「私は
「ええ、申し訳ありません。ウチの
テントの外は殺風景な坑道そのものだったが、どこからか冷たい空気が流れ込んでいた。
冷たい風が、
だから、冷静に彼女らと話ができる、つもりだったのだが……。
アクラはスズカを見送り、『ふたりのトミエ』に振り返る。
そして、ひとつだけ。長く、息を吐いた。
「……怪しいとは思っていたが、これはどういうことだ。説明してもらおうか」
先ほどまで『トミエ』と呼んでいた特攻服の少女にアクラは切り出す。
「…………」
少女はうつむき、声を発そうとしない。
居心地の悪い沈黙の中。誰かが、つるはしを置く音だけが聞こえてきた。
その音をキッカケに、婦警が少女の肩を揺らした。
「『ドー子』! わたしにも説明して。探行士なんて危険な仕事、どうして相談してくれなかったの?」
「だって……言ったら反対すんだろ」
ドー子と呼ばれた少女が身をよじる。それでも婦警は離そうとしない。
「そんなの、当たり前よ! ただのアルバイトとはワケが違うのよ!?」
「離せよ! アタシが何したって勝手だろ!」
たまらず、ふたりの間に腕を差し入れる。
つるはしが、二度目の
「ふたりともやめろ、ケンカなら後にしてくれ。お前が妹の『ドー子』だな? こんなすぐにバレるような嘘、なんでついた? 正直に話せ」
俺はドー子をまっすぐにみた。だが、目は合わない。
「別にいいだろ……。『経歴、年齢不問、やる気と適性があれば即採用』って書いてたじゃんか」
「ああ、そうだな。だが、ウソつきを雇うとは書いていないぞ」
悪びれもしないドー子は黙って、こちらを
ようやく、目が合った。
隣でおそらく本物のトミエであろう婦警が、俺たちをただみつめていた。
まったくこんな状況じゃなければ、どこからか聞こえてくるこの小川のような音に、癒されもしただろうに。
……ドー子の意地に負け、指でこめかみをさする。そして、婦警へ視線を向けた。
「それで、大体の事情は分かったが……あんたが姉の『トミエ』だな?」
「あっ、ハイ!」
トミエはペコリとお辞儀する。姉のほうも、あまり状況は理解していないようだ。
「いいか? ここは関係者以外立ち入り禁止だ。その階級章……巡査だな。勤務中に、個人の都合で不法侵入か?」
トミエは慌てて頭を下げ、ドー子の腕を乱暴に掴む。
「へ? あっ……も、申し訳ありません! 今は非番でして……検問の人には警察手帳をみせたら通してくれたんです」
「それで、門みたいなのをくぐったらまだ間に合うって、女の人に言われて……。あの、妹を連れてすぐに出ていきますので!」
矢継ぎ早に話し、ゲートに向かおうとするトミエの前に出て、引き留める。
「一応、手帳の確認をさせてくれ。……なるほど、本物だな。しかし残念だが、すぐには帰れないだろうな」
「ゲートの起動には大量の電力がいる。頻繁に動かせるものじゃない。それに、ソイツを操作できるのは管理官だけだ。……帰ったら始末書を書くのは覚悟しておけ」
その言葉にトミエはぎょっとする。
「えっ、そんな……」
「ひとまず、ハンバ管理官に帰してもらえるか聞いてみよう。もっとも、動かせたとして後で
それを聞いて、それまで反抗的だったドー子の顔がみるみるうちに青くなっていった。ようやく、事の重大さに気づいたようだ。
すっかりおとなしくなったふたりを連れて、歩き出す。ひとまず、管理官とスズカのもとに向かうことにしよう。
テントから離れてすぐに、管理官の声が遠くから聞こえてくる。
「オイオイ、どうなってんだこりゃ! クソッ、なんだってんだ!」
声に気づき、小走りで向かう。
そこにいたのは大型トラックほどもある
それはまるで、ブラウン管テレビを叩いて直しているかのようにみえた。
「……なにかあったのか?」
背を向けて、近くで腕を組むスズカに尋ねる。
スズカは振り返り、笑顔を向けてきた。
「ん?あぁ、課長さんか!やっぱり、融合炉が止まっちゃったみたい。困ったことに再起動もできなくて。今は補助電源で賄ってるんだけど、それもいつまで持つかしらね……」
