目を覚ますと、病室だった。
どこか、微睡みの中にあったような感覚だけがある。
けれど先ほどの出来事が一瞬前のもののようにだって思えて。
「──はぁ」
「おはよう。ゆっくり寝れた?」
そんな、悪びれもしない声が聞こえたので、そちらに目をやれば──レミエールが椅子に座って俺を見ていた。
最早ため息すら出てこない。
少し視線を下げれば、ダイアリンがこちらにもたれ掛かるようにして眠っている。
「……今何時だ?」
「夜の九時くらい? 耐性あるからか、思ったより早く目が覚めたね。一日くらいは止めるつもりだったんだけど」
「…………」
ダイアリンを見る。
その身体に、特に傷のようなものは見当たらない。
何となく、自分の身体の切り口へと手を当てる。
包帯こそ巻かれているが、傷口はもう繋がりかけているようだ。指で押しても特に違和感はない。
長く戦えるように作られているからな。
だから、この事実は特に違和感のあることでもない。
「あ、そうだ。どうせ今暇だよね。エーテリアスカード壊れちゃったんだけど、直せないかな?」
「よーし任せろ二度と直らなくしてやる」
「あちゃー、やっぱり怒ってるかぁ」
「そりゃそうだ」
初代虚狩りだからか、理解してないようだが。
「『請負人』にどれだけ敵が多いか知らねぇだろ」
「うん。でも、それじゃあキミが生き方を改めればいいじゃん。『請負人』を辞めてオーディオショップ一本にすれば、何も問題はなくなるよ。顔を見られるようなヘマ、基本してないんでしょ?」
「そう簡単に辞めれねぇから話が単純にならねぇんだよ」
「うーん、なんで?」
心底疑問といった顔だった。
それはきっと、『請負人』というものに価値を感じていないからなのだろう。
そうだ、きっと弟だってそんなものだ。
俺だけが、『請負人』に価値を抱き続けている。
「『掃除屋』がわかりやすい例だ。畏怖と絶望を乗せて、郊外の連中はその名前を呼ぶ。知らねぇやつはバカかガキだけ」
「……名前を遺したいって?」
「悪名をな。名声を望むには生まれたときにラインを越えてしまっているし、俺の出生じゃ困難が多い。……初代虚狩りサマにゃわからねぇだろ。いや、わかんねぇのさ、誰だって」
クローン二人の遺伝子から生まれた、模造品の二世代目だなんて表舞台に上がれるような存在でもない。
だったら目の前にある道は一つだ。
殺して、殺して、殺し尽くして──そうやって、俺自身が『請負人』という悪意そのものになる。
「真っ当に生きるのを諦めたの?」
レミエールのその言葉は、その通りだ。
けれど、それ以上に。
「俺の弟たちは、まともに生まれることすらできなかったやつばかりだ」
人の形にならなかったり。
生まれてすぐに死んだり。
そういった死の度に、母親は憔悴していたような気もする。
俺は、どう思ったっけ。
覚えてはいないが、それでも。
「……誰かを不幸にしてやれば、そんな不幸だってほんの少しだけありふれる。だから悪人になってやろうと思ったんだ」
生まれてこの方、悪人の参考例は多かったしな。
特にあのクソ野郎。
あいつの真似をするだけで、悪辣なんか簡単にできた。
「そっか」
そんな俺の言葉を、レミエールは笑わなかった。
ただ、何かを考えるように目を少し閉じて、そのまま開いた。
「……
どこがだよ。
初代虚狩りと、ただの人殺し。
それのどこが同じだって言うんだ。
「それでも。ねぇ、
レミエールは、そう言って微笑んでいる。
その笑みは、母と同じような柔らかさを含んでいた。
いつか見た、母親と同じような。
「私は、キミならきっと──虚狩りになんて負けないくらいの名前を遺せるって思ってる」
そうして。
気づけば、レミエールの姿は消えていた。
