Jukebox Driver 作:Penthouseはいいぞ
アンプは経年劣化する。
十年ほどすれば部品が劣化し、それが音へと反映されていく。
往年の名機といえど、今ではノイズまみれでまともに聴けたものではない。
これに関しては電子機器である以上仕方のないことだ。
とはいえ、結果として最早この世界から存在しなくなってしまった音があることも事実だ。
旧文明の機器は一体どんな音を出していたのだろうか、と思わなくもない。
今回はそんな劣化したアンプの修理依頼だ。
一応一定の評判はあるらしいが、特に名機というわけでもない。
新しいものに乗り換えればいいと思うが、まぁそこは仕事なのだし、無駄なことは言わない。
ラジオを流しながら修理作業に取り掛かる。
劣化した部品を取り替えればいいだけ、といえどそもそも同一の部品が存在しないこともあるからな。
そういう場合は──俺の場合、自分で再現するという選択肢が取れるが、基本的にはどうにもしようがないだろう。
「よし、できた。南宮さん、連絡入れてくれません?」
「わかりました」
掛かった時間は三十分。
念のため一時間ほどとしておいたが、パーツを作ったにしては意外と早かったな。
ま、作り方自体は覚えてるわけだし変な話でもないか。
別に凝ってもないが、気分的に軽く背筋を伸ばして疲れを吹き飛ばす。
作業のために外していたカラーグラスを掛け直して、作業場の椅子からソファへと移動。そのままごろりと寝転んだ。
「先ほどの場所に三十分後に取りに行くとのことです」
「……てなると、念のため今から出るか……」
このあと納品して、今日の仕事は終了。
の、はずだったんだが。
「音が変わっている! どういうことだ!」
いざ配達してみればこれだ。
音を確認したいと言われたのでそのまま渡し、向こう側が受け取ったあとに小型スピーカーで確認。
その結果、なんだか面倒なイベントが発生した。
「そりゃ死んだチップ交換したら音は変わるでしょうよ」
「いいや、音が劣化している。杜撰な修理を施したな」
音は良くなってるだろうが。
いや、でもこういう事態は結構あるんだ。
音ってのは曖昧なものであって、個々人の認識や体調によって聴こえ方も変わるものだし。
めんどくせぇな。
「……いや、偽物か。偽物と取り替えただろう? そうして私のアンプを売る気なのだ。私のギリーズセレクトA-4を!」
んなわけねぇだろ。
売る価値もねぇわ。
「……ちょっと、さっきから言いがかりが酷くないですか? 証拠もないのに偽物とか……!」
「言いがかりだと? ならこの音はどう説明をつける気だ!?」
「あー、南宮さんステイ。お客様、失礼しました。今回は返金後、元の状態に戻してお返ししますので」
「元に戻すと言ったか? それこそが偽物とすり替えた証拠だ! 治安局に通報させてもらうからな」
「交換した部品はちゃんとここにありますよ。なんだったらアンタの目の前で作業してやるから一旦落ち着いてください」
めんどくせぇな。
何が面倒くさいって、下手に治安局にガサ入れされると散々音動機弄くってるのがバレるところだ。
それにアンプ作りまくってるせいでこいつの訴えが本当に通りかねない。
ぶっちゃけ同じ外装のやつとかアホほどあるし。
「さっきからギャーギャーうるさいですが、どうしました? 大丈夫ですか?」
「なんだ貴様? 部外者が口を挟むんじゃない!」
「奇遇ですね。すみません、取り込み中でして」
たまたま通りかかったのだろう。
揉め事と見てか、ダイアリンさんが話しかけてきた。
「あっ」
南宮さんが何かに気づいたかのように小さく声をこぼして、ちらりと俺のほうを見る。
それに対し俺は小さく口の前に人差し指を当てて、他言無用をアピールした。
どうして悪戯っぽく笑うんだよ。
「……あの。いえ、とりあえず……何があったんです?」
「こいつが修理と称して私のアンプを偽物とすり替えたのだ!」
「へぇ、ちょっと失礼しますねー」
「あ、貴様何を勝手に!」
「ん? 良い音じゃないですか。別に変なところはないですけど」
「音のわからないガキは黙ってろ!」
「ふぅん。偽物だとして、シドさんならこんな音作らないでしょう。特有の音色がないし、その味付けがないにしては他の特徴も薄いし。飾りっ気ないデザインはすごく似てますけど」
彼女はポーチから、そっとアンプを取り出して、見比べる。
いやまぁ、似てるのは当然っちゃ当然。
だってこのアンプ作ったの俺だし。
請負人を始める前の頃、いろいろと作るための元手が必要だった頃にオークションに掛けたのがこのアンプだ。
だいたい十年とか前くらいか。
