黄泉ヲ裂ク華・二次創作小説【黄泉返り】   作:あるあじふぅ

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※本話には、流血・身体損壊等の暴力およびグロテスク表現が含まれます。


第六話 全滅

深い闇が辺りを覆っている。

 

浮かぶような感覚。

暗い海に水滴が落ち、波紋が広がる。

 

感じる。

破裂するような水音。

地を震わせる叫び声。

 

そして、歌。

悲しくも、美しい旋律だ。

 

それら、音の粒が波を立て、流れ込んでくるようだった。

 

『早く……逃げ……ろ……! うおおおっ!!』

小さな音。

そして、空を切る、剣の音。

 

『時間を稼ぎます! 逃げてください!』

『起きて! 社長に伝えてっ! ……ありがとうって』

『後は……頼む!! ……お前にしか、できんことだ』

消え入りそうな、その音を。

忘れないように。掴む。

 

ふいに、身体が軽くなった。

 

誰だ……?

耳元で、荒い息遣いとネックレスの揺れる音が聞こえる。

 

『……しっかりしな! 約束……忘れないでね……!』

 

まただ。

覚えのある、浮遊感。

 

すぐに衝撃が身体に走り、嫌な音を鳴らした。

いつの間にか、左手の刀を取り落としてしまったようだ。

 

「ぐっ……うう……」

 

襲ってきた耐えがたい痛みと現実感に、思わずうめく。

投げ出された衝撃で腹の底が軋む(きしむ)のを感じる。

 

俺は重いまぶたを開き、霞んだ(かすんだ)目でその光景をみた。

 

深紅に染まったドレスにちぐはぐな、ヒルのような腕。

それに仲間が次々と、飲み込まれていく。

 

 

「たべないと……にんげん、たべないと……」

 

 

目を覆いたくなるような惨劇。

みたくない。もうたくさんだ。

 

……だが、目を逸らせない。

逸らすべきではないと、そう思った。

 

それは恐怖のせいか、もはや分からなかった。

 

徐々に記憶を取り戻す。

俺はなんて、無力なんだろう。

 

右手の握力も失い、もう一本の刀も指先から滑り落ちた。

その場にくずおれる。

 

自分の、豆だらけの両手をみつめた。

 

「……はは。まただ。俺のせいだ。俺の……」

 

顔が歪む。

引きつった笑いが、喉の奥から漏れた。

 

血肉を啜る(すする)音が一瞬、止まった。

 

ヒタ、ヒタ。

声に気づいたのか、歌声が徐々に大きくなる。

 

そして、ピタリと歌が止まる。

 

気づけば、血と泥にまみれた少女の足が視界に入っていた。

 

力なく、顔を上げる。

感情の感じられない表情。

白い風船。赤いドレス。

 

夢なら醒めて欲しい。

これが、夢なら。

 

「…………」

 

少女は何も言わない。

俺は話しかけるでもなく、呟いた(つぶやいた)

 

「ここにくれば、何か分かるかもしれないと思っていたんだ。だけど結局、あのときと同じだ。俺には、何も、できなかった……」

 

「…………?」

少女は首をかしげる。

 

「せめて、知りたかった。『アイツ』がなぜ死ななきゃならなかったのか……。本当は、みんな分かっているのに、みてみぬふりをしてるんじゃないかって。確かめたかった」

 

「おじさん、なにいってるの……? わかんない。もういい?」

 

肩に、生ぬるく粘つくものが落ちた。

むせ返るような血臭とともに、湿った息が頬を撫でる。

 

俺は深く息を吸い込んで、目を閉じた。

 

とても長い夢をみていた。

そんな気がする。

 

でも、もうこれで終わりだ。

向こうにいったら、アイツになんて言えばいいんだろう?

 

分からない。

何も、分からなかった。

 

悔しさで唇が震える。

そして、ただそのときを待った。

 

 

しばらく、そうしていたが……。

 

 

一向に夢が醒める気配がない。

気づけば、悪臭も消えていた。

 

俺はもう、死んだのだろうか?

