『魔法使いの嫁 × ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 ――魔法使いと魔術師、その隣人たち――』   作:丹波りん

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第24話 異形の魔法使い

 エリアスに続いて、一行は玄関をくぐった。

 その時だった。

 奥から、一人の女性が駆けてくる。

 白銀の髪。

 頭には白いボンネットを載せ、黒を基調とした服に身を包んでいる。

 その女性は誰にも目を向けることなく、まっすぐ智世へ向かってきた。

「えっ――」

 智世が驚く間もなかった。

 細い腕が伸び、その身体を包み込む。

「……シルキー?」

 抱きしめられたまま、智世が目を瞬かせる。

 返事はない。

 ただ、懐かしい顔がすぐそばにある。

 その姿を見て、智世の表情が柔らかくなった。

「ただいま、シルキー」

 シルキーは何も言わない。

 けれど、抱きしめる腕がほんの少しだけ強くなった。

 それだけで、智世には十分だった。

 一方、後ろではⅡ世たちが揃って足を止めていた。

 女性の姿をしている。

 だが、人間ではない。

 そのことは、智世の反応からも容易に察せられた。

「……これが妖精か」

 Ⅱ世が呟く。

「うん。シルキーっていう家事妖精だよ」

 智世が答える。

 フラットは、目を輝かせながらシルキーを見ていた。

「すごい……」

 今にも近寄っていきそうな様子に、Ⅱ世が横から声をかける。

「フラット。少しは落ち着け」

「でも、妖精が普通に家にいるんですよ?」

「ここは彼女たちの家だ。珍しいからといって、勝手に調べ回るな」

「分かってますって」

 そう答えながらも、フラットの視線は家の中を忙しなく動いている。

 エリアスはそんなフラットを見て、少しだけ首を傾げた。

「興味があるのなら、後で見ればいいよ」

「ほんとですか?」

「うん」

「やった」

 Ⅱ世が額に手を当てる。

「……先が思いやられるな」

 ライネスが小さく笑った。

「まあ、彼にしては大人しい方じゃないかい?」

 そんなやり取りを交わしながら、一行は居間へ通された。

 家の中は静かだった。

 外の森から聞こえていた風の音も、厚い壁を隔てると遠く感じられる。

 長く人が暮らしてきた家らしい温もりがありながら、

 ところどころに置かれた道具や本には、普通の家とは違う雰囲気があった。

 フラットは椅子に腰を下ろす前から、あちらこちらへ視線を向けている。

 棚に置かれたものを眺め、壁際の道具に目を留め、また部屋の奥へ視線を移す。

 その好奇心を隠そうとする様子はない。

「フラット」

 Ⅱ世が声をかける。

「はい?」

「少しは落ち着け」

「ちゃんと大人しくしてますよ」

「そういう問題ではない」

 Ⅱ世が呆れたように息を吐く。

 フラットは笑って誤魔化したものの、目だけはまだ部屋の中を追っていた。

 その様子を見ていたライネスが、小さく肩をすくめる。

「まあ、これだけ珍しいものが揃っていれば、気になるのも無理はないけれどね」

 その時、部屋の隅からシルキーが姿を現した。

 音もなく歩き、テーブルの上へ人数分の飲み物を置いていく。

 フラットの視線が、今度はそちらへ向いた。

 シルキーは彼の視線を気にすることもなく、仕事を終えると静かにその場を離れていった。

「……やっぱりすごい」

 フラットが小さく呟く。

「だから、落ち着けと言っている」

「はいはい」

 Ⅱ世はもう一度ため息をついた。

 そんなやり取りを横目に、エリアスは特に気にした様子もなく席についている。

 智世はその隣に座り、ルツは少し離れたところで伏せていた。

 ようやく全員が落ち着いたところで、Ⅱ世は改めて目の前の人物を見る。

 こうして向かい合うと、先ほどの再会とは違った感覚があった。

 智世が長く暮らしてきた場所。

 その家の主。

 そして、魔法使い。

 知りたいことは多い。

 だが、いきなり全てを尋ねるのも無粋だろう。

 Ⅱ世は一度、手元のカップへ視線を落としてから口を開いた。

「君についても、色々と聞きたいことがある」

「うん」

 エリアスは素直に頷いた。

「チセがお世話になったんだ。答えられることなら答えるよ」

 その言葉に、Ⅱ世は僅かに姿勢を正した。

 礼を受けたばかりで、いきなり踏み込んだ話をすることに躊躇がないわけではない。

 それでも、時計塔の人間として確認しておくべきことがある。

「では、一つ聞かせてほしい」

 Ⅱ世はエリアスをまっすぐ見た。

「君は、魔法や魔術についての秘匿をどう考えている?」

 エリアスはすぐには答えなかった。

