「で、キミはどうしてこんなところにいるの」
「どうしてったって……なんでだろうな」
気づいたら、ここにいたとしか言いようがない。
壁にもたれながら、戻ってきて膝に居座る野良猫に手を撫ぜる。
レミエールに対しては威嚇をするのだが、俺には特に何の抵抗もない。
結果として羨ましそうな目をされている。
なんでだよ。
「まぁ、酔っ払ってたんだろ。今は……九時か。あ? 一時間くらい寝てんじゃねぇか」
「不用心だね。そんな体たらくだと女の子にも呆れられちゃうよ?」
「……いねぇよ、そんな相手」
そんなお節介なことを言ってくる人間なんて、とんと心当たりがない。
あるとすれば母親面してるアンタくらいだ。
そうやって吐き捨てて、頭の中に浮かび上がってくる影を振り払う。
そんな俺の心を見透かしたかのように、レミエール・ダンは言うのだ。
「そうやって何もかもを押し殺したって、良いことはないよ? 大切な人がいるんなら、その人の前では素直でいなくちゃ」
「……見透かしたように言ってくれやがる。そんなに俺ぁわかりやすいか?」
「うん。……キミは私に似てるよ。だからかな、なんだかほっとけない」
「んな慰めはごめんだね」
「こんなつまらない慰めなんて言わないよ。本当のことを言ってるだけ。──みんなの前じゃ言えないこと、私にもいっぱいあったから」
だろうな。
アンタはそういう弱さを見せない人間だ。
記録に残っているレミエール・ダンは──俺達がそうあれと望まれたレミエール・ダンは、いつだって不敵で、無敵で、突拍子もない女だ。
それを『請負人』としての理想だとして振る舞っていたが、目の前の彼女は想像していたよりもずっと等身大の人間で。
だったら、その虚飾のアンタになれと望まれた人間は、一体全体どんな顔をすりゃいいんだよ。
そんな言葉は、言うべきじゃないと呑み込んだ。
「そぉだな」
押し殺してる、か。
確かにそうだな。
たまにゃ素直にでもなってみようか。
「……ん、どこに行くの?」
「酒の補充」
「えぇー? まだ飲むの? もうやめときなよ」
「まだ足りねぇよ、弟曰く俺ぁ真面目なんでな。馬鹿んなるには酔っ払ってねぇと」
そう言えば、彼女はどこか興味深そうに「ふぅん?」と言った。
今いる場所は──ルミナスクエアか。
それならちょうどいい。
多少は人がいねぇとつまんねぇからな。
適当に酒を買っておいて、広場の端っこのほうに陣取った。
既に半分ほど飲み干した一本目の瓶を一旦地面に置いて、耳飾りとして加工してある音動機を起動。
「はい、買ってきたよ」
「センキュー」
そんでもって、ちょうど戻ってきたレミエールが買ってきたエレキギターと接続した。
さすがルミナスクエア。こんな時間までやってる楽器屋までちゃんとある。
軽く引き鳴らすと、耳元で地響きのような馬鹿みたいなギターの音が響き渡った。
「うわっ」
耳を押さえるレミエールのように、通行人も驚き混じりにこちらを見る。
俺は耳元の振動を制御して音を減らしているが、実際うるせぇだろうな──なんてったって
「ふふ、ちゃんと見ておくから──頑張ってね」
「言われねぇでも」
さぁて。
こっからギターに負けねぇ大声を、酒に焼けた喉で出せるもんか。
こんな音出してりゃ治安官がすっ飛んでくるだろ。
声が出なくて嗤われるかもな。
こんな馬鹿げたギターの音量と釣り合いなど、取れるわけがないんだ。
そもそも運指をトチったらどうする?
そんなクソったれな
さぁ、歌え。
ジャンクヤードの魂を叫べ。
別に何も、特別なことじゃあない。
そうだろ?
「ははっ」
音がズレてても、発声が下手でも、歌は歌だ。
だから、俺は。
その瞬間を、南宮羽が見れたのはただの偶然だ。
良い子は家にいる時間。
たまたまルミナスクエアにいた羽は、喧騒さえ切り裂くエレキギターの音に目を向けた。
ギターソロのパートなのだろうか。目まぐるしく揺れ動く速弾きは、思わず眺めてしまうほどの音とリズムを刻み出している。
その運指に見惚れて──羽は、少し遅れて、弾いている人物が誰なのかに気づいた。
「……店長さん?」
「あれ? 奇遇だね」
「え、
隣に立っていた女性に声を掛けられ見てみれば、そこにはかつて妄想エンジェルのショート動画で一緒に踊った女性がいる。
「いい曲でしょ?」
音を邪魔しないようにか、耳打ちするように羽へと話しかける彼女に、羽はこくりと頷いた。
これまで羽は、青年がギターを弾くところを見たことがなかった。
配達のときに、軽く歌っているのを聴いたことがある程度。
だから、青年が全力で歌っているところを見るのはこれがはじめてだった。
「──かっこいい」
思わず溢れたのは、そんな言葉。
今歌われているのは知らない曲だ。
それでもつい耳を傾けてしまう、そんな魔力がそこにはあった。
がなりたてるような、吠えるような声は冗談のような声量で。
荒々しいギターの中にあってなお、決して負けることがない鮮烈な声。
普段は落ち着いた物腰の青年とかけ離れた、剥き出しの魂を叫ぶようなそんな姿を、羽の目は強く映している。
(これのどこが、『歌が下手』なのさ)
だって。
今ここに生まれている人集りは、彼の演奏を食い入るように眺めている。
これだけの人の視線を釘付けにしていると言うのに、ただ思いのままに歌う彼にはそれがきっと見えていない。
大きな声を出すと、まるで頭の中に熱が溜まっていくような感覚がある。
まともに目を開くことすら難しくなるから。
きっと彼には、目の前の光景は見えていないのだ。
「ね、カッコいいでしょ?
「──えっ」
耳打ちされたそんな爆弾に驚かされながら、それでも。
羽はただ、今目の前の音楽を眺めていた。
止めに来た治安官ですら曲の終わりまで立ち竦んでしまうような、そんな熱量の塊を、ただじっと。
(──ボクたちだって、絶対……!)
そんな気持ちを、胸の中で燃やしながら。
羽は、その