二十六話目です。
「そんな…この一瞬で!?」
ナナリーは目の前の出来事に驚愕する。 突如現れた雪だるま、ス・ノーマン・パーによって自身が操る骨の兵達が周囲の建物ごと瞬く間に凍り付き、一瞬で極寒の世界が出来上がったからである。
「へへ、どーよ。テメェ等みたいな出来損ないの骨人形とは出来が違うんだよ、出来が。ワハハハハハゴホッ!? …やべゴホッ気管に…ゴホッゴホッ!」
ス・ノーマンは盛大に笑った後咳き込む。 信之助は咳き込むス・ノーマンを見ながら、雪だるまに気管などあるのかという疑問を持った。が、今信之助は彼と初めて会話した時の事を思い出していた。
◇◇◇
それはス・ノーマン・パーの人形を買った日の事だった。ノーネームの面々へのプレゼントを配り、話し合いも終わった後。
「う~ん」
信之助は今日買った人形を取り出し自分の前に置く。そして、何故この人形があったのか一人で考えていた。この雪だるまの人形の姿には見覚えがあるのだ。昔、戦った双子の魔女の仲間…その幹部だった男。そいつと瓜二つだった。
「ここにあるって事はこれの事を知っている人がいるのかな?」
ここにあるという事はそういう事なのだろう。信之助は一人で納得する…その時だ。
「おいおい、坊主。悩み事かい?」
「うお!?」
突然、声が掛かる。信之助は驚き周囲を見回すが他に誰も居ない。他の面々は既に寝室に居る為、この部屋に居るのは自分だけだ。
「何処を見てやがる! こっちだこっち! テメェの前だ、ボケ! いい加減にしねえとその目ん玉ほじくるぞ!」
「ん?」
前を見てみると、先程置いた雪だるまの人形が信之助を見上げていた。
「雪だるまが喋った!?」
「誰が雪だるまだ! …って俺か」
信之助に話しかけた者の正体は、目の前に居る雪だるまだった。その雪だるまは信之助の前でムクムクと大きくなり、あっという間に人間大までになる。
「ふぅ、やっと楽になった。それで? テメェは何を悩んでたんだ、短髪小僧」
雪だるまは再度、信之助に問いかける。
「いやー、実は…」
信之助は、昔にもス・ノーマン・パーを見た事があると話した。
「オメェ、俺のオリジナルを見たことがあるのか?」
「オリジナル?」
「そうだ。俺はヘンダーランドって言うコミュニティに、そいつを元に作り出されたんだよ。ま、俺の方がそいつより何倍もすげーし、優しいけどな。ワハハハ!」
「ヘンダーランド? ヘンダーランドが箱庭にあるの?」
ヘンダーランド。 かつて、双子の魔女によって乗っ取られ、五歳の信之助が救った異世界の国。そのヘンダーランドがこの箱庭にあるというのか。
「言っとくが、ヘンダーランドについては俺を作ったって事しか知らねえぞ。だから俺に聞いても無駄だ」
「えー」
折角、ヘンダーランドについて聞こうと思っていたのにと信之助は不満に思う。明らかに落胆したように肩を落とす信之助の態度に雪だるまは三角の黒い眉毛を寄せる。
「文句あんのか、クソガキ!」
「べっつにー。後オラ、クソガキじゃなくて野原 信之助だゾ」
「俺はス・ノーマン・パーだ。よろしくな、信之助」
これが信之助とス・ノーマン・パーの出会いであった。
◇◇◇
「嘗めないで…ください!」
