Jukebox Driver   作:moti-

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 気候ヤバすぎて体調管理が難しい時期っスね〜〜〜


黙ってロックをやれって言ってんの!

 ベッドから抜け出して、軽く身体を解す。

 たった数時間しか経っていないのでそこまで違和感はないが、気分的には多少晴れるもんだ。

 

「んじゃ、今日は準備ということで。集合は俺の家でいいですか?」

 

「んー……準備、ですか。正直装備はこのままで問題ありませんし……」

 

 そう言って、ダイアリンは少し悩むような素振りのあと。

 

「……そうだ。折角ですし、シドさんのお家に泊まっていってもいいですか?」

 

 そんなことを、しれっと言った。

 

 少しだけ、呼吸を整えて。

 

「……その、着替えとか……」

 

「あ、洗濯機借りちゃいますね」

 

「それはいいけど」

 

 最悪乾燥機も用意できるけど。

 

「……何を気にしてるんですか。あたしたちどーせ一晩くっついて寝た仲じゃないですか。それとも今更になって恥ずかしくなってきたとでも言うんですか?」

 

「…………」

 

 そう言われると、何も言い返せなくなる。

 そもそもあのとき誘ったのはたしかこちらからであって、それを踏まえると今断る理由なんかない。

 

 どーすっかな。

 俺が何と返答しようか迷っていると、病室の扉がガラリと開いた。

 

「……あ! 起きてる! 大丈夫ですか店長さん!?」

 

『目覚められたか、シド殿。息災のようで何よりである』

 

 南宮さんと盤岳さんが揃って部屋へと入ってくる。

 後者は荷物を手に引っ提げていることから、どうやら買い出しか何かに出ていたらしい。

 なんつーか、妙な組み合わせだな。

 

 ともあれ助かった。

 

『こちらは見舞い故、受け取っていただけると幸いである』

 

「ああ、こりゃご丁寧にどうも」

 

『そして、おぬしに礼を言わせてもらいたい。ダイアリン殿は我輩の同僚であり、同時に恩人。シド殿のおかげで怪我もなく帰還できた。その事実に、感謝を』

 

「余計なこと言わないでいいんですよまったく」

 

 照れくさそうな物言いに、ダイアリンらしいなと思う。

 

 しかし、感謝。

 感謝か。

 俺に感謝される所以なんてない。

 結局のところ、俺が最初にあの犬野郎と接敵したときに殺しておけば良かったのだ。

 

 ダイアリンが危険な目に合う理由なんて、どこにもなかった。

 

「……ま、怪我がなかったなら良かったです」

 

 そう言って、俺は笑う。

 

「…………」

 

『して、ダイアリン殿。頼まれていたものはここに』

 

「ありがとうございます盤岳せんせー。……うん、一式揃ってる」

 

 そうして、ダイアリンはちらりと視線をこちらにやって、袋の中身が見えるように少し傾ける。

 

 ──服だ。

 

「と言うことで、着替えの問題はなくなりましたし……良いですよね?」

 

「ああもう、好きにしてください」

 

 なんで根回し完璧なんだよ。

 最初からこうする気だっただろこの人。

 

 

 

◇

 

 

「身体のほうは大丈夫なんですか? 結構深い傷だったって聞いてたんですけど……」

 

 退院手続きを済ませた帰り道。

 南宮さんの問いかけに、腕を振りながら答える。

 

「この通り特に問題ないですね。昔から傷の治り早いんですよ」

 

「……そうなんですね」

 

 車がねぇと面倒だな。

 いちいち帰るには電車に乗る必要があるわけで。

 レミエールとかが出てくりゃ送ってくれるだろうが、ヤツは今日一日顔を見せないだろう。

 

「怪我はしないでって言ったのに……」

 

「ははは」

 

 彼女の言葉には、笑って流すしかない。

 これで誤魔化されてくれるとは思ってはいないが。

 

「望んで怪我するやつはいないでしょう。不可抗力だったんですよ」

 

「それは、そうですけど」

 

 ダイアリンを庇っての負傷だ。

 それに関してはどうしようもない。

 

 怪我の理由についても共有されているのか、それ以上特段追及はなかった。

 

