『魔法使いの嫁 × ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 ――魔法使いと魔術師、その隣人たち――』 作:丹波りん
「どうだったかな? 少しは君たちのためになる話ができていたのならいいのだけれど」
「はい! とても興味深いお話でした!」
フラットは嬉しそうに答え、シメオンへ礼を述べる。
「拙も、貴重なお話を聞かせて頂いて感謝致します」
グレイも続けて頭を下げた。
「それならよかったよ」
シメオンは二人の反応に、満足そうな笑みを浮かべる。
「ですが……よかったのでしょうか? 先生の研究成果でしたでしょうに。
僕たち魔術師は、研究成果や得られた結果を他の魔術師には秘匿するものだと……」
フラットが少し気にするように尋ねる。
「確かに、それが一般的な魔術師の考え方なのだろうね。
ただ、私……いや、この学院は少し違う」
シメオンはそう前置きすると、学院の成り立ちについて語り始めた。
戦後、多くの魔術師や魔法使いが失われ、それに伴って、
長い年月をかけて蓄積されてきた知識や技術も数多く失われた。
どれほど優れた魔術の大家であっても、後継者や継承の問題から逃れることはできない。
優れた術者が途絶えれば、その者が築き上げたものもまた、失われてしまう。
だからこそ、七つの魔術の大家は垣根を越えて手を取り合った。
それぞれが持つ魔術や、これまで蓄積してきた知識、
技術体系を共有の財産として学院に集め、後世へ残していく。
神秘が薄れゆく時代を乗り越えるためには、それが最も堅実な手段だと考えられたのだ。
「だから、今日私が話したことが君たちの勉強に役立つのなら、それで十分なのさ」
その言葉とともに向けられた視線は、次代を担う二人の魔術師を見守る教師のものだった。
フラットはその言葉に感銘を受けたように、何度も頷いている。
その様子を見ていたグレイも、学院が単なる魔術師たちの集まりではなく、
知識そのものを未来へ繋ぐ場所なのだと改めて感じていた。
「……そういえば、シメオン先生は【夜の愛し仔】について、何か知っていますか?」
ふと、フラットが顔を上げた。
エリアス邸で聞きそびれていたことを思い出したのだ。
「【夜の愛し仔】についてかい? 君たちの【世界】では、あまり知られていないのかな?」
シメオンの口から出た【世界】という言葉に、二人は僅かな違和感を覚えた。
しかし、それを確かめるより先に、シメオンの説明が続く。
「てっきり智世くんから聞いていると思っていたのだが…
…まあ、私から説明しても問題はないだろう」
二人は改めて姿勢を正した。
「【夜の愛し仔】は、希少な存在ではあるけれど、決して生まれないわけではない。
ただし、彼らには大きな問題がある。短命なんだ」
その言葉に、グレイの表情が僅かに強張った。
智世の姿が脳裏に浮かんだのだろう。
シメオンはそんな二人の反応を見ながら、静かに説明を続ける。
「体内で無尽蔵に魔力を生み出す。それに身体が耐えられず、
やがて自壊してしまう。それが、彼らが短命である理由の一つだね」
「それだけではない。彼らには、人には見えないものを引き寄せる性質もある」
妖精や怪異といった隣人たちにとって、【夜の愛し仔】は目印のような存在なのだという。
「ただね。隣人たちに好かれることが、必ずしも良い結果を生むとは限らないんだ」
シメオンは少しだけ言葉を選んだ。
「昔話にもあるだろう? 妖精の言葉に惑わされ、人にとっては不幸な結末を迎える話が。
彼らに悪意がなくとも、その善意が人間にとっての幸福に結びつくとは限らない」
フラットもグレイも、黙ってその言葉を聞いていた。
人とは異なる価値観を持つ隣人たちと関わることが、必ずしも幸運だけをもたらすわけではない。
「そして、本来なら【夜の愛し仔】は、そうした隣人たちを見ることができない」
「……え? でも、智世さんは……」
グレイの疑問に、シメオンは頷いた。
「そう。だから彼女は特別なんだよ」
智世は【夜の愛し仔】でありながら、隣人を見る眼を持っている。
それだけではない。隣人たちから好かれやすいという性質まで備えている。
「そうした意味でも、智世くんは珍しい存在なんだ。
……ただ、珍しいからといって、それだけで幸せになれるわけでもない」
その言葉に、二人は再び黙り込んだ。
シメオンは、それ以上のことを語ろうとはしなかった。
「無尽蔵の魔力を生み出せるのなら、それを利用しようと考える者が現れても不思議ではない。
実際、心無い魔術師によって【夜の愛し仔】が魔力電池のように扱われ、
命が尽きるまで使い潰された例もある」
「……ひどい」
グレイの声が小さく漏れた。
シメオンは短く息を吐く。
「そうだね。エリアス氏が、なぜ彼女を引き取ったのかまでは知らない。
ただ、当初は彼女を傍に置き、他者との交流を避けるように暮らしていたそうだ。
彼にも、そうするだけの理由があったのだろう」
そこでシメオンは、一度言葉を切った。
「だから学院から提案したんだ。彼女を閉じた環境に置き続けるよりも、
この学院で暮らし、多くの人と関わりながら視野を広げるほうが、
彼女のためになるのではないか、とね」
最初は何度も断られた。
それでも学院は、【夜の愛し仔】について研究する機会を得る代わりに、
智世の学院での生活を支えるという形で、エリアスとの関係を築いていった。
「彼女の性質を理解し、短命という問題にどう対処できるのかを研究する。
その代わりに、学院は彼女に必要な便宜を図る。そうして、互いに協力する関係になったんだ」
「そういう事情があったのですね」
グレイは静かに頷いた。
学院で智世が過ごしてきた時間の裏側に、そんな経緯があったとは知らなかった。
「あの……短命のことについては……」
それでも、気になることは残っている。
「今は心配……いや、心配ではあるんだが、
少なくともすぐにどうこうなるような状態ではなくなったよ」
シメオンの答えに、グレイが顔を上げる。
「何か、解決策が見つかったのですか?」
「うーん……そこから先は、本人から聞いてほしいかな」
少し考えた後、シメオンは苦笑した。
「詳しく話すとなると長くなるし、彼女自身のプライベートなことでもあるからね」
「わかりました。智世さんが教えてくださるのなら、聞いてみたいと思います」
「そうしてくれたまえ」
シメオンは穏やかに頷いた。
その時、ふと壁に掛けられた時計へ目を向ける。
「……おっと、もうこんな時間か」
思った以上に話し込んでいたらしい。
「そろそろ歓迎会の準備があるから、今日はここまでにしようか」
「はい。貴重なお話をありがとうございました」
二人が改めて礼を述べると、シメオンは柔らかな笑みを浮かべた。
「うん。歓迎会も盛大になるみたいだから、楽しみにしていてね」
そうして三人は研究室を後にする準備を始めた。