ギリガンの音動機が、どうして伝説とまで謳われているのか。
それは単純に、武器としての出来が良いから。
音動機の基本効果は音波によって、ホロウ内部でのエーテル侵食から身を守ることができるというもの。
現在はそこに更に何かしらの機構をつけることで、戦闘における補助デバイスとしても扱われるようになっているのだが。
その補助としての機能を突き詰めたものがギリガンの音動機だ。
単品でもその振動を利用することにより、並の武器をゆうに超える出力を発揮することができる。
戦闘におけるオールインワンデバイスとして、これほどの出来のものもそうはない。
だがその音動機の本当の強みは──出力に耐えうる武器に利用したときにある。
というのは、おそらく俺しか知らない話。
そもそも音動機が単品で武器として利用できるのに、どうしてわざわざ更に武器を併用しなきゃならねぇんだというわけで。
かつ、俺の使う『振動』に耐えられる武器もそう多くはない。
結果としてそう設計したわけではないというのに、武器として出回ってしまっているわけだ。
そしてそうだとしても、そのへんのごろつきが遊ぶにしては危険すぎる玩具であって。
だから俺は、ギリガンの音動機に関係するものを『請負人案件』として指定した。
これはインターノットにおける依頼の優先事項だ。
請負人がその仕事を優先して請けるという条件の一つ。
つっても、ものがものだからギリガン関係の依頼はあまりないんだが。
今回は珍しく、その「あまりない」のうちの一つが舞い込んできた。
煙と埃、定期的に響く破裂音。
「こいつは──Sシリーズの2号目か。なんだってこんなとこにあるんだか」
拾い上げた音動機を指で弾いて弄ぶ。
俺の作ったものには共通する命名規則がある。
頭文字が等級のランク分け。基本的にSからBまでだな。
基本的にS以外は俺の要求する水準に満たない機材。
あとはそのランクの中の序列分けとして、数字をつけている。
つまりはこの音動機は市場に流れた音動機の中で、俺が二番目に良いとしている作品である。
とはいえそれも俺の基準だ。
特にこいつは、まともな人間に使えたもんじゃねぇ。
「──う、あ……」
「お? まだ生きてやがったか」
先ほど、俺が利用したS-2による攻撃で倒れた研究員らしき装いの男が、うめき声を溢す。
見た目よりよっぽどタフじゃねぇか。
「な、なぜその音動機を起動できる……?」
「さぁ? こいつだって多少は見てくれの良い男に使われたいんだろ」
そもそも前提が間違っているけどな。
こいつは単品で使うように設計してはいない。
S-1とペアで運用するために作ったというのに、片方だけしか用意していなければそりゃ無理だろうよ。
単品運用は俺以外には不可能だ。
俺より耳が良いならできるかもしれねぇけどな。
「テメーらはどこでこれを手に入れた? お前らじゃ人生百回やり直したって買えやしねぇだろうに」
「私が手配したからよ」
質問の答えは、背後からの声が答えた。
「はじめまして、請負人。私は」
「うるせぇ」
目を向けるまでもなく、見えている。
音動機からの攻撃は、それだけで容易く人の身体を破壊可能。
だというのに、後ろに立っていた女は微塵も避ける素振りを見せずに右肩から先を吹き飛ばされた。
「──酷いじゃない。話を聴きもしないの?」
「……オマエ、何だ?」
おかしな話だ。
真っ当な人間は、死を前にしてあそこまで無造作ではいられない。
そして腕が吹き飛んだというのに、ここまで冷静でいられるはずもない。
振り向くと、黒い女が立っていた。
「私が誰かなんて、どうだっていいじゃない。
そう言って笑う女の顔の裏に。
なにかが透けて見えるような気がする。
「──名前を残したいんでしょう?」
まるで世界を嘲笑うような、薄ら寒い笑みがそこにはあった。
「うるせぇ死ね」
対話不可能と判断。S-2とEX-1、そして
俺を中心として生成された重力場が、そのまま指定した座標を容易く押しつぶす。
「誰ぞの手を借りなきゃ残らねぇ程度の名前なんざクソくらえだ」
まるで世界を捻り切るかのような轟音が、そのまま世界の裏面へと消えていった。
「……残念ね」
皮や肉が引き剥がれたのだろう、全身が血に塗れた女は、それでも無感情にそう言って、去っていった。
その身体は、まるで逆再生されているかのように少しずつ治っていく。
「……気色わりいな」
何かしらの陰謀に巻き込まれているような気がする。
わざわざギリガンの音動機を餌にして接触を図ってくるような相手だ。
ある程度の社会的立場はありそうだよな。
自分で言うのもなんだが、ありゃ金やコネがねぇと入手できねぇようなもんだし。
じゃなきゃ信用できるとこが持ってるやつ以外全部回収して終わってる。
推定でTOPSの上のほうの役員あたりか。
あー、めんどくせぇ。
心の底から、俺はため息をこぼした。
「──大きな音がしたから来てみたら……キミがなにかしたのかな?」
と。
そこで、更に静寂を斬り裂くような声がした。
「──は?」
思わず、素っ頓狂な声をこぼしてしまう。
こんなところで、いや、それ以前に、もう二度と聞くことのできないはずの声だったからだ。
振り向いて、まず目に入ったのは──翼。
俺と同じ、それでも決定的に違う翼。
でも、そんなわけがないんだ。
それがここにあるはずがない。
だって、あの人は死んだ。
確かに俺の目の前で、死んだ。
けれど、だったらどうして──あの人と同じ顔をした人が、そこにいるんだ?
「おっと、随分と熱い視線……でも敵意って感じじゃないね。うーん、知り合いなはずはないんだけど」
その、理由は。
俺だからこそ、すぐに理解できた。
「──ははっ、成功作か」
だとしたら、それは随分と許せない事実だ。
かけていたカラーグラスを、外す。
なんとも都合の良いことに、俺の手にはS-2があるからな。
さっきの女の手のひらで踊らされているような気分だ。
イラつくぜ。
それでも今は乗ってやる。
そうじゃないと、俺は胸を張ってあいつらの兄だと名乗れねぇ。
「機嫌が悪いんだ。悪いがアンタをぶっ飛ばさねぇとどうにも晴らせそうにねぇな」
「やる気? うーん……ちょっと今はそんな気分じゃないから、パスさせてもらうよ」
──羽が舞い、肩口へと触れる。
それを俺は、ゆっくりと認識し。
そして、俺の体内で爆ぜるような振動が走り──強制的にその状態を脱却した。
「──ちょ、嘘っ!?」
「余裕腐ってナメやがって、こちとら郊外育ちだぞ──動けねぇ程度で動かねぇとでも?」
「はぁ? もうっ、なんで私こんなキレられてるの!?」
言いながら、背の翼でもって宙へと逃走する彼女。
何気ないであろうその行動すら、逆鱗の縁をゆっくりと撫ぜられているかのように虫酸が走る。
「仕方ないなぁ……なんかキミしつこそうだし。ちょっと痛くなっても泣かないでよ!」
「こちとら生まれたときだって泣いたことねぇよ!」
そうして。
──直後に、衝突があった。
請負人の地雷はわりとどこにでもありますが、その中の一番デカいとこに行ったのは今回で二回目です。
かわいそう……ふんじゃったおっきなつばさのひとはいったいだれなんだろうなー