『こちら、
『午後三時をお知らせします……ピッ……ピッ……ピッ……ポーン』
キンッ……シュボッ……パチンッ……。
「スーッ…………ふぅーっ…………」
ドー子は指の先から立ち昇る白い煙をボーっと眺めていた。
『……黄泉の光を、暮らしの光へ。』
『三十年前、一つの小さなアルゲン電池から、私たちの挑戦は始まりました』
『電気を生み出し、街を動かし、産業を育てる。かつて夢物語だった力は、今では皆さまの暮らしを支える力になっています』
『私たちはこれからも、黄泉と人を結ぶ、未来への架け橋でありたい』
『
キャンプの設備は黄泉公社が設置したものらしい。
大企業の持ち物にしては、古い型のようにみえるものが多い。
二槽式洗濯機、花柄のポット、硬いパイプ椅子、扇風機に……テレビは無く、大きなラジカセ。
キッチンなんて、アタシが住んでるボロアパートと変わらない気がする。
聞こえてくるラジオからは、公社に関する放送ばかりが延々と流れ続けていた。
「……アタシ、何してんだろ。トミ姉、怒ってたよな……そりゃそうか」
ただ、金が貰えりゃ、それでよかったのに。
別に欲しいものがあったわけじゃない。
……いや、ウォーカーマンと新しいポケベルはちょっと欲しいか。
そんなことを考えながら、上着のポケットからジッポライターを取り出し、二本目のタバコに火を付けていた。
ふいに、こちらに足音が近づいていることに気づく。
「……ここに居たのね。またタバコなんて吸って……。前にも駄目だって、言ったじゃない」
「……うるせーな、ほっとけよ」
トミ姉は煙を手で払いながら近づいてきて、近くにあった
「……どうして、何も言ってくれなかったの?」
「またそれかよ……別に、何日か帰らないことなんて珍しくもねぇだろ……」
やっぱり、説教が始まった。
「何日か、じゃあ済まないわよ」
「まあ……すぐには帰れないらしいしな」
「違うわ」
そう言い放つとトミ姉は煙も気にせず、壁にもたれかかるアタシの目の前にしゃがみこんだ。
今は、トミ姉と顔を合わせたくない。
アタシはそっぽを向いた。トミ姉は構わず、続けてきた。
「ドー子に二度と会えないかもしれないって、ドー子が死んじゃうかもしれないって、私……心配したのよ!」
ハッとして、トミ姉と目が合った。
姉の顔は涙で濡れていた。
「…………」
……アタシは目を逸らした。
顔を合わせたままじゃ、いられなかった。
「ホントに……生きてて、よかった……」
「お、大げさなんだよ……そんな、簡単に死なねぇよ……。それにまだ探索にもいってねぇし。連絡は……後でしようかなって……だから、ポケベルも……持ってきてるし」
アタシは五つまでの数字を出せる、シールが剥がれかけた、ポケベルを取り出した。
それをみたトミ姉は袖で涙を拭うと、笑いかけてくれた。
「もう! ほんと、バカね! 黄泉の中じゃ、外に連絡ができないって……職場の人に教わらなかったの?」
……え。そうなの?
「えっ……? あっ、マジで? そんなこと……あ~、言ってたような気がする」
「ふふっ……」「あはは……」
「あ~……お邪魔じゃったかの?」
「うわっ!? ビックリすんだろ! いきなり入ってくんなよ!」
アタシたちは驚きのあまりに抱き合った。
すぐそばにシルクハットにタキシードと、
「いや、結構前からいたんじゃけど……ワシ、そんなに存在感ない? ちょっとショックなんじゃけど……。ワシと一緒にチノワゲートをくぐって、大人の階段を登ったじゃないか! ワシとは遊びだったんじゃな! よよよ……」
アタシは爺さんの後ろに付いてきた、見覚えのある白衣のキレイな女の人に気づいた。
(確か……『ラクシャ』って名前のセンパイだった気がする。この爺さんもそうなのかな?)