極寒の風が吹き荒れる中、ナナリーはダークシルバーのギフトカードから赤い液体が入った小さな硝子の瓶を取り出す。
「私が…何も準備をしていないとでも思いましたか!」
ナナリーは瓶を握り締めると、地面へと叩き付けた。硝子の瓶は砕け、赤い液体が外気に触れると同時に…
「アッチいい!?」
「うお!?」
その場所から塔のように高い火柱が昇り、紅蓮の大火から凄まじい熱気が放たれ周囲を満たす。その熱気により、凍らされた骨の兵達が解放される。
「私は一年前から箱庭に居たんですよ? 相応の準備をしていないと、何故思ったんですか?」
ナナリーは不敵に笑う。しかし、その表情には苦痛の色が見える。ナナリーも熱気によりダメージを負っているのだ。
今回、ナナリーが用意したあの赤い液体の名は
【火神の血雫】
産みの親であるイザナミノミコトを焼き殺した火の神、ヒノカグツチが宿した神殺しの業火、その力を付加されし血。それは一度使えば、ほんの少量ですら神霊に傷を負わす程の力を持つ。 ナナリーは今まで得たギフトの殆どを引き換えに小瓶一つ分得ることに成功していた。これこそがナナリーの切り札の一つである。今のナナリーではコントロールは出来ないが、今はそれで充分である。
「そっちこそ嘗めんじゃねえー!!」
信之助は復活した骨の兵達を相手取り、ス・ノーマン・パーは負けじと、その力を最大出力まで上げる。 極寒の風と灼熱の炎がぶつかり合う。対極の力はしばし拮抗した後、極寒の風が押され始める。
「グオオオオオ!!」
極寒の風を放出し灼熱の炎を押し返そうとするが、相手が悪い。だが、この場合は一時とは言え拮抗する事が出来たス・ノーマン・パーを誉めるべきであろう。その炎は神霊にすらも傷を負わす炎なのだから。
「オラを忘れてもらっちゃ困るゾ!」
「信之助!」
「野原さん!?」
骨の兵達を全滅させた信之助がス・ノーマン・パーの隣に立つ。
「ここはアレの出番だ!」
信之助はギフトカードを掲げると、それを取り出した。取り出した物…それは
「か、金ダライ!?」
ナナリーは驚愕する。信之助が取り出したのは金属のタライ。だが、油断はしない。フラフープの時と同じく、ただのタライな訳がない。
タライについてこう考えた事はないだろうか。タライとは水を貯めたり、汲んだりする為の物。そのタライにもっと水を入れる事は出来ないだろうか。自動で貯める事は出来ないだろうか。楽に運ぶ事は出来ないだろうか。このタライは、そんな理想のタライを作り出す段階で生まれた試作品。そして…
「そ、そんなのありですか!?」
失敗作である。信之助が持つ金ダライは、灼熱の炎を吸い込み始める。このタライはもっと水を入れる事、楽に運ぶ事は成功したが自動で貯める事に失敗した作品。いや、確かに自動で貯める事は出来る為、ある意味では成功であろう。一度発動すれば停止するまで水だろうが何だろうが関係無く
「先程のフラフープといいそのタライといい、一体どこから持ってきたんですか!」
「ひ・み・つ」
「腹が立つので止めてください!」
未だに炎を吸い込み続ける信之助のふざけた態度にナナリーは腹を立てる。
(負ける訳にはいかないんですよ。母の願いを叶える事は…)
ナナリーは
(私の…償いなんです!)
