黄泉ヲ裂ク華・二次創作小説【黄泉返り】   作:あるあじふぅ

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第一話 アンダーノーツ

カチッ……カチッ……。

 

壁にかけられた時計の秒針が進んでいく。

本来なら、子供の楽しげな声が聞こえてきそうな駄菓子屋の中は、ふたりの息遣いが聞こえそうなほどの静寂に包まれていた。

 

目の前の少女が持ってきた履歴書を怪訝(けげん)そうにみつめる背広(せびろ)の男。

 

時折、書類から目を離し少女の顔を確認しては、また書類へ視線を落とす。

 

緊張した面持ちの少女はそんな男の様子を、心配そうにうかがっていた。

 

男……アクラは、これまでで一番深いであろうため息と共に、タバコの煙を吐き出した。

 

「……フーッ……それで。どうして、ウチの面接に?」

 

今までアルバイトの面接はかなり受けてきた少女だったが、冷や汗をかくほどの圧迫感を覚えたのは、初めてのことだった。目の前の男からの無言の圧をなんとか振り払い、答える。

 

「えと……お金が、必要で……」

「いやいや、そこじゃない……。『茨木 登美恵(いばらき とみえ)』……。君は、警察官なんだろう?どうしてわざわざ……。危険な地下探行士(ちかたんこうし)なんかになるって言うんだ?」

 

少女に疑いの目が突き刺さる。

 

「なるべく早く、それも多くの金が必要だとは言うが……。たとえ、新人であっても〈黄泉警察(よみけいさつ)〉勤務なら、それなりの暮らしはまず、間違いなくできるはずだ。違うか?」

 

『イバラキ トミエ』と呼ばれた少女の目が泳ぐ。

「それは、その……」

 

タバコの吸い殻を灰皿に押し付けて火を消すと、アクラは空いた右手を顎に当て、目を細めてトミエの次の言葉を待った。

 

「実は……」

 

トミエはなるべく平静を装い、強面(こわもて)の男の目を見据えた。

 

「実は、仕事でヘマをしちゃって謹慎処分を受けているんです。新人のアタシには有休も申請できないし……。家には大切な……い、いもうとが、居るんス。どうしても、すぐにお金が必要なんです」

 

男はそのままの姿勢でゆっくりと目を閉じた。

(嘘、だな。ワケアリか……。どうみても社会人にはみえない。この子はおそらく、高校生なんだろう。しかし、このままではいつまで経っても人材が揃わないな。……ある程度の妥協は必要、か。)

 

しばらく考えたアクラは、まだ学生のようにみえる、幼い少女の目をまっすぐにみつめ返した。

 

「―――分かった。……だが聞かせて欲しい。君はこの『仕事』について、どのくらい知っている?」

 

「……下手を打てば死んじまっ……死んでしまうような、危険なシゴト……だとは」

話が次へ進んだことで採用されるのかと期待したトミエは、目を輝かせながら、努めて冷静に答えた。

 

苦笑したアクラは先ほどよりは幾分、柔らかな表情で肩をすくめて履歴書をひっくり返す。

 

「それだけでは、不十分だな」

「では、ちょっとした確認だ。……何、そう難しくはない。一般常識のテストみたいなものだと思って、聞いて欲しい」

 

トミエは食い入るような顔つきで、男がペンで書類の裏を叩くのをみつめた。

 

「まず、この日本の東京に〈黄泉(よみ)〉があることは知っているな?」

「そんなん……当たり前……じゃ、ないっスか?」

「ああ。この国は〈黄泉〉で採れる〈アルゲン〉と呼ばれる物質によって戦後、急速に復興された歴史がある。この〈アルゲン〉を採掘するのが俺たち〈地下探行士〉の仕事だ」

 

アクラはペンをスラスラと走らせながら、続けた。

 

「〈アルゲン〉は今までのような化石燃料に比べて、『百倍以上の熱変換効率』を持っている……。未だに全容が分からないような〈未知のエネルギー〉だ。コイツはキャンプ内に設置された〈融合炉(ゆうごうろ)〉によって、黄泉内の物品をろ過したり、〈黄泉族(よみぞく)〉を狩ったりすることで得られる。……まるで、夢か魔法のような話だよな」

 

アクラは分かりやすいように、絵を描きながら続ける。

 

「話に聞いただけだが〈黄泉〉はアメリカとソ連にもあるらしい。だが採れた〈アルゲン〉をエネルギーに変えられるのは、唯一『黄泉に関する技術』を扱える〈黄泉公社(よみこうしゃ)〉だけだ。だから〈アルゲン資源〉を得るために、日本を頼るしかない。それが歯がゆいから、この国にスパイを送ってるって噂だが……すまない。これは、関係ない話だったな。」

 

