「さーて、それじゃここから黒枝の裁決官としてお話させていただきますね」
と、ダイアリンは言った。
表情は変わらない。
あくまでも口だけ、ということなのだろうか。
それとも敵意がないことを証明したからか。
「……そもそも黒枝ってのは何なんだ? TOPSの内部監査組織なら、特段俺と関係することはないと思うが」
「ええ、それはあたしも疑問でした。どうしてあたしにこんなお仕事が振られたのかも、よくわからない話ですし」
そう言って、ダイアリンはわざとらしく嘆息した。
手をあげてあーあ、と首を振る姿はかわいらしい。
それが『仕事の姿』なのだろうか。
「『請負人』がTOPS関連の研究所を盗んで、重要機密を強奪した〜……だとか。ちなみにこれ、心当たりあります?」
「S-2か?」
「即答しないでくださいよ。……で、何なんですかそれ。名前的にはギリガンの音動機っぽいですが」
「そうそう。つっても補助デバイスですよこれ。そもそも俺が作ったものなんだから回収したところで何か言われる筋合いはないはず」
そう言って、回収してあるS-2を取り出した。
小型の音動機に過ぎないし、特定の周波数を流し込まないと起動しない設計になっている。
「役割は言ってしまえば位相の操作です。S-1が超広範囲の抗侵食かつ範囲殲滅用途だったんですけど、扱いにくいからコントローラーとして作ってみればこれが日常生活でも意外と便利で」
とはいえS-1の周波数に反応して起動する以上、それを覚えている俺以外には起動不可だし。
能力的にも俺以外が持っていたところで仕方がないものでしかない。
これを単品で売ったと思わしき弟がかなり酷い。
さすがは俺の弟である。
「ちなみに研究所を壊したのは」
「ああそれ。レミエールと戦った結果です」
「なるほど」
ダイアリンは頷いて。
「上層部は被害の大きさから『請負人』の排除を望んでいるわけですが……ここで疑問なのが、『わざわざ黒枝の動くほどの被害か?』というところ」
それは別におかしくないんじゃないだろうか。
俺は黒枝のことをよく知らないが、報復があることは想定の内だ。
それがダイアリンというのは、予想してもいなかったけれど。
「あんなちっちゃな研究所の報復に、黒枝を動かす──まぁ、面子を保ちたいってのは理解できますけど。その場合あたしにこの仕事を振る意味がわかりません。あの処刑人のほうがよっぽど適任です」
「だからあの盤岳って構造体もセットにしたんじゃないですか?」
「それこそ無駄でしょう? 人によっては一人で達成できるであろう任務なのに、二人がかりでなんて。それにあの処刑人が今追っている案件は今回の件と繫がっていますから、あえて分散させる意図がわかりません」
言いながら、ダイアリンの顔は苦々しいものに変わっているような気がした。
何か心当たりでもありそうだ。
「つまり、ボスは『請負人』がシドさんだとわかってあたしに任務を振ってきたんでしょうね。盤岳先生をあたしにつけたのも、彼ならある程度制御が効きますし」
「はぁ、なるほど」
ダイアリンの話を精査すれば、黒枝の中には弟とのパスを持つ人間がいるようだし。
だとすれば、請負人の正体について勘付かれてもおかしくはない。
「お偉方のほうも……さっきからずっと名前の出てくる初代虚狩り──いや、それよりは、シドさんの出生のほうが原因でしょうか。何か知ってる輩が強引に処分しようってところじゃないですかね?」
「……へぇ」
だとすれば、それは愉快な話じゃない。
場合によっては正面から喧嘩を売ってやってもいいくらいの話だが。
あくまで仮定だからな。
「で、すみません。あんまり気分が良い話じゃないでしょうが、認識のすり合わせをさせてください」
ダイアリンは指を立てて話す。
「その一。シドさんの出生は何かしら問題がある。その二、何故か初代虚狩りであるレミエール・ダンがシドさんの母親を名乗っている。……あれ本人ですよね?」
「そうらしいですね」
「……それを事実だと仮定すると、彼女が自分の息子だと認識するに足る生まれっていうことなわけで……その翼から察するに、おそらくは彼女の遺伝子と他の誰かをかけ合わせて作られた試験管ベイビー、それがシドさん……じゃないですか?」
「すげぇ、だいたい合ってる」
適当に拍手をしてみるが、ダイアリンの顔は晴れない。
むしろ機嫌が悪くなったように見える。
「……全く。調べなきゃいけないことが増えました。嫌なところを聞いてしまってごめんなさい」
「いや、いいですよ。アンタならいいんだ」
バカみたいなセリフだと思う。
それでも、大切にしたいと思った相手だ。
言えるうちに言っておかないと、いつか後悔するのを知っているから。
「……でも、ここを突っつけばシドさんのやらかしは相殺できそうです。シドさん。あなたの生まれた場所を、覚えていますか?」
「……覚えてますよ」
忘れるわけがない。
ホロウの中にあるとはいえ、その座標を俺が間違えるわけもない。
あの座標を見失うことなど、ありはしない。
「あたしは、シドさんのことを信じています。それでも、あなたの証言だけではお偉方を誤魔化すには足りていません」
「……だから、場所を知りたいって? あそこにはろくな資料も残ってないはずです。俺が全部ぶっ壊した」
「それでも、そこには必ず証拠があります。『死者の声』が──シドさんの家族が今際の際に遺した言葉が」
そう言って、ダイアリンは引っ提げている電話へと触れた。
「どれだけ包み隠そうとも──そこには必ず、真実がある。闇に葬られた声を、あたしは拾い上げられます」
果たしてそれは証拠になるのだろうか。
こうして話すということは、ダイアリンの能力として、黒枝内で信用されているんだろうな。
今の、彼女の言葉が事実だとするなら。
やっぱり、どこまでも俺にとって都合が良くて。
まるで物語の中から、とびきりのヒロインが飛び出してきたかのような──そんな気分にだってなってしまう。
「……だったら、一緒に行きましょうか。あそこはホロウを経由しなきゃ行けない場所にありますし、歩きで行くのも面倒でしょう?」
あの忌々しい場所にだって、行くことに躊躇はなかった。
「……いいんですか?」
「ええ。それに、口頭で場所を教えるのも難しいでしょう?」
「そうですけど……」
「それでも悪いと思う気持ちが勝つなら、お願いが一つあります」
ダイアリンのことを思って、だけではない。
俺にだって、あそこに行く理由がある。
「母親の遺言が何だったのか、俺に教えてほしい」
あの日。
天使になり損なった日。
あの人は、最期に何を言ったのだろう。
口の動きだけしか、見えなかった。
音を操れるというのに、間に合わなかった。
その言葉を、俺は今の今まで知らないままでいる。
「……いいんですか。
「構いません。俺はただ、知りたいだけなんです」
どれだけ酷い言葉だったとしても。
どれだけ悲しい言葉だったとしても。
あの人が、最期に何を遺したのか。
それを知れる事実の前では、些細なことでしかない。
「……それでは、任せてください。一言一句違わず、あなたにちゃんと伝えます」
そう言って、ダイアリンは頷いた。
どこか暗さの残る笑みだった。
それはきっと、哀しい真実を散々知ってきたからの表情で。
その事実が、俺はなんだか嫌だった。