東方交縁稿 ~星を抱いた大鴉と、絆を織る人間~   作:自由突破

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お空サイドの物語です。


番外編2:不器用な太陽、核熱に爆ぜる

 

弾むような足取りで旧地獄の街道を駆け抜け、

我が家である地霊殿の重厚な門をくぐった空は、

胸の高鳴りを抑えきれずにいた。

 

その両手には、あのお菓子屋の紙袋が大事そうに抱えられている。

中に入っているのは、地獄の奥地でも一、二を争う

極上の味わいと名高い、黄金色に輝く大好物――

スイートポテトが5つ。

 

いつもなら自分の分として2、3個買うのが関の山だったが、

今日は特別な「縁」があった。

見ず知らずではあるが、とても温かい目をした

人間の「お兄さん」が、自らの分をすべて譲ってくれたのだ。

 

(えへへ、せっかく5個全部買えたんだもん。

私は贅沢に2個食べちゃって、あとはさとり様とお燐、

それにこいし様と一緒に食べようっと!)

 

そんなウキウキとした幸福な青写真を描きながら、

空は大切なお宝をひんやりとした保冷箱へと滑り込ませた。

 

極上のスイーツを手に入れた充実感。

そして地獄の底特有の熱気の中で

かいた汗を早く流してしまいたくて、

彼女はそのまま地霊殿が誇る大温泉へと向かった。

 

 

 

 

 

 

広々とした脱衣所に足を踏み入れるなり、

空は弾むような動作のまま、

一切の躊躇なく身に纏った衣類を脱ぎ去った。

 

ただ「あー、身体が楽になった!」と言わんばかりの表情で、

肌を隠そうともせずにバスタオルを引ったくり、

浴場へと足を踏み入れる。

 

ガラガラと扉を開けた先に広がるのは、

地上の名だたる大手旅館をも凌駕する、

息を呑むほどに広大な大露天風呂。

 

もうもうと立ち上る真っ白な湯気が視界を幻想的に遮り、

岩の隙間から途切れることなく注がれる源泉が、

静かに波紋を広げる音が耳に心地よく響く。

 

空は手際よく頭と身体を洗い流すと、

膝の裏まで届く見事な漆黒のロングヘアーが

湯船に浸かってしまわないよう、

手掴みで豪快にまとめ上げた。

それをバスタオルで包み込み、

頭頂部でぐるぐると巻き固定する。

 

結果として、驚くほど端正な童顔の上に、

まるで「もう一つの頭」が乗っかっているかのような

巨大な膨らみが出来上がり、

そのグラマラスな身体とのギャップも相まって、

どこかシュールで愛らしい姿へと変貌を遂げていた。

 

「はふぅ~~……っ」

 

ザパーン、と豪快に湯を溢れさせながら、

空は肩まで深く湯船に浸かった。

 

ピリリと肌を刺激する濃厚な温泉の成分が、

今日一日の心地よい疲れを芯から溶かしていく。

 

しばらくの間、空は湯船の湯気の中で、

自分の豊かな二つの双丘が

まるで「お湯に浮かぶ浮島」のように

なっているのをぼんやりと眺めていた。

 

彼女の頭の中は、先ほどのお菓子屋での

出来事でいっぱいになっていた。

 

「……お礼、言いそびれちゃったな……」

ぽつりと、空の口から独り言が漏れる。

 

本当は、あのお兄さんがお会計を終えてお店を出ようとしたら、

ちゃんともう一度一言「ありがとう」を言うつもりだったのだ。

けれど、お兄さんはお会計のあと、

なぜかお店の奥の部屋へと案内されて行ってしまい、

空自身のお会計が終わっても一向に出てこなかった。

 

(何か悪いことでもあったのかな……?

でも、そんな雰囲気じゃなかったし……。

あんまり遅くなるとさとり様が心配しちゃう…)

そう思って、後ろ髪を引かれながらも

仕方なくお店を諦めて出てきてしまったのだ。

 

湯船の中で、空は両足をピンと伸ばしたり、

きゅっと縮めたりしながら、

先ほどの自分の振る舞いを思い返していた。

湯気で上気した頬が、少しだけ別の理由で赤くなる。

 

「ふふっ、でも……やったぁ! 念願のスイートポテト!」

 