恐る恐る片目を開き、様子をうかがう。

 

「『ルキ』、もうおなかいっぱい。あなたはまたこんど、たべてあげるね。ねえ、おとうさま。ルキ、ちゃんとできたよ?だから……」

 

少女はそう、こぼした。

その目はどこか遠い場所をみつめている。

 

俺にはもう興味がなくなったのか、ドレスに付いたほこりを手で払い、くるりとこちらに背を向ける。

 

……白い風船が離れていき、視界から消えた。

 

遠ざかる足音に張り裂けそうだった心臓の鼓動が、収まっていく。

俺はあっけにとられ、しばらくその場から動けなかった。

 

「助かった、のか? ……うぐっ! ハア、ハア」

 

安心感と同時に腹部に激痛が走る。頭からは血が流れ、目が染みる。

立ち上がろうとするが、うまくいかない。

 

まずは傷の手当てが必要だ。

 

ポーチの中の包帯を掴み、手早く、頭と腹に包帯を巻く。

 

そして、もう一つ。

ピルケースから青い錠剤を取り出す。

緊急時用の、なけなしの回復薬だ。

 

その最後の一粒を飲み込む。

 

高価なアルゲン回復薬だけあって、すぐに効果が現れた。

 

身体の奥からじわりと熱が湧く。

裂けるようだった痛みが、少しずつ遠のいていった。

 

これなら、なんとか動けそうだ。

だが、まだ足には力が入らず、膝立ちのままに周りを見回す。

 

三浦(みうら)……?」「…………」

大滝(おおたき)……」「…………」

稲葉(いなば)……!」「…………」

樋山(ひやま)!」「…………」

八目(やつめ)!!」「…………」

 

声は、黄泉(よみ)の暗闇に吸い込まれていく。

 

「誰か!! 返事をしてくれ! 返事を……!」

 

そのとき、少女のものとは違う足音がした。

恐怖から反射的にはいずって、近くの岩に身を潜める。

 

(しまった! 早くいってくれ……)

 

必死に息を殺す。

 

岩の向こうで仲間の装備を荒らす音と、歯をカチカチと鳴らす音。

そして「チッチッ」というネズミのような声が聞こえてくる。

 

目当てのものが無かったのか。

すぐに足音が走って、遠ざかっていく。

 

安堵(あんど)の息を漏らし、俺は自らの軽率な行動に舌打ちをした。

 

ふと、目の前の岩に視線を移す。

岩には、鉄製の杖が突き刺さっていた。

 

俺は無言のまま、その杖を引き抜いて、それを支えに立ち上がった。

 

少し開けた部屋の周囲には、落とした二本の刀、使い込まれた籠手、赤いハチマキ、汚れたクナイ、そして、小さなロケットが付いたネックレスが落ちていた。

 

それらをひとつずつ、丁寧に拾っていく。

 

ハチマキとクナイをポーチにしまい込み、籠手と杖を、それぞれ腰や背中のベルトに括り付ける。

 

最後に……落ちていたネックレスを拾って、フタを開いた。

 

そこに映っている笑顔の家族に水滴が一粒、落ちる。

 

「……すまない。必ず、約束は守る」

 

無意識に食いしばった歯が軋んだ。

頭の血は止まったが、前が滲み(にじみ)、みえなくなった。

 

必死に、漏れる嗚咽(おえつ)を飲み込んでいるときだった。

 

腰に付けた無線機から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

『……ザッ……長さん、無……事か? 出発してからけっこう経ったが、もう向こうに着いたか? それとも……まだ……か? トラブルがあったなら……度、戻って報告してくれ! ……いいね!』

 

聞こえてくる声に、自然と笑みが浮かんでいた。

 

「ああ、ハンバ管理官! 俺は……クソッ」

 

返事をしかけて、やめた。

この携帯無線機(けいたいむせんき)は受信専用であることを思い出したからだ。

 

たしか、社長が言っていた。

「無線機を使って、探行士同士の違法な取引があったからこうなったのよね。……場当たり的な対応よね?」と。

 

どうでもいいことを思い出していることに気づいて、頭を振った。

「今は、キャンプに戻ることだけ考えろ……アイツらの死を、無駄にするな」

 

