「えっ、店長さん『ホロウ・ザ・ヒーロー』に出るの!?」
出場のため臨時休業を伝えたところ、南宮さんは大げさに驚いてみせた。
「すごく話題にはなってたけど……血の気の多い人が集まってそうですよね。店長さんのイメージと合わないというか……」
「まぁ事情がありましてね。必要だから出場した、それだけです」
俺のイメージか。
他人から見た自分ってのはどうにも測りかねる。
自分自身は、自分のダメなところをよく知ってるからだろうか。
相手から見ている自分がよくわからない。
請負人のときは理解しやすい。
怯えや睨みの視線は、何よりも雄弁だ。その像だって簡単に結ぶことができる。
例えば、俺にとっての『音』のように。
「怪我はしないでくださいよ? 危なかったらすぐリタイアしてくださいね?」
「はは、気をつけますよ。それにバイク乗ってくので、最悪簡単に逃げられます」
こうして心配される経験というのは久しぶりだ。
南宮さんは、その翼をゆらゆらと揺らしながらどこか不服そうにこちらを見ている。
なんなんだろうな。
特に南宮さんの態度は読みづらい。
彼女に関しては最初の行動から、俺にとっちゃわかりづらいんだ。
真面目なのは理解している。そして飄々としているようで、誰よりも努力していることだってよく知っている。
それでも、どうしてその中のピースに俺を組み込もうと思ったんだろうか。
最近の若い子は、というやつか。
まさか俺がジェネレーションギャップを実感するなんてな。
ちょっと前までは想像もつかないことだった。
「で、店長。それは何を?」
「漫画ですよ。最近経験値も溜まってきたんで、なにか短編でも描こうかと」
とはいえ全く進んでいない。
最初のネームですら手が進まない。
こういうの、なかなか難しいもんだ。
「ふむふむ。どういうお話を?」
「それがですね」
「はい」
「決まってないんですよ」
「え」
これが冗談ではなくてマジだ。
そろそろできるんじゃないかと思ってペンを執ったはいいが、いざ向き合ってもいまいち上手い構想が出てこない。
だからネームすらまったく描き進まないのだが。
「何か、言いたいこととか、伝えたいことっていうのはないんですか?」
「伝えたいこと……」
なんだろうな。
そういうのは、理解できない。
言いたいことは、きっとある。
言うべき言葉だってあるはずだ。
けれど、いざそれを引き出そうとしたときに、言葉に詰まる。
それどころか、その一片さえも浮き上がってはこないのだから、どうにもむず痒い心地になる。
「特にないですね」
だから、そういうしかなくなってしまうのだ。
そんな俺を、南宮さんは見ていた。
何か言いたげな目で見ていた。
ホロウ・ザ・ヒーローの開幕まではさほど待つ時間もなかった。
規定の場所からホロウ内部へと侵入する。
「さーてと」
車に乗るのは流石に嵩張るからな。
久しぶりにバイクを持ち出してきた。
普段通りにカラーグラスを掛け、ヘルメットなしの状態で気楽に走る。
「リソースは有限、少ない牌を奪い合うバトルだが──ま、緩く行くか」
俺以外の全員が失格すれば優勝だ。
つってもレミエール以外の知り合いは流石に失格させたくない。
「狙いが被らなきゃいいんだが」
言いつつ、アクセルを捻ってシフトチェンジを重ねていく。
200馬力もありゃ加速に難は特にない。
走りながら、道中に現れるエーテリアスを撃破する。
走りながらでも核を破壊できるあたり、そんな強くねぇ。
まぁ一般人も参加するような大会だからな。
お陰様で楽にポイントが稼げる。
「歯ごたえねぇなぁ」
これなら歩いたほうがまだマシだっただろうか。
ただバイクで走って勝ちってのもつまらねぇ。
なによりそれは粋じゃねぇと、『請負人』の頭が告げている。
「──んぁ?」
人影が、見えた。
周辺にエーテリアスの姿はない。
だというのに、わざわざ大ぶりな刃を構えているのは──はてさて。
敵襲か。
そう判断しつつ、アクセルを緩めることはない。
「よっと」
帰ってアクセルを強めながら、途中で勢いのまま
時速200キロで走っていたバイクから飛び降りれば、当然身体はそれ相応の速度で宙に放り出される。
「ニコラス、車体制御」
返事はない。
愛車は壁に容赦なくぶち当たった。
正面の相手の攻撃を躱しつつ、壁の側面へと着地しながらそれを眺める。
「……」
風切音で音声認識できなかったか?