 心配をさせてしまったんだろう。

 オーディオショップの店主として、ここまで俺のことを心配してくれる人がいるのなら。

 

 『請負人』だなんてのは、もう必要のない側面なのかもしれない。

 

「──あの、ダイアリンさん──」

 

「──ですねぇ、まったく──」

 

 ごにょごにょと何やら話している二人を見つつ、帰路を歩く。

 聞こうと思えば聞ける会話は、あえてシャットアウトしておいた。

 

 二人がどんな会話をしているのか、知りたいところは多少ある。

 それはきっと、俺が二人に対して持っている興味そのものなんだろう。

 

「……はっ」

 

 そんな『歩幅の合わせ方』をしてしまうあたり、本当に『請負人』は廃業にしたほうがいい。

 

 今の俺を見れば、シーザーは何と言うだろうか。

 あいつのことだから、笑って『よかったな』だなんて言いそうだ。

 そしてあいつの現状を見て、俺もそう言って笑うのだ。

 きっとそうなるのだろう。

 

 

 

 

 やや長い道程を歩き、家へと戻ってくる。

 

 そういえば、南宮さんはわざわざここから見舞いにきてくれたわけだ。

 心配をかけたんだろう。その自覚がある。

 

 反面弟からは特段メッセージもない。

 それは信頼の裏返し。

 今更この程度の傷で俺がくたばるわけもないという思いの現れ。

 

 反応はそれぞれ違う。

 けれどそのどちらにも身内の情がある。

 

 それはなんだか嬉しい話だと、思う。

 

「シャワー浴びるなら、先行ってもらっていいですよ」

 

「……それじゃ、お言葉に甘えましょうか。今日は歩き回りましたし……」

 

 ということで、ダイアリンがシャワーに向かっているので、今この場には俺と南宮さんだけ。

 

 静寂の中、俺が飲み物を用意する音だけががちゃがちゃと響いて。

 

「……店長さん」

 

 沈黙を破るように、南宮さんが言った。

 

「……少しお話、いいですか?」

 

 

 

 

 

 ベランダから眺める景色は、思いの外悪くない。

 住宅街の雰囲気は、閑散とした荒野には決してないものだ。

 

 いつの間にかこんな都会の景色も当たり前になっていて。

 立ち止まって眺めることなんて、なくなっていた。

 

「……今日、病院で店長さんの傷を見たとき」

 

 同じ景色を眺めながら、南宮さんは小さく、呟く。

 

「ボク、店長さんがいなくなっちゃうかも、って思ったんです」

 

「……それは」

 

 こんな傷なんか、日常だった過去を思えば。

 今更この程度でくたばるようなもんではない。

 

 というのは、俺だけが知っている話でしかなくて。

 南宮さんみたいな、血なまぐさい世界から遠い子からすれば、きっとこの程度でも死を想起するくらいには深い傷なのだろう。

 

「すみませんでした」

 

「……ダイアリンさんを庇ったんですよね。それは、わかってます。わかってますけど」

 

 言う必要のない言葉が出かけたのだろう。

 彼女は一度、息を整えるように黙り込んだ。

 

「ボクたち、自分の周りの人は大丈夫だろうって、どうしてこんなふうに思っちゃうんでしょうね。ホロウなんて場所、安全から程遠いはずなのに」

 

「……それは、その人の存在が自分にとって当たり前になっているからじゃないでしょうか」

 

 昨日まで笑っている人が、次の日には死んでいるような。

 そんな世界で生きていた俺でも、最近同じ落とし穴に陥るのだ。

 

 彼女なら尚更のことだろう。

 

「だから店長さん、もう危険なところには行かないで」

 

 南宮さんは、俺を見た。

 縋るような目だった。

 

「……それは、無理ですね」

 

 少なくとも直近で、ホロウへと入る予定がある。

 適当に誤魔化すことも、したくはなかった。

 

「少なくとも直近でホロウに行くんです。だからその約束はできない」

 

「……どうして?」

 

 ……。

 ダイアリンには言ったし、まぁいいだろう。

 

「俺は違法な研究所で生まれた人間です。そんで、ぶっ潰したその研究所から人体実験の証拠を引っ張り出してきて告発するつもりで。そこに行くためにはホロウを経由しなきゃいけない」

 

「──────」

 