「あ、ああ~……そういえばいたな! じいさん。覚えてるって! だから泣くなよ……。あ、ワリィ。タバコ、消しとくよ。それで……なんか用?」
センパイにも説教されたらたまったもんじゃない、そう思ってタバコは消した。
「いえ、特に用があったワケじゃないとイウカ……もう、済んじゃいマシタ!」
「……? どゆこと?」
よく分からなかったけど、ラクシャが微笑む様子をみて「まあいいか」と納得することにした。
「そうじゃ、さっきは驚かせてすまんかったのう。お詫びに……魔法をみせてあげよう」
「はあ?」
爺さんはさっきまでアタシが吸っていたシケモクを拾い上げると、白い手袋を付けた右手で握り込んだ。
それから、その手をアタシたちの前に差し出す。
思わず、
爺さんが左手で「パチン」と指を鳴らして、手を広げる。
そこには、チロロチョコがふたつ握られていた。
「……ええっ!? チョコになった! どうなってんの!?」
「なにこれ凄い! おじいさん、もしかしてマジシャンなんですか?」
爺さんはトミ姉にチョコを渡した後、アタシにもチョコを渡す。
それからニカッと金歯をみせて笑って、シルクハットを片手にお辞儀した。
「いかにも! ワシは大魔術師『
「惚れてはないけど……チョコくれて、ありがとな!」
「ガーン!」と言いながら、オオタケ爺さんはわざとらしくずっこける。
そんな様子をみていたラクシャ、トミ姉のふたりも涙目になりながら笑っている。
気づいたら、アタシも釣られて笑ってた。
もうつまんないラジオの平坦な声は、アタシには聞こえなくなっていた。
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『……地下探行士と、そのご家族へ。』
『黄泉で働くということは、いつも危険と隣り合わせです。』
『事故によって働き手を失ったご家庭へ、黄泉公社では生活相談、見舞金制度など各種支援を行っています。』
『ひとりで悩まず、我々にご相談ください。あなたはひとりじゃない。』
『詳しくは、お近くの黄泉公社窓口までお問い合わせください。』
『これからも探行士とともに歩んでいく。』
『黄泉公社……』
腰のベルトに着けた
アクラはダイヤルを回し、少し音量を下げた。
「……だってさ。黄泉公社のサポートは手厚いねぇ」
「それ、本気で言ってるのか?」
「まさか。本当は毎年、500人は死んでるって話だよ。到底、死んだヤツら全員に金なんか配ってられない。『一定の要件を満たさない』とかなんとか言って、ほとんど支援なんてしちゃいないのが現実さ」
首にかけたネックレスを握りしめて、続ける。
「それに、仮に貰えたとしても……。そんなはした金、すぐになくなっちまうよ! ウチの子は育ちざかりなんだ。……一番上の子はもうすぐ、中学生になる。たっぷり、稼いでやらないとね!」
「そうだな」と
「……
「この道を曲がれば、すぐに着くはずなんですが……あっ、アクラ課長!これをみてください」
稲葉は目の前の壁を指で示した。……ただの壁にみえる。
「……壁、だな。……破るのか?」
そばにいた
樋山の前に
「待て待て、おそらく黄泉の構造が変わったんだろう。ここじゃよくあること、だろ?」
「ええ、そのとおりです。どうやら迂回するしかなさそうですね」
大滝と稲葉は互いに頷きあって、元来た道を戻るように言った。
俺も
しばらくして、後ろから話し声が聞こえてきた。
「面倒ですね……。早く帰って、シャワーが浴びたいわ……返り血が気持ち悪い」
「
「別に……
……疲れてきたのだろうか? 俺は横目で、ふたりの様子をうかがった。
三浦が声をかけるのに振り返りもせず、八目は頬に付いた緑色の液体をぬぐっていた。
「全員、ケガや消耗などはないか? 何かあればすぐに言うんだ。けっして油断しないように。いいな?」
「「「「「はい、課長」」」」」
俺を先頭に、六人は慎重に、周囲の様子をうかがいながら歩いてゆく。
黄泉族はいつ現れるか分からない。
注意して進んでいる最中、俺の肩を大滝が叩いてきた。
「なあ課長さん、あんた探行士になってどれくらい経つんだ?」
自分の肩から緊張が解けるのを感じる。
「……どうした急に? そうだな、もう三、四年ほど……だったかな」
兜でよくみえない大滝の横顔をみて、答えた。
「俺はさ、会ってから一年も経ってないが……課長さんのこと、結構好きだぜ?」
何を言い出すんだ、こいつは。
「……おいおい、気持ち悪そうにすんなよ! 探行士なんて、大抵は金の
「……うるさいですね。昔話をするなんて、ずいぶん歳を食ったようですね?」
八目があきれたようにため息をつく。
……同感だな。
「ハハッ……そうかもな。……この99
「それを調べるのが、私たち学者の役目……ですね!」
三浦が肩をすくめる。いつもの癖だ。
「まったく……アンタは元々学者サンだったのかもしれないけど、今はアンタもアタシたちも探行士だろ?」
