『魔法使いの嫁 × ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 ――魔法使いと魔術師、その隣人たち――』 作:丹波りん
『魔法使いの嫁』と『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』のクロスオーバー作品です。
本文の作成・編集にはAIを使用しています。
そのため、原作の設定・人物・用語・時系列・世界観などについて、
誤りや原作との差異が含まれる場合があります。
また、本作品独自の解釈や設定、クロスオーバーによる独自展開を含みます。
原作と異なる描写や解釈が苦手な方は、ご注意ください。
以上をご理解のうえ、お楽しみいただければ幸いです。
カレッジでの講義を終えた智世は、いつものように帰路についていた。
夕暮れのロンドンには、昼間とは違う賑わいがある。
仕事を終えた人々が行き交い、通りの店にはぽつぽつと明かりが灯り始めていた。
石畳を踏む靴音と、人々の話し声。馬車の音。店先から漏れてくる明かり。
いつもと変わらない、ロンドンの夕方だった。
智世は人の流れに身を任せながら、小さく息を吐いた。
今日は少し疲れた。
講義そのものは嫌いではない。知らなかったことを知るのは楽しいし、
カレッジで出会った人々と話す時間も悪くなかった。
ただ、頭を使ったあとの疲れというものは、どうにも誤魔化せない。
そんな智世の隣を、一匹の黒い犬が歩いている。
漆黒の毛並み。
燃えるような赤い瞳。
墓守犬――ルツである。
大きな身体を揺らしながら、ルツは人々の間を器用に歩いていた。
誰かが近づけば少しだけ身体をずらし、智世が人にぶつかりそうになれば自然とその間へ入る。
それはもう、智世にとっては当たり前の光景になっていた。
『少し疲れたか』
不意に、ルツの声が響いた。
「……分かる?」
『分かるとも』
返事は早かった。
智世は思わず笑う。
「そっか」
『無理をする必要はない』
「うん」
素直に頷いたものの、智世は少しだけ考え込んだ。
帰ったら、夕食の前に片付けたいものがある。
それに、明日の講義の準備もしておかなければならない。
「でも、帰ったら夕食の前に少しだけ片付けを――」
『休め』
「……はい」
間髪を入れない返事に、智世は小さく肩を落とした。
その様子を見ていたルツの耳が、ぴくりと動く。
『エリアスにも同じことを言われるだろう』
「……たぶん」
エリアスの姿を思い浮かべる。
きっと心配そうにこちらを覗き込み、休むように言うだろう。
その想像が可笑しくて、智世はまた小さく笑った。
帰れば、いつもの家がある。
エリアスがいて、ルツがいて、シルキーもいる。
今日あったことを話せば、エリアスは興味深そうに聞いてくれるかもしれない。
あるいは、話の途中で妙なことを言い出すかもしれない。
そんなことを考えているうちに、先ほどまで感じていた疲れが少しだけ遠のいていった。
智世は人通りの少ない場所へと足を向ける。
やがて、見慣れた場所へ辿り着いた。
そこは、人の目には何の変哲もない場所に見える。
けれど智世にとっては、家へ帰るための大切な道だった。
「じゃあ、行こうか」
『ああ』
二人は並んで、いつもの道へ入っていった。
そこから先は、街の空気が途端に変わる。
さっきまで聞こえていた人々の話し声が遠ざかり、馬車の音も消えていく。
その先に広がっているのは、暗い洞窟のような空間だった。
岩肌のような壁が続き、二人の足音だけが静かに響いている。
智世は慣れた様子で歩いていた。
この【裏道】を使うようになってから、もう随分になる。
最初の頃は少し不思議に思ったものだが、
何度も通るうちに、今ではすっかり帰り道の一つになっていた。
ここを抜ければ、家の近くへ出られる。
そう思っていた。
けれど――。
『……待て』
ルツが足を止めた。
智世も立ち止まる。
「どうしたの?」
ルツは答えなかった。
赤い瞳が、暗闇の向こうを見つめている。
その視線を追うように、智世も目を凝らした。
暗がりの中に、何匹かの犬のような姿が見える。
この道を見張る、名前のない番人たちだった。
普段なら、彼らは道の端で静かにしている。
智世が通っても、特に何かをすることはない。
ところが――今日は違った。
一匹が落ち着かない様子で周囲を見回している。
別の一匹は鼻を動かし、何かを探しているようだった。
奥にいるものたちも同じだった。
何かを警戒している。
けれど、その何かが智世には分からない。
「……どうしたんだろう」
『分からない』
ルツの声にも、わずかな警戒が混じっていた。
『近づかないほうがいい』
「うん」
智世も素直に頷いた。
いつもと違う。
それだけは分かった。
「戻ろうか」
『そうしたほうがいい』
智世が一歩後ろへ下がった、その直後だった。
ズンッ――。
足元から、低い振動が響いた。
「え……?」
地面の奥から何かが唸るような感覚だった。
次の瞬間、洞窟全体が大きく揺れた。
壁から砂が落ちる。
足元が大きく傾いた。
『チセ!』
「ルツ――!」
智世は咄嗟に手を伸ばした。
けれど、指先が触れるより早く、地面そのものが沈み込んだ。
身体が前へ投げ出される。
視界が暗闇に呑まれた。
「きゃっ――!」
落ちる。
そう思った瞬間には、身体はすでにどこかへ放り出されていた。
次に感じたのは、硬い床の感触だった。
「痛……」
智世は顔をしかめながら身体を起こした。
すぐ隣では、ルツも身体を起こしている。
『大丈夫か』
「うん。ルツは?」
『問題ない』
「よかった……」
智世はほっと息を吐いた。
だが、その安堵は長く続かなかった。
周囲の様子が、明らかにおかしい。
ここは、先ほどまでいた洞窟ではない。
本棚。
机。
壁に掛けられた時計。
落ち着いた雰囲気の室内。
誰かの部屋らしい。
智世が呆然と周囲を見回していると、部屋の奥から声がした。
その声に、智世とルツは同時に顔を上げる。
そこには、見知らぬ三人が立っていた。