「よっ、死ぬかと思ったぜ請負人」
「帰れ」
首根っこを掴み外へと放り出し、扉を閉める。
鍵を掛けて作業用の椅子へと戻ろうとすれば、後ろからガチャリと鍵の開く音がした。
「酷いだろ、親愛なる案内人に」
「うるせぇ。教えてねぇのになんでこっちの工房知ってんだ」
「さぁ? でもま、本気で知られたくないなら毎週場所を変えるべきじゃねぇの?」
と、案内人は言った。
紫色の髪に、狐のような耳。
中途半端な長さに生えた、小さな尻尾。
俺と比較して低めな背は、そのせいで俺よりも高くなっている。
耳を身長に加えてんじゃねぇよ。
普通にズルだろ。
女顔を嫌がって俺よりは短く整えた髪は、それでも男性の平均よりは長いせいでまったくそうは見えない。
「唯一の
「同じ腹から産まれてねぇんだしそこまで優しくしてやる必要を感じねぇ」
「おお、怖い怖い」
こちらがこれ見よがしに鉄球を掲げると、ヤツはわざとらしく怯える素振りを見せる。
身体能力自体は俺と同等なんだから別に平気だろうが、と言いたくもなる。
「ま、座っとけよ。茶でも淹れてやる」
扉を閉めて、勝手にキッチンのほうへと向かいながら、来客のほうがそんなセリフを言い放った。
いつものことだ。あれで世話焼きなんだから適当にやらせておけばいい。
わざわざティーカップまで持ち込んでるんだしな。
「ほらよ、お空産のセイロンティー。味に変わりあるかは知らねぇけど」
「飲めりゃなんでも良くないか?」
「ねー」
取っ手に指を入れ、一息で飲み干す。
うん、熱い。
味も香りもよくわかりはしないが、気付けくらいにはなる。
「で、何の用だ。言っとくけどオマエが音動機勝手に売った件はまだ許してねぇからな」
「だからそれは悪かったって。あれはこっちが見誤った。まさか請負人を裏切って横流しするなんかすると思ってなかったんだよ。だから今回はちゃんと相手も厳選したんだぞ。TOPSの黒枝だ。向こうから頭下げてきた立場だから下手な扱いもしねぇ!」
「黒枝だか小枝だか知らんが、誰が相手だろうと俺はもう音動機を売らねぇ。それに『気に入った相手としか取引しない』っての。請負人のルールだろ」
「だから気に入ってる相手を勧めたのに……」
「は?」
「いや、何でもない」
妙に不服そうなその顔はなんだ。
何か言いたいことがあれば言ってみろよ、とも思うが、向こうがあえて言わないでいることだというのもわかるため、口を噤んでおいた。
「で、何の用だ」
「顔を見にきたじゃダメか?」
「そんなんで家出るようなやつじゃないだろ、オマエ」
電話ではお互いにふざけた文句を言い合っているが、なんだかんだこれまでずっと組んでる相手だ。
価値判断の基準は互いに共有してあるし、ルーティーンからズレた行動を取るというということは何かしら用があるというわけで。
こいつがわざわざ自分から出向いたということは、それなりに厄介事が起きたという証左でもある。
「んじゃ単刀直入に言うけど」
「おう」
「請負人の偽物が出た。どうする?」
ふーむ。
なるほど。
「え、殺すけど」
「だよねー」
『請負人』の噂は漫然と流れている。
曰く、赤色の髪をした男だとか。
あるいは赤い甲冑を着た鉄の男だとか。
はたまた麗しい赤のドレスを纏う少女だとか。
尾ひれがつきすぎてもはや何が真実なのかわからないが、すべてに共通しているのは『赤色』。
だが請負人は、近頃表舞台に出てくることがない。
かつてはそこかしこにあった目撃情報も、請負人の仕業と思わしき痕跡も、残すことなく老兵は去った。
故に今、請負人などという都市伝説を信じる新参者は数少なく。
であれば、その名を利用しようと目論むものはそれなりに存在した。
問題はそのように考える木っ端の人間は、総じて請負人を騙るほどの実力がないのだが──
「ギリガンの音動機さえありゃ、何も怖くねぇな」
──偶然手に入れた『兵器』が優れているのであれば、話は別だ。
赤い髪で赤い服を着た主張の強い男は、偶然手に入れた音動機を撫ぜる。
ギリガンの音動機。
それはたった二十個しか存在を確認されていない、違法に製造された音動機。
セカンドクラスとはいえ、一般的なホロウレイダー相手であれば一騎当千と言えるほどの力を秘めた兵装。
故に、そのホロウレイダー一味は請負人を騙ることが
「……しかし、気配がねぇな。人どころかエーテリアスも」
「ボスが強すぎるからみんなビビって家で寝てんじゃないすか?」
「は、まぁその可能性もあるかもな」
赤で染めたその身体は、指標としてはよく目立つ。
だから。
そう、だから。
「みーつけた」