トミエは紙に描かれた不格好な絵と、アメリカ国旗とソ連国旗に口を尖らせながら、退屈そうな顔をした。

 

「すんません……授業を受けにきたわけじゃないんスけど……」

「だろうな。だがまあ、聞け。実物を見たことはないだろうが、この〈アルゲン〉はただの鉱石のような物体じゃない。黄泉の国で採れる『幽霊』みたいなモノなんだよ。黄泉から出た途端にきれいさっぱり、消えてなくなっちまう。まるで、最初から無かったみたいにな……」

 

「幽霊……。黄泉は、本当にあの世ってこと……なんスか?」

トミエは不思議そうな顔をしながら、アクラの顔を見上げた。

 

「で、だ……。そのアルゲンを持ち帰れるようにするのが……」

 

アクラは缶ビール程の大きさの片手で持てるバッテリーのようなものを、カバンから取り出した。

 

「これは〈アルゲン電池〉……のレプリカだ。密輸なんてあったら困るからな。本物は公社で管理してる。どうもアルゲンは、普通の物質みたいに容積を取らないらしい。……つまりだ。コレにはほぼ、無制限にアルゲンが貯められる。それを持ち帰るのが俺たちの仕事だ……分かりやすいだろ?」

 

アクラは〈アルゲン電池〉を机の脇におき、トミエに向き直った。

 

「まあ、詳しい話は実際に地下探行士になってから……だな。さて、ここまでは問題ないな?」

 

コクリ……と、無言のままトミエはうなずく。

 

それを確認したアクラは、スーツの胸ポケットから小さな木箱を取り出し、開いて中をみせた。

そこにはいくつか、青と白で区切られたカプセルが入っていた。

 

「……あの……コレは?」

額に伝う、嫌な汗の感触を感じながら、恐る恐るトミエは尋ねた。

 

「……〈強化剤(きょうかざい)〉だ。黄泉を闊歩(かっぽ)する化け物……〈黄泉族〉とは、ただの人間じゃ戦えない。……飲め。適性があればお前も、〈黄泉族〉と戦えるようになる。だがもし適性が無ければ、お前は三日間、想像を絶する高熱と吐き気でうなされる」

 

ゴクリ……と、トミエはツバを飲み込んだ。

 

「冗談だ、安心しろ。死ぬなんてことはない。しばらくすれば熱も下がって、落ち着くだろう。その後は地下探行士なんてものは忘れて、普通の元の生活に戻るといい。」

 

「それに……」そう言いながら、アクラはトミエの目をじっとみつめた。

 

「俺が思うにな……きっとそのほうが、君にとっては幸せなのかもしれない」

「無理強いはしない……さあ、どうする?」

 

トミエの心臓が早鐘を打つ。

彼女は自分の掌に包まれたカプセルをじっと、みつめた。

 

(……これは、流石に……マズイんじゃねーか?本当にコレは、安全なクスリなのか?こんなもん飲んで、どこかにさらわれたりしたら……落ち着け……。でも……ここまできて、帰るのか?クソッ……ビビってんじゃねぇ……!アタシは……!)

 

しばらくの逡巡(しゅんじゅん)の後、トミエはカプセルをぎゅっと固く握りしめ……。

覚悟を決めて、口へと運ぶのだった―――。

 

-----

 

―――次の日。

 

黄泉駅(よみえき)の専用改札のホームは、思い思いの装備を身に着けた探行士たちで、ごった返していた。

制服に身を包む女学生、ガスマスクを被るサラリーマン風の男、三つ又の槍を持ち念仏を唱えながら歩く僧。

 

その異様な空間の中に、特攻服をなびかせながら歩く『イバラキ トミエ』の姿があった。

 

トレンチコートを羽織り、腰に刀を二本佩いた(はいた)アクラ。

あきれた仕草で駅内に設置された吸い殻入れに、タバコを投げ入れて腕を組んでいる。

「お前なぁ……動きやすい恰好でこいって言ったよな……?」

 

「あっ……オッサ……じゃなくて、課長サン!こ、これが一番動きやすいんスよ……」

トミエは照れくさそうにしながら、テーピングを巻いた腕で頭をかいている。

 

「そうか……しかし、ずいぶん似合ってるじゃないか。……普段から着てるみたいに」

「エッ、そ、そう……スか?えへへ……。じゃなくて……わ、若い頃、結構ヤンチャしてて……ヘヘッ……」

 

「そうかい」

肩をすくめたアクラはネクタイを締めなおし、左腕につけた腕時計を覗き(のぞき)込んで、歩き出した。

 

「ほら、さっさと行くぞ。とっくに他のメンバーは着いてる」

 

アクラとトミエは人波に紛れ、地下へと続く、駅の階段を下っていった―――。

 

第一話 アンダーノーツ 完

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