『魔法使いの嫁 × ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 ――魔法使いと魔術師、その隣人たち――』   作:丹波りん

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第33話 伝える相手

「……それよりも、今後のことだ」

 Ⅱ世は改めて全員を見渡した。

 歓迎会の賑わいから離れ、客室へ戻ってきたことで、

 ようやく落ち着いて考えられるようになった。

 だが、考えれば考えるほど、問題は増えていく。

 学院との交流を望むなら、いずれ時計塔へ報告しなければならない。

 別世界に存在する魔術師の社会。

 時計塔とは異なる形で体系化された魔法。

 そして、すでに両方の世界を繋いでいる道。

 どれ一つを取っても、時計塔が無視できるような話ではなかった。

「まず、誰に話を通すんだい?」

 ライネスが尋ねる。

「それが問題なんだ」

 Ⅱ世は腕を組んだ。

 誰に最初に話すか。

 それだけで、その後の展開は大きく変わる。

「貴族主義派なら……バルトメロイか」

 頭の中に、時計塔の勢力図が浮かぶ。

 貴族主義派が最初に見るのは、学院そのものの価値ではないだろう。

 別世界の魔術師たちと接触したこと。

 しかも、それを自分たちの知らないところでⅡ世が進めていたこと。

 そして、今後も自由に行き来できる可能性があること。

 まず問題になるのは、それを時計塔としてどう扱うかという点だ。

「別世界に魔術師の社会が存在し、すでにこちらとの行き来まで可能になっている。

 そんなものを、私個人の判断だけで扱っていいわけがない。そこを問題にするはずだ」

「組織として管理する必要がある、と?」

 ライネスの言葉に、Ⅱ世は頷いた。

「おそらくな」

 交流そのものを禁止する、という話とは少し違う。

 むしろ、誰が窓口になるのか、どこまで情報を公開するのか、

 時計塔のどの機関が関与するのか――そういった管理の問題が先に出てくる。

 だが、それも貴族主義派だけで決められることではない。

 時計塔には、別の考えを持つ派閥がある。

「民主主義派なら……バリュエレータか」

 Ⅱ世は、今度は別の人物を思い浮かべた。

 新しいものを取り入れることに、少なくとも貴族主義派ほど慎重になるとは限らない。

 別世界の魔術体系。

 そこに存在する知識。

 そして、時計塔とは違う、魔法の概念。

 興味を持たない方が難しい。

「学院との交流そのものに価値を見出すかもしれない」

「新しい知識を得られるなら、若い魔術師たちにも意味があると?」

「ああ」

 Ⅱ世は答えながら、眉を寄せた。

「少なくとも、最初から閉ざそうとはしないだろう」

 ただ、それで話が単純になるわけでもない。

 民主主義派が積極的に学院との交流を進めれば、貴族主義派から見れば別の意味を持つ。

 単なる異世界との交流ではなく、

 時計塔内の勢力関係に影響する案件として扱われる可能性がある。

「兄上が、どちらの派閥と先に話したかまで問題になるわけだ」

「そういうことだ」

 Ⅱ世は眉間へ指を当てた。

 学院とは何の関係もないところで、時計塔内部の話にすり替わってしまう。

 それは避けたいところだった。

「なら、中立派は?」

 ライネスの問いに、Ⅱ世は少し考えた。

「……メルアステアか」

 中立派について考えると、また別の光景が浮かんだ。

 学院の教室。

 魔術師たちが学び、研究し、妖精や精霊までもがその生活の中に存在している。

 時計塔とは異なる魔術体系が、単なる伝承ではなく、一つの教育体系として成り立っている。

 研究者なら、そこに目を向けるだろう。

「中立派が見るのは、もっと別のところだ」

「研究、だね」

「ああ」

 学院の成り立ち。

 魔法の理論。

 教育の仕組み。

 時計塔との違い。

 そして、実際に使われている魔術や魔法。

 中立派なら、まず資料を求めるだろう。

 その内容を時計塔の知識と照らし合わせ、

 どこまでが既存の理論で説明でき、どこからが未知なのかを調べる。

 だが、それで終わるとも思えなかった。

「資料だけでは分からないことも多い。いずれは学院へ直接話を聞きに行くか、

 向こうの魔術師を時計塔へ招くことも考えるだろう」

 ライネスもその先を理解したらしい。

「そうなれば、交流そのものが始まる」

「ああ」

 Ⅱ世は苦い顔をした。

 しかし、それを他の派閥が簡単に止められるわけでもない。

 研究を目的とした調査なら、中立派自身の立場として説明がつく。

