カンッ、カンッ。
手入れされていない、金属製の鉄骨が
所々に浮いた茶褐色の
ふたり並べば肩が触れそうな階段は、巨大な
錆びた踏板を靴が叩くたび、胸元や頭に取り付けたライトが、暗闇の中で揺れる。
上から眺めれば、
トミエは足元の
だが塗装が剥がれ落ちるのをみて、すぐに引っ込めた。
「なぁ……じゃなくて、あの……課長サン。これ、どこまで降りていくんスか?」
トミエは錆びた階段と同じ色をしたトレンチコートの男、アクラに声をかけた。
「なんだい、お嬢ちゃん。探索は初めてけ?」
アクラが答えるより先に、後ろの男が声をかけてきた。
ヘルメットを被り、首にはタオル。肩にはつるはしを担いでいる。
まさに炭鉱夫といった
トミエは目を丸くして、振り返った。
男の顔を確認すると、また足元へ視線を戻す。
「『お嬢ちゃん』じゃねえ……まあ、いいや。アタシは今日から地下探行士になる『シュ……』」
そこまで言って、『イバラキ トミエ』はわざとらしく
ふたりの様子をうかがっていたアクラは
「『シュ』……?」
「な、何でもないっス……」
気を取り直したトミエはヘルメットの男に振り返り、会釈した。
「……トミエだ。ヨロシク。アンタも探行士なのか?」
「オレァ『
カカカと笑った徳兵衛は巨大な縦坑をなぞるように、指先を上から下へ滑らせた。
「ここは元々、地下鉄の新線を通すために掘った縦坑でよ。ただ、旧軍の
フフンと鼻を鳴らし、腕を組みながら自慢げに語っていた徳兵衛だったが、後ろの探行士に「はよう進まんか!」とヘルメットを叩かれ、へらへらと笑いながら降りていく。
「へぇ~……」
興味なさげに
(別にそんなこと聞いたわけじゃないんだけど……おっさんって、なんでみんな昔の話ばっかすんだろ……)
そんなトミエの様子をみたアクラは片方の眉を上げ、代わりに徳兵衛へと問いかけた。
「『
「おお、あんちゃん。勘が鋭いね! 凄い人だよなあ。戦争でボロボロだった国をあっという間に立て直しちまった」
アクラは天井に並ぶ、小さな明かりを見上げた。
『久世戸 英器』―――。
黄泉公社が持つ技術体系の基礎理論を、ほぼ一人で築き上げた
彼の技術によって、第二次世界大戦は日米双方が決定的な勝利を得ないまま講和に至った。
日本は多大な傷を負いながらも、連合国軍による占領統治を免れた。
少なくとも、教科書ではそういうことになっている。
アクラは何も言わず、視線を足元へ落とした。
心もとない踏板を踏みしめるたび、コートから
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「おぉ~、スゲー……」
トミエは目を輝かせ、周りを見回して息を呑んだ。
「着いたぞ。ここが黄泉の入り口、『チノワゲート』だ」
黄緑の光を放つ蛍光灯に照らされた機械仕掛けの輪が、広大な空間に一列に据え付けられていた。
輪の前の床には、「A」「B」「C」と白い文字が記されている。
その区画は、どこかヘリポートを思わせた。
作業員や探行士たちが忙しく行き交い、各ゲートの前では班ごとに顔を突き合わせていた。
トミエはまるで修学旅行中の学生のように、あちらこちらへ目を奪われ、アクラにおいていかれそうになっていた。
「じゃ、オレはこれで。お互い頑張って稼ぎましょうや!」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。ヨミテンの方々が協力してくれるなら百人力です。……ああそれと、遅くなりましたがこれを。後で正式にご挨拶にうかがいます」
アクラは徳兵衛と固い握手を交わし、名刺を差し出した。
「……なるほどな! あんちゃん、カサンドラ社の課長さんだったのか! どおりで肝がすわってるわけだ」
徳兵衛はアクラたちに手を振り、探行士たちの人波に紛れていった。
一息ついたアクラは後ろではしゃぐトミエにあきれながら、念を押すように言った。
「おいおい……遊びにきたわけじゃないんだぞ。命の危険もある『仕事』だ。分かってるな?」
「ヘヘ……すいません。あれ? あのヘルメットのおっちゃんは?」
「彼は『ヨミテン』の探行士だ。後できっと会うことになるさ」
トミエは首をかしげながら、頭をかいた。
「え~っと、ヨミテンって……なんでしたっけ?」
「お前、昨日説明しただろ……」
アクラは
「もうすぐ集合場所に着く。そこであらためて説明してやるから、しっかり覚えろよ?」
そのとき、遠くからこちらに手を振る女性の姿が目に入った。
「お~い!課長くーん!」
「社長!?」「えっ、あの人が社長さんなんスか?」
アクラは驚いて駆け寄り、トミエも慌てて後を追った。
「課長君遅いわよ! 社会人たるもの30分前行動は基本よ? あら、その子が例の新人さん?」
「申し訳ありません……。というか、社長。一体どうしてここに?」
アクラは息を切らし、頭を下げる。
『社長』と呼ばれた女性は、スーツ姿にヘルメットというちぐはぐな格好をしていた。
隙間から茶髪を覗かせ、質のよさそうな腕時計を指先で叩いている。
彼女こそ、カサンドラ社を率いる女社長「カオリ・サンドラ」。
通称『カサンドラ』。
本人いわく、日本人とイギリス人のハーフらしい。
端正な顔立ちには、周囲を当然のように従わせる自信が
カサンドラの近くには、数人の個性的な探行士が集まっていた。
彼らもアクラに気づき、それぞれ「課長!」と声をかけてきた。
社長はにっこりとアクラに笑みを向けた。
「今回はデカい仕事だからね。あたしも同行して視察させてもらうわ。課長君、たっぷり稼いでちょうだいね?」
カサンドラはアクラからトミエへ視線を移し、笑いかけた。
「それであなたが新人のトミエさんね? あたしはカオリ・サンドラ。カサンドラでイイわよ。……ところで、警察官なんですって?」
「あっ……ハイ。そ、そうです……」
「課長君と同じね! 探行士になって
「あはは……頑張り、ます」
カサンドラから差し出された手をトミエは引きつった笑顔で握り返した。
緊張した様子のトミエをみかねて、アクラはトミエの肩をたたく。
「まあ、俺は『元』ですけどね。トミエ、お前には俺もOBとして期待している。頑張れよ」
そんなアクラたちの元に社長と共にいた探行士たちが集まってくる。
「おっと、そうだ。他の探行士にも紹介しておかないとな」
アクラがトミエを皆の前に送り出す。
「……えっと、お、押忍! イバラキ トミエです! ヨロシクお願いします!!」
その瞬間、閉塞感に満ちた地下空間の一角に和やかな笑い声が響いた―――。
第二話 狐の黄泉入り 完