い尽くされていた。
さらに、右足には禍々しいエネルギーの塊が
重力に逆らうように付着し、
左足の周囲には電子のような
青白い粒子がパチパチと音を立てて漂っている。
一目で分かる。彼女は、この世の理を超えた
「地底に太陽を作った黒い鳥」、
地霊殿の霊烏路空その人だ。
ニックネームは確か「お空」だったか。
人外の客が大半のこの店においても、
神の力を宿した彼女の存在感は
太陽のように独り歩きしていた。
彼女が放つ熱量は、聞き耳を立てるまでもなく、
店内の空気を媒介にして
周囲にその事情を伝えてくる。
どうやら、彼女のお目当ては
この店限定の「特大スイートポテト」だったらしい。
それがタッチの差で売り切れてしまったことが、
彼女にとっては世界の終焉にも等しい大事件なのだ。
「うぅぅ……食べたかったのにぃ……」
先ほどまでの絶叫が嘘のように、
彼女は力なくうなだれた。
あんなにも威風堂々としていたマントが、
そして頭のリボンさえもが、
彼女の激しい落胆に呼応するように、
まるで萎れた植物のように
ヘナヘナと垂れ下がっていく。
あんなにも恐ろしく、美しく、
そして圧倒的な力を秘めた
「神の火」の化身が、
たった一つのスイーツのために、
今にも泣き出しそうな
子供のような顔をして立ち尽くしている。
そのあまりにも純粋で、
どこか放っておけない「隙」だらけの姿に、
俺は呆気に取られながらも、
気づけば釘付けになっていた。
周囲を圧倒する威厳を放っていたはずの
「高名な妖怪たち」が、
今はただ呆然とした面持ちで、
嵐の中心に立つ彼女を注視している。
店の空気は完全に支配されていた。
しかし、それは恐怖による沈黙というよりは、
あまりにも規格外な存在を前にした際の
「思考停止」に近いものだ。
そこへ、店の奥の暖簾を勢いよく跳ね除け、
店長と思しき老練な妖魔が姿を現した。
その身に纏う妖力は、
先ほど俺が気圧されたどの客よりも濃密で、
並大抵ではない威圧感を放っている。
だが、そんな彼でさえ、今の状況には
大慌てで額に汗を浮かべていた。
「も、申し訳ありません、空様!
限定品はあいにく早い者勝ちという決まりでして……!」
「左様でございます! また来週、
また来週には必ず、今日よりも多めに焼き上げますので……!」
複数の店員が、まるで火の粉を
振り払うかのように必死で頭を下げ、
謝罪の言葉を投げかけているのが
断片的に聞こえてくる。
これだけの騒ぎ──
しかも、知性と静寂を重んじる
この名店の空気を一瞬でぶち壊したとなれば、
並の地底住民であればタダでは済まないだろう。
店長に裏へ連れて行かれるか、
他の買い物客達の権力と実力に囲まれ
二度と日光、否、ここでは地獄の光を
拝めなくなるのがオチだ。
だが、彼女だけは明確に「例外」だった。
地霊殿──この地底を統べる
古明地さとりの眷属であり、
核融合という神の火を宿した究極の番人。
そのビッグネームは、店員のみならず、
店内の猛者たちをも一様に沈黙させるに
十分すぎる重みを持っていた。
「むうぅ……。でもぉ、私、
これのために今日頑張ったのに!」
納得がいかない様子で、
空は背中の大きな黒い翼と、
右手の巨大な制御棒を
ブンブンと力任せに振り回した。
その仕草自体は、駄々をこねる
子供のそれと同じで、どこか可愛げすらある。
しかし、そこから生み出される
物理的なエネルギーは、
冗談では済まされないものだった。
(うおっ……!)
