Jukebox Driver 作:Penthouseはいいぞ
自分の作れるものの中から、オーディオを選んだのはどうしてだろうか。
ぶっちゃけ楽器作るほうがいいよな。
オーディオショップと銘打って、気に入った小屋にはADCまで渡してんだから実質的には音響機器専門店だ。
比重をリスニングに置いてるだけで、普通にPA機器だって作る。
「さーてと」
ま、気に入ってんのは事実だ。
本業と副業が入れ違うくらいには気に入ってる。
けれど、だからと言って整備を疎かにはしていない。
「行くか」
配達のときと同じように、俺は車のエンジンを掛けた。
「おととい来なさい!」
縋り付いてきたホロウレイダーの手を蹴り落として、ニコ・デマラは勝利を確信した。
ずいぶんとしつこい相手であったが、片付いたのであれば結果問題ないのと一緒だ。
使わされた弾薬分は少し悩みのタネになりうるが、それよりも今回手に入れることのできたものの価値のほうが遥かに大きい。
透明なケースの中に丁寧に仕舞われているそれは、違法改造された音動機。
その中でも特上品──隔絶した性能と、その貴重さからコレクター的価値も非常に高い一品。
「ギリガンの『ファーストクラス』──上手く流せばしばらく遊んでくらせる額よ! これさえ入手できればぜーんぶ帳消しってワケ!」
「ぴーす」
「あー……でもよ親分。落としたやつは何が何でも取り返しにくるんじゃねぇか? 最悪『請負人』の領分だぞ」
「請負人? そんなの子ども騙しの脅し文句でしょ?」
部下であるビリーの問いに、車を走らせながらニコは請負人の噂を思い返す。
プロキシともレイダーとも傭兵とも呼ばれない、ただ一人を指す固有名詞と化した『請負人』という言葉。
尾ひれが付きすぎて何が正しい情報なのかは全くわからない。
ただ、郊外の『掃除屋』に似た質の悪い人物像であるということは知っている。
無数にある証言。
そのすべてに共通する、唯一確度の高い情報は──
「『赤色に気をつけろ』……って言ったって、ホロウの中で赤いものなんて結構あるじゃない」
「いや、『請負人』は──」
ビリーの言葉は、途中で中断された。
まるで狙いすましたかのように、車の横合いに何かが突っ込んできたからだ。
避けられる速度ではなく、そのまま押し出される。
そうして、衝撃に視界がままならない中、ニコは微かにながらも見た。
そして理解した。
赤いスポーツカーが、車へと突っ込んできたのだ、と。
「よぉ」
回る世界の中でも、その声は妙にはっきり聞こえた気がした。
「おいたが過ぎたな、バッドガール」
運転席の男が、銃を向けている。
左ハンドルの車は、運転手を狙うにはちょうど良い。
そうして凶弾が放たれたのを、加速する世界の中でニコは認識した。
「──危ないっ!」
認識するだけで、反応することもままならなかったニコの代わりに、放たれた弾丸が弾き飛ばされる。
「……っ!」
ただの弾丸ではない。
弾いた腕に伝わる重みから、アンビーはそう判断する。
僅かな痺れを感じながら、不本意に動く車の中、彼女は動じずに状況への対応を始める。
横合いから、ハンドルを切る。
幸いにしてタイヤが浮き上がっているわけではない。
これならば抜けることだって可能だろう。
「ニコ、アクセルを踏んで!」
「……え、えぇ!」
そして、ニコが思いっきりアクセルを踏み込んだ。
エンジンが唸りを上げて、射出されるように車が動き始める。
そのまま、相手の車の横をすれ違うようにすり抜けて行った。
ビリーが窓から身を乗り出し、既に遠ざかりつつある車へと銃撃する。
わずかな塗装傷すら残さず、装甲へと弾かれた。
「固ぇ……! ありゃ間違いねぇな」
その結果から、ビリーは確信する。
間違いない。
あの車を操縦しているのは──
「──請負人だ! ヤバいぞ親分! さっさとぶっち切らねぇと!」
「踏んでんのよこちとら全力でなんとか足止めしなさい!」
振り向いた視線の先で、旋回した車は既にこちらへと向かって進み始めている。
トップが開き、後ろへと収納されていく。
オープンカー状態で、空けた窓から身を乗り出しながら、請負人は拡声器を取り出して。
『今降参するなら帰る足くらいは残してやるぞ?』
そう言った。
拡声器越しだというのにやけにクリアな音だ。
イカれたファンクの音だってちょっと入っていた。
「ナメられてるな」
「そんなの、あいつから逃げ切れば残るでしょ! さっさとホロウ抜けて市街地に向かうわよ! さっきので車の抗侵食塗装剥がれちゃったんだから!」
速度は、衝突すれば逃れようのない死さえ感じさせる域に達している。
メーターは振り切れ、二百キロを叩き出していた。
だというのに、距離は遠ざかるどころかどんどん埋まっていて。
それは覆すことのできない、機体性能の差が原因だ。
「バカスカ撃ってきやがって……! 銃が効かねぇからってよぉ!」
「もう! なんなのあの車! アホみたいに速いじゃない! ベース車種はうちのと同じくせにっ! ──こうなったら!」
隘路へと入り込み、撒くしかない。
問題は、自分自身の運転をそこまで信じられるかだが──
「どーせやらなきゃ追いつかれる! ギリガンの音動機さえ死守すれば、車が壊れても黒字なんだから……!」
