Jukebox Driver 作:Penthouseはいいぞ
オーディオショップ「ネーヴェ・エスターテ」の業務内容はいたってシンプル。
まず店主が機材をいじる。
値付けして大手の個人売買サイトで販売。
売れたら店主が配送。
基本はこの流れだ。
注文がなければひたすら店主が機材をいじるだけになる。
毎週水曜日と日曜日は定休日であり、また店主の個人的な都合により突発的に配送がない日が発生することも。
とはいえそもそもの取引量が少ないことから、問題になることもない。
「ふむ……」
三日ほどアルバイトとして店舗へ訪れた羽は、既に店の概要もおおよそ理解しつつあった。
というか、店の名前に関しては元々『シドのオーディオショップ』であったのを羽が提案して変更したものである。
直訳して夏の雪。
まるで夏に降る雪のように、荒唐無稽でとらえようのないオーディオの深淵という意味で提案したのだが。
『いいんじゃないですか? それで』
と、当の店主はまるで無頓着である。
思うに彼には商売しようという気概がない。
なんとなくものを作って、そしてなんとなく売れているからまた作っている──そういう程度でしかないのだろう。
「店長、マイクテスト終わりました。音源は今日のファイルにまとめてます」
「お疲れ。んじゃ今度はこのアンプテストお願い」
「はい」
このアルバイトにおける羽の仕事は、店主が作った機材のチェックテストが主になる。
基本は録音関係機材のテストが多い。
店主自身は歌が上手くないから、とのことだが、羽にはわかる。
彼は仕事という建前を使って、羽の自主練習の時間を用意しているのだ。
そうでなければ、オーディオショップだというのにこれほどの録音機材を作るわけがない。
そして主な仕事のもう一つ。
「……」
試聴室におかれたトールボーイスピーカーと、羽はもう慣れた手つきでアンプを繋いでいく。
そのまま、端末から音源を再生した。
彼のおすすめする、アストラのライブ盤をWavファイルで保存してあるものだ。
直後、スピーカーから甘く優しい音色が響き始める。
音の芯は残したまま、それでも微塵も痛い音を出さないその音色。
濃く色の出た音色は、どこかシルキーな質感を伴っている。
当たり前な話だが。
素晴らしいスピーカーというのは耳障りな音を出さないものだ。
いくら録音の時点で尖らせた音だったとしても、耳に刺さるような音は出さない。
かといって、ベールがかかったような遠い音というわけでもない。
良い音の条件──その秘密の一つが、きっとこれだと羽は理解する。
勿論、それは大前提にすぎないものなのだろう。
だがその気づきは確かに一歩、前に進んだ証で。
そして、そう理解してしまえば羽は自分の方をそちらへと寄せていける。
(アリアちゃんは、澄んでる中に少女的な瑞々しさのある、綺麗な歌声。ちなっちゃんは甘々なかわいい歌声。それじゃあ、ボクが目指すべき歌声は──)
これまでに得た知見の一つとして。
音というのは振動だ。
振動を、上手く筐体で響かせることによって音色は引き出されている。
そしてそれは、人間の身体も同じことだ。
上手く身体の振動を制御すれば、倍音だって制御可能で。
そして人間の声帯は、かなり幅広い声を表現することが可能である。
(──これがバイト、ねぇ……)
あの店主は間違いなくお人好しだ。
仕事と評して振ってくるものは、羽に対して経験を積ませるものになっている。
マイクのテストと評して、羽に歌の練習をさせてくれているし。
アンプのテストというのも、羽がスピーカーと正面から向き合う時間を与えているだけ。
なんなら先日は耐久性のテストと評して一日中歌の練習だけさせてくれていたのだ。
まさに至れり尽くせりで申し訳なくなってくる。
試聴室から出れば、店主はパソコンのモニターに向き合っていた。
手には特徴的なペンを持っている。あれで直接画面に書き込むのだろう。
「また漫画ですか?」
「ええ」
どういうわけか、この店主は製品の説明書を手描きの漫画で作ることに拘る。
確かに絵はかわいらしい。
この店のアイコンにもなっている猫か犬かわからない特徴的な生き物に、やたらと写実的な彩色の施されたそれは、そのアンマッチさがどこか癖になる。
「あ、そうだ。ネームがこれなんですが、もし良かったら感想ください」
「そうですね……」
羽はネームにさっと目を通す。
全体は四ページ程度の漫画らしい。
まず最初に、スピーカーを導入したがセッティングがわからないというおそらくネズミが、猫へと相談を持ちかけるところから始まる。
二ページ目から超本格的な説明書になった。
あまりに詳細な説明書になった。用語解説までも入れているせいで文字数が膨大になっている。
こんな密度で文字を入れるだなんて、辞典でも作るつもりなのだろうか。
セリフ部分に猫のアイコンが入っているだけで、これはもうただの説明書だろう。
それが見開きで展開されている。
四ページ目で急に漫画の形態へと戻った。
説明を聴いたおそらくネズミがおそらく猫に感謝して。
そして最後に猫が「対価はキミの命でいいよ」と告げてネズミに襲いかかったところで話が終了する。
羽は眉間を押さえた。
押さえるしかなかった。
何この……何?
説明書と呼ぶにはエキセントリックすぎるが、漫画と呼ぶには中間に挟まったガチすぎる説明文がノイズすぎる。
「その……漫画に寄せるなら、もうちょっとゆるく解説したほうがいいんじゃないかなって……」
「んー……塩梅を間違えたか。もう少し緩くしていい、と」
「あとなんでネズミさんは猫ちゃんに襲われたんですか……?」
「え、だって天敵じゃないですか」
「説明書でアイコンキャラがいきなり殺生を働こうとするのは尖りすぎだよん」
「そうかもな……」
天才がゆえか。
どうもこの店主は、妙に感性がズレたところにあるように思える。
それは、なんだか悲しいことのようにも思えた。
きっと、こうして漫画を描いたりすることは彼の本当にやりたいことだろうから。
絶対的な天才が、すべての分野で天才だとは限らない。
そんなことは当たり前だ。
けれど、本人にとって何よりやりたいことの才能がないのなら。
それはとても残酷なことだと、思う。
まぁ。
それはそれとして説明書の終わり方があんなので良いわけないでしょ、とは言いたいのだが。
眉を寄せて話の修正を考え込む店主の顔に免じて、今日のところは黙っておいた。