泣いたほうがいいか?
『ねぇシド。あなたはお兄ちゃんなんだから、進んで背中を見せてあげてね』
なんだって俺がそんなことをしなきゃならねぇんだ。
そんな言葉は、言わなかった。
言っても意味がない言葉だったから。
それに、そう言うときっと悲しそうな顔をするだろうと思ったから。
「流石に速い」
元を考えれば当然だ。
再現度はかなり高いように思える。
その事実が、とにかく気に食わない。
「叩き落としてやる」
だから、俺は武器を展開した。
「──鍵盤? ろくなものじゃなさそうだけど──」
身体の周囲に、巻き付くようにして湾曲した鍵盤が展開される。
といってもそこまで大きなサイズじゃない。
たとえば畳めば音動機と同じサイズになるくらいに。
「さぁて、S-2の使い方を見せてやるよ」
適当に叩きつけた鍵盤の音。
それは、指向性を持った衝撃波となって直線上のものを破壊しながら進んでいく。
「なにそれ!」
「玩具だよ。ちょっと人を殺せる程度のな」
「それは『武器』っていうべきだと思うけど?」
いいや、玩具だよこんなもん。
武器として使うには稚拙すぎる。
ただまぁ、人を傷つけるには充分すぎる部分もあるが。
乱雑にかき鳴らす音が、そのまま空間を軋ませていく。
そのたびに起こる衝撃波から、逃げるように悠々と空を舞って逃げる。
空に逃げられるとやっぱ当たらねぇな。
地上なら逃げ場もないからだいたいワンパンなんだが。
あの翼。
ズルいだろ。
「ちょっと、そのサイズでポンポン範囲攻撃できるのズルじゃない? ナーフしてほしいんだけど」
「飛べるやつに言われたくないな」
「……キミは飛べないの? そんなに立派な翼があるのに」
「あいにく」
右手の五指すべてを、思いっきり叩きつけた。
最悪な音が鳴り響き、それは先程の倍まである規模の破砕を撒き散らす。
やっぱ回避されるか。
随分と回避の精度が良い。
「天使になり損なったんでね」
人は重力を無視できるようにはできてない。
実際に母は飛び損なって死んだ。
だから、目の前で悠々と飛んでいる人間を見ると言いたくもない言葉が引きずり出されていく。
「どうして俺らは飛べるようにデザインされなかったんだ?」
「さぁ……というか、キミ本当に飛べないの? その翼、私より」
言葉は粗雑な破砕音が呑み込んでいく。
直上で起こった衝撃を、回避するために彼女は僅かに高度を下げた。
接続を切り替える。
先ほどやったように、重力場を形成。
規模は──さらに大きく。
寝てやがった研究員どももさっさと逃げ去っている。
だったらここら一帯ぶっ潰してもいいだろ。
「──できるやつが、そうやって偉そうに」
そうして、俺は気軽に引き金を引いく。
直後、極大の重力場が、その場すべてのものを引きずり込んだ。
「──キミ、ほんとに何考えてるの? 自爆するとこだったんだよ!?」
「あ?」
周囲のすべてが、静止している。
まるで時間が止まったかのように。
成功作ってのはすげぇもんだ。
まさかここまでの規模で力を行使できるとは。
「ほら、さっさと逃げるよ。歩いてちゃ間に合わなさそうだし、手貸して」
「要らねぇよ手羽先女」
「ほんっとに失礼だなぁ……キミ、そんなに私のこと嫌い?」
「嫌いだね。母さんと同じ顔をしてる」
そう言うと、彼女はなんだか虚を突かれたかのように目を丸くした。
「……そっか。それじゃ一旦私のことをお母さんだと思っていいから、逃げよう? こんなところですり潰されることなんて、誰も望んでないからさ」
「…………はぁ」
「何そのため息。失礼だなぁ」
仕方ない。
俺は彼女の手を取った。
自分の攻撃で死ぬような人間でもない。
指向性自体はいくらでも調整できるが、今はただ彼女の言葉に甘えておくことにしよう。
それは何か、自分の胸にはっきりとした理由があったわけではない。
ただ。
そう、ただ。
身勝手な戦いの最中であっても向けられた善意は、受け取っておくべきだと思っただけだ。
「それじゃ、飛ぶよ。ちょっと我慢してね」
彼女の手を掴めば、身体が少しずつ引っ張られるようにして浮いていく。
そのまま、驚異的な加速で現場から立ち去っていく。
後ろで、重力場が弾けるのを見た。
周辺が飲み込まれて、すべてを消し去っていく。
「どう? 空を飛ぶのって」
「どうもなにも、特別なことじゃねぇよ」
その程度のことを、できないだけであって。
「うそつき」
そんな強がりを、彼女は軽く笑い飛ばした。
「キミのお母さんってどんな人だった?」
続けて、彼女は言う。
そんなことを聞いてどうするのだろう。
そう思ったが、俺も話したかったのかもしれない。
そのまま、俺は口を開いた。
「……大人しくて、静かな人だった」
「私と違うね」
何がおかしいのだろう。
彼女はくすくすと笑っている。
「それでも、よく笑う人だったよ。そうやって、俺にいろんな物語を教えてくれた」
だから俺は、物語が好きなんだろう。
「優しい人だったんだね」
吊り下がっている状態だと、彼女の顔はわからない。
感情は、声からしか類推できない。
「ねぇ、キミは私のこと、名前で呼んでよ」
その声は、どこか後ろめたさを含んでいて。
「レミエール──レミエール・ダンって、さ」
その言葉を聞いて。
ようやく俺は、何か思い違いをしていた可能性に気づいた。
──同じ顔をしていたのは、成功作だからとかじゃなくて『本物』だから。
ありえない話だが、ついさっき恐怖の再生女に会ったばかりだ。
そうおかしな話でもない、と理性が告げる。
だとしたら、俺の行動はすべてとんでもない筋違いであって。
「──ははっ」
自嘲するしかなかった。
偽物が本物に噛みつくなんざとんだ笑い話だ。
「よろしく、レミエールさん」
そういって、俺は空いた手でカラーグラスを掛け直した。
最悪な気分を、閉じ込めるように。
何はともあれ、回収の依頼は終わりだ。
最後のアレでS-2は結構劣化しちまったが、まぁいいだろう。こいつは依頼元に預けておく。
「はぁ」
気分が悪い。
間違っているのはこっちだ。
だというのに、本物に対して突っかかったという事実──それがどうにも気に障る。
だから、街を歩いていた。
「──ん」
少し先に、ダイアリンがいるのが見える。
その隣には、知らない男がいた。
柔和な顔つきの青年であった。
俺と近い髪の色をした青年だ。ありゃ銀だろうか。
穏やかな佇まいで、荒事とは無縁そうだ。
何の気なしに、立ち止まった。
「……そーだな」
なんだかんだプライベートで会うことも多くなっているが。
俺と彼女はただ、馴染みのある店員と客程度の関係でしかない。
そうだ。
だから。
偽物でなり損ない、更には『請負人』だなんてまともなもんじゃねぇ俺なんかより、ああいう青年のほうが彼女といるにはずっと良いだろ。
「このあたりの飲み屋って、どこがいいんだか──」
知らねぇや。
店で飲むなんざあんましねぇし。
だがまぁ、今日は最悪な気分なのだ。
たまには飲んだっていいだろう。
俺は進路を変え、記憶にある飲み屋を探すのだった。
この物語はハッピーエンドにすることを誓います