「ちょ、ちょっと、ニコ。その速度で路地裏は流石に」
「ぉあぁぁぁ!? ちょっ、危ねっ!」
やるしかないのであれば、やるだけだ。
速度を緩めることなく方向を調整し、建物の隙間へと入り込んでいく。
車一台分の横幅がギリギリ入り切るだけの、その隙間。
室外機やゴミ箱を弾き飛ばしながら──車の前面がボコボコになっているだろうことを無視して、邪兎屋の面々は路地裏を突き進む。
いくら請負人といえど、まさかこんなイカれた場所まで追ってくることはないようだ。
それに、ラッキーなことに路地裏の奥に裂け目が存在している。
このままの勢いでホロウから出られれば、逃走成功。
勝ちを確信して、裂け目を越え、
「よう。良い夢見れたか?」
何故か当然のように先回りしていた請負人が、とん、と。
軽やかにボンネットへと飛び乗った。
間近にあって、ニコはようやく請負人の容貌を視認する。
伸ばした長い髪。
白いそれの上に、光を放つ輪っかがある。
サングラスの奥でもなおわかる、金色の瞳が──ニコの視線と、交差している。
そして、耳に空いたピアス。
そこには小さな耳飾りが、両耳に下がっており──
それが、サイズの差こそ違えど。
ニコが持っているギリガンの音動機と同じデザインであることに気づいた。
「やばっ──」
とん、と足を踏み鳴らす。
それだけで、既に崩壊寸前だったベコベコのボンネットが完膚なきまでに叩き潰され。
フロントガラスから投げ出されるニコへと、請負人が手を伸ばす。
その手へ、同じく投げ出されたアンビーが剣を振りかざし、
「装甲がねぇなら……!」
飛び出したビリーが、請負人へと銃弾を叩き込む。
その二つが、何かに食い止められるようにして
「──!」
「なんだぁ!?」
「残念、ほしいのはこっち」
そして、吹き飛ぶニコをスルーして、遅れて飛び出した音動機を、請負人が掴む。
「あくまで撒き餌なんだから、やるわけにはいかないよね」
へらりと笑って、請負人はちらりと車を見た。
彼は何もしていない。
動作らしい動作を、行っていない。
けれど、その視線の先で、邪兎屋の乗っていた車はそのまま
不可視の攻撃、そして防御。
請負人という男が振りかざす攻撃。
その正体が、わからない。
ビリーとアンビーは、揃って距離を取った。
「さ、俺の仕事は終わったし──あとはせいぜい頑張りな。ダメでも一生ピアノの和音が鳴らせなくなる程度で済むだろ」
そして、請負人がサングラスの
射出されるようにやってきた、あの赤いスポーツカーに、請負人はひょいと飛び乗って。
「ああ、そうそう。そこのアンタ、シーザーに会ったらよろしく言っといてくれ」
最後にそれだけをビリーに言い残し、そのまま車で消えていく。
姿が完全に消えてからもしばらく警戒は続いていたが、どうにも帰ってくる様子はなさそうだ。
そう判断して、二人は武器を降ろすのだった。
「……やられたわね。車はなくなったし、音動機は持っていかれた」
「──大赤字じゃない! んもう、最悪よ! あの請負人は一体全体何なワケ!?」
「あー……だからホラ、言われてるだろ親分。『赤色に気をつけろ』って」
「今この状況でよくもそんな親父ギャグが言えるわねアンタ!?」
「違う違う違う! だから、マジなんだって! あいつと戦場で会ったら絶対に損するって言われてんの!」
「ねぇビリー。最後なにか伝言を頼まれていたけれど。ひょっとして顔見知り?」
「……まぁ」
「だったら早く言いなさいよぉー!」
「オァ──ッ! ストップ! 親分ストップ!」
けれど。
ビリーは思う。
顔見知りだからこそ、この程度で済んだのだと。
あの請負人は悪辣だ。
それはわざわざ車を木っ端微塵に破壊することからもわかる。
けれど、本来であればあの不可視の攻撃だって、問答無用で人間に向けるような男で。
なら何故そうされなかったかというと、本人にやる気がなかったことに加えて顔見知りという部分が大きいのだろう。
そんなことをしていると。
『よぉ、さっきはよくもやってくれたなァ……』
ざ、と。
ギリガンの音動機を手に入れるために、一度叩きのめしたホロウレイダーが、邪兎屋の前に現れる。
「なによ。一回負けたってのにまだやるわけ? ギリガンの『ファーストクラス』はもうないわよ。請負人が持ってっちゃったもの」
『いや、そんなのどうでもよくてな。手ェ踏んでくれたし、ちょーっと痛い目見てもらおうかなァってよォ』
「さっき負けたのに? あたしらに勝ちたいなら数が足りないんじゃない? 倍くらいは持ってきなさいよ」
「ちょっと、ニコ」
『ああ、そうさせてもらった』
ざっ、と。
先ほど邪兎屋が争ったときのゆうに五倍ほどの数のホロウレイダーが、周囲を取り囲む。
「……嘘ぉ」
「……やっぱり。そういうフラグだったのね」
「呑気なこと言ってる場合かよ! ああもう、良いから戦うぞ!」
「ギリガンか。適当につけた名前が広まるってのも良い気分じゃねぇ」
手のひらで音動機をもて遊びながら、呟いた。
どーすっかな。
市場に流したやつはどれも微妙な出来だし、どう使ってもいいんだが。
ま、いいか。
依頼主に返しておこう。
さて。
面倒な副業は終わったし。
「…………」
久しぶりに、ピアノでも弾いてみっかな。
つっても、作るとこから始めないとだが。