 考えているというより、質問の意味を確かめるような間だった。

「秘匿?」

「ああ」

 Ⅱ世は頷く。

「我々の側では、一般社会に魔術の存在を知られないようにすることを重視している」

 エリアスはカップに手を伸ばした。

 湯気の向こうで、その表情はいつもと変わらない。

「この村の人たちは、昔からボクの薬を使っているよ」

「昔から?」

「先祖代々」

 それだけ言って、エリアスは一口飲む。

「病気になったら薬を渡す。それで治ることもある」

 Ⅱ世は黙って聞いていた。

「でも、無暗に口外する人たちじゃないよ」

 それは、この村の人々に対する信頼なのだろう。

 Ⅱ世は少し考えてから、次を尋ねる。

「新しい世代も?」

「ボクが魔法使いだとは知らない」

 あっさりした答えだった。

「必要なら、記憶を消すこともできるから」

 その一言に、部屋の空気が僅かに変わった。

 グレイの手が、膝の上でわずかに強張る。

 ライネスは何も言わず、エリアスの横顔を見ていた。

 Ⅱ世も表情を変えなかったが、その言葉を聞き流したわけではない。

 記憶の操作。

 魔術師にとっても決して軽い技術ではない。

 まして、目の前の人物はそれをまるで特別なことのように扱っていない。

「……他の場所ではどうだ?」

「他では、無暗に魔法を使ったりはしていないよ」

 短い返答だった。

 それ以上、エリアスから付け加える様子はない。

 Ⅱ世も、そこで一度話を切った。

 少なくとも、自分から人目につくような真似をしているわけではないらしい。

 ただ、まだ気になることは残っていた。

「教会の者にも薬を処方していると聞いた」

「うん」

 エリアスは頷いた。

「彼はボクの監視役でもある」

「監視役?」

「持病があるから、薬を渡しているんだ」

 エリアスの説明は簡潔だった。

 教会と魔法使い。

 その二つが敵対するだけではなく、互いに一定の距離を保ちながら関係を続けている。

 Ⅱ世にとっても興味深い話だった。

「彼らの組織から依頼を受けることもあるよ」

 エリアスが続ける。

「その代わり、お互いに余計なことはしない」

 Ⅱ世はカップを手に取り、静かに考えた。

 不可侵。

 少なくとも、この土地ではそれが成立しているということか。

 時計塔の常識だけでは測れない関係だった。

「なるほど」

 Ⅱ世がそう呟いたところで、横から声がした。

「じゃあ、エリアスさんって何歳なんですか?」

 フラットだった。

 それまでの話を聞いていたのかいないのか、本人はいたって真剣な顔をしている。

「……そこに行くのか」

 Ⅱ世が呆れる。

「だって、村の人が先祖代々って話ですよ?」

 フラットは不思議そうに首を傾げた。

 エリアスは少し考えた。

「ここに移り住んだのは、二百年くらい前かな」

「二百年……」

 グレイが思わず呟く。

 Ⅱ世も黙ってエリアスを見る。

 二百年。

 それだけでも、人間として考えれば尋常ではない。

 だが、エリアスは続けた。

「でも、ボク自身はもっと前から生きているよ」

「もっと?」

「数千年くらい」

 その瞬間、誰も言葉を返さなかった。

 時計の音だけが、静かな室内に響く。

 Ⅱ世はエリアスを見つめる。

 先ほどまで人間の女性にしか見えなかった姿。

 智世が何の疑いもなく夫として接している存在。

 そして今、数千年という時間を当然のように口にした。

 いくつかの情報が、Ⅱ世の中で一つに繋がっていく。

 人間ではない。

 そう考える方が自然だった。

「……君は、人間ではないのか」

 Ⅱ世が静かに尋ねる。

「うん」

 エリアスは頷いた。

 その返事に、驚くほど迷いはなかった。

「見てみる?」

 そう言って、エリアスは席を立った。

 智世は何も言わなかった。

 その様子からして、これから何が起こるのかを知っているのだろう。

 エリアスの身体が、ゆっくりと変わっていく。

 銀色の髪が揺れ、人間の女性として整えられていた輪郭が崩れていく。

 身体そのものが別の形へと組み替えられるように、姿が変貌していく。

 やがてそこに立っていたのは、先ほどまでの女性ではなかった。

 人の形を残しながらも、人間とは明らかに異なる姿。

 異形と呼ぶしかない存在だった。

「これが、ボクの本当の姿だよ」

 Ⅱ世は息を呑んだ。

 グレイも、言葉を失ったままその姿を見つめている。

 ライネスは驚きを表に出しながらも、すぐにその姿を観察するような目へ変わっていた。

 そして――。

「わぁ…!」

 フラットだけが、目を輝かせていた。

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