制御棒が空を切るたびに、
周囲に巻き起こる猛烈な風圧。
店内の重厚なカーテンが激しくなびき、
陳列された菓子箱がガタガタと音を立てて震える。
俺は咄嗟に身を低くし、手元の籠を死守した。
(なんて腕力だ……。魔法や神の力以前に、
あの腕を振り回す力だけで、
大抵の妖怪は沈んでいるぞ……)
その破壊的なまでの生命力に戦慄しながら、
俺は彼女の姿を冷静に
分析せずにはいられなかった。
あのはち切れんばかりの肉体は、
ただの飾りではない。
内包する莫大な熱量に耐えうる「神体」なのだ。
店員たちが「来週! 来週ですから!」と必死になだめ、
彼女の機嫌を損ねて地底に
第二の太陽が生まれるのを
阻止しようと躍起になっている中、
空の動きがぴたりと止まった。
不満そうに尖らせていた唇がわずかに開き、
何かに気づいたように、彼女の首が
ゆっくりとこちらへ回転する。
その瞬間だった。
燃え盛るような真紅の瞳が、
真っ直ぐに俺を射抜いた。
地底を支配する圧倒的な熱気と、
その中心にある純粋無垢な瞳。
籠いっぱいにお菓子を詰め込んだ
「ただの人間」である俺と、
限定スイーツを逃して
落胆の底にいた「神の鳥」。
周囲の喧騒が遠のき、
俺の心臓が警鐘を鳴らす。
逃げ場のない視線の交差の中で、
彼女の鼻がヒクリと動き、
俺の持つ籠へ、そして俺自身の顔へと、
その興味の矛先が明確に
シフトしたのが分かった。
運命が加速する音が、
地獄の底に静かに響いた。
「あーーーーーーっ!!!!」
鼓膜が震え、脳が揺れるような、
今日一番の絶叫。
その声が放たれた瞬間、空の姿がブレた。
突風を伴うほどの爆発的な脚力で、
彼女は迷いのない最短距離を──
そう、この俺を目掛けて突進してきたのだ。
店内の時間は凍りついた。
会計を待っていた大妖怪たちも、
必死になだめていた店長も、
全員の視線が一本の線となって、
空の突進の先……
すなわち「俺」という一点に集中する。
その視線の重圧だけで、
心臓が止まりそうだった。
(な、なんだ!? 何で俺なんだ!?)
思考がパニックを起こし、
脳内が真っ白に染まる。
もしかして、あまりにまじまじと
彼女の姿を見ていたのがバレたのか?
だが、あれだけの異形と
完成された肉体が目の前にあれば、
誰だって目が釘付けになる。
現に、さっきまで周りの連中だって
俺以上に穴が開くほど
彼女を見ていたじゃないか。
俺が何か、この地底の禁忌に触れるような
不敬を働いたとでもいうのか?
それとも、人間の分際でこの店に
足を踏み入れたこと自体が、
彼女の逆鱗に触れたのか?
「くっ……!」
反射的に体が拒絶反応を示し、
足が後ろへと下がる。
しかし、背後には他の客が並んでおり、逃げ場はない。
俺は本能的に、せっかく手に入れた
「戦利品」であるお菓子の籠を胸元に抱え込み、
その無事を確認するように力を込めた。
今の俺にできるのは、ただ立ち尽くし、
嵐が通り過ぎるのを待つことだけだった。
だが、空の勢いは止まらない。
目の前に迫る彼女の姿は、
遠くから見ていた時よりも
遥かに大きく、圧倒的だった。
燃えるような真紅の瞳は、
怒りに燃えているというよりは……
何かに取り憑かれたような、
恐ろしいまでの「熱」を帯びて輝いている。
マントが翻り、右手の制御棒が目前まで迫る。
最大の危機を感じたその瞬間、
空は俺の鼻先数センチという、
パーソナルスペースを完全に
蹂躙する距離でピタリと足を止めた。
熱い…!
彼女の呼吸の熱さが直接肌に伝わってくる。
豊かな胸元に埋め込まれた
「サードアイ」の赤い眼球が、
まるで見定めるように俺を凝視している。
(死んだ……ここで蒸発して終わりか……!?)