「……くだらねーことに能力使うんじゃねぇ」
言ってから照れやがって。
そういうとこは、母親と違う。
あの人は平気で歯の浮くようなセリフを言う人だったから。
さて。
「もう寝たふりしなくていいですよ」
そう言えば、ダイアリンはどこかむっとしたような顔で顔をあげた。
じっとりとした目が、俺を刺している。
これに関しては甘んじて受け入れよう。
礼儀を欠いたのは俺のほうだしな。
「……あー、怒ってます?」
「ええ、もちろん。むしろなんで怒ってないと思ったんですか」
「アンタなら俺と同じ判断をするかなと」
嘘だ。
あくまでちょっと期待していただけ。
「……あー。そういうことですか」
何か、納得したような表情でダイアリンは呟く。
「とりあえずシドさん。あなたが『請負人』かつ『ギリガン』ということで間違いないですか?」
「そうですね」
「で、指名手配犯であるあなたと一緒にいると、私に危害が及ぶ可能性が高く、安全を保証できないから一緒にいないほうがいい──これがあなたの主張で合ってます?」
「はい」
なんだろう。
淡々とした詰め方に、妙な圧がある。
──気圧されているというのか? この俺が。
「音動機……赤色以外……それって……」
小さくぼそぼそと呟く声を拡大して拾う。
音動機のほうはよくわからないが、しかしこれで熱に浮かされて言ったバカみたいなセリフの意図がバレてしまったわけだ。
まいったな。
思っていた以上に、照れくさい。
「……シドさん、一つだけ聞かせてください」
ダイアリンは、表情を変えずに言う。
「あなたは、どうして私を助けてくれるんですか?」
さて。
どうしてだろうか。
少し考えてみれば、答えは簡単だった。
「あの犬野郎が、アンタを殺そうとしてたとき。あのとき、キレてて何も考えられなかった」
だからついつい言っちまったんだよ。
『請負人』だなんて、しれっとな。
「つまり、アンタのことが大切なんだ。ただそれだけが理由だよ」
「……………………」
ダイアリンは、少しの間黙り込んだ。
結局、そうだ。
俺が彼女と離れようとする理由だって、彼女のことが大切だからに違いない。
俺といるほうが不幸になる。
俺は損をさせる化身みてーなところあるしな。
「……そうですか」
そうして。
ダイアリンは。
「シドさんばっかり裏の顔を晒すのは不公平ですから、挨拶しておきましょう」
笑顔を作って、言った。
「あたしはTOPSの内部監査組織『クランプスの黒枝』所属、ダイアリンです。どうぞよろしくお願いしますね、『請負人』さん?」
黒枝。
何か聞いたことがあるような気がする名前だ。
少しだけ、記憶を掘り返してみる。
『だからそれは悪かったって。あれはこっちが見誤った。まさか請負人を裏切って横流しするなんかすると思ってなかったんだよ。だから今回はちゃんと相手も厳選したんだぞ。TOPSの
『黒枝だか小枝だか知らんが、誰が相手だろうと俺はもう音動機を売らねぇ。それに『気に入った相手としか取引しない』っての。請負人のルールだろ』
『仕事道具が壊れちゃったんですよ。直るまでは他の備品で代用しなきゃいけないんですけど、そっちはちょっと馴染まなくて。で、同僚の伝手でもっと良いやつにできるかもっていう話だったんですけど……』
『頓挫したんですか?』
『ええ。向こう側から拒否されちゃいました。ちょっと期待したんですけど……そのぶん余計に落とされた感じがしてですね』
『んー、仕事道具ってなんですか?』
『あ……えっと、音動機なんですけど』
『カスタマーサポートですよね?』
ふむ。
「……音動機の依頼、承ります」
「いえ、もう直ったんで大丈夫ですよ」
そう言って、ダイアリンはくすりと笑った。
からかうような笑みだった。