さとり様やお燐からは「食べ過ぎはめっ!」と

厳しく言われている、週に一度だけの大切なお楽しみ。

いつもなら、どんなに遅い時間でも

少なくて3個から5個は必ず残っているはずなのに、

今日に限って棚に一つもなくて本当にびっくりしてしまった。

世界の終わりかと思うほどショックで、

思わず我を忘れて大声を出し、駄々までこねてしまった。

 

(あんなに翼や制御棒をぶんぶん振り回しちゃって……

今思うと、すっごく子供っぽくて恥ずかしいなぁ……)

 

空は湯船に口元まで沈み込み、

ぷくぷくと泡を立てながら猛烈に反省した。

大妖怪たちが並ぶ静かなお店で、

あんなに騒ぎを起こしてしまったこと。

そして何より――。

 

(代わりにお兄さんのスイートポテトを、

私が強引に取っちゃう形になっちゃったんだよね。

お土産にするって言ってたのに。

私、悪いことしちゃったかも……)

 

あのお兄さんが迷わず自分の分を分けてくれたおかげで、

自分だけでなく地霊殿の全員の分まで買うことができた。

それは本当に飛び上がるほど嬉しかったけれど、

その裏で、優しいお兄さんの楽しみを

奪ってしまったのではないかという罪悪感が、

温泉の熱とは別に、胸の奥をチクリと焦がしていた。

 

それから、もう一つ。

空の心を不思議な感覚で満たしているものがあった。

 

あのお兄さんは、地霊殿の親しい仲間しか

呼ばないはずの「お空」というニックネームで、

ごく自然に自分を呼んだ。

 

それから、大きな制御棒を外すように

「籠を持ってきて」と、まるでお世話をするように

優しく指示を出して、「ほら」とスイートポテトを移してくれた。

 

あの時、お兄さんの口から発せられた、

低くもさわやかさを感じさせる優しい声。

それが、なぜか今でも耳の奥に残っていて、妙に心地よかった。

 

普通なら、初対面の人間からいきなり愛称で呼ばれれば

「勝手に呼ばないで!」と怒り出すところだ。

地底の太陽を司る烏としてのプライドだってある。

けれど、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

むしろ、さとり様やお燐が、

いつも自分に話しかけてくれている時のような、

親近感と安心感すらそこにはあったのだ。

 

「ううん、やっぱりこのままじゃダメだもん!」

 

ザパーッ!! と、

空は地鳴りのような音を立てて

勢いよく湯船から立ち上がった。

湯の雫を弾きながら、彼女は脱衣所へと

脱兎のごとく早足で戻っていく。

 

この後、空はあの大好物を一つだけ

(お燐に見つからないように美味しく)食べて、

綺麗に歯を磨き、自室のベッドの上で

ゴロゴロと転がることになる。

 

(明日! 明日になったら絶対に、

地上の人里までお兄ちゃん……じゃなくて、

お兄さんにお礼を言いに行かなきゃ!)

 

ベッドの上脚をパタパタと揺らしながら、

空の心は明日という未来に向けて、

太陽よりも熱く燃え上がっていたのだった

 

 

 

 

 

 

翌朝、地底の天井を満たす禍々しい淡い光が

わずかにその色を変え、地霊殿に「朝」が訪れた。

 

空はいつもなら二度寝の誘惑に負けて

ベッドで泥のように眠っている時間だというのに、

この日に限っては跳ね起きるようにして目を覚ました。

 

頭の中は、昨夜温泉の中で固く決意した

「地上のお兄さんへのお礼作戦」でいっぱいだったのだ。

 

パジャマ代わりにしていた

薄手のキャミソールを勢いよく脱ぎ捨てると、

ブラウスの袖に腕を通し、

スカートのジッパーを上げる。

 

鏡を見ることもなく、ただ一刻も早く

地上へ向かいたいという一心で身支度を整える。

 

「おー空ー! 朝ご飯だよー!

あれ? 今日は早く起きたのかい?」

 

部屋の扉が開くと同時に、

地霊殿の苦労人であり、空の親友兼ストッパーでもある

お燐(火焔猫燐)が顔を出した。

お燐は、すでに出かける準備を完璧に整え、

心なしか鼻息を荒くしているお空を見て、

ふたつの猫耳をピクリと動かした。

 

「お空、あんたもう着替えて……って、

ちょっと待ちきな! 腕! 制御棒がないよ!」

「え? うわっ、本当だ!」

お燐に指摘されて初めて、

空は自分の右腕に違和感を覚えた。

 

いつもならずっしりとした重量感と共にそこにあるはずの、

あの巨大な円筒状の制御棒――

「第三の足」が影も形もないのだ。

 

「あ、あれぇ……? お菓子屋さんで、

お兄さんに籠を持って来てって言われて、

邪魔だから傘立ての横に置いたのは

覚えてるんだけど……」

「置いてきぼりにしてきたのかい!?