振り返って、にこやかに話す仲間たちに苦笑した。
「お前たち……緊張感がないぞ。ここじゃ、何が起きるか分からないんだ。油断はするなと言っただ……ろ」
しんがりを務める樋山。
その背後の闇で、俺は……『何か』と、目が合った―――。
「樋山ッ!!」「……ッ!?」
少女のようにみえるソレは、左腕の巨大な
そして、そのままの勢いでこちらにまっすぐ伸ばしてきた。
「危ないっ!」
間一髪、三浦の大剣が触腕を弾き飛ばす。
額に冷や汗をかいた。
「……破ァッ!!」
すかさず、体勢を崩した少女に樋山が
……しかし。
当たる寸前、引き伸ばされて縮むゴムのように少女の身体は伸ばした触腕に引き寄せられ、かすりもしなかった。
「……はずした。きづいてなかったのに。もうちょっとだったなぁ」
赤いドレスに裸足の少女は、白い風船を揺らしながら、つまらなそうに言った。
ヒルのような触腕の先に付いた、いびつな形の口が樋山の耳を、音を立てて噛んでいる。
……嫌な汗が背中をつたっていくのを感じた。
「丁度いい……
樋山は額のハチマキをほどき、抉られた右耳の傷口をきつく縛り、構える。
「気をつけてください……みたこともない黄泉族です……!」
杖に力を込めた稲葉の周囲に岩が浮き上がり、漂い始める。
俺の踏み込みと刀の長さでは、この距離を縮められない。
前線まで移動する必要がある。まずは距離を取り、陣形を整えなければ。
「左腕に注意しろ!少なくとも三メートルは伸びる。距離を取れ!大滝と三浦は前進して道をひらけ!稲葉、八目!お前たちは援護しろ!樋山、動けるか?アイツから目を離すなよ……」
指示を聞き、探行士たちが少女のような黄泉族から、じりじりと距離を開ける。
「いくぞ!」
合図を送り、全員が慣れた動きで即座に陣形を組みなおすべく、移動する。
八目が移動しながらクナイを少女に次々と投げる。
すべて、触腕に叩き落とされる。……計算どおりだ。
クナイには猛毒があらかじめ仕込まれている。
毒に触れた触腕がジュクジュクと泡立ち、湯気を立てる。
だが、溶けた傷跡が剥がれ落ちて、元に戻る。
「チッ!効いてない……!」
反撃を封じ込めるため、八目はクナイが尽きるまで投げ続ける。
「くらえっ!」
クナイが尽きる前に稲葉は準備を終えていた。
浮遊していた岩が粉々になり、弾丸のように石の雨が降り注ぐ。
すかさず丸太のような触腕はぐにゃりと形を変えて傘となり、少女に覆いかぶさる。
次々と突き刺さった石から、黒い血が噴水のように噴きだす。
……しかし、またしても傷口がみるみるうちに塞がり、元に戻る。
「再生している……!? 僕らじゃ決定打にならない、このまま抑え込みます!」
稲葉の石の雨、八目のクナイが交互に少女を襲うが、稲葉の言うとおり、効果は見られない。
とはいえ、チャンスだ。向こうも守りに徹している。
このまま接近して、仕留める……!
「切り離してやるっ!」
三浦の大剣と、大滝の片手剣が左右から同時に襲い掛かる。
ザクッ……と、音を立てた剣が少女の腕に深々と突き刺さった。
だが、ふたりの身体が動かない。
……どうした、そのまま切り落とすだけだ。
「……!? ……くそっ! 抜けないっ……!」
触腕から、指のような細い触手が何本も伸びていた。
油ぎってぬらつくそれに、ふたりの剣が絡め取られている。
ふいに、触腕の口がニヤりと笑ったようにみえた。
「危ないッ!!」
次の瞬間、大滝は持っていた盾を捨て、三浦を突き飛ばした!
「うわっ……! 何すんだっ……!? おおたっ……き……?」
触腕は大滝の腹を突き破っていた―――。
「うぐっ……がはっ……」
大滝の口から大量の血が吐き出される。
死ぬ……死んでしまう。
心臓が一度、大きく跳ねた。
駄目だ、死なせない!
……俺の前で死ぬな!
「大滝ッ!!」
渾身の力をこめ、二本の刀で触腕を斬り飛ばすが、まるで手応えはない。
斬り飛ばされた触腕はビチビチと魚のように跳ね、次第に黒いタール状の水たまりを作り、腐臭を放つ。
血だまりに沈む大滝に駆け寄る。
貫かれた傷は大きく、血がとめどなく溢れてくる。
手で押さえても、まるで止まらない。
大滝を抱き起こし、横目でヤツの様子をうかがう。
既に少女の左肩からは新たな触腕が生え、次第に元の大きさに戻っていた。
離脱しなければ。一刻も早く。
「大滝っ……! しっかりしろっ……!」
「ごふっ! はーっ……はーっ……」
大滝の目をまっすぐに見据える。
焦点が合っていない……マズい、このままでは……。
誰かの叫び声が聞こえるのと同時に、大滝の顔に影がかかる。
俺は我に返り、顔を上げた。
……気づいたときにはもう遅かった。
しなる触腕がこちらを捉え、既に目の前に迫っていた。
次に俺を襲ったのは、身体が宙へ浮き上がる感覚だった。
そして、壁か、床か。叩きつけられる衝撃―――。
アクラはそのまま、気を失った―――。
第五話 黄泉族 完