「おーい! お前ら、列に並べ。早くしろ~!」
薄紫のシャツは腹に押し上げられ、体のいたるところにつけたポーチが歩くたびに揺れている。
隣には、スーツ姿の女性
男は
「え~、初めてのヤツもいるだろうから名乗っておく。私は
そこまで言うとハンバ管理官は、アクラたちの元へしかめっ面でドスドスと歩いてきた。
「私は君たちカサンドラ社を担当する。こんな零細企業に私のようなベテラン管理官が付くんだ、感謝してもらいたいね。まったく、どうやってこんな会社が
「……よろしくお願いするわ、管理官。でも裏金だなんて、心外ね。業務に関しては心配しないで。ウチの社員はヨミテンに負けないぐらい優秀よ? きっといいビジネスパートナーになれると思うわ、あたしたち」
「ふん……どうだかね」
腕を組みアクラたちを
「ではチノワゲートを起動します。皆さん、私についてきてください」
それをみていたもう一人の女性管理官はにこやかに笑うと、ヨミテンの探行士を引き連れてチノワゲートへと向かっていった。
「……なんか、エラそうで嫌なヤツっスね」
「シーッ! 聞こえちゃいマスよ」
トミエの悪態に後ろについてきていた探行士らしき女性が口元に指をあて、たしなめる。
「スンマセン、えっと……センパイ?」
「『
「ドウメ……? えーっと、ラクシャさん……でいいッスか?」
ふたりのおしゃべりに誘われて、他の探行士も参加し、会話が弾む。
それを少し離れたところでみていたアクラは、安心したように笑みをこぼしていた。
「少し離れていてください。起動します」
人が容易にくぐれるほどの大きさの輪の装置の前には小さな段差が付いており、輪の向こうには、広間の打ちっぱなしコンクリートの壁がみえていた。
ふたりの管理官が装置のそばでレバーを引き倒すと、鈍い駆動音とともに輪の中心に青い光が広がり始めた。たちまち、輪の中は波打つような青い光で満ち、みえていた壁を覆い隠した。
「いくぞ、ついてこい。足元に気をつけろよ」
アクラが先頭に立ち、手招きしながら青い光にのみ込まれて……消えた。
そしてカサンドラもアクラに続き、ためらいもなく青い光の中へ入っていった。
「ええ!? 消えた! どうなってンのコレ!?」
「おお! さながら消失イリュージョンじゃな!」
シルクハットを小脇に抱えた老探行士が、少年のように目を輝かせる。
トミエを含む探行士たちが口々に驚きの声をあげていた。
「さあ、ぐずぐずするな。入れ」
ハンバに急かされ、トミエは装置の前に押し出された。
「マ、マジか……。でも、ビビッて帰るワケにはいかねぇか……よォし、いくぞォ!!」
意を決してトミエは段差から一歩踏み出し、青い光に飛び込んだ。
静電気が走ったように全身の毛が逆立って、一瞬身を投げ出されるような感覚に包まれる。
―――次の瞬間、トミエの目には坑道の地面が映った。
「痛ってぇぇ〜!!」
「……足元には気をつけろと言ったろ?」
前のめりに転んだトミエをみて、アクラは首を横に振った。
トミエは特攻服に付いた土を手で払い、顔を上げる。
洞窟のような石壁に囲まれた少し開けた空間の向こうに、大きな掘削機と地球儀のような球体がみえた。
想像していた異界とは違う光景に、トミエは拍子抜けしたように周囲を見回していた。
トミエに続き、探行士たちがゲートから現れる。最後にハンバ管理官が、苦笑しながらふたりに近寄ってくる。
「……課長さん、あんたんとこの探行士は元気いっぱいだね……くれぐれも事故やケガがないように頼むよ」
「……ハイ、気をつけます」
アクラは「やれやれ」とトミエを引き起こしながら探行士たちを集め、指示を与えた。
「ではまず、キャンプ内に物資と装備を搬入するぞ。ラクシャ君とオオタケさんは装備の点検を」
「トミエと……そうだな、そこの三人は倉庫から
「それと、ヨミテンの方々はこのまま第二キャンプへ向かうそうだから、通行の邪魔にならないように。それから……」
探行士たちは慌ただしく動き始めた。
木箱が運ばれ、装備を確かめる声が飛び交い、住居テントからは早くも笑い声が聞こえていた。
誰もが、仕事は今から始まるのだと思っていた。
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―――しばらくして。
「カサンドラ社のアクラさんはいらっしゃるかしら?」
第一キャンプにモスグリーンの大盾を携えた、軍隊のような迷彩服姿の女性が訪ねてきていた。
「はい、私がアクラですが……何かご用でしょうか」
「アナタが課長サンね? 私はヨミテンの探行士の
アクラが見上げるほど背が高い女性は、そう名乗って丁寧にお辞儀した。
「ヨミテンの? もう第二キャンプに向かったはずじゃ……というか、ここまで一人できたんですか?」
「ええ、ちょっと急ぎなの。輸送箱が一つ届いてなくてね。第二キャンプの備蓄も、帳簿と数が合わなくて。物資がもし余っていたら分けて欲しいんだけど……」
そう言いながら、スズカは手書きのリストをアクラに差し出す。
アクラは驚きながらもそれを受け取り、リストに目を通して考え込んだ。
(ここからそう遠くないとはいえ、一人で黄泉の迷宮を通ってきたのか……。ヨミテンの探行士は規格外らしいな……ふむ、これならウチの倉庫に……)
そのとき、ハンバの大声が聞こえてきた。
「あ、あんた! 一体、どっから入ってきたんだ!」
アクラとスズカのふたりは声のしたほうへ、倉庫テント内のチノワゲート前へと向かった。
そこには、警察官の青い制服を身にまとう若い女性を取り押さえるハンバがいた。
「何が目的だ! 公社の技術を盗みにきたスパイか!? それともアルゲンの密輸か!?」
「痛い痛いっ! ちょ、ちょっと待ってください! 誤解ですってぇ!」
アクラがふたりに駆け寄り、引き離す。
「一体、これは何の騒ぎだ!? 管理官も少し落ち着いてください! ……説明してください!」
ぜいぜいと荒い息遣いを抑えるようにハンバはネクタイを緩めた。
「……なぜか
「だから、違いますってぇ……」
若い婦警は今にも泣きそうな顔をしている。
次の瞬間、ガコンという音とともに一切の光が消える。
遠くで聞こえていたラジオが止まり、機械の
視界が奪われ、ハンバ管理官の声が聞こえてくる。
「ウワッ! なんだぁ!?」
アクラは息を潜め、身を低くして目が慣れるのをじっと待つ。
誰かが足を踏み替える音と、自分の呼吸音だけを耳にする。
数秒後、何事もなかったかのように天井の蛍光灯が再び灯り、自分と同じようにかがむスズカと目があった。
「おいおい、まさか……嘘だろ? こうしちゃいられん……!」
ハンバはシャツの背中を濃く染めて、テントを大急ぎで出ていってしまった。
入れ替わるようにして、騒ぎを聞きつけた探行士たちがテントに入ってくる。
「……なんかムラサキのオッサンが走ってったけど。なんかあったのか……えっ!? 『トミ姉』!? なんでココに!?」
「……何だと? おい、アンタ。名前は?」
アクラに名を聞かれた婦警はこう答えた。
「え……『
アクラは婦警の顔をみた。
次に、背後で青ざめている「トミエ」へ視線を移した……。
第三話 事件のはじまり 完