あんたねぇ、自分の主武装を忘れて

お菓子だけ持って帰ってくるなんて、

いくらなんでもお気楽が過ぎるよ!」

 

お燐が額を押さえて盛大にため息をつく。

空は「うう、ごめんなさい……」と

頭のリボンをしおしおと垂れ下げ、

昨日の店での子供っぽい駄々こねに続き、

またしても大失態を演じてしまったことに

猛烈な恥ずかしさを覚えた。

神の火を宿す地霊殿の番人として、あまりにも情けない。

 

だが、そんなふたりのやり取りを聞きつけて、

廊下から静かな足音が近づいてきた。

 

「ふふ、お燐、そう怒ってあげないで。

その忘れ物なら、もうここにあるわよ」

 

現れたのは、地霊殿の主である

古明地さとりだった。

その手には、見覚えのある重厚な鉄の塊――

空の制御棒がしっかりと携えられていた。

 

「えっ、さとり様! なんでそれを!?」

「昨日、貴方にスイートポテトを譲ってくれた

『自由突破』さんが、わざわざここまで届けてくれたのよ。

貴方が大喜びで忘れていったからって、苦笑いしながらね」

 

さとりの言葉を聞いた瞬間、空の真っ赤な瞳が

これ以上ないほど大きく見開かれた。

胸の奥が、温泉に入った時よりも急激に熱くなる。

 

(お兄さん……わざわざ地霊殿まで、

あの重たいのを届けてくれたんだ……)

 

ただでさえ自分の分のスイーツを譲ってもらったのに、

その上、自分の不手際の片付けまでさせてしまった。

嬉しさと、ありがたさと、そして自分のふがいなさに対する

申し訳なさが一気に押し寄せ、

胸元が感情の起伏に合わせて激しく上下する。

 

「本当に、優しくて奇妙な人間さんね」

さとりはサードアイを揺らしながら、

昨夜の自由突破との短い邂逅を

思い返すように微笑んだ。

 

「心を読んでも、そこにあるのは

お空を心配するお兄ちゃんのような温かい情ばかり。

お空、お礼を言いに行きたいのでしょう?

だったら、朝ご飯を食べたら地上に行ってきなさい。

この制御棒も、今度は忘れないようにね」

「はいっ!!」

空は元気よく返事をすると、

さとりから制御棒を受け取り、

カチリと右腕に装着した。

ずしりとした馴染みのある重みが腕に戻ってくる。

けれど、その冷たいはずの鉄の筒は、

どこか昨夜お兄さんが触れてくれたかのような、

仄かな温もりを帯びているように感じられた。

 

(待っててね、お兄さん!

私、今度こそちゃんとお礼を言うんだから!)

 

地上の人里へと続く遠い道のりすら、

今の彼女にとっては飛び跳ねたくなるような

遠足の路頭でしかなかった。

空の心は、まだ見ぬ地上のお兄ちゃんへ向けて、

まっすぐに加速を始めていた。

 

 

 

 

 

 

地霊殿の、あのどこか寂寥感を孕んだ

温泉の湯気の匂いが、

まだ肌の奥に微かに残っているような気がしていた。

 

霊烏路空の胸の内で、

昨日からくすぶり続けている熱は、

彼女が内包する核融合のそれとは

全く質の異なるものだった。

 

地中から這い出て、抜けるような五月の青空へと

一気に舞い上がった瞬間、

網膜を刺した地上特有のまばゆい陽光。

 

肌を撫でる風は冷涼で、

けれど、彼女の頬は内側からせり上がる

気恥ずかしさと高揚感で、

りんごのように赤く染まっていた。

 

(お礼、今度こそちゃんと言うんだ……!)

 

上空千メートル以上。

雲が足元を白く流れる高所で、

空は大きく翼を広げて滞空した。

網膜に映る幻想郷の景色は、

緑と茶色のパッチワークのようだ。

 

空は決して、世間で言われるほどに

知能が低いわけではない。

忘れっぽいのは事実だが、

射命丸文と同じ「天狗に近い大鴉」の血を引く者だ。

上空からの広大な俯瞰図を脳内で処理し、

瞬時に冷静な分析を開始する。

 

(お兄さんは確か、地上の市場に

野菜を卸してるって言ってたよね。

なら、人間の里の近くで、野菜を作っている畑を

手当たり次第に探していけば……

消去法でお兄さんの家が見つかるはず!)