それは一年前に遡る。
◇◇◇
一年前、ナナリーは母親ナタリー・コツバーンと共に人知れず、山奥で暮らしていた。
「いい加減にしてください! 母様!」
「ナナリー!」
その日も母、ナタリーと喧嘩していた。吸骨鬼である為かナナリーは成長が早く、優秀だった。だが、優秀であったが故に母と喧嘩が絶えなかった。
「ボーンキングの娘だから、吸骨鬼の一人なのだから、立派な吸骨鬼になりなさい。吸骨鬼として相応しい教養を身に付けなさい。母様はそればっかりだ!」
勉強等はナタリーが教えていた。そして、その母の口癖は、立派な吸骨鬼になりなさいと、吸骨鬼の女王として相応しい教養を身に付けなさいの二つ。別に勉強が嫌いな訳ではない。むしろ、好きな方である。だが、その理由が気に入らない。
「顔も知らない父の事なんか知らない! 会ったこともない他の吸骨鬼の事なんか知らない!」
ナナリーは物心付いた時から、父の顔を知らない。そして、他の吸骨鬼にも母を除いて会ったことはなかった。他の吸骨鬼については時折、ナタリーが人里に降りて探しているようだが進展はない。元女優であるナタリーはある程度有名だ。なので派手に動けないし、ナナリーが居る為、遠くに行く事も出来なかった。だが、ナナリーにとってそんな事はどうでもよかった。
父の事や他の吸骨鬼の事は母から聞いていたが、どこか他人事のように感じていた。それに、母は父や吸骨鬼の事を完璧な存在のように語るのだ。優秀であったナナリーは完璧なんて存在しないと既に悟っている。すると不思議な事に悪い面ばかりが見えるようになってくる。
それでも母はナナリーに言う。母にとって大切な人でもナナリーにとっては赤の他人だ。ナナリーは段々と反発するようになり、九歳になる頃には母とは喧嘩が絶えなかった。
「貴女は何を言っているのか分かっているの! 貴女は…待ちなさい、ナナリー! 話はまだ!」
ナナリーはナタリーの制止を振り切り、家を飛び出す。
(母様のバカ!)
ナナリーは涙を堪え、山の中を走る。ナナリーにとってこの山は庭と同じである。というよりナナリーは山の外に出た事がなかった。これも母、ナタリーの言い付けだ。でも、それでもよかった。外の世界に興味がない訳ではない。それよりも母との暮らしの方がよかった。ナナリーは母と二人、静かに暮らせればそれでよかったのだ。
(結構遠くまで来ちゃいました…)
アレからどれ程走ったのか。周囲を見ると大分遠くまで来たようだ。
(母様…)
頭では分かっている。自分が我が儘を言っていることは。だが、ナナリーは成長が早いとは言え、まだ九歳。甘えたい年頃だ。
(戻りましょう…)
戻って、母と話し合うのだ。また喧嘩になるかもしれない。それでも…。ナナリーは家へと戻る。
「母様、ただいま戻りました。…母様?」
返事がない。たとえ喧嘩していても必ず返してくれたのに。今日出掛ける予定はないはずだし、それほど怒らせてしまったのか、それなら謝らなくては。それとも私を探しに出掛けたのか、そうだとすれば入れ違いになったのか。そんなナナリーの考えはすぐに砕かれる事となる。
「母様? …母様!?」
倒れている母、ナタリーを見付けたから。ナナリーは急いで駆け寄る。抱きかかえ、何度も呼び掛ける。
「ナナリー?」
「母様!? ナナリーです、分かりますか!」
ナナリーは必死に呼び掛ける。ナタリーはナナリーの頬にそっと触れた。
「ごめんね…ナナリー」
「母様?」
「ナナリー…あの御方と私の自慢の娘。貴女は…」
その先は小さく、上手く聞き取れない。ナタリーの目は閉じられ、その腕は力を無くす。
「母様!? 母様! 母様!! 母…様…お願いだから……目を…開けてよ…」
どんなに涙を流し…涙が渇れたとしても…どんなに叫び…声が渇れたとしても…母は目を開ける事はない。もう二度、その声を聞くことは出来ないのだ。
「お母…さん…」
◇◇◇
(負ける訳にはいかないんですよ…)
自分は今まで我が儘ばかり言ってきた。何一つ恩返しも出来なかった。ならせめて…母が出来なかった事を代わりに。ナナリーは握り締めていた
<いい? ナナちゃん>
あの少女はナナリーに飴を渡す時にこう言った。
<この飴はね、食べた者によって得られる能力が違う。つまり、ナナちゃんが食べた時はア法が得られるとも限らない。だから、食べる時はよく考えるんだよ?>
(今がその時です…)
ナナリーは包み紙から黒い飴を取り出し、飲み込んだ。
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