コツコツとブーツが鳴る音に、少し遅れて気づく。
「ラジオが止まっちゃったんだけど~誰か直してくれない? ……って課長君、これは何の騒ぎ?」
次の言葉をみつけられずにいた俺の背後で、社長がいつもの調子でこちらを見上げていた。
問題事が起きたときにはいつも決まって、社長は近くに居るな……。俺は、スズカから聞いたままをカサンドラに伝える。
「……ですので、このまま融合炉が稼働しないままだと、ゲートも使えませんし……。
「あら、そうなの? まあ、どちらにせよ、ある程度アルゲンを集めるまでは帰れないし、あたしはこの後会社に戻って仕事をする予定だったんだけど、少し視察の時間が伸びただけでしょ? 問題ないわ。……とはいえ、このままじゃ第一キャンプだけで採掘は続けられないわね。医療機器も使えないし、『
カサンドラは顎に手を当て、しばらく唸った。そして、渋い顔でため息をひとつだけついた。
「ん~……そうね。ヨミテンに借りを作るのはシャクだけど、しょうがない。課長君、ちょっと第二キャンプまでいってきてくれない?あっちの融合炉をウチと共同で使えないか、聞いてきて欲しいの」
「それだ!!」
話を聞いていたのか、手の平が赤くなったハンバがこちらに駆け寄ってきた。
「ぜえぜえ……原因はまったく分からんが、この融合炉は奇跡でも起きん限り、動きそうもない。今までこんなことは無かったんだがね……ともかく! イノウエにもそう伝えておいてくれないか?」
イノウエ……隣にいたあの女性管理官の事だろうか?
思い出そうとしているのに気づいたのか、ハンバはふっと笑った。
「……ああ、覚えてないか? ヨミテン担当の管理官だよ。一応、私のほうでも通信機を使って連絡してみるが……。故障のせいなのか、向こうでも何かあったのか……さっきから一向に返事がこんのだ。何人か、探行士を連れていくといい。私が許可する」
ハンバは満面の笑みで「頼んだよ!」と、ホコリまみれの手で肩をバシバシと叩いてくる。
現場監督は自分だけだ。仕方ない……。
「分かりました……あの、田村さん。差し支えなければ、一緒にきていただきたいのですが。かまいませんでしょうか? ヨミテンの探行士ですし、話もスムーズに進むかと」
すぐそばで通信機材を運んでいたスズカは「あたし?」と自分を指差した。
「う~ん……そうね、確かに課長さんの言うとおりなんだけど……私はここに残るわ」
「なぜ」と言いかけた俺に、スズカが指を突き出す。
「ほら、他の設備にも故障がないか、点検しないとだし。それができそうなのは私しかいないでしょ?」
「それに……その子たちを連れていくつもり? もしも、このキャンプに『
スズカが指を、連れてきたふたりに向ける。「確かに……」と、うなずかされた。
「そういうことなら、分かりました。ですが、田村さんにそこまでしてもらうわけには……」
「いーの、いーの!困ったときはお互い様、でしょ?」
……頼りになりそうな人だ。ウチの探行士にも見習ってほしいものだな。
感謝を込めて、深く頭を下げる。ふと、後ろの人物が動いたのに気づいた。
「あの……わたしたちはどうすればいいんでしょうか?」
きょろきょろと周りの様子をうかがっていたトミエは居心地が悪そうに尋ねてきた。
「……なあ!」
目の前に期待した顔が躍り出る。
「その第二キャンプってのにいくのに、アタシも連れてってくれよ! いいだろ? 課長サン」
横から割って入ってきたドー子に、即答する。
「駄目だ」
「なんでだよ!」
地団駄を踏んだ。
「アタシだって、その地下探行士ってのになったんだろ? テストだって『体力面は申し分ない』って、アンタ言ってたじゃねぇか!」
俺に子どもはいない。こういう年頃の子の扱いには慣れていない。
気づけば、声を荒げていた。
「駄目だ!! 何度も言わせるな! いいか? 体力があるのと、黄泉で戦えるのは別だ。これは遊びじゃないんだ! お前はまだ黄泉族と戦った経験も無い、
ビクッと、ドー子が跳ねる。