 

視界を凝らし、鼻腔をくすぐる大地の匂い――

湿った黒土と、青々とした葉の匂いを五感で感知する。

地底の焦げ付いた硫黄の臭いとは違う、生命の匂いだ。

 

一つ目、二つ目、三つ目の畑を飛び越え、

四つ目の広大な畑を見つけたその時だった。

空の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。

 

(あっ、見つけた……!)

 

遥か眼下。

人里の隅に佇む、古びてはいるが

どこか手入れの行き届いた一軒のボロ屋敷。

その庭先で、一通りの農作業を終えた男──

自由突破が、汗を拭いながら家に戻っていく姿が、

空の自慢の鋭い鳥目にしっかりと捉えられた。

あの、低くもさわやかさを感じさせる優しい声の主。

 

しかし、空は何かの気配を感じて

彼の家から少し離れた所に降り立った。

木々の隙間から玄関へと視線を巡らせた瞬間、

お空の全身の毛羽が逆立った。

 

彼の家の玄関と思われる、瓦の屋根の上。

そこへ、音もなく滑り込んでいく「黒い影」があったからだ。

 

(えっ……!? まさかドロボウさん……!?)

空は咄嗟に近くの茂みに身を隠し、

右腕の制御棒をいつでも構えられるよう身構えた。

心臓が早鐘を打つ。

 

お兄さんの大切な家を荒らす奴なら、

地底の火炎で灰にしてやる──

 

そう息巻いたが、目を凝らして

その影の正体を視認した瞬間、

空は「なぁんだ……」と、

張り詰めた空気を一気に吐き出した。

 

(新聞のお姉さんか……)

 

「ホヤ」……いや、「ボラ」……だったか?

名前は全く思い出せないが、

地霊殿にも時折やってくる、

あの文々。新聞の記者天狗であることは分かった。

 

屋根の上から現れた文は、慣れた手つきで

屋根の隙間から中へと入っていく。

わざわざ「お邪魔しまーす♪」と言っているあたり、

どうやら不法侵入ではなく、

日常的な交流の一環のようだった。

 

(へぇ……地上の人間さんの家って、

あそこから入るのがマナーなのかな……?

あ、そうか!お兄さんの家が特別なのかも!)

地底の地霊殿しか知らない空の純粋な脳細胞は、

天狗の変則的な侵入方法を

「正式な訪問手順」として誤認してしまった。

 

(よし、私も行こう!)

 

空は茂みから出た。

しかし、その瞬間、彼女の下腹部から

「きゅ~う」と、なんとも情けない音が鳴り響いた。

 

昨日からスイートポテトのことばかり考えていて、

朝食もそこそこに飛び出してきてしまったのだ。

凄まじいエネルギーを消費する

彼女の肉体は、極限の空腹を訴えていた。

 

(うぅ……しょうがないなぁ。

このお腹じゃ、いいご挨拶ができないもん。

何か軽い軽食でも、人間の里で食べてこよう)

 

場所さえ分かれば、あとは再び尋ねるだけ。

空は一転して、食欲という名の本能に従い、

一度人間の里の賑わいへと翼を向けた。

 

 

 

 

 

 

里の屋台で食事を取り、エネルギーを満たした空は、

今度こそ迷いなく自由突破の家を目指した。

場所は既に頭の地図に刻まれている。

あっという間に、あのボロ屋敷の前に戻ってきた。

 

空が先ほどの地点に降り立つと、

ちょうど文が再び屋根から

飛び去って行く所だった。

 

(これで家にはお兄さん1人。チャンスだ!)

 

意を決して茂みから飛び出し、

先ほど文が現れた、まさにその場所に舞い降りた。

足元を見ると、確かに瓦が一部剥げており、

古い木製の板がむき出しになっている。

腐りはないものの、そこそこ損傷と劣化が進んでいる。

 

「おっ、お邪魔しまぁ~す…」

 

恐る恐る指先を伸ばし、その板に触れてみる。

すると、ガラガラと引き戸のようにその板が横にスライドし、

大人が一人通れる程度の、暗い隙間がパカっと現れた。

 

(なるほど! あのお姉さんは、

ここから出入りしていたんだ!)