あの程度で壊れる程度の設計はしてねぇが、かといって愛車は愛車。想定外の傷は凹まなくもない。
「──よぉ、請負人」
「あ? 誰だテメー」
「……いいさ。テメェと違って俺ァ名前を知られるようなヘマをしてなかったってことだ」
「そうやって自分を慰めてる時点でテメーは三流の負け犬ってことじゃねぇの?」
次の言葉はなかった。
ただ、純然たる殺意の刃がこちらに向かって振るわれる。
相応に速い。立っていた壁を蹴り、回避する。
「……テメェ、俺を馬鹿にしたか?」
「キレんなよ、不細工な声がもっと
鍵盤へと指を叩きつける。
不可視の衝撃波が、即座に回避行動を取った男の眼前を掠めた。
つけているマスクの先端部が、消し飛ぶ。
「はッ、あの『請負人』が、都会暮らしで手先狂ってんじゃねぇか?」
「外してやったんだよ、遊びは
「野良犬風情が遊びだと?」
「犬はそっちだろ
「殺す」
「よく吠える様がまさにだな」
「テメェもなッ!」
下から捲りあげるように振るわれる刃は、見た目よりも伸びが良い。
予想外のバネだ。回避の挙動が一手遅れる。
仕方がねぇから、
「ハァ──」
「シンキングタイムだぜ。せいぜい足りない頭で考えろ」
あくまで
基礎から応用まで、できることの幅が広いし──真空を除けば、どこにでもある。
「
「──テメーと俺の格差はどんだけあるでしょうか?」
そのまま、手を覆う防壁を更に強める。
触れていた刃が、増幅した衝撃に耐えかねて崩壊した。
内側から弾け飛ぶように砕けた刃の破片を避けるために向こう側が身を翻し、互いの間に距離が生まれ。
至近距離で飛び散った散弾のような破片は、そのすべてが俺に当たる前に叩き落とされる。
それを見て、男が舌打ちをした。
「……クソが、今テメェとやり合ってても時間が勿体ねぇ」
振動で腕が痺れたのだろう。
右腕を身体の前面にぶらりと垂れ下げた姿でも、隙はなくこちらの様子を伺っている。
「請負人──テメェは俺が殺す。覚えてろ」
「名前も知らねぇ雑魚にそう言われてもな」
「チッ」
撤退していく姿を、そのまま見過ごす。
そうして俺も、上げていた手をそのまま降ろした。
「行ったか」
直接身体に纏うのはやりたくねぇんだよ。
こういう負担を減らすために、色々な状況に対応できるギリガンの音動機を作ったわけで。
この場でぶちのめしてもいいが、そうなるともっと身体に負担がかかる。
思ったよりもすばしっこかったからな。
あと二回程度は接近されるくらいはやられるだろう。
それは流石にめんどくさい。
「……はぁ。バイクの傷といい、これでボウズじゃ割に合わねぇぞ」
あれより面倒くさそうなやつが最低で二人いるんだ。
両方敵対の可能性は低いとはいえ、突発的な戦闘になる可能性はないわけじゃない。
わざわざ不利なまま戦ってられっか。
僅かに痺れが残る手を、俺はそのままポケットに入れた。
執筆のためにストーリー見返してるんですけどシーズン2アウトロめちゃくちゃ面白いですね