郊外の鉄屑で作ったから完成度低いんだよ。
当時は今ほど加工精度が高かったわけでもないしな。半導体いじるノウハウも今ほどなかったし。
だからパーツの在庫もない。
見た目に関してはデザインセンスがないから音が良ければいいやってずっと同じデザインで作り続けてるわけで。
「……待て……いや、間違いない。そのアンプ……ギリーズのポータブルアンプじゃないか!」
「はぁ?」
「馬鹿な……市場に一つだけしか出回らなかった伝説の逸品……唯一このイヤホンと組み合わせることだけを考えて作られた世界一のポータブルシステム……! 私がこの姿を見間違えるものか……! た、頼む……音を、音を聴かせてくれ!」
「嫌ですけど」
「そこをなんとかぁ……!」
「…………」
ダイアリンさんは、こちらをちらりと見て。
迷うように視線を彷徨わせ。
「…………あぁ、もう……シドさんに言いがかりつけたことを謝ったら、一瞬だけ聴かせてやりますよ」
「すまない私が間違っていたこの通りだ」
「うわぁ……大の大人の土下座だ……」
「気色悪いですねぇ」
「あー、別にいいですよ俺は」
なんだかなぁ。
結果的に彼女に助けられちまった。
「それじゃ、ほら。一瞬だけですよ」
「おぉ……これが……」
そうして、男はイヤホンを耳に嵌めてプレイヤーから曲を流し始める。
「──ふぐッ、神の音色……!」
「うわぁ……大の大人の号泣だ……」
「気色悪いですねぇ」
二人とも辛辣だなぁ。
男が謝罪して去っていく。
それを見送って、小さく息をついた。
「……はぁ。ありがとうございます、助かりました」
「いえ、お力になれてよかったです」
彼女は除菌シートでイヤホンを拭っている。
猛烈な勢いだ。眉間に皺すら寄っている。
「……これ、シドさんが作ったって言ってましたよね?」
「まぁ、はい」
「あいつの言ってたことが本当なら、シドさんがそのギリーズだかってことになりません?」
「そうですよ。昔の名義です」
「えっ……じゃあ店長、尚のことあんな言いがかりつけられる謂れはないじゃないですか!」
「人の耳は完全じゃないですからね。『思い込み』で聴く音が変わるなんてよくあることです」
高級ケーブルだとか、置くだけで音が良くなる電波を出すだとか。
なんなら電気の質で音が変わるとかの迷信もあったな。
人間の五感が完璧じゃないからこそ、そういった思い込みを利用して高値で売りつけるような行為が蔓延している世界である。
ああいうユーザーだっているものだ。
つってもあのレベルはあんまいねぇけど。
「だからこういうことも、思っているより起こるんです。迷惑な話ですが」
「よくあるんですよねぇ。説明書を読まずにクレームを入れたり、間違った使い方で壊して弁償しろって言ってきたり」
カスタマーサポートに勤めている人の言葉には含蓄がある。
そうなんだよな。
こういうときはハズレを引いたと割り切るに限る。
「……ところで、シドさん。そちらの女の子は? さっき店長と呼ばれてましたけど」
「あぁ、アルバイトの子です。最近雇いまして」
「はじめまして、南宮羽です。『ネーヴェ・エスターテ』でバイトさせてもらってます。妄想エンジェルっていうグループでアイドルもやってるので、もし良かったらチェックしてみてくださいね!」
「……ふぅん。アイドルですか……」
「はい。あ、それと……」
南宮さんが、何かひっそりとダイアリンさんに耳打ちする。
まるでこちらに聞かせまいとするかのように。
ニヤリとした笑みは、まるで何かを企んでいるみたいだ。
おいマジでやめろって。
「……ふぅん、そうなんですね」
何を言われたのか。
小さく呟いた声音からは、声帯の緊張くらい読み取れる。
彼女はちらりと俺の顔を見て、すぐに背けた。
顔色は普段通りに見えるが、様子がおかしいことくらいすぐにわかる。
そう、これは──気不味さを感じているときの特徴だ。
やりやがったな。
俺ちゃんと口止めしたはずなのに。
南宮羽。
なんてやつだ。
音を脳で聴いているという感覚なんですけど、音楽流しながら別室行くなりしてから戻ると頭の中で想像してたタイミングと実際の音楽がズレてることありません?
頭の中では『この曲はこう』という記憶があるんですが、思い出してる最中のラグなりあるいは純粋にテンポがズレていたりで実際と食い違うという
我々が聴いてる音というのはわりと頭の中で聞きたいように補正されていて、だからこそオーディオ界隈にオカルトが蔓延るわけですね
よくわからん? じゃあ直球で言うけどビデオで言ったらモザイク除去機(※感想でこいつが本当に機能した時期があったらしいことを知りました 勉強になる〜)