 

空は自分の番だと言わんばかりに、

頭からその隙間へと身体を滑り込ませようとした。

――だが、途中でピタリと、

物理的な抵抗によって動きが止まってしまう。

 

「ひゃうっ……!?」

何かが引っかかっている。

空は暗闇の中で自らの胸元に視線を落とした。

 

胸が、古い板と板の間に完全に挟まり、

これ以上の侵入を拒絶していたのだ。

 

空が焦って身体を前後させると、

板に圧迫された胸が古い木材と擦れ合い、

小さく悲鳴のような摩擦音を立てる。

 

空は夢中になるあまり、すっかり失念していたのだ。

そこが、人は人でも

「“普通の”細身な人間」が入れる程度の

隙間でしかないということを。

 

射命丸文はやや細身で、

天狗の羽も小さく折り畳むことができる。

しかし、空の身体はあまりにも

「完成されすぎた」大人の体であり、

背中には黒く重厚な大鴉の翼があるのだ。

 

「う、動けない……!

んんーーっ! 抜けないよぉ……!」

焦った空が、ふんっ、と力任せに

上半身を引き抜いた瞬間、

バキバキという破壊音と共に、

周囲の古い瓦がさらにいくつか

剥がれ落ち、地上へと落下していった。

 

幸い、大きな音にはならなかったが、

家の中からはまだお兄さんの気配がしている。

こんな情けない姿を見られるわけにはいかない。

 

ちょうどその時、自由突破が裏口から出てきて

遠くの畑を目指して家を離れて行った。

 

(見つかっちゃったら大変だ!

あとでちゃんと直しておかないと!)

 

お空は隙間の上で息を潜めて心臓の鼓動を抑え、

彼の気配が完全に消えるまで、

ただじっと耐えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

自由突破が遠くの畑に到着し、

河城にとりや魔理沙、

アリス、パチュリーといった面々と

「新型肥料」の開発について

真剣な相談を始めた頃。

 

ボロ屋敷の屋根の上では、

地底の太陽が、実に短絡的な結論に達していた。

 

(上がダメなら……今度は下からだ!)

 

よせばいいのに、空は今度は

足からその隙間へ入ろうと試みた。

狭い隙間に脚をねじ込む際、

周囲の板と柱に衣服が引っかかり、

緑色のミニスカートが容赦なく捲れ上がる。

 

「ふんっ……! これなら……!」

 

下半身を強引に押し込み始めた空だったが、

またしても、ある一点で肉体が強固にロックされた。

 

「あ……おしり、ひっかかっちゃった……」

今度は、彼女のお尻が隙間に

完全に挟まってしまったのだ。

 

しかし、空の瞳に絶望はなかった。

さきほど、胸で周囲の木材を圧迫したおかげで、

隙間自体は少しだけ広がっている。

 

(あっ! これなら、いける!)

 

空はさらに奥へと体重をかけた。

その刹那――。

 

ミシミシミシ……バッキーン!!!!

 

家全体が震えるような大音響と共に、

古い木枠が一気に崩壊した。

 

空の大きな黒い翼さえも邪魔にならないほど、

その隙間は「破壊」によって拡張され、

空の身体は重力に従って、

一気に下の暗闇へと落下した。

 

「きゃっっ!!? い、いたいっ!!!」

空の短い悲鳴が、

無人の玄関に響き渡る。

 

地底の大妖怪といえど、無敵ではない。

崩壊した板と柱の繋ぎ目から、

錆びついた長い釘が数本、

牙のように露出していたのだ。

落下の衝撃で、空の自慢の黒い翼の根元が、

その釘に深く引っかかってしまった。

 

空は、地面に足がつかないまま、

羽だけで釘に引っかかった状態で、

無様に宙吊りになってしまったのだ。

無理な破壊を重ねた、当然の代償だった。

 

「ううっ、離して! 離してよぉ!」

宙空で手足をバタつかせ、暴れれば暴れるほど、

釘が翼の肉に食い込み、激痛が走る。

 

五感が痛みに支配され、涙目でパニックに陥った空は、

ついに最終手段に出ることを決意した。

 

(核のエネルギーで……

あの釘だけを、焼き切っちゃえばいいんだ!)

