カチッ……カチッ……。
壁にかけられた時計の秒針が進んでいく。
本来なら、子供の楽しげな声が聞こえてきそうな駄菓子屋の中は、ふたりの息遣いが聞こえそうなほどの静寂に包まれていた。
目の前の少女が持ってきた履歴書を
時折、書類から目を離し少女の顔を確認しては、また書類へ視線を落とす。
緊張した面持ちの少女はそんな男の様子を、心配そうにうかがっていた。
男……アクラは、これまでで一番深いであろうため息と共に、タバコの煙を吐き出した。
「……フーッ……それで。どうして、ウチの面接に?」
今までアルバイトの面接はかなり受けてきた少女だったが、冷や汗をかくほどの圧迫感を覚えたのは、初めてのことだった。目の前の男からの無言の圧をなんとか振り払い、答える。
「えと……お金が、必要で……」
「いやいや、そこじゃない……。『
少女に疑いの目が突き刺さる。
「なるべく早く、それも多くの金が必要だとは言うが……。たとえ、新人であっても〈
『イバラキ トミエ』と呼ばれた少女の目が泳ぐ。
「それは、その……」
タバコの吸い殻を灰皿に押し付けて火を消すと、アクラは空いた右手を顎に当て、目を細めてトミエの次の言葉を待った。
「実は……」
トミエはなるべく平静を装い、
「実は、仕事でヘマをしちゃって謹慎処分を受けているんです。新人のアタシには有休も申請できないし……。家には大切な……い、いもうとが、居るんス。どうしても、すぐにお金が必要なんです」
男はそのままの姿勢でゆっくりと目を閉じた。
(嘘、だな。ワケアリか……。どうみても社会人にはみえない。この子はおそらく、高校生なんだろう。しかし、このままではいつまで経っても人材が揃わないな。……ある程度の妥協は必要、か。)
しばらく考えたアクラは、まだ学生のようにみえる、幼い少女の目をまっすぐにみつめ返した。
「―――分かった。……だが聞かせて欲しい。君はこの『仕事』について、どのくらい知っている?」
「……下手を打てば死んじまっ……死んでしまうような、危険なシゴト……だとは」
話が次へ進んだことで採用されるのかと期待したトミエは、目を輝かせながら、努めて冷静に答えた。
苦笑したアクラは先ほどよりは幾分、柔らかな表情で肩をすくめて履歴書をひっくり返す。
「それだけでは、不十分だな」
「では、ちょっとした確認だ。……何、そう難しくはない。一般常識のテストみたいなものだと思って、聞いて欲しい」
トミエは食い入るような顔つきで、男がペンで書類の裏を叩くのをみつめた。
「まず、この日本の東京に〈
「そんなん……当たり前……じゃ、ないっスか?」
「ああ。この国は〈黄泉〉で採れる〈アルゲン〉と呼ばれる物質によって戦後、急速に復興された歴史がある。この〈アルゲン〉を採掘するのが俺たち〈地下探行士〉の仕事だ」
アクラはペンをスラスラと走らせながら、続けた。
「〈アルゲン〉は今までのような化石燃料に比べて、『百倍以上の熱変換効率』を持っている……。未だに全容が分からないような〈未知のエネルギー〉だ。コイツはキャンプ内に設置された〈
アクラは分かりやすいように、絵を描きながら続ける。
「話に聞いただけだが〈黄泉〉はアメリカとソ連にもあるらしい。だが採れた〈アルゲン〉をエネルギーに変えられるのは、唯一『黄泉に関する技術』を扱える〈
トミエは紙に描かれた不格好な絵と、アメリカ国旗とソ連国旗に口を尖らせながら、退屈そうな顔をした。
「すんません……授業を受けにきたわけじゃないんスけど……」
「だろうな。だがまあ、聞け。実物を見たことはないだろうが、この〈アルゲン〉はただの鉱石のような物体じゃない。黄泉の国で採れる『幽霊』みたいなモノなんだよ。黄泉から出た途端にきれいさっぱり、消えてなくなっちまう。まるで、最初から無かったみたいにな……」
「幽霊……。黄泉は、本当にあの世ってこと……なんスか?」
トミエは不思議そうな顔をしながら、アクラの顔を見上げた。
「で、だ……。そのアルゲンを持ち帰れるようにするのが……」
アクラは缶ビール程の大きさの片手で持てるバッテリーのようなものを、カバンから取り出した。
「これは〈アルゲン電池〉……のレプリカだ。密輸なんてあったら困るからな。本物は公社で管理してる。どうもアルゲンは、普通の物質みたいに容積を取らないらしい。……つまりだ。コレにはほぼ、無制限にアルゲンが貯められる。それを持ち帰るのが俺たちの仕事だ……分かりやすいだろ?」
アクラは〈アルゲン電池〉を机の脇におき、トミエに向き直った。
「まあ、詳しい話は実際に地下探行士になってから……だな。さて、ここまでは問題ないな?」
コクリ……と、無言のままトミエはうなずく。
それを確認したアクラは、スーツの胸ポケットから小さな木箱を取り出し、開いて中をみせた。
そこにはいくつか、青と白で区切られたカプセルが入っていた。
「……あの……コレは?」
額に伝う、嫌な汗の感触を感じながら、恐る恐るトミエは尋ねた。
「……〈
ゴクリ……と、トミエはツバを飲み込んだ。
「冗談だ、安心しろ。死ぬなんてことはない。しばらくすれば熱も下がって、落ち着くだろう。その後は地下探行士なんてものは忘れて、普通の元の生活に戻るといい。」
「それに……」そう言いながら、アクラはトミエの目をじっとみつめた。
「俺が思うにな……きっとそのほうが、君にとっては幸せなのかもしれない」
「無理強いはしない……さあ、どうする?」
トミエの心臓が早鐘を打つ。
彼女は自分の掌に包まれたカプセルをじっと、みつめた。
(……これは、流石に……マズイんじゃねーか?本当にコレは、安全なクスリなのか?こんなもん飲んで、どこかにさらわれたりしたら……落ち着け……。でも……ここまできて、帰るのか?クソッ……ビビってんじゃねぇ……!アタシは……!)
しばらくの
覚悟を決めて、口へと運ぶのだった―――。
-----
―――次の日。
制服に身を包む女学生、ガスマスクを被るサラリーマン風の男、三つ又の槍を持ち念仏を唱えながら歩く僧。
その異様な空間の中に、特攻服をなびかせながら歩く『イバラキ トミエ』の姿があった。
トレンチコートを羽織り、腰に刀を二本
あきれた仕草で駅内に設置された吸い殻入れに、タバコを投げ入れて腕を組んでいる。
「お前なぁ……動きやすい恰好でこいって言ったよな……?」
「あっ……オッサ……じゃなくて、課長サン!こ、これが一番動きやすいんスよ……」
トミエは照れくさそうにしながら、テーピングを巻いた腕で頭をかいている。
「そうか……しかし、ずいぶん似合ってるじゃないか。……普段から着てるみたいに」
「エッ、そ、そう……スか?えへへ……。じゃなくて……わ、若い頃、結構ヤンチャしてて……ヘヘッ……」
「そうかい」
肩をすくめたアクラはネクタイを締めなおし、左腕につけた腕時計を
「ほら、さっさと行くぞ。とっくに他のメンバーは着いてる」
アクラとトミエは人波に紛れ、地下へと続く、駅の階段を下っていった―――。
第一話 アンダーノーツ 完