『魔法使いの嫁 × ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 ――魔法使いと魔術師、その隣人たち――』 作:丹波りん
シメオンと別れたフラットとグレイは、
校内を巡りながら、智世やⅡ世たちの姿を探していた。
「師匠たちは何処にいるのでしょう?」
「こうも広いと、探すのも大変だよね」
時折、案内板を確認しながら進んでいく。
学院には魔術の講義だけではなく、
一般教養や言語学、化学、世界史、博物学までもが同じ場所に収まっている。
さらに、運動ができそうな広場まで整備されていた。
「やっぱり、時計塔とは全然違うね!」
「はい。学ぶことの幅が、随分と広いようです」
そんなことを話しながら歩いていると、やがて中庭が見えてきた。
「あっ、智世だ!」
ようやく目当ての人物を見つけ、二人はそちらへ歩いていく。
どうやら智世は、何人かの学友と話しているようだった。
「智世さん」
「あっ……」
呼び掛けられた智世が振り向く。
しかし、二人の姿を見た途端、どこか気まずそうな表情を浮かべた。
「あなたたちが、智世がお世話になってた人かしら」
代表するように、ルーシーが声を掛ける。
「こんにちは! 僕はフラット・エスカルドスです! こっちのフードを被った子がグレイ」
「拙はグレイと申します。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
グレイが丁寧に会釈する。
「ご丁寧な挨拶をありがとう。私はルーシー・ウェブスター。智世のルームメイトよ」
「僕はアイザック・ファウラー。智世が世話になったみたいだね」
アイザックが気さくに微笑む。
「俺はゾーイ、ゾーイ・アイビーです。よろしく……」
イヤーマフを付けたゾーイが、少し緊張した様子で挨拶する。
「お初にお目に掛かる。俺はリアン・スクリムジョー。
《七つの盾》、スクリム=ジョー家の者だ。本日は――」
「挨拶が堅いよ、リアン……」
アイザックが呆れたように口を挟む。
「煩い、挨拶は大事だ。……まあ、よろしく頼む」
リアンは少し不満そうにしながらも、挨拶を終えた。
互いに名乗り終えたところで、リアンがフラットとグレイを見た。
「君たちが、異界からの魔術師か」
「……異界?」
フラットが首を傾げる。
グレイも意味が分からないというように、リアンを見る。
「何のことでしょうか?」
二人の反応を見て、ルーシーは智世へ視線を向けた。
「ほら、ちゃんと説明するんでしょ」
「……うん」
智世は少し俯く。
「あの……二人とも、実は……」
***
智世から事情を聞かされた二人は、しばらく言葉を失っていた。
グレイは唖然としたまま智世を見つめ、フラットでさえ、笑顔の状態で固まっている。
「ごめん! 本当にごめん! 伝えようとはしたんだけど……」
智世が慌てて謝る。
「あの、智世さん……このことは、師匠にも……」
グレイが尋ねる。
智世は俯きながら、小さく答えた。
「うん、まだ……」
「し、師匠に伝えないと!」
グレイが焦ったように声を上げ、フラットも勢いよく立ち上がる。
「そうだよ! 師匠、知らないんだよね!?」
今にも駆け出そうとする二人を、ルーシーが止めた。
「ちょっと待って。学長に案内されてるんでしょ? なら、もう伝えられてるんじゃない」
「でも……」
フラットが振り返る。
「それに、交流の話もあることだし、説明はされているだろう」
リアンも落ち着いた様子で続けた。
「学長が何も伝えずに案内しているとは考えにくい」
「……そう、ですか」
グレイはまだ不安そうだったが、ひとまず足を止める。
その言葉を聞いた智世は、さらに肩を落とした。
どうやら、自分が伝えるのが一歩遅かったらしい。
「Ⅱ世さん、怒ってるかなぁ……」
「まあ……怒っているかもしれませんね」
グレイは苦笑しながらも、智世を気遣うように続ける。
「後で謝りましょう」
「……うん」
「グレイさん、あまり甘やかしては駄目よ」
ルーシーが呆れたように言う。
「ちゃんと自分で謝りなさい」
「はい……」
智世が小さく頷く。
その様子に、アイザックたちも苦笑を浮かべていた。
その時、学院内に放送が響き渡った。
『まもなく歓迎会を開始します。参加される方は中央ホールへお集まりください』
「歓迎会か」
リアンが顔を上げる。
「移動するとしよう」
全員で中庭を離れ、中央ホールへ向かう。
***
すでに会場には料理や酒類、飲み物などが並び、大勢の教員や生徒たちが集まっていた。
所々で談笑する姿が見られ、歓迎会は始まる前から賑やかな空気に包まれている。
「うわぁ、凄い豪勢ですねぇ!」
フラットが並べられた料理を見て、嬉しそうに声を上げる。
「はい。凄いです」
グレイも料理へ目を向け、嬉しそうな様子を見せる。
一行は空いている席を確保すると、料理を取りに移動する。
その間にも他の教員や生徒から声を掛けられ、
互いに自己紹介をしたり、学院のことを尋ねたりしながら、賑やかな時間を過ごしていった。
しばらくして席へ戻ると、それぞれ料理を口に運びながら会話を続ける。
「師匠たち、遅いですねぇ」
フラットが周囲を見回す。
すでに歓迎会は始まっているというのに、Ⅱ世たちの姿が見えない。
「どうかされたのでしょうか」
グレイも気にするように入口へ目を向けた。
その時、中央ホールの入口から、Ⅱ世とライネスが入って来た。
「あ、来ましたよ!」
「遅いですよ、師匠! もう始まっています」
フラットが声を掛ける。
「あぁ、すまない。少し調べる事があった」
Ⅱ世はそう答えた。
だが、その顔色はどこか優れない。
グレイはすぐにそれに気づいた。
「あの、師匠……お顔の色が優れないみたいですが……」
「後で話すよ」
ライネスが苦笑しながら答える。
Ⅱ世はそれ以上何も言わず、智世へ視線を向けた。
何か言いたげな顔だった。
その視線を受けた智世は、気まずそうに顔を逸らす。
ライネスはそんな二人の様子を見て、小さく溜息をついた。
「兄上、今は兄上が時計塔の代表なんだ。しっかりしてくれたまえ」
「あぁ、わかっている」
Ⅱ世はそう答えると、背筋を伸ばした。
しかし、その足取りはどこか覚束なく見える。
それでもⅡ世は気を取り直し、ライネスと共に教員たちが談笑する輪へと進んでいった。
智世たちは、その背中を不安そうな顔で見送るのであった。