 

右腕の制御棒――あの大砲の銃口を、

上の釘に向けて狙いを定める。

エネルギーを一点に収縮させ、

凝集光(レーザー)として照射し、

ピンポイントで金属を溶断する作戦だ。

 

じりじりと、制御棒の先端から

「キィィィン」という鼓膜を刺すような

高周波のチャージ音が鳴り響き、

緑色の禍々しい熱核エネルギーの

光弾が生み出されていく。

 

(とんでもないことをしでかした事は、

後でお兄さんにいっぱい謝ろう……!)

 

そう思った、次の瞬間だった。

彼女の右足の核融合の足、

そして右腕の制御棒という、

地底の超重量ガジェットの質量に、

これ以上古い天井板が耐えられるはずもなかった。

 

バリバリバリッ!!!

 

「あああっ!? いやあああぁぁっ!!

痛いよぉっっッッッ!!」

 

板が完全に引き裂かれると同時に、

空の翼を、太く重量のある梁が、

まるで巨大な万力のように

ガッチリと挟み込んでしまったのだ。

 

骨が軋むほどの激痛。

空はあまりの痛みに集中力を完全に切らし、

絶叫しながら狂ったように暴れ出した。

 

そのはずみで、右腕から重量級の制御棒が、

ガコンッ! と外れて落下。

その恐るべき自重のあまり、

玄関の三和土(たたき)に

深いヒビが入り、大きく抉り取られた。

そして数秒遅れて天井の木材と共に、

空自身もドスンと激しく尻餅をつく形で床に落下した。

 

「痛たたた……うぅ、ひどい目に遭っちゃった……」

涙目でお尻をさすりながら、

空はここまでの自分の愚かな行動を後悔しようとした。

 

――だが、彼女の視界が、

突如として「最悪の色彩」に染まった。

空の顔から、一瞬で血の気が引いていく。

 

「あ……あああぁ……っ!?」

 

床に転がった制御棒の先端から、

いまだにエネルギーの放射が続いていたのだ。

 

しかも、制御棒本体が腕から外れてしまったため、

先ほどまで極限にまで凝集されていた

熱核エネルギーは指向性を完全に失い、

全方位へと拡散しようと、家中を昼間以上に眩く、

禍々しい緑色の光で照らし出し始めた。

 

パニックに陥った空が過剰に

供給し続けてしまったエネルギーは、

既に制御可能な閾値を遥かに超えていた。

 

このまま解き放たれれば、お兄さんの家はおろか、

半径数キロメートル――

人間の里の半分をも一瞬で光と熱の塵に変える、

戦術核爆弾と化している。

 

今から制御棒を拾って腕に装備し直しても、

チャージの逆流は止められない。

タイムリミットは、あと一秒もない。

 

次の瞬間、大爆発が起きるという、

生と死の境界線(刹那)。

 

「だっ、ダメええええええーーーっっっッッ!!!!!」

 

空は、考えるよりも先に叫んでいた。

自分の子供っぽい我が儘のせいで、

あの優しいお兄さんの家を消し去ることだけは、

絶対に許されない。

 

彼女は身体を、そして大きな黒い翼を極限まで広げると、

床で暴走する熱核エネルギーの光球めがけて、

自らの身体ごと、全力で覆いかぶさったのだ。

 

神の火を宿す自らの「神体」を盾にして、

爆発の全エネルギーを自らの内側に閉じ込め、

抑え込もうとする最後の、そして決死の抵抗。

その直後──

 

ズウウウウウウウウウウウウウゥンッッ!!!

 

爆発のエネルギーは、空という肉体の檻の中で激しく衝突し、

一本の巨大な光の柱となって天を衝いた。

 

自由突破の敷地一体の空気が

一瞬で引き裂かれ、衝撃波がゴゴゴゴゴ!と

低い音を立てて大地を揺らす。

 

その凄まじい熱波と風圧は、

幻想郷の上空に広がっていた分厚い雲海に、

直径数キロに及ぶ巨大な「穴」を

綺麗にあけるほどの威力を秘めていた。

 

光の残光が消え去った後、そこにあったのは――。

 

全身が煤で汚れ、衣服が所々破れ、

肌が大きく露出した状態で、

その爆心地にできた巨大なクレーターの

中心部にうずくまる一羽の大鴉の姿だった。

 

そして彼女が守ろうとしたボロ屋敷は、

彼女の必死の抵抗も虚しく跡形もなくなっていた。

 

最悪の被害こそ免れたものの、

周囲は灰すら残らない不毛の大地という

凄惨な姿へと変貌を遂げていたのである。

 

これが、後に自由突破と地霊殿の縁につながる

「最悪にして最大の爆破事件」の全貌であった。

 

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