『魔法使いの嫁 × ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 ――魔法使いと魔術師、その隣人たち――』 作:丹波りん
Ⅱ世たちは、次の講義が行われる場所へと移動していた。
学院内は広く、地下構造であるためか、階段を降りて移動することに不便さを感じていた。
そんな中、学生たちが何気ない様子でエレベーターを使って移動している姿を目にし、
Ⅱ世たちは愕然とすることになる。
魔術組織でもある学院に、これほど近代的な設備まで整えられている。
廊下を歩く学生たちも、個々人が携帯端末を持ち、誰かと会話をしている姿が散見された。
「……兄上が、案内板を見ずに進むものだから、余計な苦労をしたではないか」
「階層や教室の場所は把握していたが、まさかエレベーターまであるなんて想像できるか」
ここも時計塔とは違うところだろう。
近代の設備を取り入れることに忌避感を抱くこともなく、
必要とあれば柔軟に取り入れていく姿勢。
時計塔の魔術師の中には、こういったものに難色を示す者も少なくない。
Ⅱ世は廊下を行き交う学生たちを眺めながら、学院という場所について改めて考えていた。
「……ここか」
目的の教室の前で、Ⅱ世が足を止める。
次はエリアスの初等部向けの魔法の講義だったはずだ。
「失礼する」
教室へ入ると、既にエリアスと智世、そして生徒たちが席に着いていた。
少し遅れたかと心配したが、どうやら丁度良いところだったらしい。
興味深そうにこちらを見る生徒もいたが、
エリアスが教壇へ立つと、すぐにそちらへと視線を移した。
「では、始めるとしよう。君たちは途中編入の生徒らしいので、自己紹介から始めようか」
エリアスは教室を見渡す。
「僕はエリアス・エインズワース、そう付き合いは多くないだろうがよろしく」
生徒たちは少し戸惑った様子を見せた。
どういう意味なのだろうと疑問に思っているようだった。
「魔法は魔術よりもよほど適正が必要とされる。
つまり適正の無い者はこの講義を受ける意味が余りないということだ」
エリアスは淡々と続ける。
「適正とは、ほとんどが【彼ら】との相性だ」
教室の中を見回しながら、言葉を重ねていく。
「好まれるか、嫌われるか、交渉でどうにかなるのか」
そして、智世へと目を向けた。
「協力してくれる使い魔を見つける事も重要になる」
今度はⅡ世へと視線を移す。
「魔法使いと違って、魔術師が使い魔に望むのは、基本的には隷属だ」
Ⅱ世は黙ってエリアスの言葉を聞いていた。
「隷属を好む妖精や精霊はいない。ほとんどが束縛……無理な契約になる」
生徒たちの何人かが、わずかに身を強張らせる。
「君たちに彼らが見えないのは、姿を現すことに忌避感もあるのだろう」
「技術的に見れば、魔法は共同作業ともいえる。
魔法使いは周囲から魔力を取り込み、魔術師は体の中で魔力を作る」
「魔力を持っているという意味では両者とも同じだから、
交渉ができれば魔術師にも魔法は使える。――理論的には」
そこでエリアスは一度言葉を切った。
「勘違いしないでほしいのは、魔法も魔術と同じく【知る】ということが大事だ」
その言葉に、Ⅱ世の表情がわずかに変わる。
先ほどのナルシスの講義でも聞いた言葉だった。
「【彼ら】や【理】を理解しようとする事、
【彼ら】に全てを任せるのではないし、何でもできるわけじゃない」
エリアスは教室を見渡す。
「魔法は助けを必要とする者に手を差し伸べるために、発展してきたものでもあるんだ」
生徒たちは静かに耳を傾けている。
「……まぁ、最初から理解をするのは難しいかもしれない」
その時だった。
エリアスと智世の周囲に、いくつもの気配が現れる。
それまで何もなかった場所から、【彼ら】――隣人たちの姿が次々と浮かび上がっていった。
蜥蜴のような姿をしたもの。
羽の生えた妖精。
動物の姿を模したもの。
その光景に、生徒たちから驚きの声が漏れる。
エリアスは特に気にする様子もなく、現れた隣人たちを見回した。
「ということで、学院内にいた【隣人】たちに講義の助力をお願いした」
生徒たちの視線が、隣人たちへと集まっていく。
「魔術より、魔法に適正がある者がいてもいなくても、
実際に【彼ら】と交流してみたほうが、わかりやすい」
一人の生徒が、おそるおそる手を挙げた。
「先生、学院の中にも【彼ら】はいるんですか?」
「いるさ、普段は姿を見せないし、数も限られるからね。好む場所もそれぞれ違うけど」
エリアスはそう答えると、少しだけ空気を引き締める。
「いいかい、くれぐれも【彼ら】の機嫌を損ねないように。
人間とは違うモノを相手にする時は、より慎重に」
生徒たちの表情が真剣になる。
「……以前に、授業をした時に、
愚かな学生が【彼ら】の機嫌を損ね、喰われそうになった事もある」
何人かの生徒の顔が青褪めた。
「【彼ら】は人の言葉を話せない種もいるが、意味は理解している。
意思疎通が難しいと思えば、きちんと言葉にしてみるといい」
エリアスは生徒たちを見渡す。
「注意事項はわかったな。では実際に話しかけてみたまえ」
生徒たちはそれぞれに分かれ、隣人たちへと近づいていく。
少し離れたところでは、智世が隣人たちの様子を見守っていた。
「ねぇ、触っても大丈夫?」
一人の生徒が、近くにいた隣人へ声をかける。
しかし、その隣人は生徒のほうを一度見ただけで、そっぽを向いてしまった。
「無理強いはしないようにね。相性の問題があると言っただろう」
エリアスが静かに声をかける。
その後も、何人かの生徒は拒否されていた。
一方で、別の生徒には隣人のほうから近づいていく。
肩へ乗ってくるものもいれば、傍らを離れようとしないものもいる。
生徒たちの反応も、それぞれに違っていた。
「適正のある者はだいたいわかったね。
まぁ君たちは魔術師の卵だ。魔法が使えなくても支障なんてない」
エリアスはそう言って、教壇へ戻る。
「最後に魔法を見せて、今回の講義は終了とする。智世、頼めるかい」
「はい」
智世は教室にいる火蜥蜴の精霊へと近づいた。
「お願いできるかな」
火蜥蜴の精霊は、智世の手へ擦り寄る。
智世はそのまま教壇に置かれた蝋燭へ向き直った。
そして、静かに言葉を紡ぐ。
「【灯せ廻らせ火の舌で 灯せ廻らせ合図まで 麦補のような秋の陽色に】」
次の瞬間、蝋燭に火が灯った。
小さな炎が、ゆらゆらと揺れている。
生徒たちの視線が、その炎へ集まった。
「火を灯すだけなら、魔術でも出来る事だ。それでも学んでみたいという者は、また次の授業で」
そう言って、エリアスは隣人たちを引き連れ、教室を出てゆく。
生徒たちも、それぞれに感想を口にしながら教室を後にしていった。
やがて教室に残ったのは、智世とⅡ世、ライネスだけになる。
智世は二人のもとへ近づくと、少し首を傾げた。
「どうでしたか?」
先ほどまでの講義について尋ねる。
Ⅱ世とライネスは、すぐには答えなかった。
目の前で行われた講義を、それぞれの中で整理しているようだった。
ナルシスの講義とは、また違う形で、この学院が何を教えようとしているのか。
Ⅱ世は改めて考え始めていた。