まだ震えている足を叩いて歩き出すと、じわじわと腹の包帯が血に染まっていった。

「チッ……肋骨もやられてるな。急ごう、動けなくなる」

 

痛みに耐えながら、先を急ぐ。

 

そして―――。

 

-----

 

キャンプの入り口、そのオレンジのフェンスに、ハンバは腕を組んで寄りかかっていた。

 

「まったく、いつまでかかってるんだ。第二キャンプはすぐ近くだろうに。連絡も一向につかんし、どうしたもんかね」

 

ふわぁ~あ、と。大きなあくびをハンバがしたとき。

 

ドサッ……、誰かが倒れ込む音が、ハンバのすぐ隣で聞こえた。

 

「ハァ……ハァ……くそっ」

「課長さん!? 一体、どうしたんだ!? 何があった!?」

 

ハンバの大声がキャンプ中に響く。

 

「今度はなんだってんだ……おっさん!? 大丈夫か!」

続くドー子の声に異変を察知して、他の四人も集まってきた。

 

「一体、どうしたんじゃ?」「酷いケガです! 誰かっ!」

「……!! どいてクダサイ! 管理官サン、仰向けにっ!」

 

持っていた救急箱を無造作に床におき、ラクシャが輸血用パックとチューブ、縫合セットを取り出す。

 

血みどろになった包帯に手をかざした彼女は、笑みを浮かべて続ける。

 

「安心シテ。ちょっと、気持ち悪いカモしれないケド、我慢してくださいネ? ふふっ……」

 

赤く染まった包帯が徐々に、元の白さを取り戻していく。

「!? うあっ! なんだ、これはっ……?」

 

流れ出たはずの血が、身体に逆流し、捻じ込まれるのを感じる。

 

まるで、痛みや苦しみの経験を巻き戻されているような不快感。

その強烈な感覚に、アクラは悶え、意識を手放しかける。

 

スズカはハッとした顔でアクラに近づき、目をまっすぐにみる。

 

「……ほかの五人は?」

 

……アクラは答えない。

ただ、黙って。首を横に振るだけだった。

 

その手には、血に汚れたネックレスだけが握られていた。

 

「おい、嘘だろ? まさか、全滅したのか?」

ハンバの顔から血の気が引いていく。

 

「五人だぞ……? あのベテランが、五人ともか?」

アクラはやはり、答えなかった。

 

「何があった!? 何をみたんだよ!! おい!」

その目は恐怖に染まり、ハンバは気づけば、アクラの襟元を掴んでいた。

 

「落ち着かんか! 怪我人を尋問する気か?」

オオタケがハンバを引き離す。

 

「まさか、第二キャンプは……」

ハンバは震えたまま、動かなくなった。

そばにはトミエが泣き出し、うずくまっている。

 

アクラは薄目でそれを、ただ眺めていた。

 

気づくと、遅れてきたカサンドラが遠くで佇んで(たたずんで)いるのがみえる。

 

カサンドラはただ「そう、彼らは……死んだのね」と呟いて、背を向けた。

 

その肩が一度だけ、小さく揺れたのがアクラにはみえた。

それきり、彼女がこちらを向くことは無かった。

 

ただ、彼女の背中を力なく、みているばかりだった。

 

 

次第に……大声、泣き声、名前を呼ぶ声が、遠くなっていく。

 

 

「アクラ……!」「課長さん……!」

 

 

代わりに聞こえてくるのは、あの歌……。

 

ルキ。

おとうさま。

またこんど。

 

アクラの脳裏に、言葉が浮かんでは、消えていく。

 

少女の歌が、耳の奥から離れないままに。

 

アクラは意識を手放した―――。

 

第六話 全滅 完

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第一編「オープニング編」は以上となります。

本作は編ごとに執筆・推敲を行い、公開準備が整い次第、二日おきに投稿する方針です。
今後の各編は、十話前後を目安に書いていく予定です。

次回は第二編「罪人・人狩りの看守長編」を予定しています。

よろしければ、感想や応援のコメントをお寄せください! とても励みになります!
ご質問にも、今後の展開のネタバレにならない範囲でお答えします。

進捗などは活動報告にて逐次ご報告いたします。
公開まで、もうしばらくお待ちください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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