 貴族主義派が管理を求めたとしても、それだけで研究そのものを禁止できるわけではない。

 民主主義派にしても、新しい知識や交流に価値を見出す余地がある。

「結局、それぞれが自分たちの立場から学院へ関わろうとする」

「貴族主義派は管理。民主主義派は交流。中立派は研究」

 ライネスが整理するように言った。

「おそらく、そうなる」

 Ⅱ世は静かに答えた。

 どれか一つが学院との交流を完全に支配するという話ではない。

 むしろ、それぞれが異なる理由で関心を持つ。

 だからこそ、一度時計塔に情報が入れば、そこから先を制御することは難しくなる。

「そして、もう一つ問題がある」

 Ⅱ世はそこで言葉を切った。

「法政科?」

 ライネスが先に気づく。

「ああ」

 派閥同士の話だけで済ませるわけにもいかない。

 今回の件には、時計塔の組織として確認しなければならない問題がある。

 別世界の魔術師たちと接触したこと。

 その世界との間に、実際に行き来できる道が存在すること。

 さらに、学院側もこちらの存在を認識していること。

 単なる研究対象として処理できる話ではなかった。

「時計塔として、正式にどう扱うのかを決める必要がある」

「そういうことだ」

 Ⅱ世は一度視線を落とした。

 そこで思い浮かんだのが、化野菱理だった。

「……化野か」

「面識のある相手だね」

「ああ」

 化野なら、話を聞いた時点で結論を急ぐことはしないだろう。

 まず確認すべき事実を並べ、そのうえで法的な扱いや時計塔への影響を考えるはずだ。

 少なくとも、Ⅱ世自身が知る彼女なら、そうする。

「どうやって学院へ行ったのか。向こうからこちらへ来られるのか。

 学院は時計塔についてどこまで知っているのか」

 Ⅱ世は指先を折るように、確認すべき事項を頭の中で並べていく。

「あの裏道を通じた行き来が、今後も可能なのか。

 そして、学院側がこちらへ使者を送ることまで考えているのか」

「そこまで確認できれば、時計塔としてどう扱うべきかも見えてくる」

「そうだ」

 だが、法政科へ話を通したところで、そこで情報が止まるとは思えない。

 法政科が存在を把握すれば、時計塔全体として判断する必要が出てくる。

 その過程で、当然ながら各派閥にも情報が伝わる。

「つまり、最初は誰か一人に話したとしても、

 最終的には派閥と法政科の両方から、この問題を見ることになる」

 ライネスの言葉に、Ⅱ世は黙って頷いた。

 貴族主義派は管理の問題として見る。

 民主主義派は交流の可能性を見る。

 中立派は研究対象として見る。

 そして法政科は、それらを時計塔という組織の中でどう扱うのかを確認する。

 それぞれの役割が違うからこそ、誰か一人の判断だけでは終わらない。

「……胃が痛くなってきたな」

 思わず漏れた言葉に、ライネスが小さく笑った。

「今回の件に対しては、流石に同情するよ」

「…本当に厄介だ」

 Ⅱ世は椅子へ深く身体を預けた。

 これまでなら、調査すべき対象があれば、

 自分で情報を集め、必要な相手へ話を通せばよかった。

 だが、今回の相手は一つの家でも、一人の魔術師でもない。

 別世界そのものだ。

「だからこそ、今すぐ報告する必要はないんじゃないかい?」

 ライネスの声に、Ⅱ世は顔を上げた。

「まだ学院について分からないことが多すぎるからね」

 その言葉はもっともだった。

 今日一日だけでも、学院について新しく知ったことは多い。

 それでも、まだ表面を見ただけに過ぎない。

 どのような講義が行われ、どのような魔術師たちが学び、学院が何を目的としているのか。

 時計塔へ報告する前に、知っておくべきことは残っている。

「明日は講義を見学させてもらえるんだろう?」

「ああ」

 Ⅱ世は答えた。

 ライネスが小さく笑う。

「だったら、まずは学院をもう少し知ろうではないか。

 そのうえで、誰に何を伝えるのか考えればいい」

 Ⅱ世はしばらく黙っていた。

「……そうしよう」

 まだ、時計塔へ戻った後の答えは出ていない。

 だが、今ここで結論を急ぐ必要もなかった。

 まずは、この世界を知る。

 それから、自分たちの世界へ何を持ち帰るのかを考えればいい。

「明日は学院の講義を見せてもらう。そこで得たものを整理してから、改めて考える」

「それがいいね」

 ライネスが頷いた。

 学院との交流をどうするのか。

 そして、それを時計塔へどう伝えるのか。

 答えを出すためには、まだ知らなければならないことが多かった。

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