「身元を偽って入ってきた人間を、連れていけるか? ……しばらく、このキャンプで待っていろ。お姉さんにしっかり謝れ。お前を、心配してきたんだぞ。高校生なんだろ? それぐらい、聞き分けろ」
拳を固く握りしめて、肩を震わせるドー子。
目の前の少女は今にも暴れだしそうだったのだが。
「……なんだよ。うるせえな、説教してんじゃねえよ」
ドー子はそれきり、顔をそむけたままこちらを向かなくなった。
「……ウチの妹がすみません。あの、押しかけてきたわたしが言うのもなんですけど……頑張ってくださいね」
「……っ!!」
食いしばった歯が擦れる音を、確かに聞いた。
そしてドー子は振り返りもせず、駆け出していってしまった。
「待って、ドー子っ! どこにいくの!」
「あっ、おい待て! ……ったく、いかにも反抗期のガキらしいな」
融合炉の停止に続き、頭を悩ませる種がまた増えてしまったようだ……。
「あの子、住居テントのほうにいったみたいよ。ほっといていいの? ちゃんと、面倒みてあげなきゃ。あっ、もしかして課長君……面接官向いてない?」
一連の話を近くで聞いていたはずのカサンドラが、挑発するように笑いかけてくる。
「分かってます。必ず、家には帰してやりますよ。親御さんも心配してるでしょうしね……」
一瞬、隣のトミエが揺れた気がした。
「あ、あの……わたし、ここにいても仕方ないので、ドー子のところにいきますね……」
背中を向けたままトミエはそう言い残し、歩き始めた。
「ああ、アイツはまだ学生だ。ひとりで心細かったのかもしれない。そばにいてやってくれ。よろしく頼むよ、お姉さん」
足早に去るトミエの背中に、手を振った。
そのとき、カサンドラがいつになく真剣な表情でトミエを見送っていたのに気づいた。
気にはなったが、わざわざ聞く気にはならなかった。改めて、カサンドラに向きなおる。
「やれやれ……というか。面接に関して言えば、社長だって人のこと言えないでしょう?」
「そう? 優秀で文句ひとつ言わない、我が社にピッタリな人材をみつけたじゃない。あたしの目は確かよ」
……自信家な彼女らしい言葉。俺も少し、冗談めかしてみたくなった。
「どうだか。社長に忠誠心なんてなくて、会社も自分が成り上がる踏み台としか思っていないかもしれませんよ?」
そこまで聞いたカサンドラは一歩踏み出すと、口角をニッコリ上げてこう言った。
「野心も隠し事も、あたしは一向にかまわないわ。……利益を上げてくれるならね。さ、しっかり働いてちょうだい。期待してるわよ、課長君?」
(いつも一歩、人より先をゆく。それがウチの社長だったな。……この人は一体、どこまで気づいているんだろうか?)
アクラは会釈しながら、そんなことを考えていた……。
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「さて、いってくる。ラクシャ君、オオタケさん。申し訳ないが、俺が戻るまでアイツの世話をしてやってくれ。」
「ハイ! 分かりマシタ!」
「ワシは課長くんと違って、若い女の子の相手は得意じゃぞ。まあ、任せておけ!」
任されたふたりの探行士は、医療キットと食材の入った箱を抱えて住居テントに向かっていった。
「よし……お前ら、装備の点検は済ませたか?」
「バッチリに決まってるだろ? アタシらを新入りと一緒にするんじゃないよ!」
その威勢のいい声を皮切りに、装備を整えた探行士たちが集まってくる。
西洋風の兜をかぶった男性が、
眼鏡をかけた若い教師風の男が、杖を握りしめる。
何度も額に着けたハチマキを結びなおしていた寡黙な大男が、静かに立ち上がる。
口元を布で覆い隠した長い黒髪の女性が、クナイを両足についたベルトに差し込む。
……準備ができたようだ。
俺は大きく息を吸い込んで、合図を送る。
「……業務開始だ。全員点呼!」
「
「
「
「
「
アクラを含めた六人の探行士は、深く暗い黄泉の底へと一歩、足を踏み出した―――。
第四話 業務開始 完