「だから、その約束はできない。破るとわかっててするのも不誠実でしょう?」

 

 クローンやら、そのあたりの詳細は隠しておいたが。

 南宮さんは、言葉の重さに黙り込んでしまった。

 

「……ごめんなさい」

 

 無理矢理絞り出したのだろう声は、彼女らしくもなく震えていた。

 気を遣わせたいわけじゃないんだが。

 

 ここまで直球に話してくれる子に対して嘘やごまかしを話すのも不誠実だろう。

 

「……ねぇ、店長。ボクの夢の中には、もう店長さんがいて……日常の中にも、もう店長さんがいるんです」

 

 ゆっくりと話し始めた彼女は、まるで言葉を探すかのように詰まりづまりに言葉を費やしていく。

 

「そんな理由を聞かされたら、止めることなんてできないけど……ならせめて、無事に帰ってきてください。そ(・)れ(・)な(・)ら(・)、約束できませんか?」

 

「……一度守れなかったしな。軽々しく言うのも」

 

「守れないっていうなら、ボクも一緒についていきます」

 

「…………」

 

 思わず言いそうになった言葉は、俺が言っていいことでもない。

 だから呑み込んで、代わりの言葉を吐く。

 

「約束しましょう。今度は無事に帰ってきます」

 

「…………。それじゃ、今はそれを信じますね」

 

 そう言って、南宮さんは口端を軽く歪めるだけの、笑みを浮かべた。

 

 しかし、俺が彼女の夢の中にある、か。

 一体何が琴線に触れたのやら。

 

 俺と彼女は、バイト先の店長と店員。

 その程度の関係でしかないはずで。

 

 

 

 

「……そ(・)れ(・)、癖なんですか?」

 

 

 

 

 ふと、南宮さんが呟いた。

 

 どこか苦々しそうな顔をした彼女は、どこか悲しそうな顔をした彼女は、確かに俺を見て話していた。

 

「……何が?」

 

「その笑(・)い(・)。店長さんはずっと、ずっと、ずっとそう」

 

 その言葉に、俺は自分の頬へと手をやる。

 よくわからない。

 口角が上がっている気配もない。

 

 だから、彼女が言っていることもよくわからない。

 

「いっつもその顔。何か褒められたりしたとき、店長さんはいつもそういう顔をする」

 

「……そう、なのか?」

 

 その自覚はないのだが。

 

「今日だってそう。あの盤岳って人から褒められたときも、店長さんはそうやって自分を卑下するみたいに笑ってた」

 

 それは。

 

 そうだろう。

 だってあれは、褒められるようなことでもない。

 俺が取りこぼした後始末を、俺がしただけでしかなくて。

 

 それで評価されるなんて、マッチポンプでしかないだろ。

 

「店長がボクの夢だって言ったのは、そんなにおかしなことですか? あの夜、歌ってた姿がカッコよかったって目標にするのは、店長さんにとっては笑っちゃうようなこと?」

 

「……聴いてたのか。それは」

 

 思わず自嘲に口端が歪みそうになって。

 

 ──これか、と、彼女の言いたいことを理解した。

 

「ごめんなさい、こんなの、ボクが無遠慮に言っていいことじゃない。けど、それでも、でも」

 

 彼女は言葉を選ぶように、胸の中の激情をなんとか抑えるように、話す。

 

「たとえ店長自身だとしても、ボクの大切なものを嗤ってほしくはないです……ボクは、あの夜確かに、あなたの歌を聴いて感動したんだから」

 

「……そうですね。すみません」

 

 彼女に言われて。

 振り返って、ようやく気づいた。

 

 俺は、他人の賞賛を真っ向から受け取れなくなってしまっている。

 

 何かと理由をつけて、それを受け取ることから逃げている。

 それはきっと、自分自身の後ろめたさが原因だ。

 

 音に関してはズ(・)ル(・)をしているし。

 仕事に関しても、自分の出来ていないところだけを見てもっと上手くやれると思ってしまう。

 

 だから相手の賞賛を、素直に受け取ることができない。

 

「……そうだな、本当にそうだ」

 

 彼女の言葉は、正しい。

 

 そういうものの見方だから、俺はできていないところばかり──欠点ばかりに目が行ってしまうようになるのだろうか。

 