見つかってはならないものに発見されるのも、仕方のないことだ。
──『請負人』は、視線の先に一人の男が立っていることに気づいた。
真っ先に目が向くのは、翼と光輪。
白いそれはまるで天使のような様相を呈している。
長く伸ばした白い髪が、身じろぎに合わせてゆらりと揺れている。
背格好は一般的な成人男性と同じ程度だろうか。
全体的に細く、オーバーサイズの服の上からでも華奢である様子が見て取れた。
まさにカモがネギを背負ってやってきたような状況だ。
丁度良い。
巻き上げられるものは巻き上げておこう、と、『請負人』が唇の端を吊り上げた瞬間。
薄赤色のカラーグラスの奥の瞳が。
自分を見ていることに気づいた。
「よぉ兄ちゃん、金目のもん全部置いてけよ。そしたら命までは取らないでやるからよ」
だからと言って、何ができるというのか。
ギリガンの音動機はたかが人間一人がどうこうできるようなものでもないし。
そもそも女と遊んでいそうな軟派な
そうして、彼は自らの意思で地獄へと突き進む。
「俺様は『請負人』だ。ホロウに入ってるような人間なら、当然この意味がわかるよな?」
赤色をアピールするように自分の服の襟を引っ張る。
その行為に対し、青年はただ感情の読めない目で一瞥をくれたあと、
「はっ」
と。
それに何の価値があるんだ、と言わんばかりに、鼻で笑った。
「……おいオマエら。こいつ潰せ」
「うっす」
「ナメた態度取ってんじゃねぇぞガキが」
「状況わかってんのか? オマエ死んだわ」
「『赤色』の由来を知ってるか?」
ぽつり、と。
青年は小さく呟く。
「ま、これが存外シンプルな話でな」
何の気もなく、ただの事実を。
「ふざけた連中を血祭りに上げてたら随分と安直な謳い文句が出来ちまった」
そして激しい金切り音とともに、青年を取り囲んでいた人間の右腕が細切れになった。
「……は?」
痛みは、なかった。
ただ、腕の感覚がない。
まるでミキサーに突っ込まれたかのように、瞬間的に右の腕だけが切り飛ばされる。
「ぎゃああああああああ!?」
「な、なんだ、何が起こったぁ!?」
「腕……俺の腕!」
持っていたギリガンの音動機が、地面へとこぼれ落ちる。
だが動揺のせいでそれを拾うという発想にもなれなかった。
「俺としてはパニガーレの色であってほしかったんだが。……ま、あんま乗ってないからな……バイクよか車のほうが多いし」
転がったギリガンのセカンドクラスを、青年が拾い上げ、ころころと手のひらで転がす。
無感動な瞳は、あのギリガンのセカンドクラスというものに何の価値も感じていないことをありありと示していた。
「──か、返せ!」
「シンキングタイムだぜ、精々その中身の詰まってねぇ頭で考えろ
ゆらり、と青年の頭の上の光輪が揺れる。
飛び散ったはずの血飛沫の中で、何故か微塵も汚れていない青年が、つまらなさそうな顔で言い放った。
「──俺は一体何をしたでしょうか?」
言葉の直後、不可視の衝撃が走り、『請負人』は地面へと叩き伏せられた。
目だけ動かして確認すれば、部下も全員同様に倒れ伏している。
「クソ、コスプレ野郎……」
「シリオンって言えよ」
目から、ただでさえなかった色が消え失せ。
倒れた『請負人』の背に乗って、青年は手で音動機を転がす。
「請負人は恐れられる存在であるべきだ。ってのに、随分とふざけた真似をしてくれたみたいじゃねぇか」
「────」
その言葉で。
『請負人』は、今自分の背に腰掛けている男が何なのか、ようやく理解した。
「……待ってくれ……」
「どこからこの失敗作を持ち出したのか知らんけど、これでツーアウト」
「頼む! 待ってくれ! 悪かった、あんたを騙ったのは謝るから!」
「おまけに
「頼む……死にたくない……」
「殺さねぇけど」
さも当然のように、青年は『請負人』の懇願を受け入れる。
「
そうして。
その日、治安局に指名手配されていたホロウレイダーのグループが、廃人の状態で収監された。
全身がすり潰されたあと、無理やり整形したかのように歪になっており。
その損傷は、脳内にまで達している。
それでも。
いっそ死んだほうが楽なほど凄惨な姿になった彼らは、それでもかろうじて生きていた。
古くから請負人を知る者たちは、さもありなんと馬鹿げた真似をした彼らを笑い。
請負人を知らない
『お兄ちゃんさすがー』
「おい、キャラ守れ」
『こほん……請負人には簡単な仕事だったか?』
「客に高級ケーブル勧めるよか遥かに簡単だったぜ」
『例え話するときにいつも自分がハマってる狭い分野の話するのやめたほうがいいぞ』