周囲の妖怪たちの視線は、もはや好奇の目から
「哀れな人間が消える瞬間を見届ける」という
冷酷なものに変わりつつある。
俺の動揺は最高潮に達し、
額からは滝のような汗が流れ落ちる。
心臓は、これまでの人生で
一度も経験したことがないほどの速さで
警鐘を打ち鳴らしていた。
そんな俺の焦りなど露知らず、
空はグイッと顔をさらに近づけてきた。
そして、彼女の視線が俺の顔から、
胸元に抱えた「あるもの」へと
ゆっくりと落ちていく。
「お、お兄さん……! それ……それっ!!」
彼女の指が、身構える
俺の腕の中にある「籠」を指差した。
その真意を測りかねる俺の前で、
彼女の真っ赤な瞳が、キラキラとした、
まるで子供が宝物を見つけた時のような
輝きに塗り替えられていった。
「スイートポテトだ! こんなに! たくさん!」
至近距離から放たれた
その叫びを聞いた瞬間、
俺を支配していた凍りつくような恐怖は、
一瞬で霧散した。
(……なんだ、そういうことか)
一気に脳が冷え込み、
いつもの「冷静な自分」が
戻ってくるのを感じる。
俺は無意識に抱え込んでいた
籠の中へと視線を落とした。
そこには、周囲の雅な菓子たちとは一線を画す、
無骨ながらも黄金色に輝く
重量級の菓子が鎮座していた。
一段と濃厚な、バターと
芋の焼ける香りを漂わせている。
思えば生前、実家で農業を
手伝わされていた頃、
規格外で余ったさつまいもをどうにかしようと、
見よう見まねで何度も
作ったのがスイートポテトだった。
俺にとっては単なるスイーツ以上の、
懐かしい記憶が詰まった特別な食べ物。
だからこそ、棚にあるのを見つけた時、
吸い寄せられるようにすべて
──自分用の1つと、
日頃世話になっている
里の連中への土産として4つ、
計5つを買い占めてしまったのだ。
「いいなぁ・・・あ、初めまして、お兄さん。
そのスイートポテト、一人でそんなに食べちゃうの?」
さっきまでの地底を震わせる咆哮が嘘のような、
間の抜けるほど無邪気な問いかけ。
それでも、唐突に現れた見知らぬ人間に
「初めまして」と挨拶ができるあたり、
地霊殿での教育……
あるいは彼女自身の育ちの良さが垣間見える。
だが、その燃えるような赤い瞳は、
俺の顔ではなく、完全に
スイートポテト一点にロックオンされていた。
「まさか。4つはお土産にするつもりなんだよ」
俺がそう答えると、空の表情からは
先ほどまでの不満が綺麗に消え去り、
代わりにしおしおとした諦めの色が浮かんだ。
「お土産かぁ……それなら、しょうがないね……」
そう言ってうなだれる彼女の姿を見て、
俺は思わず毒気を抜かれた。
なんだ、この感覚。既視感がある。
わがままで、直感的で、
でもどこか憎めない……。
そうだ、昔よく面倒を見ていた
親戚の従姉妹の妹たちにそっくりなのだ。
そう思った瞬間、あれほど恐ろしかった
「核融合を操る地獄の鴉」が、
ただの「手のかかる子供」に見えてきた。
「……お空、だったっけ?」
地霊殿への配達で
名前だけは何度も耳にしていたが、
本人と話すのはこれが初めてだ。
「うん、そうだよ!」
素直に頷く彼女を見て、
俺は自分でも驚くほど自然に、
まるで幼子の面倒を見るような
口調で言葉を紡いでいた。
「ほら、そこの籠。目の前に持ってきて」
「? はぁい」
お空は不思議そうに
小首を傾げたが、素直に従った。
彼女は右手の巨大な制御棒が邪魔で
籠をうまく持てないことに気づくと、
迷いなくその物々しい大砲を取り外し、
近くの傘立ての隣に
「ガコンッ」と立てかけた。
その無防備な行動と、
言われるがままに籠を差し出す姿に、
店内の妖怪たちが
「おい、あの人間、空を飼い慣らしてやがる……」
とでも言いたげにどよめくのが伝わってくる。
「はい。 地霊殿の皆で食べな」
俺は自分の籠から、
黄金色の「お目当て」をすべて取り出した。
そして、彼女の持っている籠の中へと、
胸元に触れないよう細心の注意を払って
そっと移し替えた。
空は一瞬、何が起きたのか
分からないといった風に
キョトンとしていたが、状況を理解すると、
今度は一転して申し訳なさそうな顔になった。
「えっ、お兄さん……これ、いいの?
さっきお土産って……」
「いいよ。これじゃなきゃダメだ、なんてことはないし。
頼まれたお菓子は全部この中にあるから問題ないさ」
俺が笑って答えると、
空の表情は爆発するように輝いた。
「わああああぁあぁ! ありがとうお兄さん!」
元気に礼を言うと、
彼女はスキップでもしそうな勢いで
列の最後尾へと向かっていった。
俺の後ろに並んでいた客たちの肩越しに、
順番を待つ空の大きな黒い翼だけが、
歓喜を抑えきれない様子で
パタパタと嬉しそうに動いているのが見える。
そのあまりに単純で純粋な喜びように、
俺は「ふっ」と小さく笑い、
自分の番が来た会計台へと足を進めた。
過労で命を落とし、辿り着いたこの世界。
ボロボロの空き家暮らしで
前途多難だと思っていたが、
どうやらこの地底の太陽と仲良くなるのは、
それほど難しいことでは…なさそうだ。