 弟のやらかしをいつまでも取り沙汰したり。

 及第点程度の音に対して、聴いてられないと思ってしまったり。

 そういう不寛容を、俺は持ってしまっている。

 

 別にいいだろ。

 音が合ってなくたって、綺麗な音じゃなくたって、音楽の本質はそんなところにない。

 

 音ばかり見て、俺は音楽を聴いちゃいないのだ。

 録音品質や音質だとか、そういうものばかりに目が行って正しくものを見れてはいない。

 

 オーディオショップの店主だというのに笑い話にさえならないような、そんな狭量さが俺の中にはある。

 

 きっと、俺が物語を書けないことだって──そこに起因してしまっている。

 

「たまには、今の自分を誇ってやろう」

 

 言いづらいことを指摘してくれた南宮さんには感謝しねぇと。

 

「ありがとう。すぐ直るとは言わんけど、なるべく早くなくなるようにします」

 

「あ、いえ! すみません、ボクのほうこそずけずけと……」

 

 別に構わない。

 むしろ、俺の人生には彼女くらいはっきりと言ってくれる人のほうが必要だったのかもな。

 

 しかし、歌聴いてたのか。

 

 あれはほんの気まぐれだったが、そう言われると──やっぱ案外向いてんのかもしれない。

 

 そうだな。

 

 全部片付いたら、またギターでも弾いてみようか。

 

 そんなことを思いながら、俺は街を眺める。

 いつも通りだ。

 どこにでもあるような街だ。

 

 特別なことなんてないいつも通りが、なんだか特別なようにも見えた。







【おまけ】


「……お二人とも、ここにいたんですか」

 言葉に振り向けば、風呂上がりでほんのりと血色の良くなったダイアリンが立っている。
 普段くくってある髪が降ろされており、どこか新鮮な印象がある。
 長い髪だが、ちゃんと乾かされているようだ。

「この時期だと湯冷めするな。降りますか」

「あ、はい」

「……。まぁ、いいですけど。ところでシドさん」

「はい?」

 ダイアリンは、なんだか不服そうにこちらを見ている。

「なんなんですかあのドライヤー。ジェットエンジンでも積んでるのかって感じだったんですけど」

「ああ、便利でしょう?」

「それ以上にびっくりしました」

 それは本当に申し訳ない。
 だが俺もある程度髪を伸ばしているからな。
 乾かすのが一番めんどくさいんだよ。

 その時間を短縮するのに作ったのがあのドライヤー──EX-4だ。
 俺が作った物の中でも特に傑作のうちの一つ。

「店長って時々変なもの作りますよね」

「そんな……普通に実用的なはずだが……」

「まぁ、確かに乾きは良かったです。ちょっとほしくなりました。ドライヤー、やっぱり時間かかって面倒なんですよね……」

 まぁ、その髪の長さじゃそうなるだろうな。

 しかし、なんだ。
 こうして髪を下ろした姿を見ると──結構印象が変わるな。

 ともかく。

「そろそろ南宮さん帰さないと。もう遅いし送りますね」

「え、泊まっちゃダメですか?」

「不味いでしょそれは」

「でも着替えありますよ」

 なんでだよ。
 ダイアリンの着替えと一緒に用意してんじゃねぇよ。

 というかそれじゃあ最初から泊まる気しかねぇじゃねぇか。

「……ちょっと、寝る場所用意するんで。なんだったら南宮さんもシャワーとか行ってきてください」

 せめて寝室は分けねぇとな。
 布団の予備は──弟と、ついでにレミエール用に用意してあったものがある。

 一応なんとかなるか。
 最悪俺はソファで寝りゃいい。

「ただいまー。あ、もう始まってる?」

「いえいえ、まだまだですよ、お義母さん!」

「あ、ならよかった。はいこれ、おやつとかいろいろ買ってきたからね」

「テメーが犯人か」

 俺が寝てる間に勝手に話を進めやがって。

 せめて共有しろ。
 俺の家だぞ。

「はぁ……」

 ま、レミエールがいるなら問題ねぇか。

 とりあえず、寝床を用意しておこう。

 あとはまぁ……飲むやつがいるなら酒と、南宮さん用にジュースの準備とかな。
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